このブログを検索

2024年4月3日水曜日

過去の亡霊の回帰ーープーチン演説におけるヒトラー・ナポレオンの回帰

 

プーチンは直近の演説で、ヒトラーやナポレオンの回帰を言っているようだな。


◾️プーチン演説の抜粋ーー於内務省理事会の年次拡大会議(モスクワ)、2024年4月2日

Excerpt from remarks by Russian President Vladimir Putin during the annual expanded meeting of the Interior Ministry Board, Moscow, April 2, 2024.

ご存知のように、ロシアは困難な時期を迎えている。これは誰の目にも明らかだ。ここではすべてが明らかだ。

ソビエト連邦の崩壊後、地政学上の敵対勢力は当然のこととして、歴史的ロシアの残滓を消し去ろうと決意し、主にその中核であるロシア連邦の崩壊を加速させようとした。残されたものはすべて、彼らの地政学的利益に奉仕する運命にあった。


私は、連邦保安庁の元長官として、安全保障理事会の元書記官として、そしてロシア大統領兼最高司令官として、自信を持ってこのように言うことができる。


奇妙に思えるかもしれないが、過去にロシアを打ち負かそうとして失敗したこと、つまりヒトラーやナポレオンがロシアに対する作戦を失敗させたことへの復讐を、いまだに誰かがしようとしているのだ。歴史上、このような例は数多くあるが、驚くべきことに、敵対勢力はいまだに歴史的記憶に留めているのだ。


にわかには信じがたいことだが、私はそれに遭遇した。驚くべきことだが、事実である。ある特定の国々は、急速に変化する今日の世界において、私たちの犠牲も含めて、覇権を維持しようと必死なのだ。

当然、わが国の広大な領土と豊富な人的・天然資源を考えれば、彼らはロシアから略奪する機会を逃したくはないのだろう。


どうやら、わが国につけ入る隙があると考える者もいたようだ。だが、彼らは間違っている。今までに多くの人が、彼らが間違っていたことに気づいているとさえ言える。誰もこのようなことに成功したことはないし、これからも成功することはないだろう。これは明白な事実であり、私は心底そう確信している。



英訳と露原文を併せて附記すれば次の箇所だ。


奇妙に思えるかもしれないが、過去にロシアを打ち負かそうとして失敗したこと、つまりヒトラーやナポレオンがロシアに対する作戦を失敗させたことへの復讐を、いまだに誰かがしようとしているのだ。歴史上、このような例は数多くあるが、驚くべきことに、敵対勢力はいまだに歴史的記憶に留めているのだ。

Strange as it may seem, someone still seeks revenge for their failed attempts to defeat Russia in the past – for Hitler’s and Napoleon’s unsuccessful campaigns against Russia.There have been many such examples in history, and surprisingly enough, our adversaries still hold them in their historical memory.

Как ни странно, кто-то хочет реванша за неудачи в борьбе с Россией ещё в исторические периоды: за неудачные походы Гитлера на Россию, Наполеона – таких исторических примеров очень много, и, как ни странно, в исторической памяти тех самых недоброжелателей, о которых я сказал, многое сохраняется, как ни странно, но я с этим сталкивался – удивительно, но факт.



プーチンはインテリだからマルクスの言葉が念頭にあるんじゃないかね、「過去の亡霊の回帰(反復)」が。


ヘーゲルはどこかで、すべての偉大な世界史的な事実と世界史的人物はいわば二度現れる、と述べている。彼はこう付け加えるのを忘れた。一度目は偉大な悲劇[Tragödie]として、二度目はみじめな笑劇[Farce]として、と。〔・・・〕


人間は自分自身の歴史を創るが、しかし、自発的に、自分が選んだ状況の下で歴史を創るのではなく、すぐ目の前にある、与えられた、過去から受け渡された状況の下でそうする。すべての死せる世代の伝統が悪夢のように生きているものの思考にのしかかっている。そして、生きている者たちは、自分自身と事態を根本的に変革し、いままでになかったものを創造する仕事を携わっているように見えるちょうどそのときでさえ、まさにそのような革命的危機の時期に、不安そうに過去の亡霊[Geister der Vergangenheit]を呼び出して自分のたちの役に立てようとし、その名前、鬨の声、衣装を借用して、これらの由緒ある衣装に身を包み、借り物の言葉で、新しい世界史の場面を演じようとしているのである。(マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』Der 18te Brumaire des Louis Bonaparte、1852年)




以前にも引用したことがあるが、柄谷行人は「革命と反復(Revolution and Repetition)」と題された2008年の英語論文ーー日本語になっているのかもしれないが私は知らないーーでこう言っている。

マルクスは、『ルイ・ポナパルドのブリュメールの十八日』にて、フランス革命によって実現された共和制から生れた皇帝制の出現のなかに反復を見出している。1789年の革命において、王は処刑されて、それに引き続く共和制から、人びとの支持をともなって「皇帝」が出現した。これは、フロイトが「抑圧されたものの回帰」と呼ぶものである。

in The Eighteenth Brumaire of Louis Bonaparte, Marx finds repetition in the emergence of the empire out of the republic realized by the French Revolution. 

In the Revolution of 1789, the King was executed and the Emperor emerged from the subsequent republic with the people's support. This is what Freud called the “return of the repressed.” Yet, the Emperor is the return of the murdered king, but is no longer the king himself. (Kojin Karatani,Revolution and Repetition, 2008, 私訳)


柄谷はこの「抑圧された皇帝の回帰」は、ヒトラーやナポレオンに触れつつ、ヨーロッパ共同体の原型の回帰、あるいはヨーロッパ征服の回帰とも言っている。


ナポレオンの構想は、ヨーロッパ共同体の原型とも言えるが、歴史のこの時点では、ヒトラーの第三帝国の前身であるヨーロッパ征服と見るのが妥当であろう。

Napoleon’s concept could be called a prototype of the European Union, but at this point in history, his scheme could be more properly seen as the precursor of Hitler’s Third Reich: the conquest of Europe.(柄谷行人「革命と反復」2008年、私訳)


ーーまさにこれだね、プーチンの言っているのは。抑圧されたものの回帰としての過去の亡霊の回帰。あるいはヨーロッパ共同体の原型の回帰。


なお柄谷はこの論文の冒頭近くで出来事ではなく構造、反復構造を強調していることを付け加えておこう。

私は歴史の反復があると信じている。そしてそれは科学的に扱うことが可能である。反復されるものは、確かに、出来事ではなく構造、あるいは反復構造である。驚くことに、構造が反復されると、出来事も同様に反復されて現われる。しかしながら、反復され得るのは反復構造のみである。

I believe that there is a repetition of history, and that it is possible to treat it scientifically. What is repeated is, to be sure, not an event but the structure, or the repetitive structure. Surprisingly, when a structure is repeated, the event often appears to be repeated as well. However, it is only the repetitive structure that can be repeated.( Kojin Karatani, "Revolution and Repetition" 2008, PDF 私訳)

表象が実際の反復となるのは、過去と現在の間に構造的な類似性があるときだけである。つまり、各個人の意識を超越したネーションに固有の反復構造があるときである。

Representation becomes actual repetition only when there is a structural similarity between the past and the present, that is to say, only when there is a repetitive structure inherent to the nation that transcends the consciousness of each individual.(柄谷行人「革命と反復」2008年、私訳)



柄谷行人の言っていることは厳密にはいくらか違和がないではないが(私にとって)、ま、何はともあれ過去の亡霊が復活してるんだよ、この現在。それをナポレオンやヒトラーに触れつつ指摘した柄谷はエライ。



フロイトの抑圧されたものの回帰は何よりもまず過去の固着点への退行である。

侵入、抑圧されたものの回帰[…des Durchbruchs, der Wiederkehr des Verdrängten anzuführen.]

この侵入は固着点から始まる。そしてリビドー的展開の固着点への退行を意味する[Dieser Durchbruch erfolgt von der Stelle der Fixierung her und hat eine Regression der Libidoentwicklung bis zu dieser Stelle zum Inhalte.](フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー  )1911年)

現実では満たされることのないリビドーの鬱積は、過去の固着への退行の助けを借りて、抑圧された無意識を通して捌け口を見出す。Eine nicht real zu befriedigende Libidostauung schafft sich mit Hilfe der Regression zu alten Fixierungen Abfluß durch das verdrängte Unbewußte. (フロイト『十七世紀のある悪魔神経症』1923年)


いまヨーロッパで起こっているのは、かつての欧州家族の歴史の固着点への退行だろうよ。

一方は、古い家族の歴史への固着とその残存、もう一方は、過去の復活、長い間隔をおいての忘れられたものの回帰[einerseits Fixierungen an die alte Familiengeschichte und Überlebsel derselben, anderseits Wiederherstellungen des Vergangenen, Wiederkehren des Vergessenen nach langen Intervallen.   ](フロイト『モーセと一神教』3.1.4  Anwendung)

忘れられたものは消去されず「抑圧された」だけである[Das Vergessene ist nicht ausgelöscht, sondern nur »verdrängt«](フロイト『モーセと一神教』3.1.5 Schwierigkeiten, 1939年)



この過去の固着点への退行、それが「過去の復活=抑圧されたものの回帰」の核心である。そして戦争はこの退行を生み出す力を持っている。



心的発達において、すべての初期の発達段階は、そこから生じた後の段階と並行して存続する。ここでの継承には共存も含まれるが、一連の変容全体が同じ素材に対して適用されている。より初期の心的状態は長いあいだ現れないかもしれないが、それにも拘らず現前しており、いつでも心的力の表現様式となり、あたかもすべての後の発達が無効にされたり取り消されたりするかのように実に唯一の状態になりうる。


心的発達のこの並外れた可塑性は方向性に関しては制限がないわけではない。それは特殊な退行作用[besondere Fähigkeit zur Rückbildung – Regression –]として説明しうる。というのは、後のより高次な段階が一旦放棄されると再び取り返せない事態がとしばしば起こるから。しかし原初の段階へはいつでも戻りうる。原初の心的状態は、言葉の十全な意味で、不滅である[das primitive Seelische ist im vollsten Sinne unvergänglich]。

精神疾患と呼ばれるものは、一般の人には知的生や心的生が破壊されているという印象を必然的に与える。だが実際には、破壊は後に獲得されたものや発達にのみ適用される。精神疾患の本質は、情動的生と機能が以前の状態に回帰することにある[Das Wesen der Geisteskrankheit besteht in der Rückkehr zu früheren Zuständen des Affektlebens und der Funktion]。


したがって、文化に対する我々の感受性の基礎となる欲動の変容[Triebumbildung]も、人生の影響によって永久的または一時的に取り消される可能性がある。戦争の影響は、このような退行を生み出す力のうちのひとつであることは疑いない[Ohne Zweifel gehören die Einflüsse des Krieges zu den Mächten, welche solche Rückbildung ( Regression) erzeugen können]

(フロイト『戦争と死に関する時評』Zeitgemasses über Krieg und Tod, 1915年)