マキャベリは実に面白いね、いまさらかもしれないが。
これにつけても、覚えておきたいのは、民衆というものは、頭を撫でるか、消してしまうか、そのどちらかにしなければならないことである。というのは、人はささいな侮辱に対しては復讐しようとするが、大きな侮辱に対しては復讐しえないからである。したがって、人に危害を加えるときは、復讐のおそれがないように行なわなければならない。(マキャベリ『君主論』) |
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一つの悪徳を行使しなくては、自国の存亡にかかわるという容易ならぬばあいには、悪徳の評判などかまわずに受けるがよい。(マキャベリ『君主論』) |
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人間は邪悪なものであって、あなたに対する信義を忠実に守ってくれるものではないから、あなたのほうも人々に信義を重んずる必要はない。そのうえ、信義の不履行を合法的に言いつくろうための口実は、君主にはいつでも見いだせるものである。(マキャベリ『君主論』) |
ーーこの三文だけでも今の戦争の事例に大いに活用できる。
最初の文はイスラエルのガザジェノサイド目標(おそらく失敗に終わるだろうが)。
2番目の文は、ロシアの核ドクトリン「実存的脅威」を想起できるーー現在、さらなる変更が検討されているようだが。
核兵器使用のカギとなる条件は「国家の実存に対する脅威」ではなく「国家の死活的利益に対する脅威」であるべきだ! |
Вместо "угрозы самому существованию государства" в качестве одного из условий применения ядерного оружия стоило бы записать "угрозу жизненно важным интересам страны"! |
(ロシアはいかに第三次世界大戦を防止できるか ドミトリー・トゥレーニン 2024年6月10日 Dmitry Trenin: Here’s how Russia can prevent WW3 , RT 10 Jun, 2024) |
3番目の文は、ウクライナ紛争における集団的西側の振舞いーー特に直接的にミンスク合意不履行。
2014年を通じてプーチン大統領は和平交渉を繰り返し呼びかけ、これが2015年2月のドンバスの自治と双方の暴力の停止に基づくミンスク合意IIにつながった。ロシアはドンバスをロシア領とは主張せず、ウクライナ国内のロシア系住民の自治と保護を求めた。国連安全保障理事会はミンスク合意IIを承認したが、米国のネオコンが密かにそれを覆した。数年後、アンゲラ・メルケル首相が真実を暴露した。西側は合意を厳粛な条約としてではなく、ウクライナに軍事力を強化するための「時間を与える」ための遅延戦術として扱ったのだ。その間、2014年から2021年までのドンバスでの戦闘で約14,000人が死亡した。 |
In the course of 2014, Putin called repeatedly for a negotiated peace, and this led to the Minsk II Agreement in February 2015 based on autonomy of the Donbas and an end to violence by both sides. Russia did not claim the Donbas as Russian territory, but instead called for autonomy and the protection of ethnic Russians within Ukraine. The UN Security Council endorsed the Minsk II agreement, but the U.S. neocons privately subverted it. Years later, Chancellor Angela Merkel blurted out the truth. The Western side treated the agreement not as a solemn treaty but as a delaying tactic to “give Ukraine time” to build its military strength. In the meantime, around 14,000 people died in the fighting in Donbas between 2014 and 2021. |
(なぜ米国はウクライナ戦争の平和的終結に向けた交渉に協力しないのか? Why Won't the US Help Negotiate a Peaceful End to the War in Ukraine? ジェフリー・サックス JEFFREY SACHS、2024年6月19日) |
ま、政治の世界はこういうものだと思っていたほうがいいよ、それは戦争状態に限らない。
近代科学は、道徳的・美的な判断を括弧に入れるところに存在する。そのとき、はじめて「対象」があらわれるのだ。しかし、それは自然科学だけではない。マキャベリが近代政治学の祖となったのは、道徳を括弧に入れることによって政治を考察したからである。重要なのは、ほかならぬ道徳に関してもそういえるということである。道徳的領域はそれ自体で存在するのではない、われわれは物事を判断するとき、認識的(真か偽か)、道徳的(善か悪か)、そして、美的(快か不快か)という、少なくとも三つの判断を同時にもつ。それらは混じり合っていて、截然と区別されない。その場合、科学者は、道徳的あるいは美的判断を括弧に入れて事物を見るだろう。その時にのみ、認識の「対象」が存在する。美的判断においては、事物が虚構であるとか悪であるとかいった面が括弧に入れられる。そして、そのとき、芸術的対象が出現する。だが、それは自然になされるのではない。人はそのように括弧に入れることを「命じられる」のだ。しかし、それになれてしまうと、括弧に入れたこと自体を忘れてしまい、あたかも科学的対象、美的対象がそれ自体存在するかのように考えてしまう。道徳的領域に関しても同じである。(柄谷行人『トランスクリティーク ーーカントとマルクスーー』第一部・第3章「Transcritique」、2001年) |
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