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2025年2月24日月曜日

泡を吹きつつ一瞬で目を背けるだろうシナリオ

 

国民負担率を考えるとき、ほかの要素はいくらかあるとは言え、主にまずこの「高齢者1人当たり生産年齢人口」でいいんだよ。



これは基本的には高齢者への仕送り図(主に年金給付や健康保険給付)であって、1990年から2020年のあいだに生産年齢人口が3分の1近くになっているので、つまり本来なら生産年齢人口1人当たり3倍負担しなくちゃならない。そんなことは到底不可能だから国は国債発行して穴埋めし、国債残高が雪だるま式に増えていく。




ちなみに高齢者1人当たりの仕送り費は約230万円だそうだ(「持続可能性に懸念高まる社会保障」市川眞一 2023/08/29)。


1990年に比べインフレや75歳以上の後期高齢者人口の増加等があるが、ここではそれは考慮から外して単純化すれば、そしてさらに仕送り費も切りのいい240万円にすれば、1990年は6人で240万円を送ればよかったのに、2020年は2人で送らなければならない。つまり生産年齢人口1人当たり負担額は40万円から120万円だ。到底無理だから国債発行で穴埋めとなる。


こういう話は昔からされており、例えば10年に1度の財務省事務次官と言われた武藤敏郎が大和総研に移ってからの仕事が2010年代前半では特に名高かかった。

いくつか列挙しよう。

◼️大和総研「超高齢日本の 30 年展望  持続可能な社会保障システムを目指し挑戦する日本―未来への責任 」理事長 武藤敏郎 監修 、2013 年5 月 14 日

世界で最も高齢化した先進国であり続ける日本が、諸外国との対比でみて低い国民負担率で社会保障を含む広義の政府サービスを維持することは困難だろう。財政赤字問題の主因は社会保障費の増大にある〔・・・〕


日本の財政は、世界一の超高齢社会の運営をしていくにあたり、極めて低い国民負担率と潤沢な引退層向け社会保障給付という点で最大の問題を抱えてしまっている。つまり、困窮した現役層への移転支出や将来への投資ではなく、引退層への資金移転のために財政赤字が大きいという特徴を有している。引退世代向けに偏重した社会保障制度をもっと効率化し、一定の負担増を求める必要性は、経常収支が赤字か黒字かとは関係がない。財政赤字の縮小は、政府自身の問題として必要な増税や歳出削減を実施することと合わせて、家計の消費や企業の投資の活発化を同時に進めないと実現しないだろう。




◼️武藤敏郎「日本の社会保障制度を考える」2013年

国民の中では、「中福祉・中負担」でまかなえないかという意見があるが、私どもの分析では、中福祉を維持するためには高負担になり、中負担で収めるには、低福祉になってしまう。40%に及ぶ高齢化率では、中福祉・中負担は幻想であると考えている。


仮に、40%の超高齢化社会で、借金をせずに現在の水準を保とうとすると、国民負担率は70%にならざるを得ない。これは、福祉国家といわれるスウェーデンを上回る数字であり、資本主義国家ではありえない数字である。そのため、社会保障のサービスを削減・合理化することが不可避である。


◼️大和総研理事長武藤敏郎「財政と社会保障 ~私たちはどのような国家像を目指すのか~」2017年1月18日

日本の場合、低福祉・低負担や高福祉・高負担という選択肢はなく、中福祉・高負担しかありえないことです。それに異論があるなら、 公的保険を小さくして自己負担を増やしていくか、産業化するといった全く違う発想が必要になるでしょう。


《公的保険を小さくして自己負担を増やしていくか》云々とあるのアメリカの低国民負担率を念頭に語っている。



租税負担率の内訳は次の通り。



武藤敏郎に戻れば、彼は2013年の時点でどうしたらいいのかも明示している。


◼️社会保障改革  武藤敏郎 (大和総研)   

日本の総人口は2008年をピークに減少し続け、2050年代には9000万人を割り込むと推計される。総人口は約60年前に戻るだけだが、問題は高齢化率(総人□に占める65歳以上の割合)だ。現在の23%(2010年)から、2060年には約40%になる。国連の定義では高齢化率が21%を超えた社会は「超高齢社会」である。超高齢社会を維持するには、人数が減った現役世代の生み出す付加価値によって、人数が増加した高齢者の生活を支えていかねばならない。現行の社会保障制度をそのまま続けることは不可能だ。   


現行の社会保障制度を維持しつつプライマリーバランスを均衡させるには、国民負担率(税と社会保障の負担が国民所得に占める割合)を現在の4割から7割近くまで引き上げねばならない。しかし、これでは働く意欲を衰えさせ、経済に悪影響をもたらしかねない。福祉国家と言われ、かつては国民負担率が70%を超えていたスウェーデンでも、現在は59%程度に下がっている。 

では、いったいどの程度まで国民負担率を増やし、給付を削れば社会保障制度を持続させることができるのだろうか ―。 


国民負担率は現在の欧州諸国に近い60%程度を超えないように設定し、消費税率は25%まで引き上げることが可能だと想定してみた。その上で、①年金支給開始年齢を69歳に引き上げ②70歳以上の医療費自己負担割合を2割へ引き上げ ― など思いきった給付削減を想定した。


しかし、この程度の改革では社会保障制度を維持できないばかりか、プライマリーバランスの構造的な赤宇も解消できず、国の債務残高は累増し続ける可能性が高いという結論になった。要するに、社会保障の給付削減と負担増を図るだけの従来の発想の延長では、問題を解決する処方箋は容易に描けないのである。

超改革シナリオとは、政府による直接的な給付をナショナルミニマム(国による必要最低限の保障)に限定して国民皆年金や皆保険を維持する一方、民間部門の知恵と活力を総動員して国民が自らリスクを管理していく発想である。


超改革シナリオでは、前述した改革シナリオの内容に加え、①公的年金の所得代替率(その時点の現役世代の所得に対する年金給付額の比率)を現在の62%(2009年財政検証時)から、40%に引き下げる②医療費自己負担割合を全国民一律 3割とする③介護給付の自己負担割合を現在の1割から2割に引き上げる― など給付削減と受益者負担の引き上げを行うこととした。


結論を言えば、この超改革シナリオでは、プライマリーバランスが黒字化し、財政の債務残高そのものをGDP対比で減らしていくことができ、社会保障制度を確実に持続可能なものにしていくことができる。社会保障改革の在り方を、大きな政府か小さな政府かという視点ではなく、超高齢社会において機能する政府とは何かという視点で考えることが重要である。 


当時の彼にとってはこの「超改革シナリオ」が唯一の日本を救う道なんだ。


財政赤字に無関心な人には驚き呆れる数字、いくらかの関心がある人にとっても実現不能の論に見えるかも知れないが、論理的に考えてこうするほかない、という12年前の提案だ。この内のいくつかは最近チョロチョロと導入の動きがあるとはいえ、ま、もういまさら遅いだろう、とくに消費税はいまだ10%にしかなっていないから。消費税廃止なんてマガオでいうポピュリスト政治家がいまだウヨウヨいるから。


国民の心情ーーその場限りの短視眼ーーを考慮すれば机上の空論だったと言わざるを得ないのかもしれない。とはいえ剛腕の武藤敏郎が日銀総裁になっていたらーー小沢一郎などに嫌われて2度にわたって日銀総裁になり損なったーー、今の日本の景色は大きく変わっていたのではないか、社会保障の問題を正面から提起して。小峰隆夫氏曰く、《社会保障は原因が非常に簡単で、人口減少で働く人が減って、高齢者が増えていく中で、今の賦課方式では行き詰まります。そうすると給付を削るか、負担を増やすかしかないのですが、そのどちらも難しいというのが社会保障問題の根本にあります。》(小峰隆夫「いま一度、社会保障の未来を問う」2017年)。この難しさと正面から戦う政治家も官僚もいなかった。

で、なにも施策を打ってこなかった必然的帰結がインフレだよ。ハイパーインフレまでいくかどうかはいざ知らず。

増税が難しければ、インフレ(による実質的な増税)しか途が残されていない恐れがあります。(池尾和人「このままでは将来、日本は深刻なインフレに直面する」2015年)

「妙案みたいなものは、もう簡単には見つかりません。『シートベルトを強く締めてください』と呼びかけたほうがいいかもしれませんね」 (池尾和人発言ーー「日銀バブルが日本を蝕む」」藤田知也, 2018年)

政府が財政規律を導入しないと、この金融政策はうまく機能しないと思います。徳政令か、インフレでゼロ価値にしてしまうといったドラスティックな対応が必要になってくるかもしれません。債務のリネゴシエーションが日本でも起こり得るかもしれません。


日本の場合、国債の保有者は国内の預金者なので可能かもしれませんが、徳政令はハイパーインフレ―ションの下では国民は財産を一気に失ってしまうことになります。そこから、この高齢化社会で立ち直れるのか。それぐらい厳しい条件だと政治家が認識して、責任を持って財政規律を導入しないと、状況はなかなか改善しないと思います。(北村行伸一橋大学経済研究所教授、如水会報(一橋大学OB誌)2017年10月号)


武藤敏郎に代表されるシナリオを避けた結果がインフレ税の仕返しだ。

直近のツイッターからいくつか拾えば次の通り。



一般庶民が目の前のことしか考えられなくてもある意味でしょうがないとは言える。特に武藤敏郎の超改革シナリオなんて突きつけられたら、泡を吹きつつ一瞬で目を背けるだろうよ。




ハイパーインフレは貯金のない層には大きな影響はないという話をしていた経済学者もいたがね、


インフレは、国債という国の株式を無価値にすることで、これまでの財政赤字を一挙に清算する、究極の財政再建策でもある。


予期しないインフレは、実体経済へのマイナスの影響が小さい、効率的資本課税とされる。ハイパーインフレにもそれが当てはまるかどうかはともかく、大した金融資産を持たない大多数の庶民にとっては、大増税を通じた財政再建よりも望ましい可能性がある。(本当に国は「借金」があるのか、福井義高 2019年)


というわけでこれでいいかな、宇露紛争以前は何度も警告として記していたが、最近はもう飽きたから、この数年のあいだに経済学者が何言ってるのか知らないがね。ま、ベースは上に記した内容とたいして変わってない筈だよ、この今、インフレ懸念が露骨になっている以外は。