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2025年6月11日水曜日

アンチフェミ派閥一覧表


前回、小山晃弘のツイートを掲げたが、彼のタイムラインを見ると、「𝕏アンチフェミ」の派閥一覧表」なるものがRTされている。これはひどく勉強になる。私は自称「根源的フェミニスト」であり、つまりは巷の凡庸なフェミニストに強い批判を持っており、アンチフェミニズムと親和性があるのだが、実に感心した。この派閥一覧表はたいして読まれていないようだが、フェミニズムに関心のある方はこの秀逸なまとめを是非読むべきではないか。その意味もあってここに掲げる。


◼️𝕏アンチフェミ」の派閥一覧表

わんにゃん癒し動画 2025年6月7日

本稿ではツイッターで私の視界に入る「アンチフェミ」の派閥を一覧表として説明する。あくまで私の視界に入る派閥だけを取り上げているので、ここにない派閥がありそうなら教えていただきたい。

また「派閥」といっても主要な力点が違うというだけで、一個人が2つ以上の派にまたがっている場合、相互に不干渉で共存している場合、対立し別の派閥を攻撃する場合など、様相はさまざまであるということには留意が必要である。


  • フェアネス派
    • 福祉派
    • シングルファザー・男性DV被害者
    • リーンイン・フェミニスト
    • 女子枠批判派
  • 恋愛論派
    • インセル(非モテ自認層)
    • ナンパ師
    • "進化心理学"論者
  • 表現の自由派
    • 漫画表現の自由派
    • 女性の自身の身体表現の自由派
  • 政治性向派
    • 反極左
    • 伝統回帰保守派
    • 少子化対策派
  • 冷笑派
    • アカデミアフェミニズム批判派
    • "女性の望み"冷笑派
    • 嘘松嘲笑派


フェアネス派

福祉派


貧困、障害、虐待などの問題を扱ううちに、支援の男女格差を問題視してきた派閥。子供の福祉の観点から"虐待ママ"問題や"司法の女割"論に積極的でもある。「弱者男性」という言葉を福祉の網から漏れる人々という意味で古くから使ってきた。本来フェミニズムと対立する必要はないのだが、論壇フェミニズムが《常に女性は被害者で男性は加害者》という教義を持っていて支援の比重に首を突っ込むため対立する。この派閥は支援職の男性が多く、基本形を一番保っているのは一柳良悟。小山晃弘もここの出身である。


シングルファザー・男性DV被害者


シングルファザーとなったあとシングルマザーとの支援格差に行きあたったもの、離婚時の親権争いでハーグ条約違反の日本の司法に憤慨している人、DV認知活動によって声を上げ始めた男性DV被害者など、結婚した結果として女に失望した人々という属性である。"司法の女割"などに一番批判的で、「母親が子供を殺した場合、ただ殺すより虐待してから殺すほうが罪が軽くなる」(資料20p)といった学術論文を紹介していたのもこの派。幅広いが論壇の中心は医者など頭のいい職業の人が多くなりがちである。


リーンイン・フェミニスト


女性の社会進出を支持し、管理職や政治家などバリキャリ職の女性比率をバリバリ働く正攻法で上げることを推進する人々。「リーン・イン」を代表として2010年代のアメリカを席巻したフェミニズム思想である。日本ではジェンダーギャップ指数改善を錦の御旗として掲げる。「アメリカ女性のように働け」と主張してゆるキャリ層や主婦、無職女性と対立、家事育児負担に対しては「アメリカのように外注するかパートナーを主夫にしろ」と主張するのが多くの女性の価値観と反するらしく日本では「アンチフェミ」扱いになっている。管理職の女性比率の数値目標達成を求められる人事関係者など社会的立場は比較的高め。また「女性に働きやすい職場」を作るためにしわ寄せを食った人が、「しわ寄せせず自立して働け」とこの派閥の主張に賛同するようになることも多い(やはり医者が多いが、かなり女医も多い)。バリキャリ女性お役立ち情報を発信したりするのでバリキャリ女性の支持者も一定数いる。


女子枠批判派


女性向けアファーマティブアクションをアンフェアとして非難し、外国では違憲判決が出ているし国内でも違憲だろうと主張する人々。キャッチフレーズは「男女差別で不当な利益を得たなら、その主体であるシニア(男性)教授が辞めて席を空けろ、他人の腹で切腹するな」。今現在入学枠や就職枠を争っている若く高学歴な男性が主体でかなりの数がおり、これに法学や法曹の関係者も混じる。女子枠の出現により一気に増えた。代表例はNENENENE@研究こと慶應大学の國武悠人。


恋愛論派

インセル(非モテ自認層)


インセルは北米発祥の語で「"involuntary"(不本意な)」と「"celibate"(禁欲)」を組み合わせた混成語だそうである。「弱者男性」という言葉を主に「モテない男性」という意味で使う傾向にある。ゼロゼロ年代には比較的多かったが、2010年代以降はフェアネス派に数で押されるようになり、一時期すももの登場で揺り戻しはあったが、女子枠問題などでフェアネス派の「アンチフェミ」が激増した結果、現在は完全に傍流になった感がある。


ナンパ師


主にゼロゼロ年代に伸びた「アンチフェミ」男性。単に自分の性欲を満足させようという人もいるが、一方で当時あった{パートナーを得られないことが、単に自分自身の不満足に留まらず、社会的スティグマまでつけられてしまい、とにかく誰でもいいから彼女をゲットしないと人間扱いされないことへの防衛}という動機からこの分野に入った人もいる。「恋愛工学」を自称する勢力が代表的で、女性を確率論的に反応する存在とみなすのでミソジニー傾向が強い。オペレーションズリサーチとも近しく、見合い・出会い系の最適戦略を博論として書いた鳩山由紀夫も実はこの先駆者的なところはある。


"進化心理学"論者


性的二形・繁殖戦略の違いは本能であり、その帰結として男女平等は女性の望みとして実現しない等と主張する人々。リーンイン・フェミニストが主張するパートナーの主夫化(下方婚)は女の本能に反するので実現しない、等がいつもの発言。政治的にこうあるべきという主張ではなく、このようにしかならないのだ、というような主張の仕方をする。代表例はエボサイ。


表現の自由派

漫画表現の自由派


漫画表現の規制論に対抗している人々。石原都政時は都が規制派だったため相対的に左派と組むことが多かった。矯風会(福音派=宗教右派)の影響を受けた北原らが"フェミニスト"を名乗り共産党と組んで規制派の代表となってから漫画表現の自由派が「アンチフェミ」にカウントされるようになった。宗教保守的な主張をする規制派がフェミニストを名乗るようになったから「アンチフェミ」と呼ばれるようになっただけで、表現の自由派はそもそもフェミニズムを嫌っているわけではないし、漫画家・イラストレーター等は普通に女性が多く、後述の女性身体表現の自由も相まって女性比率が高い。古くはオタク層だったが、漫画が普遍化したためかなり広い範囲に存在する。


女性の自身の身体表現の自由派


「女性が自分の性欲を満足させるために開放的な(身体)表現をして何が悪い、男性目線など気にしたことがない」と主張する人や、あるいはもっとあけっぴろげに見た目や性を売って何が悪いと主張する人(グラビアアイドルやセックスワーカーの権利擁護運動など)が、しばしば性嫌悪フェミニストと対立する。男性がこの派閥のアドヴォケイターとなることは少なく、女性中心の派閥。ただし安定してはおらず、ミスコンに出ていることをプロフに書きつつルッキズム批判をする人などもザラにおり、この派閥の出入り、賛成派と反対派の急転回などは日常茶飯事である。


政治性向派

反極左


Woke以降フェミニズムが極左運動と接近した結果として、反極左の文脈の「アンチフェミ」が出るようになった。端的な例は草津冤罪事件において有名極左フェミニストが支援した虚偽告発への批判だろう。かなり幅は広く、政治性向的には左派と目されるような大学教授(アンチフェミとまでは認識されない)から、cdbやもへもへあたりのマイクロインフルエンサー、果ては暇空などの極北まで広く分布する。極左サイドから見ると暴れている暇空あたりが目立つだろうが、左派と目されるような大学教授まで反Wokeは普通にいる(これは米国民主党内での意見対立でも同様)ので留意が必要である。


伝統回帰保守派


いまどきあまり見なくなってきたが、夫婦別姓論議では別姓反対派という形で明瞭に認識される。ちなみに筆者はフランスのPACS的な、①別姓OK②同性婚OK③夫婦が対等に養育費を負担し配偶者への扶養義務や財産分与はなしで親権は対等、という従来制度の男女非対称を排除した「対等夫婦婚」制度を女性の社会進出を支援する文脈で提案している。


少子化対策派


少子化対策として強制ではないが、税金や補助金による有形の傾斜、ないし無子者への無形のスティグマを与えることで「産め圧」を加えよと主張する派閥。女性のリプロダクティブライツと対立するので真っ向から「アンチフェミ」であるといえる派閥であるが、それ以外の女性の権利についてはそれほど関心がない。社会の継続性や高齢者福祉を論点として薄く広く支持者がいる。女性のほうが寿命が長く高齢者福祉のお世話になる期間が長いのもあって地味に子持ち女性が高齢化するとこの派閥に入る人が多い。また後述の"女性の望み"冷笑派とも重複するケースもある(個別の女性の望みを全部聞くと結局昭和の専業主婦になるケースが多いという指摘)


冷笑派

アカデミアフェミニズム批判派


大学で教えられている学問としての「フェミニズム」が、人文学としても社会学としても水準に達していないということを懇切丁寧に指摘する人々。社会学と人文学を焼きまくったためアカデミアでの影響は小さくない。その性質上、大学教員や博士号持ちなどアカデミアの人間が主体である。代表例は不満研究事件の仕掛人のボゴジアンやリンゼイなど。不満研究事件の結末を見る限り、実証系はともかく思想系の大学フェミニズムは学問を名乗るに足る水準に達していないという彼らの主張は証明されてしまったように見える。ただし学問の水準ではないと言っているだけで政治発言することを否定しているわけではない。


"女性の望み"冷笑派


ネットで声高に言われている"女性の声"である「エロ表現やめろ」「育児を自分でしたいから男の年収に頼るのは当たり前」等を総合すると昭和の専業主婦PTAおばさんの主張にしかならない、これのどこがフェミニズムだと冷笑する人々。逆説的にはフェミニズムを否定してはおらず、自己矛盾の存在や羊頭狗肉であることを批判しているともいえる。フェミニズムに対してこんなのについていけん、というあきらめからMGTOWもここに入れてよいと思う。代表例にeternal_windを挙げておく。


嘘松嘲笑派


創作実話系の男性による加害ツイートについて、それが嘘であることを指摘し晒し物にする人々。めるめるなどが分かりやすい例といえる。この手の嘘松は「正義属性vs悪属性の二分論ですべてを理解する」「悪属性に加害される被害者という意識」「"悪属性"全体への無差別攻撃の主張」「エコーチャンバー化が進み仲間内に受けそうな嘘をでっちあげてRTしあう」等、ネトウヨやDS陰謀論と同様の陰謀論としての性質が強く、心的メカニズムは似たようなものだと推測される。ただ、嘘松批判もファクトチェックで済めばよいが、相手の一番馬鹿な行動を取り上げるという性質上、ミイラ取りがミイラになるというか男女対立・ミソジニーの傾向が強まるようにふるまっている嫌いはある。


派閥間の交差と対立


これの派閥、必ずしも対立をしているわけではなく個人が2つ以上の派にまたがる論説を唱えることは珍しくない一方、対立し別の派閥を攻撃する場合もあるなど、複雑な関係である。

筆者はリーンイン・フェミニストの派閥といえる立場だが、恋愛論派への批判が多く、すももやエボサイの名指し批判をした結果彼らからはブロックされている(今のアカウントは絡んでいないせいかブロックされていない)。表現の自由派とはあまり交差しないので時たま意見が一致したときだけ助け舟を出す程度にとどまる交流となっている。政治系論壇ではもへもへからはフォローされているが暇空からはブロックされている。

フェアネス派と恋愛論派は、最近でも弱者男性という言葉の語義の主導権争いをしていたが、必ずしも対立するわけではなく、例えば「障害者の性の権利」は福祉論者とインセルの交差点になりうる。

表現の自由派は女性比率が特に高い「アンチフェミ」だが、一方で割と簡単に規制派にスイッチしたり、規制派の主張と自由派の主張を同時にする人も珍しくなかったりする場合もある。





※附記


なお私が依拠することが多いカミール・パーリアーー米国フェミニズム文化における爆弾女ーーの発言をいくつか掲げておく。


私は全きフェミニストだ。他のフェミニストたちが私を嫌う理由は、私が、フェミニスト運動を修正が必要だと批判しているからだ。フェミニズムは女たちを裏切った。男と女を疎外し、ポリティカルコレクトネス討論にて代替したのである。

I'm absolutely a feminist. The reason other feminists don't like me is that I criticize the movement, explaining that it needs a correction. Feminism has betrayed women, alienated men and women, replaced dialogue with political correctness. (カミール・パーリア Camille Paglia, Playboy interview, May 1995)

フェミニズムは死んだ。運動は完全に死んでいる。女性解放運動は反対者の声を制圧しようとする道をあまりにも遠くまで進んだ。異をとなえる者を受け入れる余地はまったくない。まさに意地悪女 Mean Girls のようだ。〔・・・〕フェミニストのイデオロギーは、数多くの神経症女の新しい宗教のようなものだ。Feminism is dead. The movement is absolutely dead. The women’s movement tried to suppress dissident voices for way too long. There’s no room for dissent. It’s just like Mean Girls.  〔・・・〕Feminist ideology is like a new religion for a lot of neurotic women. (カミール・パーリア Camille Paglia on Rob Ford, Rihanna and rape culture, 2013)


女性研究は、チャレンジなきグループ思考という居ごこちよい仲良し同士の沼沢地である。それは、稀な例外を除き、まったく学問的でない。アカデミックなフェミニストたちは、男たちだけでなく異をとなえる女たちを黙らせてきた。Women's studies is a comfy, chummy morass of unchallenged groupthink. It is, with rare exception, totally unscholarly. Academic feminists have silenced men and dissenting women. (Camille Paglia, Free Women, Free Men: Sex, Gender, Feminism, 2018)

フロイトを研究しないで性理論を構築しようとする女たちは、ただ泥まんじゅうを作るだけである[Trying to build a sex theory without studying Freud, women have made nothing but mud pies](カミール・パーリアCamille Paglia  "Sex, Art and American Culture", 1992年)



さらにもうひとつ、ノーベル文学賞作家ドリス・レッシング、かつては英フェミニズム運動のアイコンだったが1990年代に入ってフェミニズム運動から徐々に距離を置くようになったその彼女の2001年の発言を掲げる。

男たちはセックス戦争において新しい静かな犠牲者だ。彼らは、抗議の泣き言を洩らすこともできず、「継続的に、女たちに貶められ、侮辱されている」。[men were the new silent victims in the sex war, "continually demeaned and insulted" by women without a whimper of protest.]〔・・・〕


フェミニズムは批判できない宗教の一種になっている。もし批判したら大義への裏切り者になる。[It (feminism) has become a kind of religion that you can't criticise because then you become a traitor to the great cause] (ドリス・レッシング Doris Lessing, Lay off men, Lessing tells feminists, The Guardian, 14 Aug 2001




現代西側社会でフェミニズムが支配的イデオロギーなのは紛いようがない。このフェミニズム宗教に逆らったらおそらく職場で仕事ができなくなる。大学でもそうだ。卑しいゴマスリ学者がウヨウヨしている。フロイトやラカン学者でさえそうだ。とはいえ、である。彼らはいつまで提灯持ちをやるつもりだろう?


作家というものはその職業上、しかじかの意見に媚びへつらわなければならないのであろうか? 作家は、個人的な意見を述べるのではなく、自分の才能と心のふたつを頼りに、それらが命じるところに従って書かなければならない。だとすれば、作家が万人から好かれるなどということはありえない。むしろこう言うべきだろう。「流行におもねり、支配的な党派のご機嫌をうかがって、自然から授かったエネルギーを捨てて、提灯持ちばかりやっている、卑しいごますり作家どもに災いあれ」。世論の馬鹿げた潮流が自分の生きている世紀を泥沼に引きずりこむなどということはしょっちゅうなのに、あのように自説を時流に合わせて曲げている哀れな輩は、世紀を泥沼から引き上げる勇気など決して持たないだろう。(マルキ・ド・サド「文学的覚書」)