胸キュンになるな、この動画。
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Nobuyoshi Araki - Artist or Pornographer? |
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私の最も愛する荒木経惟の写真のひとつもある。
初めて見る写真もいくつかある。
で、いままでの作品を振り返って、傍らの陽子さんをふと撮った写真を最も愛している、と。
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かつて私は、現実を超え、現物を感じさせる女を、「広辞苑」に内緒で、女優と定義したが、実は、女は、すべてが現実を超えていて、現物なのである。女は、すべて女優なのである。(荒木経惟『劇写「女優たち」』1978年) |
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相手に想いをぶつけてそれを撮っている。 私の場合は、相手とのぶつけ合いで、このあたりまで(相手との中間の空間)撮れちゃうわけ。ここの空気まで写っちゃう。 空間と空間の狭間、つまり際物が好きなんだね、境界線のあたりが。(荒木経惟発言ーー 伊藤俊治『生と死のイオタ』1998年) |
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というより、ここではこっちかな、 |
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ある年齢に達してからは、われわれの愛やわれわれの愛人は、われわれの苦悩から生みだされるのであり、われわれの過去と、その過去が刻印された肉体の傷とが、われわれの未来を決定づける[Or à partir d'un certain âge nos amours, nos maîtresses sont filles de notre angoisse ; notre passé, et les lésions physiques où il s'est inscrit, déterminent notre avenir. ](プルースト「逃げ去る女」) |
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※附記
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──オマンコを一年撮り続けたら、顔が一番卑猥に見えてくるっていう意味のことを書いておられましたね。〔・・・〕 荒木)裸を撮っても、じゃあ最後トドメ行くぞって時は顔なんだ。もったいない話だよ。裸になってるのに顔だけしか撮らないんだから。ほかから見たら変だろ(笑)。 ───富山県のミュゼふくおかカメラ館の開館記念で、「富山ノ女性101人」の顔をお撮りになりました(平成十二年[二〇〇〇年])。撮影は大変だったんじゃないですか。 荒木 気力と体力がないと撮れないよ。〔・・・〕 初めて会う人ばかりなんだけど、アタシに撮ってほしいって人は、どんどん自分を出してくるんだ。そうしたらアタシもノッてくるからさ。だから顔はさしで撮るのが一番いいね。その人が全部出る。中には隠そうという気持ちのある人もいるけど、それも出ちゃう。隠したいっていう顔になってる。だから顔なんだ。 ちょっと普段言ってることと違うんだけど、顔はオブジェにして撮っちゃダメなんだ。向こうが熱をぶつけてきて、こっちも熱をぶつけて、顔がオブジェになるちょっと手前、その感じの顔が一番いい。四月に表参道ヒルズでやる「裸の顔」の写真展では、そういう顔を並べるんだ。 荒木 今は撮られたいっていう女の子が向こうから来てくれるからね。前は俺と末井さんで裸は芸術だ、アートだからとか言って女の子口説いて、すっぽかされたりしてたんだから (笑)。俺は縛りとかの写真も撮ってるんだけど、俺の写真全体を見て撮ってくれっていう子が来るんだからいい時代だよ。女は俺を見る目があるんだなぁ。撮ってくれっていう女はまた上玉なんだ。女の撮られたいっていう本能はいいねぇ(笑)。(「ほぼありのままあの荒木経惟」 2015年5月1日) |
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