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2026年初頭から、国際法なきリアルな世界が赤裸々に露顕してしまったな、 |
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私は考えている、現実界は法なきものと言わねばならないと。真の現実界は秩序の不在である。現実界は無秩序である[je crois que le Réel est, il faut bien le dire, sans loi. Le vrai Réel implique l'absence de loi. Le Réel n'a pas d'ordre]. (Lacan, S23, 13 Avril 1976) |
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現実界は、フロイトが「無意識」と「欲動」と呼んだものである[le réel à la fois de ce que Freud a appelé « inconscient » et « pulsion ».](Jacques-Alain Miller, HABEAS CORPUS, avril 2016) |
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欲動、すなわちエスの欲動であり、「法なき現実界」とは「アモラルなエス」の言い換えである。 |
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エスはまったくアモラル(非道徳)であり、自我は道徳的であるように努力する[Das Es ist ganz amoralisch, das Ich ist bemüht, moralisch zu sein](フロイト『自我とエス』第5章、1923年) |
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アモラルなエスの別名は原人間 [Urmenschen]だ。 |
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人間のもっとも深い本質はもろもろの欲動活動にあり、この欲動活動は原始的性格をそなえていて、すべてのひとびとにおいて同質であり、ある種の根源的な欲求の充足をめざすものである[daß das tiefste Wesen des Menschen in Triebregungen besteht, die elementarer Natur, bei allen Menschen gleichartig sind und auf die Befriedigung gewisser ursprünglicher Bedürfnisse zielen. ]〔・・・〕 戦争は、より後期に形成された文化的層をはぎ取り、われわれのなかにある原人間を再び出現させる[Krieg …Er streift uns die späteren Kulturauflagerungen ab und läßt den Urmenschen in uns wieder zum Vorschein kommen. ](フロイト『戦争と死に関する時評』Zeitgemasses über Krieg und Tod, 1915年) |
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で、ラカンがフロイトの遺書と呼んだ論での処方箋はこうだーー、 |
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欲動要求の永続的解決 [dauernde Erledigung eines Triebanspruchs]とは、欲動の飼い馴らし [die »Bändigung«des Triebes]とでも名づけるべきものである。それは、欲動が完全に自我の調和のなかに受容され、自我の持つそれ以外の志向からのあらゆる影響を受けやすくなり、もはや満足に向けて自らの道を行くことはない、という意味である。 しかし、いかなる方法、いかなる手段によってそれはなされるかと問われると、返答に窮する。われわれは、「するとやはり魔女の厄介になるのですな [So muß denn doch die Hexe dran]」(ゲーテ『ファウスト』)と呟かざるをえない。つまり魔女のメタサイコロジー[Die Hexe Metapsychologie」である。(フロイト『終りある分析と終わりなき分析』第3章、1937年) |
ーーいやあ、もうほんとにどうしようもないんじゃないかね、魔女の厄介になるほかは。
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悪魔に対抗できるのは魔女しかいないよ。 |
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悪魔とは抑圧された無意識の欲動的生の擬人化にほかならない[der Teufel ist doch gewiß nichts anderes als die Personifikation des verdrängten unbewußten Trieblebens ](フロイト『性格と肛門性愛』1908年) |
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人間の原始的、かつ野蛮で邪悪な衝動(欲動)は、どの個人においても消え去ったわけではなく、私たちの専門用語で言うなら、抑圧されているとはいえ依然として無意識の中に存在し、再び活性化する機会を待っています[die primitiven, wilden und bösen Impulse der Menschheit bei keinem einzelnen verschwunden sind, sondern noch fortbestehen, wenngleich verdrängt, im Unbewußten, wie wir in unserer Kunstsprache sagen, und auf die Anlässe warten, um sich wieder zu betätigen.](フロイト書簡、Brief an Frederik van Eeden、1915年) |
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小林秀雄=トルストイ版も掲げとくよ、 |
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僕は写真を見乍ら考えつゞけた。写真は、次第に本当の意味を僕に打ち明ける様に見えた。何もかもはつきりしてゐるのではないか。はつきりと当り前ではないか。戦に関する理論も文学も、戦ふ者の眼を曇らす事は出来まい。これは、トルストイが、「戦争と平和」を書いた時に彼の剛毅な心が洞察したぎりぎりのものではなかつたか。戦争と平和とは同じものだ、といふ恐しい思想ではなかつたか。近代人は、犯罪心理学といふ様なものを思ひ付いた伝で、戦争心理学といふ様な奇妙なものを拵へ上げてしまつた。戦は好戦派といふ様な人間が居るから起るのではない。人生がもともと戦だから起るのである。(小林秀雄「戦争と平和」1942年) |
このところいくらか「無政府状態への回帰」情報を追っていたが、いったんオリるよ、たぶん。基本的には上の事態が起こったということだけなんだから。シェイクスピアの言い方なら、《この世の関節がはずれてしまった[The time is out of joint]》(『ハムレット』)だ。
あとはどんな魔女が顕れるかだけだな。皆殺し魔女でないことを祈ってはいるがね。
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私の見るところ、人類の宿命的課題は、人間の攻撃欲動ならびに自己破壊欲動による共同生活の妨害を文化の発展によって抑えうるか、またどの程度まで抑えうるかだと思われる。この点、現代という時代こそは特別興味のある時代であろう。 いまや人類は、自然力の征服の点で大きな進歩をとげ、自然力の助けを借りればたがいに最後の一人まで殺し合うことが容易である。現代人の焦燥・不幸・不安のかなりの部分は、われわれがこのことを知っていることから生じている。 |
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Die Schicksalsfrage der Menschenart scheint mir zu sein, ob und in welchem Maße es ihrer Kulturentwicklung gelingen wird, der Störung des Zusammenlebens durch den menschlichen Aggressions- und Selbstvernichtungstrieb Herr zu werden. In diesem Bezug verdient vielleicht gerade die gegenwärtige Zeit ein besonderes Interesse. Die Menschen haben es jetzt in der Beherrschung der Naturkräfte so weit gebracht, daß sie es mit deren Hilfe leicht haben, einander bis auf den letzten Mann auszurotten. Sie wissen das, daher ein gut Stück ihrer gegenwärtigen Unruhe, ihres Unglücks, ihrer Angststimmung. |
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(フロイト『文化の中の居心地の悪さ』第8章、1930年) |
もちろん上でフロイトが言っている攻撃欲動・自己破壊欲動ーー厳密には自己破壊欲動の投射が他者破壊欲動ーーは死の欲動のことである、《科学はとりわけ死の欲動と結びついている[La science est liée à ce qu'on appelle spécialement pulsion de mort]》(Lacan, S25, 20 Décembre 1977)