この東浩紀のツイートを非難している人が多いが、これ自体はごく当然の観点であってーー私は彼のファンではまったくないがーー、高市早苗は世界システムのなかの要素に過ぎない、という構造主義的な見方だと思うがね。
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構造主義は要素よりもシステム内で置かれたポジションが重要だという考え方だ。 |
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要素自体はけっして内在的に意味をもつものではない。意味は「ポジションによって」きまるのである。それは、一方で歴史と文化的コンテキストの、他方でそれらの要素が参加しているシステムの構造の関数である(それらに応じて変化する)。 Les termes n'ont jamais de signification intrinsèque ; leur signification est « de position », fonction de l'histoire et du contexte culturel d'une part, et d'autre part, de la structure du système où ils sont appelés à figurer. (レヴィ=ストロース『野性の思考』1962年) |
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ロラン・バルトの具体的な説明なら次の通り。 |
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私は仕事のための場をふたつもっている。ひとつはパリに、そしてもうひとつはいなかに。二ヶ所に、共通の品物はひとつもない。何ひとつとして運んだことがないからだ。それにもかかわらず、これらふたつの場所は同一性をもっている。なぜか? 用具類(用紙、ペン、机、振子時計、灰皿)の配置が同じだからである。空間の同一性を成立させるのはその構造なのだ。この私的な現象を見ただけでも十分に、構造主義というものがはっきりわかるだろう。すなわち、システムは事物の存在より重要である、ということだ。 j'ai deux espaces de travail, l'un à Paris, l'autre à la campagne. De l'un à l'autre, aucun objet commun, car rien n'est jamais transporté. Cependant ces lieux sont identiques. Pourquoi? Parce que la disposition des outils (papier, plumes, pupitres, pendules, cendriers) est la même : c'est la structure de l'espace qui en fait l'identité. Ce phénomène privé suffirait à éclairer sur le structuralisme : le système prévaut sur l'être des objets. (『彼自身によるロラン・バルト』1975年) |
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構造主義の始祖レヴィ=ストロースは自伝『悲しき熱帯』で、マルクスとフロイトを「私の師匠」と呼んだが、例えばマルクスの次の文はいかにも構造主義的である。 |
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経済的社会構成の発展を自然史的過程としてとらえる私の立場は、他のどの立場にもまして、個人を諸関係に責任あるものとはしない。個人は、主観的にはどれほど諸関係を超越していようと、社会的にはやはり諸関係の所産なのである。 Weniger als jeder andere kann mein Standpunkt, der die Entwicklung der ökonomischen Gesellschaftsformation als einen naturgeschichtlichen Prozeß auffaßt, den einzelnen verantwortlich machen für Verhältnisse, deren Geschöpf er sozial bleibt, sosehr er sich auch subjektiv über sie erheben mag. (マルクス『資本論』第一巻「第一版序文」1867年) |
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柄谷注釈なら次の通り。 |
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『資本論』が考察するのは…関係の構造であり、それはその場に置かれた人々の意識にとってどう映ってみえようと存在するのである。 こうした構造主義的な見方は不可欠である。マルクスは安直なかたちで資本主義の道徳的非難をしなかった。むしろそこにこそ、マルクスの倫理学を見るべきである。資本家も労働者もそこでは主体ではなく、いわば彼らがおかれる場によって規定されている。しかし、このような見方は、読者を途方にくれさせる。(柄谷行人『トランスクリティーク』2001年) |
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構造主義的観点がすべてではないにしろ、つまり主体的契機がゼロではないにしろ、こういう見方は必要不可欠だ、ということだ。 一般にポピュリストはこの構造に不感症だがね、次のジジェクの言うように。 |
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ポピュリズムが起こるのは、特定の「民主主義的」諸要求(より良い社会保障、健康サービス、減税、反戦等々)が人々のあいだで結びついた時である。〔・・・〕 ポピュリストにとって、困難の原因は、究極的には決してシステム自体ではない。そうではなく、システムを腐敗させる邪魔者である(たとえば資本主義自体ではなく財政的不正操作)。ポピュリストは構造自体に刻印されている致命的亀裂ではなく、構造内部でその役割を正しく演じていない要素に反応する。 populism occurs when a series of particular "democratic" demands (for better social security, health services, lower taxes, against war, etc.etc.) is enchained in a series of equivalences,(…) for a populist, the cause of the troubles is ultimately never the system as such, but the intruder who corrupted it (financial manipulators, not capitalists as such, etc.); not a fatal flaw inscribed into the structure as such, but an element that doesn't play its role within the structure properly (ジジェク「ポピュリズムの誘惑に対抗して(Against the Populist Temptation)」2006年) |
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次のチョムスキーの文もーー彼は最近はエピスタイン絡みで評判が悪いがーー、彼一流のポピュリズム批判の一環だね。 |
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人々を受動的で従順に保つ賢明な方法は、許容される意見の範囲を厳しく制限しつつ、その範囲内で活発な議論を許容し、より批判的で異論のある意見さえも奨励することである。こうすることで、人々は自由な思考が行われているという感覚を持つ一方で、議論の範囲を制限し続けることで、システムの前提は常に強化されていく。 The smart way to keep people passive and obedient is to strictly limit the spectrum of acceptable opinion, but allow very lively debate within that spectrum – even encourage the more critical and dissident views. That gives people the sense that there’s free thinking going on, while all the time the presuppositions of the system are being reinforced by the limits put on the range of the debate. (ノーム・チョムスキー Noam Chomsky, The Common Good, 1998年) |
システムに目がいくことがきわめて稀で、身近な要素に不満をぶつけるというのがツイッター社交界の常道だろうよ。そのせいで「システムの前提は常に強化されていく」かどうかはいざ知らず。
ま、いずれにせよ日本の首相は、アメリカのシステムーー事実上、軍産複合体ーーの駒だろうな、誰がそのポジションに置かれようと。より効果的な駒とそうでない駒はあるだろうがね。
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戦後の日本の外交に関しては、もちろん、さまざまな要因を考慮しなければならない。 2・26事件の1936年以後敗戦の45年まで陸軍は事実上外交を無視していた。45年から52年まで占領下の日本には外交権がなかった。52年から「冷戦」の終わった89年まで、日本は「米国追随」に徹底していた。 ということは、事実上外交的な「イニシアティブ」をとる余地がほとんどなかった、ということである。日本国には半世紀以上も独自の外交政策を生み出す経験がなかった。そこでわずかに繰り返されたのが、情勢の変化に対するその場の反応、応急手当、その日暮らし、先のことは先のこととして現在にのみこだわることになったのだろう。 |
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人々が大勢に従うのは、もちろん現在の大勢にである。大勢は時代によってその方向を変える。…当面の時代、歴史的時間の現在、大勢の方向が決定する今日は伸縮するが、昨日の立場から切り離して、今日の大勢に、それが今日の大勢であるが故に、従おうとするのが大勢順応主義の態度である。その態度は昨日と今日の立場の一貫性に固執しない。別の言葉でいえば、大勢順応主義は集団の成員の行動様式にあらわれた現在中心主義である。 |
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(加藤周一『日本文化における時間と空間』2007年) |
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※附記 なお柄谷行人は次のようにも言っていることを付け加えておこう。 |
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……カントの倫理性は、道徳論においてのみ見てはならない。理論的であることと同時に実践的であること、この超越論的な態度そのものが倫理的なのだ。われわれは、ここで、戦後のフランスで生じた実存主義、構造主義、ポスト構造主義という変遷を別の観点から見てみよう。たとえば、実存主義者(サルトル)は、人間が構造論的に規定されていることを認めながら、なお、自由があることを主張した。それはある意味で「実践的」観点である。一方、構造主義者が主体を疑いそれを構造の「効果」(結果)として見たとき、「理論的」な態度をとったのである。彼らがスピノザに遡行したのは無理もない。先に述べたように、カントの第三アンチノミーにおける正命題は、スピノザの考えーーすべてが原因によって決定されており、ひとが自由だと思うのは、原因があまりに複雑であるからだーーに帰着する。そうした自然必然性を超える自由意志や人格神は想像物であり、それこそ自然的、社会的に規定されている。ただしその原因はけっして単純ではない。そこではしばしば原因は結果によって遡及的に構成されている。 |
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だが、このような考えに驚くべきではない。それは一つの括弧入れによって生じる「理論的」立場に固有のものである。実存主義と構造主義、あるいは主体と構造というかたちで問われた問題は、すこしも新しくない。それはカントが第三アンチノミーとして語った事柄の変奏にすぎない。構造主義的な視点に対して、主体を強調すること、あるいはそこに主体を見出そうとすることは無意味である。なぜなら、それを括弧に入れることによってのみ、構造論的決定論が見出されるのだから。逆に、構造論的な決定を括弧に入れた時点で、はじめて主体と責任の次元が出現する。ポスト構造主義者が道徳性を再導入しようとしたのは、当然である。しかし、それが何か新たな思想でもあるわけではない。実存主義、構造主義、ポスト構造主義という通時的過程に眼を奪われている者は、それが理論的な態度と実践的な態度の交替にすぎないことを見落とす。カントが明らかにしたのは、この二つの姿勢を同時にもたねばならないということである。わかりやすくいえば、われわれは括弧に入れると同時に、括弧をはずすことを知っていなければならないのだ。(柄谷行人『トランスクリティーク』P184) |
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注)構造主義が、むしろ、主体や責任から逃れようとしている人々によって歓迎されたことを見逃してはならない。彼らがこぞってサルトルに敵対したことに注意すべきである。彼らはサルトルを古くさいブルジョ的ヒューマニストに仕立て上げようとした。しかし、戦前『存在と無』で人間のあらゆる行為は挫折に終わると主張していたサルトルが、戦後において「ヒューマニズム」を唱えたのは、あるいは「倫理学」を書くことを試みたのは、ナチによる占領下の体験からである。戦後に人々は、露骨なナチ協力者を糾弾するとともに、レジスタンスの神話を信じようとした。しかし、サルトルは共産党以外にレジスタンスなど事実上なかったこと、彼自身もレジスタンスと呼ぶに値することなど何もしていなかったことを自認したのである。さらに、彼は、共産党もふくめてフランスの知識人たちが無視した戦前及び戦後の植民地主義の過去をまともに取り上げた。このような歴史的文脈において、主体性を否定する反サルトル的構造主義は、フランスにおける過去への責任意識を払拭する役割を果たし、またその結果、フランスの「自由と人権」の伝統を誇る自己欺瞞的で凡庸な「新哲学者」たちが登場したのである。 |
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柄谷はここでたんに構造主義にのみに囚われてはならない、パララックスが重要だといっているのである。もともと柄谷の造語「トランスクリティーク」とはカントの視差=パララックスに起源がある、▶︎「パララックス・アンチノミー・トランスクリティーク」 逆に日本的環境ーー理論的=構造主義的見方が著しく欠けている環境ーーでは、構造を前面に出して言論界を挑発することが欠かせないということでもある。 |
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以下にもうひとつ、柄谷が歴史の反復(抑圧されたものの回帰)を語るなかで、反復構造を強調している英語論文から抜き出しておこう。 |
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私は歴史の反復があると信じている。そしてそれは科学的に扱うことが可能である。反復されるものは、確かに、出来事ではなく構造、あるいは反復構造である。驚くことに、構造が反復されると、出来事も同様に反復されて現われる。しかしながら、反復され得るのは反復構造のみである。 I believe that there is a repetition of history, and that it is possible to treat it scientifically. What is repeated is, to be sure, not an event but the structure, or the repetitive structure. Surprisingly, when a structure is repeated, the event often appears to be repeated as well. However, it is only the repetitive structure that can be repeated.( Kojin Karatani, "Revolution and Repetition" 2008, PDF 私訳) |
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表象が実際の反復となるのは、過去と現在の間に構造的な類似性があるときだけである。つまり、各個人の意識を超越したネーションに固有の反復構造があるときである。 Representation becomes actual repetition only when there is a structural similarity between the past and the present, that is to say, only when there is a repetitive structure inherent to the nation that transcends the consciousness of each individual.(柄谷行人「革命と反復」2008年、私訳) |
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今の日本に「戦前回帰」があるなら、この反復構造は何かについて思いを馳せてみることがこよなく重要であるだろう。 |
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なおラカンは、フロイトの「抑圧されたものの回帰=固着点への退行」についてこう言っている。 |
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抑圧は何よりもまず固着である[le refoulement est d'abord une fixation. ](Lacan, S1, 07 Avril 1954) |
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想定された本能的ステージにおけるどの固着も、何よりもまず歴史のスティグマである。恥のページは忘れられる。あるいは抹消される。しかし忘れられたものは行為として呼び戻される[toute fixation à un prétendu stade instinctuel est avant tout stigmate historique : page de honte qu'on oublie ou qu'on annule, ou page de gloire qui oblige. Mais l'oublié se rappelle dans les actes](Lacan, E262, 1953) |
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これは次のフロイトの言い換えである。 |
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抑圧の第一段階は、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている固着である。 固着は次のように説明できる。ある欲動または欲動的要素が、予想された正常な発達経路をたどることができず、その発達が制止された結果、より初期の段階に置き残される。問題のリビドーの流れは、その後の心的構造との関係で、無意識体系に属するもの、抑圧されたもののように振舞う。 Die erste Phase besteht in der Fixierung, dem Vorläufer und der Bedingung einer jeden »Verdrängung«. Die Tatsache der Fixierung kann dahin ausgesprochen werden, daß ein Trieb oder Triebanteil die als normal vorhergesehene Entwicklung nicht mitmacht und infolge dieser Entwicklungshemmung in einem infantileren Stadium verbleibt. Die betreffende libidinöse Strömung verhält sich zu den späteren psychischen Bildungen wie eine dem System des Unbewußten angehörige, wie eine verdrängte. 〔・・・〕 抑圧の失敗、侵入、抑圧されたものの回帰。この侵入は固着点から始まる。そしてリビドー的展開の固着点への退行を意味する。 des Mißlingens der Verdrängung, des Durchbruchs, der Wiederkehr des Verdrängten anzuführen. Dieser Durchbruch erfolgt von der Stelle der Fixierung her und hat eine Regression der Libidoentwicklung bis zu dieser Stelle zum Inhalte. (フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー )1911年) |
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人は、忘れられたものや抑圧されたものを思い出すわけではなく、むしろそれを行為にあらわす。人はそれを(言語的な)記憶として再生するのではなく、行為として再現する。彼はもちろん自分がそれを反復していることを知らずに(行為として)反復している[der Analysierte erinnere überhaupt nichts von dem Vergessenen und Verdrängten, sondern er agiere es. Er reproduziert es nicht als Erinnerung, sondern als Tat, er wiederholt es, ohne natürlich zu wissen, daß er es wiederholt. ]。(フロイト『想起、反復、徹底操作』1914年) |
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おそらく現在の日本には過去の「ナショナリズム的固着点」への退行があるのではないか。ーー《過去の固着への退行 [Regression zu alten Fixierungen] 》(フロイト『十七世紀のある悪魔神経症』1923年)ーー戦前回帰とはナショナリズムのスティグマに関わるのではないか。柄谷は先に「過去と現在の間に構造的な類似性がある」ときだけ反復があると言っていたが、この構造的類似性はこのスティグマに関わるのではないかと考えている。それはヨーロッパにおける「ナチスの回帰」と同様に。 |
