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いやあ、これは文化だな、全然知らなかったけど、成都の蔦は有名らしい。
2007~10年の改装工事で一度取り払った甲子園の蔦も、最近ようやく様になってきたようだが。
甲子園だけでなく、神戸は蔦に覆われた屋敷が多い街だがね。ボクは京都に住んでいた頃、結婚退職する同僚の女の子を神戸に連れて行って散歩し食事をする習慣があったのだけどーー「習慣」といっても3度ほどだがーーつくづくそう思ったよ。
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しかし女ってのはもう後腐れがないと思うのか、退職直前には自ら進んで扉を開く場合があるね・・・ |
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隣のテーブルにいる女の匂[l'odeur de la femme qui était à la table voisine]…それらの顔は、私にとって、節操のかたいこちこちの女だとわかっているような女の顔よりもばるかに好ましいのであって、後者に見るような、平板で深みのない、うすっぺらな一枚張のようなしろものとは比較にならないように思われた。〔・・・〕それらの顔は、ひらかれない扉であった[ces visages restaient fermés]。しかし、それらの顔が、ある価値をもったものに見えてくるためには、それらの扉がやがてひらかれるであろうことを知るだけで十分なのである・・・ (プルースト「花咲く乙女たちのかげに」) |
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スカルラッティの趣味で気の合う品のある女がいたなぁ➤Scarlatti: Kk. 551 · Maria Tipo |
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昔は誰でも、果肉の中に核があるように、人間はみな死が自分の体の中に宿っているのを知っていた(あるいはおそらくそう感じていた)。子どもは小さな死を、おとなは大きな死を自らのなかにひめていた。女は死を胎内に、男は胸内にもっていた。誰もが死を宿していた。それが彼らに特有の尊厳と静謐な品位を与えた。 |
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Früher wußte man (oder vielleicht man ahnte es), daß man den Tod in sich hatte wie die Frucht den Kern. Die Kinder hatten einen kleinen in sich und die Erwachsenen einen großen. Die Frauen hatten ihn im Schooß und die Männer in der Brust. Den hatte man, und das gab einem eine eigentümliche Würde und einen stillen Stolz. |
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(リルケ『マルテの手記』1910年) |
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ああノスタルジーだなぁ |
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匂いのつよいテッポーユリの/全開期(〈内的な恋唄〉) 鉄砲ユリの奥は深く(〈三重奏〉) 筒深い百合の花が咲く(〈メデアム・夢見る家族〉) 真鍮の棒で砕かれる(〈崑崙〉) ーー吉岡実 |
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ロマン主義的な追憶の描写における最大の成功は、かつての幸福を呼び起こすことではなく、きたるべき幸福がいまだ失われていなかった頃、希望がまだ挫折していなかった頃の追想を描くことにある。かつての幸福を思い出し、嘆く時ほどつらいものはない――だがそれは、追憶の悲劇という古典主義的な伝統である。ロマン主義的な追憶とは、たいていが不在の追憶、一度たりとも存在しなかったものの追憶である。 |
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The most signal triumphs of the Romantic portrayal of memory are not those which recall past happiness, but remembrances of those moments when future happiness still seemed possible, when hopes were not yet frustrated. There is no greater pain than to remember past happiness in a time of grief—but that is the Classical tradition of the tragedy of memory. Romantic memories are often those of absence, of that which never was. |
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(チャールズ・ローゼンCharles Rosen, The Romantic Generation 1995) |
シューマンのこの感じだな、
Schumann Fantasiestucke Des Abends Cortot Rec 1937
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若い娘たちの若い人妻たちの、みんなそれぞれにちがった顔、それらがわれわれにますます魅力を増し、もう一度めぐりあいたいという狂おしい欲望をつのらせるのは、それらが最後のどたん場でするりと身をかわしたからでしかない、といった場合が、われわれの回想のなかに、さらにはわれわれの忘却のなかに、いかに多いことだろう。(プルースト「ゲルマントのほう」) |
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けやきの木の小路を よこぎる女のひとの またのはこびの 青白い 終りを ーー西脇順三郎『禮記』 |


