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2026年7月2日木曜日

東大哲学科院試出題の「超越論的経験論」へのAI解答

 

偶々次のツイートを拾った。

桑原旅人@KuwaharaTabito 2026年6月22日


東大哲学科の院試で出題されたというドゥルーズの「超越論的経験論」に関するAIの解答。


1. 「ドゥルーズの「超越論的経験論」とは、経験を可能にする条件を、経験の外部にある普遍的形式ではなく、経験そのものの内在的な発生過程のうちに探る哲学である。カントの超越論哲学は、時間・空間・カテゴリーなどによって「経験一般の可能条件」を問うが、ドゥルーズから見れば、それはすでに成立した認識や表象を前提にしている。これに対し、ドゥルーズが問うのは、ある具体的な経験がいかに現実に発生し、思考や感覚や主体を変形させるのかである。その条件となるのは、同一性や主観ではなく、差異、強度、特異性、問題、出会いである。経験とは、主体が対象を安定的に認識する場ではなく、何かに衝撃を受け、既存のカテゴリーが揺さぶられ、思考が強制される場である。したがって超越論的経験論とは、可能的経験ではなく現実的経験の発生条件を、表象以前の差異と強度から考えるドゥルーズ独自の立場である。」(ChatGPT)


2. 「超越論的経験論は、ドゥルーズが『差異と反復』で展開した立場であり、カント超越論哲学の批判的変形である。カントは可能的経験の条件を問うたが、ドゥルーズによればその条件は経験的なものの引き写し(décalque)にすぎず、条件が条件づけられるものより大きくならない点で発生を捉え損ねている。これに対しドゥルーズは、可能的経験ではなく現実的経験の発生的条件を問う。ここに経験論的契機が働く。思考は再認(récognition)や良識に支えられた共通感覚から始まるのではなく、感じられるほかないもの(sentiendum)との「出会い」によって強いられて始動する。感性に直接与えられるのは再認可能な対象ではなく、強度としての差異そのものであり、諸能力はその不調和的な超越的行使へと送り返される。条件を可能性ではなく発生の次元で問い、与件を差異・強度として捉える点で、この立場は経験論的であると同時に超越論的なのである。」(Claude)




で、鈴木泉氏によればこういう採点らしい。




さらにーー、


桑原旅人@KuwaharaTabito 2026年6月27日


鈴木泉先生の一連のポストは、これだけでは何のことかわからないと思うので、自分の勉強のために、AIにまとめてもらいました。


「鈴木泉先生の発言の中心は、「超越論的哲学」をカントだけの専門用語として閉じ込めず、哲学史全体を読むための基準として使うということです。


カントの超越論的哲学は、端的には、


対象・経験・認識・思考が、どのような条件のもとで成立するのか


を問うものです。


つまり、哲学の問いを単に「何が存在するか」「何を知っているか」にとどめず、それが存在者として、対象として、経験として、認識として成り立つ条件は何かへと移す。この問いの立て方が、カント以後の哲学にとって決定的な基準になる。


その基準から見ると、カント以前の哲学も読み直せる。


たとえば中世の超越範疇は、存在・一・真・善のように、個別のカテゴリーを超えてすべての存在者に妥当する規定を扱う。これはカント的な意味での超越論的哲学ではないが、個別対象ではなく、存在者一般の水準を問うという点で、超越論的問題系の前史として読める。


ここでスコトゥスが重要になる。スコトゥスにおいて、形而上学は単に神という最高存在者を扱う学ではなく、まず「存在者であるかぎりの存在者」、すなわち共通存在を扱う学として構想される。存在は神と被造物にまったく異なる意味で語られるのではなく、一義的に語られうる。だから形而上学は、神学に従属するだけではなく、存在者一般の可知性や形式的条件を問う学として自立する。この点で、Honnefelder の言う「第二の形而上学」の意義が出てくる。


デカルトの蜜蝋分析も同じです。蜜蝋の色・匂い・形・硬さが変わっても、われわれはそれを「同じ蜜蝋」として認識する。すると、物体認識は感覚だけではなく、知性による把握によって成立していることになる。つまりデカルトは、物体が物体として認識される条件を問うている。その意味で、厳密なカント的論証ではないにせよ、「超越論的分析」と呼べる。


スピノザの共通概念論も、ここで重要になる。共通概念は、私の身体と外部の身体に共通するものについての十全な観念です。これは単なる経験的一般化ではなく、想像的で混乱した認識から、理性的で十全な認識へ移行するための条件になる。


ドゥルーズの超越論的経験論も、この系譜のなかで位置づけられる。ドゥルーズは、カントのように可能的経験の条件を問うだけではなく、現実の経験がどのように発生するのかを問う。つまり、経験一般を可能にする形式ではなく、思考や感性が限界まで追い込まれ、経験そのものが生じる差異的・強度的な条件を問題にする。この点で、ドゥルーズはカントの超越論的哲学を継承しながら、それをスピノザ的な内在論や差異の哲学の方向へ変形している。


だから、カントを基準にすると、こう整理できます。


スコトゥスは、存在者一般の可知性の条件を問う。 カントは、経験一般の可能条件を問う。 デカルトは、物体認識の成立条件を問う。 スピノザは、十全な認識へ移行する内在的条件を問う。 ドゥルーズは、経験そのものが発生する差異的条件を問う。


このとき、スピノザはカント的な超越論哲学者ではありません。スピノザには、カントのような超越論的主観も、カテゴリー論もない。けれども、認識が十全なものへ移行する条件を、身体・情動・自然の内在的関係のなかで問うている。だから、カント的な超越論哲学との関係で、その意義を測ることができる。


また、ドゥルーズもカントを単に否定しているのではない。むしろ、超越論的哲学の問いを引き受けたうえで、その条件を「可能的経験の条件」から「現実的経験の発生条件」へ移し替えている。だからドゥルーズの超越論的経験論は、カントの外部にあるというより、カント的問題設定を内在論的・発生論的に変形したものとして理解できる。


「カントはバッハのようなもの」という比喩は、ここに関わります。

バッハは音楽のすべてではない。しかし、音楽の構成、形式、対位法、展開、緊張と解決を測る基準になる。同じように、カントは哲学のすべてではない。しかし、哲学が何かを問うとき、


それは何の条件を問うているのか 経験的条件なのか、超越論的条件なのか 主観の条件なのか、存在の条件なのか 認識の条件なのか、身体や情動の条件なのか 可能的経験の条件なのか、現実的経験の発生条件なのか


を判定するための基準になる。


つまり鈴木先生の言っていることは、


カントを絶対化するのではなく、カントの超越論的哲学を、他の哲学の射程を測るための規準として使うべきだ

ということです。


その規準を持っているからこそ、中世哲学、スコトゥス、デカルト、スピノザ、ドゥルーズを、それぞれ別々の思想として読むだけでなく、それぞれが「何の成立条件」を問うているのかという観点から比較できる。ここが一連の発言の要点だと思います。」




こっちのほうは満点だそうだ。





むかし浅田彰が「華麗に」説明してたけどね、


◼️『批評空間』1996Ⅱー9 共同討議「ドゥルーズと哲学」(財津理/蓮實重彦/前田英樹/浅田彰/柄谷行人)

浅田彰:ドゥルーズは「超越論的経験論」という一見逆説的なことを言っている。ただちに経験論につく前に、いちど徹底的に超越論的であれねばならない、というわけです。


その立場から見たときに、カントはたしかに超越論的領野を発見したけれども、それを経験的領野の引き写しにしてしまうことで、超越論的な探求を中途半端に終えてしまった、ということになる。


つまり、「私とは一個の他者である」というランボーの言葉を先取りするような形で、超越論的な自己と経験的な自己の分裂、見方を変えれば自己の諸能力の分裂を発見しながらも、経験的領野において前提されていたデカルトの「良識(ボン・サンス)」につながるような「共通感官(コモン・サンス)」における諸能力の調和を密輸入することで、そのような分裂をあまりに性急に縫い合わせてしまった、ということになるわけです。


ただし、カント自身、晩年の『判断力批判』において、「美」の共通感官を論じたあと、「崇高」を論じたところで、それを超える方向を示している。その方向を徹底的に突き進めなければならない。


諸能力を、超越論的というより、超越的に使用すること、つまり、それぞれの能力がそれぞれの原理に従って行くところまで行くようにに仕向けてやることで、「ボン・サンス」や「コモン・サンス」の閉域を突き破り、やはりランボーが「あらゆる感覚の錯乱」と呼んだような非人称的な高次の経験へと突き抜けていかなければならない。そのような経験に定位するのが、高次の経験論、つまり超越論的経験論だということになるわけです。


そういう超越論的経験論の次元での超越論的領野は、さらに存在論の次元では「成立平面(プラン・ド・コンシスタンス)」あるいは「内在的平面(プラン・デイマナンス)」と呼ばれるんですね。ドゥンス・スコトゥスが「一義的な存在」を提示し、スピノザがそれを「神即自然」として肯定し、ニーチェがさらにそれを動態化して「永遠回帰」と呼んだ。


この動態化のキーになるのは、「回帰とは生成の存在である」という規定で、それが示すのは、アナーキックな生成が行き着くところまで行けば自ずと堅固さ=一貫性(コンシスタンス)を持つ――カオスー彷徨(カオエランス)とひとつであるような一貫性(コエランス)を内在的に獲得するということです。


もはやそれを超越する外部の点をもたないこのような領野が、「成立平面(プラン・ド・コンシスタンス)」あるいは「内在的平面(プラン・デイマナンス)」と呼ばれるわけですね。


さらに、ベルグソン哲学との関連では、そのような領野は「潜在的<潜勢的>なもの(ヴィルチユエル)」の場として規定されます。そこでは、差異的=微分的differentielな諸関係とそれに対応する諸特異点から成る潜在的な多様体があって、それが分化differenciarionの過程を通じて顕在化<現働化>(アクチュアリゼ)されることで、現象が構成されることになるんですね。


このように呼び方はさまざまですが、ともあれ、カオス的な領野があって、そこでは私も世界も多数多様な粒子と流束の群れになっているというわけです。したがって、それは独我論の対極に見える。


しかし、すべてがひとつの「内在平面」の内にあって、私も複数、他者も複数なのだから、そこに他者性はない。その意味で、ドゥルーズの哲学は、過激な独我論――自我さえ必要としないほど過激な独我論だと言ってもいいのではないかと思うんです。


『意味の論理学』(69年)の付録でクロソウスキーとトゥルニエを論じているところを比較してみると、それがよくわかるでしょう。クロソウスキー論で描かれているのはまさに多数多様性の世界であって、カントにおいてまだ保たれていた自我と世界と神の統一性が解体し、すべてが多数多様な変容へと解き放たれる――小説に描かれたアレゴリーで言うと、一個の身体の中に複数の霊が入ったり出たりして、狂気のような永遠回帰のロンドを踊るということになるわけですね。


ところが、トゥルニエ論の方では、そのような世界は実は孤島のロビンソンに対して現れるのだと言っているんです。ロビンソンが一人で島に流れ着く。それは他者のない世界なんですね。ドゥルーズは、他者というのは「可能世界の表現」だと言う。私の知覚野は狭いけれども、他者は私に見えないものが見えているかもしれないし、私に感じられないものが感じられているかもしれないし、そもそも、そのような他者がいるからこそ知覚野が共同主観的構造として整然と秩序化されているのだ、と。しかし、それは現象のレヴェルの問題にすぎない。たしかに、そういう他者がいなくなると、最初、世界の秩序が崩壊して、ロビンソンは非常な苦しみを体験する。しかし、それを突き抜けていくと、ロビンソン自身も島全体がエレマン(諸元素)の群れとなって立ち上がり、コスミックなロンドを踊り始める。フライデーが出てきても、他者としてではなく、すでにエレマンテールなものとして出てくるにすぎない。それがトゥルニエの偉大な独我論的ファンタスムなのだ、というわけです。


それと併せて見れば、ドゥルーズは、ニーチェからクロソフスキーに至る多数多様性のヴィジョンを、むしろトゥルニエ的な独我論の相で見ていると言えるのではないか。


もしそう言えるとしたら。それを具体的な「外」と接合していくきっかけになったのが、交通の人としてのガタリとの遭遇だ、というのが、最初に言った仮説の後半なのですけどね。



私は今でもここで浅田が言っていることの半分くらいしかわかっていないけどね、


とはいえキモは先ずはカントの崇高なんだろうよ



自然における崇高の表象に遭遇して、心は動揺を感じる。他方、自然における美についての美的判断は、安らぎを与える観想のなかにある。崇高による動揺は、衝撃に比較しうる。たとえば斥力と引力の目まぐるしい変貌に。この、構想力(想像力)にとって法外のものは、あたかも深淵であり、その深淵により構成力は自らを失うことを恐れる。


Das Gemüt fühlt sich in der Vorstellung des Erhabenen in der Natur bewegt: da es in dem ästhetischen Urteile über das Schöne derselben in ruhiger Kontemplation ist. Diese Bewegung kann […] mit einer Erschütterung verglichen werden, d. i. mit einem schnellwechselnden Abstoßen und Anziehen […]. Das überschwengliche für die Einbildungskraft[…] ist gleichsam ein Abgrund, worin sie sich selbst zu verlieren fürchtet; (カント『判断力批判』27章)


崇高の感情の質は、不快の感情によって構成されている。対象を判断する能力についての不快である。だが同時に合目的である。この合目性を可能とするものは、主体自身の不可能性が無限の能力の意識を掘り起こし、かつ心はこの不可能性を通してのみ、無限の能力を美的に判断しうるから。


Die Qualität des Gefühls des Erhabenen ist: daß sie ein Gefühl der Unlust über das ästhetische Beurteilungsvermögen an einem Gegenstande ist, die darin doch zugleich als zweckmäßig vorgestellt wird; welches dadurch möglich ist, daß das eigne Unvermögen das Bewußtsein eines unbeschränkten Vermögens desselben Subjekts entdeckt, und das Gemüt das letztere nur durch das erstere ästhetisch beurteilen kann.  (カント『判断力批判』27章)




で、ニーチェは力への意志の触れつつ、快と不快を語っている。


人間は快 Lust をもとめるのではなく、また不快 Unlust をさけるのではない。私がこう主張することで反駁しているのがいかなる著名な先入見であるかは、おわかりのことであろう。


快と不快 Lust und Unlust とは、たんなる結果、たんなる随伴現象である、──人間が欲するもの、生命ある有機体のあらゆる最小部分も欲するもの、それは《力の増大 Plus von Macht》である。

この増大をもとめる努力のうちで、快も生ずれば不快も生ずる。あの意志から人間は抵抗を探しもとめ、人間は対抗する何ものかを必要とする──それゆえ不快は、おのれの力への意志 Willens zur Macht を阻止するものとして、一つの正常な事実、あらゆる有機的生起の正常な要素である。

人間は不快をさけるのではなく、むしろそれを不断に必要とする。あらゆる勝利、あらゆる快感、あらゆる生起は、克服された抵抗を前提しているのである。


不快は、《私たちの力の感情の低減 》を必然的に結果せしめるものではなく、むしろ、一般の場合においては、まさしく刺戟としてこの力の感情へとはたらきかける、──阻害はこの力への意志の《刺戟剤》なのである。

Die Unlust hat also so wenig nothwendig eine Verminderung unsres Machtgefühls zur Folge, daß, in durchschnittlichen Fällen, sie gerade als Reiz auf dieses Machtgefühl wirkt, – das Hemmniß ist der stimulus dieses Willens zur Macht.

(ニーチェ『力への意志』第702番、1888年)


おそらく先の浅田が永遠回帰に触れているのはこの文脈ではないか。

力への意志の直接的表現としての永遠回帰[éternel retour comme l'expression immédiate de la volonté de puissance](ドゥルーズ『差異と反復』1968年)


・・・というのはあくまでテキトーであり、そもそも私は『差異と反復』をニーチェ、フロイト、プルーストに関わる箇所しか読んでいないし、その部分も半ば忘れかけている。


ま、でもほかにも重要なのはここだろうよ、

私たちが意識するすべてのものは、徹頭徹尾、まず調整され、単純化され、図式化され、解釈されている[alles, was uns bewußt wird, ist durch und durch erst zurechtgemacht, vereinfacht, schematisirt, ausgelegt](ニーチェ『力への意志』11[113] (358)


《主観が主観に関して直接問いたずねること、また精神のあらゆる自己反省は危険なことである》と、ニーチェは言っている。《それゆえ私たちは身体に問いたずねる》。このようにいうとき、彼は、意識への問い、すなわち内省からはじまった「哲学」がすでに一つの決定的な隠蔽の下にあることを告げている。《私たちが意識するすべてのものは、徹頭徹尾、まず調整され、単純化され、図式化され、解釈されている》。意識に直接問いたずねるということにおける現前性・明証性こそ、「哲学」の盲目性を不可避的にする。だが、ニーチェは同時に「意識に直接問わない」ような方法をも斥けていることに注意すべきである。たとえば、彼が「身体と生理学とに出発点をとること」を提唱するとしても、それは意識を意識にとって外的な事実から説明するということではない。というのは、そうした外的・客観的な事実は意識の原因ではなくて結果であり、すでに「意識」にからめとられてしまっているからだ。意識に直接問わないで身体に問うということは、意識に直接問いながら且つそのことの「危険」からたえまなく迂回しつづけるということにほかならない。(柄谷行人『内省と遡行』1985年)



……………


ところでニーチェは力への意志に関してこうも言っている。

痛みと悦は力への意志と関係する[Schmerz und Lust im Verhältniß zum Willen zur Macht.  ](ニーチェ遺稿、1882 – Frühjahr 1887

性的悦と自傷行為は隣り合った欲動である[Wollust und Selbstverstümmelung sind nachbarliche Triebe. ](ニーチェ「力への意志」遺稿1882 - Frühjahr 1887


なんだろ、これ? ひょっとして「マゾヒストたれ!」と言ってるんじゃないかね

痛みのなかの悦は、マゾヒズムの根である[Masochismus, die Schmerzlust, liegt …zugrunde](フロイト『マゾヒズムの経済論的問題』1924年、摘要)

自傷行為は自己自身に向けたマゾヒズムである[ L'automutilation est un masochisme appliqué sur soi-même  (J.-A. Miller, LE LIEU ET LE LIEN, 7 février 2001)


私はどの哲学者にも喧嘩を売っている。言わせてもらえば、今日、どの哲学も我々に出会えない。哲学の哀れな流産![misérables avortons de philosophie!]我々は前世紀(19世紀)の初めからあの哲学の襤褸切れの習慣[habits qui se morcellent ]を引き摺っているのだ。あれら哲学とは、唯一の問いに遭遇しないようにその周りを浮かれ踊る方法 façon de batifoler]以外の何ものでもない。〔・・・〕


真理についての唯一の問い、それはフロイトによって名付けられた死の本能、享楽の原マゾヒズムである[cette question qui est la seule, sur la vérité et ce qui s'appelle - et que FREUD a nommée - l'instinct de mort, le masochisme primordial de la jouissance]。〔・・・〕全ての哲学的パロールは、ここから逃げ出し視線を逸らしている[Toute la parole philosophique foire et se dérobe.](Lacan, S13, June 8, 1966



なおドゥルーズは、プルーストの無意志的記憶(事実上、レミニサンス)、永遠回帰(先に示したように、力への意志)、死の本能を等置している。

エロスは共鳴によって構成されている。だがエロスは、強制された運動の増幅によって構成されている死の本能に向かって己れを乗り越える(この死の本能は、芸術作品のなかに、無意志的記憶のエロス的経験の彼岸に、その輝かしい核を見出す)。プルーストの定式、《純粋状態にあるわずかな時間 》が示しているのは、まず純粋過去 、過去のそれ自体のなかの存在、あるいは時のエロス的統合である。しかしいっそう深い意味では、時の純粋形式・空虚な形式であり、究極の統合である。それは、時のなかに永遠回帰を導く死の本能の形式である。

Erôs est constitué par la résonance, mais se dépasse vers l'instinct de mort, constitué par l'ampli- tude d'un mouvement forcé (c'est l'instinct de mort qui trouvera son issue glorieuse dans l'oeuvre d'art, par-delà les expériences érotiques de la mémoire involontaire). La formule proustienne, « un peu de temps à l'état pur », désigne d'abord le passé pur, l'être en soi du passé, c'est-à-dire la synthèse érotique du temps, mais désigne plus profondément la forme pure et vide du temps, la synthèse ultime, celle de l'instinct de mort qui aboutit à l'éternité du retour dans le temps. (ドゥルーズ『差異と反復』第2章、1968年)



力への意志はクロソウスキーが読み込んだように至高の欲動である。


しかし力への意志は至高の欲動のことではなかろうか[Mais la volonté de puissance n'est-elle pas l'impulsion suprême? ](クロソウスキー『ニーチェと悪循環』1969年)

欲動、それは「悦への渇き、生成への渇き、力への渇き」である[Triebe …"der Durst nach Lüsten, der Durst nach Werden, der Durst nach Macht"](ニーチェ「力への意志」遺稿第223番)


フロイトにとって至高の欲動はマゾヒズム的自己破壊欲動であり、死の欲動である。

欲動要求はリアルな何ものかである[Triebanspruch etwas Reales ist]〔・・・〕自我がひるむような満足を欲する欲動要求はマゾヒスム的であるだろう[Der Triebanspruch, vor dessen Befriedigung das Ich zurückschreckt, wäre dann der masochistische,]》(フロイト『制止、症状、不安』第11章「補足B 1926年)

マゾヒズムはその目標として自己破壊をもっている。〔・・・〕そしてマゾヒズムはサディズムより古い。サディズムは外部に向けられた破壊欲動であり、攻撃性の特徴をもつ。或る量の原破壊欲動は内部に残存したままでありうる。

Masochismus …für die Existenz einer Strebung, welche die Selbstzerstörung zum Ziel hat. …daß der Masochismus älter ist als der Sadismus, der Sadismus aber ist nach außen gewendeter Destruktionstrieb, der damit den Charakter der Aggression erwirbt. Soundsoviel vom ursprünglichen Destruktionstrieb mag noch im Inneren verbleiben; 〔・・・〕

我々が、欲動において自己破壊を認めるなら、この自己破壊欲動を死の欲動の顕れと見なしうる。それはどんな生の過程からも見逃しえない。

Erkennen wir in diesem Trieb die Selbstdestruktion unserer Annahme wieder, so dürfen wir diese als Ausdruck eines Todestriebes erfassen, der in keinem Lebensprozeß vermißt werden kann. (フロイト『新精神分析入門』32講「不安と欲動生活 Angst und Triebleben1933年)



先にカントの崇高なる不快の話を出したが、フロイトの欲動、つまりラカンの享楽は不快(マゾヒズム)である。

不快なものとしての内的欲動刺激[innere Triebreize als unlustvoll](フロイト『欲動とその運命』1915年)

不快は享楽以外の何ものでもない déplaisir qui ne veut rien dire que la jouissance. ](Lacan, S17, 11 Février 1970

享楽の本質はマゾヒズムである[La jouissance est masochiste dans son fond(Lacan, S16, 15 Janvier 1969)



こうやって私の故障の多い脳髄でも引用を並べるといろいろ結びつくのである。


さらに言えば、ひょっとして無意志的なものとはマゾヒズム的なものではなかろうか?

『見出された時』の大きなテーマは、真理の探求が、無意志的なものに固有の冒険だということである[Le grand thème du Temps retrouvé est celui-ci : la recherche de la vérité est l'aventure propre de l'involontaire]。


思考は、思考を強制させるもの、思考に暴力をふるう何かがなければ、成立しない。思考より重要なことは、《思考させる》ものがあるということである[La pensée n'est rien sans quelque chose qui force à penser, qui fait violence à la pensée. Plus important que la pensée, il y a ce qui « donne à penser»

哲学者よりも、詩人が重要である[plus important que le philosophe, le poète. ]〔・・・〕


『見出された時』にライトモチーフは、「強制する forcer」という言葉である。たとえば、我々に見ることを強制する印象とか、我々に解釈を強制する出会いとか、我々に思考を強制する表現、などである。

Le leitmotiv du Temps retrouvé, c'est le mot forcer : des impressions qui nous forcent à regarder, des rencontres qui nous forcent à interpréter, des expressions qui nous forcent à penser.

われわれは、無理に強制されて、時間の中でのみ真実を探求する。真実の探求者とは、恋人の表情に、嘘のシーニュを読み取る、嫉妬する者である Nous ne cherchons la vérité que dans le temps, contraints et forcés. Le chercheur de vérité, c'est le jaloux qui surprend un signe mensonger sur le visage de l'aimé. 


それは、印象の暴力に出会う限りにおいての、感覚的な人間である。C'est l'homme sensible, en tant qu'il rencontre la violence d'une impression.

(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』「思考のイマージュ」の章)


もし「意志的なもの/無意志的なもの」を「能動性/受動性」と置けるとしたら、フロイトにとって受動性はマゾヒズムである。

ーー《マゾヒズム用語は、性生活および性対象に対するあらゆる受動的な態度を包括している[die Bezeichnung Masochismus alle passiven Einstellungen zum Sexualleben und Sexualobjekt,]》(フロイト『性理論三篇』第一篇、1905年)


というわけで哲学研究者のみなさん、《恋人の表情に、嘘のシーニュを読み取る、嫉妬する者[le jaloux qui surprend un signe mensonger sur le visage de l'aimé]》になりましょう、超越論的経験論の秘密はきっとここにアリマス(?)


そして次のことを学ぶのもきわめて重要かもシレマセン、ーー《愛する理由は、人が愛する対象のなかにはけっしてない[les raisons d'aimer ne résident jamais dans celui qu'on aime]》(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』)


・・・という具合にボクは書いてるうちにだんだん乱れていくんだ、途中までは能動的に書いてたんだがな、後半は受動的な無意志的記憶に強制されてしまってね。


……………



※附記


ここでの話とは「直接には」関係ないかもしれないが、柄谷は浅田彰は宇宙人と言ってたな


◾️「宇宙人」との共同作業 危機の時代に立ち上げた「批評空間」:

私の謎 柄谷行人回想録⑲ 2024.10.15

――浅田さんは、89年1月の「季刊思潮」の3号から加わりますね。


柄谷 座談会に出てもらった後に、実情を訴えて、編集同人に加わってくれないかと頼んだところ、快く引き受けてくれた。それで僕は一気に楽になったし、雑誌の内容も見違えるように充実した。僕は、原稿を書いたり、 “共同討議”と呼んでいた座談会に出たりしていたけど、編集はほとんど浅田君に頼り切りでした。他の人の原稿は発売後の雑誌で読むことも多かったくらいで(笑)。


――やはり編集者としても一流ですか。


柄谷 浅田君の能力はすさまじいよ。まず、欧米での思想の動向をよく把握している。他方で、翻訳までチェックしていたし。とんでもない仕事量だったと思う。それなのに、楽々、平然とこなしてしまうんだ。それだけじゃなくて、座談会なんかでも、僕がその場で言ったことをそつなくまとめてくれるから、安心していられた。座談会のゲストについて前もって教えてくれたり、座談中にさりげなく橋渡しをしてくれたり。僕がやっていることについて、浅田君がまとめてくれると、なるほどそうだったのか、と自分で自分のことがわかることもよくあった。

――「最高のパートナーであった」と振り返っていますね。「漫才でいえば、私はボケで、彼はツッコミ」とも(「浅田彰と私」『柄谷行人浅田彰全対話』)。このあたりは、やはり関西人同士の呼吸もあるんでしょうか。


柄谷 関西人とかなんとかいう以前に、彼は普通の人ではない。人間育ちだけど、ほんとは宇宙人(笑)。彼に比べると、僕は普通人だと思うね。彼は、哲学や思想はもちろん、音楽や芸術、国内政治から世界情勢にまで精通していたし、英語・フランス語の能力もずば抜けていた。外国の出版物なんかにもさらりと目を通してしてしまうから、日本のメディアを通じて把握する人たちとは違っていた。しかし、そのことをひけらかすようなところは全くなくて、むしろ抑えているんだけど、隠せない。出会った頃から落ち着き払っていて、かつユーモラスだった。浅田君がいたから僕の90年代の活動がありえたようなものです。
その一方で、90年代は、僕あっての浅田君でありえたともいえます。彼に出来ることは僕には出来ないし、僕に出来ることは彼には出来ない。たとえば、彼は、自分で書いたり、オリジナルな理論を作ることには関心がないんじゃないかな。そのような野心がないんだ。そもそも、“私”というものが希薄。無私の人、といったらいいのかな。不思議な人です。

――浅田さんといえば、83年に26歳にして『構造と力』がベストセラーになるわけですが、その以前から面識があったんですよね。


柄谷 知り合ったのは、京都大学の経済学部で集中講義を頼まれたときですね。82年だったと思う。誰が呼んだのかよくわからなかったんだけど、行ってみたら、裏で糸を引いているのが浅田君らしかった。助手なのに、教授が彼の助言を仰いでいた(笑)。


――出会った当時のエッセーで、「驚嘆すべき俊才」「私は教えるどころか、私が何を実際に考えていたのかを逆に教えてもらったようなものである」と絶賛しています(「京都で考えたこと」『批評とポストモダン』所収)。


柄谷 みんな会ったら仰天する。外国に行っても、そこの人たちから、「こんな人は日本でも唯一無二でしょう」と聞かれるんだよね。また、僕にも感嘆して、日本人ってこんなに知的なのか、と驚いているわけ。それに対して、僕は「僕たち程度の人は、日本にはざらにいますよ」と答えていた。


――いや、柄谷さんも浅田さんもかなり特別だと思いますけど……。


柄谷 そうなんだけど、日本人を立派に見せよう、という心で(笑)。当時これをゴキブリ理論と呼んでいた。一匹いたら、背後にうようよいる、というものです(笑)。
僕が外国でよく講演するようになったのも、浅田君に出会ってからだね。語学力と機転で助けてもらえるから、一緒だと楽なんだ。



先の「超越論的経験論」の説明も宇宙人っぽいよ、少なくとも凡人のボクには。