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2026年7月9日木曜日

おわかりだろうか? 東京大学社会学者蛸壺集団諸君よ。

 

『日本人は集団主義的』という通説は誤りーーだってよ。」で嘲罵した東京大学社会学者集団の思考の原点のひとつは、次の論文らしい“日本人の集団主義”と“アメリカ人の個人主義” 通説の再検討- (東京大学 高野陽太郎 日本大学 纓坂英子、1997、PDF


これはそもそも問いの立て方が間違ってるんじゃないかね、本来の問いは、人間はそもそも集団的動物であり、とはいえその集団から逃れて個人主義的立場を取りうるのは、日本型集団なのか、欧米型集団なのか、ではないか。


先の記事でこう書いたのはその意味と捉えてもいい、「日本は非言語的な二者関係集団、先の浅田彰曰くの《われわれを柔らかく、しかし抗しがたい力で束縛する不可視の牢獄》としての集団、他方、欧米は主に言語統制による三者関係集団、可視的であるゆえに抵抗しやすい集団ではないか。もちろん1968年の学園紛争を契機にエディプス的父の凋落で欧米自体、二者関係集団になりつつあるというアスペクトはあるが、そうは言っても一神教文化の残滓がある。」


………………


土居健郎は最終講義でこう言っている。


日本人はよく集団思考的だといわれますが、もちろん集団が悪いわけではない。大体集団がないと人間は生きていけないし、われわれが診る患者さんは大体集団生活に失敗している人たちです。それならば集団さえうまくいけばいいかというと、そうではない。集団生活の危険は集団思考に陥ることです。集団の中だけが正しくて、外はみんな悪くなってしまう。これはわれわれが常に心しなければならないことです。(・・・) 


日本の集団は同心円的な集団になるか、寄り合い世帯になるか、どっちかですね。いろいろ集団があっても、同心円的に重なるか、あるいは寄り合っているだけで、集団同士がクロスしない。東京大学のようなところはうっかりすると寄り合い所帯になる。集団がひしめき合うだけのことです。集団がクロスするような機構ができないと社会全体のバランスがとれないのです。たしかに精神衛生のために集団は必要だけれども、しかし、集団の最大の罪悪は戦争ですからね。戦争までいかない集団憎悪は私たちの周囲にもいくらでもあります。ですからどこかで集団を超越できるのでなければならない。少なくとも患者を診るためにもそのことが必要でしょう。孤独を経験し、それに堪えることをしない人間は精神科の医者として、あるいは精神衛生をやる者としては不適格ではないか、私はこう思うくらいです。(土居健郎『最終講義』1997年)



ーーおわかりだろうか、この意味が。東京大学社会学者蛸壺集団諸君よ。



自由が狭められているということを抽象的にでなく、感覚的に測る尺度は、その社会に何とはなしにタブーが増えていくことです。集団がたこつぼ型であればあるほど、その集団に言ってはいけないとか、やってはいけないとかいう、特有のタブーが必ずある。


ところが、職場に埋没していくにしたがって、こういうタブーをだんだん自覚しなくなる。自覚しなくなると、本人には主観的には結構自由感がある。これが危険なんだ。誰も王様は裸だとは言わないし、また言わないのを別に異様に思わない雰囲気がいつの間にか作り出される。…自分の価値観だと思いこんでいるものでも、本当に自分のものなのかどうかをよく吟味する必要がある。


自分の価値観だと称しているものが、実は時代の一般的雰囲気なり、仲間集団に漠然と通用している考え方なりとズルズルべったりに続いている場合が多い。だから精神の秩序の内部で、自分と環境との関係を断ち切らないと自立性がでてこない。


人間は社会的存在だから、実質的な社会関係の中で他人と切れるわけにはいかない。…またそれがすべて好ましいとも言えない。だから、自分の属している集団なり環境なりと断ち切るというのは、どこまでも精神の内部秩序の問題です。

(「丸山真男氏を囲んで」1966年)



ボクはむかしはしばしば、次の柄谷と蓮實のセットを引用してきたがね。


T.クーンらに代表される近年の科学史家は、観察そのものが「理論」に依存していること、理論の優劣をはかる客観的基準としての「純粋無垢なデータ」が存在しないことを主張する。すなわち、経験的データが理論の真理性を保証しているのではなく、逆に経験的データこそ一つの「理論」の下で、すなわち認識論的パラダイムの下で見出される、と。そして、それが極端化されると、「真理」を決定するものはレトリックにほかならないということになる。(柄谷行人「形式化の諸問題」『隠喩としての建築』所収、1983年)

解釈される風景と解釈する視線という抽象的な対応性を超えて、解釈する視線が解釈される風景による解釈をすでに蒙った解釈される視線でしかなく、つまり視線が世界の物語を語る話者である以前にそれじたいが物語の説話論的要素として風景の一部に分節化されてしまっており、したがって視線が分節化する風景の物語は風景が分節化する視線の物語にそれと知らずに汚染しているということ、しかもその事実によって視線同士がたがいに確認しあう風景の解釈は、遂に風景が語る物語を超えることがないという視点は、なにも科学史という「知」の一領域に限らず、こんにち、「文化」と呼ばれる「制度」のあらゆる領域で問題とされているごく退屈な議論にすぎないことは誰もが知っている。(蓮實重彦「風景をこえて」『表層批判宣言』1979年)



東大のPRESS RELEASES▶︎『日本人は集団主義的』という通説は誤り」に戻れば、「実証的なデータ」、「実証的な研究」等、それほど長くない文に「実証」という言葉が10個も出てくる。「わたしたちは実証的だからエライんだ」というわけだろう。


で、社会学者たちの「実証的」研究は、上の柄谷=蓮實の「誰もが知っている退屈な議論」を免れているんだろうか。どうなんだい?



バルトはこう言ってる。

常にニーチェを思う。私たちは、繊細さの欠如によって科学的となるのだ[Toujours penser à Nietzsche : nous sommes scientifiques par manque de subtilité. ](『彼自身によるロラン・バルト』1975年)


ひょっとしてキミたちは繊細さの欠如によって実証的となっているのではないか。

言語はレトリックである。言語はドクサのみを伝え、 何らエピステーメを伝えようとはしないからである[die Sprache ist Rhetorik, denn sie will nur eine doxa, keine episteme Übertragen ](ニーチェ講義録WS 1871/72 – WS 1874/75)

言語は本来的に虚構である[le langage est, par nature, fictionnel](ロラン・バルト『明るい部屋』1980年)


言語はレトリック、あるいは言語は虚構なら、実証的な研究ももちろんレトリックである。これが先の柄谷曰くの《「真理」を決定するものはレトリックにほかならない》の究極的な含意であるだろう。



最後に初期柄谷が好んで引用したニーチェの「概念の形成」をめぐる文を掲げておこう。

なおわれわれは、概念の形成[Bildung der Begriffe]について特別に考えてみることにしよう。すべて語[Wort]というものが、概念になるのはどのようにしてであるかと言えば、それは、次のような過程を経ることによって、直ちにそうなる。つまり、語というものが、その発生をそれに負うているあの一回限りの徹頭徹尾個性的な原体験 Urerlebnis]に対して、何か記憶というようなものとして役立つとされるのではなくて、無数の、多少とも類似した、つまり厳密に言えば決して同等ではないような、すなわち全く不同の場合も同時に当てはまるものでなければならないとされることによってなのである。すべての概念は、等しからざるものを等置することによって、発生する Jeder Begriff entsteht durch Gleichsetzen des Nichtgleichen]。

一枚の木の葉が他の一枚に全く等しいということが決してないのが確実であるように、木の葉という概念が、木の葉の個性的な差異性[Verschiedenheiten ]を任意に脱落させ、種々相違点を忘却することによって形成されたものであることは、確実なのであって、このようにして今やその概念は、現実のさまざまな木の葉のほかに自然のうちには「木の葉」そのものとでも言い得る何かが存在するかのような観念[Vorstellung を呼びおこすのである。つまり、あらゆる現実の木の葉がそれによって織りなされ、描かれ、コンパスで測られ、彩られ、ちぢらされ、彩色されたでもあろうような、何か或る原形[Urform ]というものが存在するかのような観念[Abbild ]を与えるのである。(ニーチェ「道徳外の意味における真理と虚偽についてÜber Wahrheit und Lüge im außermoralischen Sinne1873年)

で、実証的なデータはこういった概念形成の話から免れているのだろうか。どうだい?



ここでもうひとつ、プルーストによる私的領域においての概念の話も掲げておこう。


「知った人に会う」とわれわれが呼んでいる非常に単純な行為にしても、ある点まで知的行為なのだ。会っている人の肉体的な外観に、われわれは自分のその人についてもっているすべての概念を注ぎこむ。したがってわれわれが思いえがく全体の相貌のなかには、それらの概念がたしかに最大の部分を占めることになる。そうした概念が、結局相手の人の頬にそれとそっくりなふくらみをつくり、その鼻にぴったりとくっつけた鼻筋を通してしまい、その声に、それがいわば振動する二つの透明な膜にすぎないかのように、さまざまなひびきのニュアンスを出させることになるのであって、その結果、われわれが相手の人の顔を見、その声をきくたびに、目のまえに見え、耳にきこえているのは、その人についての概念なのである。

Même l'acte si simple que nous appelons « voir une personne que nous connaissons » est en partie un acte intellectuel. Nous remplissons l'apparence physique de l'être que nous voyons de toutes les notions que nous avons sur lui, et dans l'aspect total que nous nous représentons, ces notions ont certainement la plus grande part. Elles finissent par gonfler si parfaitement les joues, par suivre en une adhérence si exacte la ligne du nez, elles se mêlent si bien de nuancer la sonorité de la voix comme si celle-ci n'était qu'une transparente enveloppe, que chaque fois que nous voyons ce visage et que nous entendons cette voix, ce sont ces notions que nous retrouvons, que nous écoutons.

(プルースト「スワン家のほうへ」井上究一郎訳)



さらにここでーー4年前、「エビデンスはプロパガンダである」という投稿をしたことがあるがねーー、そこから次のセットを再掲しておこう。


物理学の言説が物理学者を決定づける。その逆ではない c'est que c'est le discours de la physique qui détermine le physicien, non pas le contraire](Lacan, S16, 20 Novembre 1968


科学が居座っている信念は、いまだ形而上学的信念である[daß es immer noch ein metaphysischer Glaube ist, auf dem unser Glaube an die Wissenschaft ruht (ニーチェ『 悦ばしき知 』第344番、1882年)

物理学とは世界の配合と解釈にすぎない[dass Physik auch nur eine Welt-Auslegung und -Zurechtlegung](ニーチェ『善悪の彼岸』第14番、1886年)



ポパー、クーン、ファイヤアーベントらの「科学史」にかんする事実においては、科学が事実・データからの帰納や“発見”によるのではなく、仮説にもとづく“発明”であること、科学的認識の変化は非連続的であること、それが受けいれられるか否かは好み(プレファレンス)あるいは宣伝(プロパガンダ)・説得(レトリック)によること……などという考えが前提になっている。(柄谷行人「隠喩としての建築」『隠喩としての建築』所収、1983年)


で、実証的なデータとはプレファレンス、プロパガンダ、レトリックではなかろうか。


いやシツレイしました、東京大学元総長曰くの「誰もが知っている退屈な議論」をしてしまって。



私が東大に入って一番良かったことは、学校秀才がいかにくだらないかを学べたことです。何でも良くできる人が、本当に伸びたのを見たことがない。そういう人は正誤の判断力には優れていても、何かを創造する力が欠けている気がします。彼らは好奇心だけで何かに集中しない。〔・・・〕


若者全般へのメッセージですが、世間で言われていることの大半は嘘だと思った方が良い。それが嘘だと自分は示し得るという自信を持ってほしい。たとえ今は評価されなくとも、世界には自分を分かってくれる人が絶対にいると信じて、世界に働き掛けていくことが重要だと思います。(蓮實重彦インタビュー、東大新聞 2017年1月1日号)