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2026年8月9日日曜日

若い女の米をとぐ濡れた手

 

いやあ、生きてるよ。とはいえ菌臭の森に来てはいるんだが、かつて出会うことができたクメールの乙女たちになかなか再会できないんだよ。

菌臭は、われわれが生まれてきた、母胎の入り口の香りにも通じる匂いではなかろうか。ここで、「エロス」と「タナトス」とは匂いの世界では観念の世界よりもはるかに相互の距離が近いことに思い当たる。恋人たちに森が似合うのも、これがあってのことかもしれない。公園に森があって彼らのために備えているのも、そのためかもしれない。(中井久夫「きのこの匂いについて」1986年『家族の深淵』所収)






朝風に似て歩みもかるくすがしい乙女よ、あなたの出現がかれをかほどまでに激動さしたと、あなたはほんとうに信ずるのか。まことにあなたによってかれの心は驚愕した。けれど、もっと古くからの恐怖がこの感動に触発されてかれの中へと殺到したのだ。彼を揺すぶれ、目覚めさせよしかしあなたは、彼を暗いものとの交わりから完全に呼びさますことはできない。Meinst du wirklich, ihn hätte dein leichter Auftritt also erschüttert, du, die wandelt wie Frühwind? Zwar du erschrakst ihm das Herz; doch ältere Schrecken stürzten in ihn bei dem berührenden Anstoß. Ruf ihn . . .  du rufst ihn nicht ganz aus dunkelem Umgang. 


ーーリルケ『ドゥイノエレギー』第三悲歌より




文明化され過ぎると朝風乙女は消えてしまうんだろうがね。


もう、糞尿の匂いを懐かしく思う人は、少なくなったでしょう。昔は、肥えつぼの匂いが家に満ちていたものです。男女が会えば、着るものにまとわりついてくるから、お互いに違った糞尿の匂いを嗅いでいました。(古井由吉『人生の色気』2009年)


精神分析は、抑圧のために失われてしまった嗜糞性の臭快感が、フェティッシュの選択にたいしてもつ意味を指摘して、フェティシズムを理解するうえでの間隙を埋めた。足や毛髪はひどく臭う対象であって、嗅覚が不快になり廃棄された後、フェティッシュへと高められる。したがって足フェティシズムに相当する倒錯において、性対象となるのは、汚れた悪臭をはなつ足だけである。

Die Psychoanalyse hat eine der noch vorhandenen Lücken im Verständnis des Fetischismus ausgefüllt, indem sie auf die Bedeutung einer durch Verdrängung verlorengegangenen koprophilen Riechlust für die Auswahl des Fetisch hinwies. Fuß und Haar sind stark riechende Objekte, die nach dem Verzicht auf die unlustig gewordene Geruchsempfindung zu Fetischen erhoben werden. In der dem Fußfetischismus entsprechenden Perversion ist demgemäß nur der schmutzige und übelriechende Fuß das Sexualobjekt. 

(フロイト『性理論三篇』1905年)





ごく一般的に言えば、人間が大地から遠ざかるにつれて避けられなくなった嗅覚の退化、そしてそれによって生じた嗅覚欲求の生理的な抑圧が、神経症の発症に少なからず寄与しているのではないか、という疑問を提起したい。文化が高度化するにつれて、とりわけ性生活が抑圧の犠牲を強いられることになるという理解が導き出されるだろう。動物の生体において、性欲動と嗅覚器官の機能との間に、いかに密接な関連性が築かれているかは、我々はとっくに知っていることである。Ganz allgemein möchte ich die Frage aufwerfen, ob nicht die mit der Abkehrung des Menschen vom Erdboden unvermeidlich gewordene Verkümmerung des Geruchssinnes und die so hergestellte organische Verdrängung der Riechlust einen guten Anteil an seiner Befähigung zu neurotischen Erkrankungen haben kann. Es ergäbe sich ein Verständnis dafür, daß bei steigender Kultur gerade das Sexualleben die Opfer der Verdrängung bringen muß. Wir wissen ja längst, welch inniger Zusammenhang in der tierischen Organisation zwischen dem Sexualtrieb und der Funktion des Riechorgans hergestellt ist. (フロイト『性理論三篇』1905年)



クメールの土地も堕落しつつあるよ、もちろん極東の島国ほどじゃないがね。

においを嗅ぐ悦[Riechlust]のうちには、さまざまの傾向が混じり合っているが、そのうちには、下等なものへの昔からの憧れ、周りをとり巻く自然との、土と泥との、直接的合一への憧れが生き残っている。対象化することなしに魅せられるにおいを嗅ぐという働きは、あらゆる感性の特徴について、もっとも感覚的には、自分を失い他人と同化しようとする衝動について、証するものである。だからこそにおいを嗅ぐことは、知覚の対象と同時に作用であり――両者は実際の行為のうちでは一つになる――、他の感覚よりは多くを表現する。見ることにおいては、人は人であることにとどまっているが、嗅ぐことにおいて、人は消えてしまう。だから文明にとって嗅覚は恥辱であり、社会的に低い階層、少数民族と卑しい動物たちの特徴という意味を持つ。文明人にはそういう悦[Lust]に身をまかせることは許されないのだ。その根絶が確実である場合に限り、この忌避される欲動[Trieb]にふけることが許されるのだ。

In den vieldeutigen Neigungen der Riechlust lebt die alte Sehnsucht nach dem Unteren fort, nach der unmittelbaren Vereinigung mit umgebender Natur, mit Erde und Schlamm. Von allen Sinnen zeugt der Akt des Reichens, das angezogen wird, ohne zu vergegenständlichen, am sinnlichsten von dem Drang, ans andere sich zu verlieren und gleich zu werden. Darum ist Geruch, als Wahrnehmung wie als Wahrgenommenes - beide werden eins im Vollzug - mehr Ausdruck als andere Sinne. Im Sehen bleibt man, wer man ist, im Riechen geht man auf. So gilt der Zivilisation Geruch als Schmach, als Zeichen niederer sozialer Schichten, minderer Rassen und unedler Tiere. Dem Zivilisierten ist Hingabe an solche Lust nur gestattet, wenn das Verbot durch Rationalisierung im Dienst wirklich oder scheinbar praktischer Zwecke suspendiert wird. Man darf dem verpönten Trieb frönen, wenn außer Zweifel steht, daß es seiner Ausrottung gilt.

(アドルノ&ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』第5章、1947年)



あゝノスタルジーだなぁ、あの鉄砲ユリの匂よ。


匂いのつよいテッポーユリの/全開期(〈内的な恋唄〉)

鉄砲ユリの奥は深く(〈三重奏〉)

筒深い百合の花が咲く(〈メデアム・夢見る家族〉) 

真鍮の棒で砕かれる(〈崑崙〉) 


ーー吉岡実



あゝあの岸辺の変るざわめきよ


果実が溶けて快楽(けらく)となるように、

形の息絶える口の中で

その不在を甘さに変へるやうに、

私はここにわが未来の煙を吸ひ

空は燃え尽きた魂に歌ひかける、

岸辺の変るざわめきを。


Comme le fruit se fond en jouissance,

Comme en délice il change son absence

Dans une bouche où sa forme se meurt,

Je hume ici ma future fumée,

Et le ciel chante à l’âme consumée

Le changement des rives en rumeur.


ーーヴァレリー「海辺の墓地 Le Cimetière marin」中井久夫訳



シェムリアップ(アンコールワット)はもうダメだね、もっと田舎まで出掛けないと。




私の目のうえに 私の口のうえに 彼女の髪は漂う、

地上のどんな道もこの娘を見たことがない-見たことはない これほど

豊かな髪がヒジョル、カンタル、ジャームの樹々にたえまなく口づけをふらすのを

知らなかった こんなにやわらかな匂いが立つとは 美しい女(ひと)の結いあげた髪に


地上のどんな道でも、やわらかな稲の香り-藻草の匂い

家鴨(あひる)の羽、葦、池の水、淡水魚たちの

微かな匂い、若い女の米をとぐ濡れた手-冷たいその手

若者の足に踏まれた草むら-たくさんの赤い菩提樹の実の

痛みにふるえる匂いの疲れた沈黙-これらのなかにこそベンガルの生命(いのち)を

空に七つの星が昇ったとき 私はゆたかに感じる。


ーージボナノンド・ダーシュ『美わしのベンガル』臼田雅之訳



ようやくエロトスの深い森に巡り会ったのはいいが、虱だらけになっちまったよ。




垂れまらに馬乗りすらむはしためのたぎつ河内に船出しめやも(蚊居肢)


股倉のうつり虱に寝る夜落ちず水辺を渉る鷭の声聴く(蚊居肢)

吾が掘りし野鳥は去りつ底ふかき阿漕の虱の珠ぞ残りぬ(蚊居肢)