蚊居肢
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古井由吉
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2019年4月24日水曜日
おまえたちはエロスについて何も知らない
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或声 お前は俺の思惑とは全然違つた人間だつた。 僕 それは僕の責任ではない。(芥川龍之介「闇中問答」昭和二年、遺稿) 僕の母は狂人だった。僕は一度も僕の母に母らしい親しみを感じたことはない。…僕は僕の母に全然面倒を見て貰ったことはない。… 僕は母の発狂した為に生...
2019年2月15日金曜日
サントームの永遠回帰
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【過去の外傷経験の永遠回帰】 経験された寄る辺なき状況 Situation von Hilflosigkeit を外傷的 traumatische 状況と呼ぶ 。⋯⋯(そして)現在に寄る辺なき状況が起こったとき、昔に経験した外傷経験 traumatischen Erleb...
2019年1月20日日曜日
幼少の砌の傷への固着
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フロイトは反復強迫を例として「死の本能」を提出する。これを彼に考えさえたものに戦争神経症にみられる同一内容の悪夢がある。…これが「死の本能」の淵源の一つであり、その根拠に、反復し、しかも快楽原則から外れているようにみえる外傷性悪夢がこの概念で大きな位置を占めている。(中井久夫「...
2017年8月7日月曜日
災害が相次ぐ日本列島で、一神教的な発想は生まれるはずはない
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丸山真男は日本を無思想・無イデオロギーの国と呼んでいる。 日本では、思想なんてものは現実をあとからお化粧するにすぎないという考えがつよくて、 人間が思想によって生きるという伝統が乏しいですね。これはよくいわれることですが、宗教がないこと、ドグマがないことと関係している。 ...
2017年6月29日木曜日
むきたてのにおい
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ネットで次の詩を拾った。 「におい」 飯島耕一 五月の雨の日 西荻窪の駅のホームのベンチに坐っていると 隣に一人の若い女が坐り 大学の紀要のようなものを 読みはじめる アメリカ問題の論文で 筆者は女性の名だ この若い女の名 かもしれない 雨のせい...
2017年2月18日土曜日
俺がこれを見過ごしたら一生自分を卑劣漢だと思うだろうな
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以下、メモ。 ーーグレアム・グリーンと吉行淳之介の文章はネット上から拾った。 ぼくはずいぶん長い間、あの時期のことを思い返すたびに、まるで石の下の虫のように復讐欲が生きながらえているのに気がついたものである。唯一の変化は、 石の下を見ることがだんだん頻繁でなくなってゆ...
2016年9月13日火曜日
対象の鞘と自己の鞘
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何ものかが私に書かせている。思うに、恐怖が、狂ってしまうことへの恐怖が、私を書く行為へと駆り立てている。(バタイユ「ニーチェについて」) ………… 「死なないためにだ。俺は、死なないためにやっているのだ。芸術? そんなのんきなものじゃない」(荒川修作ーー「 シナナ...
2016年8月1日月曜日
日常の底に潜む恐怖
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「 何かが途轍もなく間違っている(ジジェク 2016→ ミレール) 」にて、 ①《現実界とは象徴化あるいは形式化の袋小路である ( “Le reel est un impasse de formalization,” )》(ラカン、セミネール20) ②《法のない現...
2016年7月12日火曜日
文学はかつて持っていたような役割を果たすことはありえない
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「 現代思想・文芸という「支配的思想=支配階級の思想」 」補足 ………… ・僕も、文学が残る、やがて必要とされるとかたく信じていますけれども、差し当たっては厳しい。 人がそれほど強く求めていないということは確か です。 ・だけど、今の世の中は行き詰まると思う。日本だけ...
2016年3月7日月曜日
ある臨界線以上の強度のトラウマ
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書かれぬことをやめぬもの“ce qui ne cesse de ne pas s'écrire”(Lacan, Séminaire XX Encore) 症状は、こう定義するしかない。それは、各人が無意識を享楽する様態である – 無意識がそう定めるがままに 。“J...
2015年12月22日火曜日
文学の中心のありか
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やはり文学を志す人間がすべて小説家たらんというのは、はっきりいって、おかしいわけよ。中心はどこかにあるはずだ。(「群像」2004年8月号平出隆対談) とツイッターの古井由吉botで拾って、素朴に問いを発するとすれば、「文学」ってのはいったいなんなのだろうね、このbot を遡...
2015年10月21日水曜日
にわかに逞しくなった膝
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人間は、人殺しだとか、裏切りだとか、泥棒だとかいう言葉を、平気で人前でしゃべり散らしているくせに、どうして性交という言葉は、歯の間で噛み殺してしまうのであろう、言葉に出して発散してしまわない方が、その思想を拡大することができるというわけか知らん、とモンテエニュは言っている...
2015年10月16日金曜日
姉様かぶり
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羽織かくして、 袖ひきとめて、 どうでもけふは行かんすかと、 言ひつつ立つて櫺子窓、 障子ほそめに引きあけて、 あれ見やしやんせ、 この雪に。 わたくしはこの忘れられた前の世の小唄を、雪のふる日には、必ず思出して低唱したいような心持になるのである。この歌詞には一...
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