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2015年8月17日月曜日

バブルの言語化

まずツイッターの古井由吉botからいくらかの言葉を拾う(「群像」2015年7月号 堀江敏幸対談)。


【震災と空襲】

・そう考えていくと、震災のことで僕が感じることは、やはり空襲のことを思い出すのが一番の供養ではないか。ところが、世の中の反応が風化しやすいように感じています

・今、ある土地の大変な禍いは、すぐにテレビで映るでしょう。津波が襲ってくるところがまず映る。それで衝撃を受ける。それと比べ、昔は遠隔の地まで、口コミで、一ヵ月、二ヵ月も半年もかかって渡ってくる。どちらが恐怖心を強く呼び覚ましたか。

・だから、生涯かけてようやく思い出すようなものでも、一言半句が、誰か若い人の耳にとまって、継がれるというようなことになればいい。このほうが生々しいんです。

・伝える人間の恐怖心まで同時に見ているわけです。親類が見舞いに行くでしょう。それで見てきたことがだんだんと伝えられた。制限した報道よりも、町の雰囲気や人々の口から漏れる声が大事なんです。

【後期資本主義時代の欲望】

・資本主義が相当行き詰まっているのは確かです。でも、仕方がないかなとも思う。いいものを食べたい、いいものを着たい、楽しい思いをしたい、そういう単純な願望の先までも、欲望は走る。

・敗戦後十年の貧しいころと違って、今の欲望は欲望でも、本当に内発的な欲望かどうか。需要側から出る欲望なのか、供給側が起こす欲望なのか。

・自分の内からの欲望、どんなげすな欲望でもいい。そこから何かを求めるよりも、供給側が与える、宣伝とかイメージに参加したいという欲望に変質しているのではないでしょうか。このままいくと人間が弱る。

・小説だって、本当は世の欲望を代弁するものでもあるはずです。そういう意味では、僕はデビュー当時から、世の小説家としての役割を果たしているかどうかは大いに疑問ですが、生涯をかけて思い出すこと、それが供養であると思っています。

・そうでもしなければ、あの大災害に追いつかない。幾ら同情しても、忖度してもです。

・僕は決してマルクス主義者ではないけれども、近代の欲望の肥大と資本主義というのは両輪です。だけど、その両輪がちぐはぐになっている。

・本当の欲望なんてあるのか。だから、今や人は欲望を制御すると同時に、内発の欲望を取り戻したほうがいいのではないでしょうか。

【文学の将来】 

・僕も、文学が残る、やがて必要とされるとかたく信じていますけれども、差し当たっては厳しい。人がそれほど強く求めていないということは確かです。

・だけど、今の世の中は行き詰まると思う。日本だけではありません。世界的に。そのときに何が欠乏しているか。欠乏を心身に感じるでしょう。そのときに文学のよみがえりがあるのではないかと僕は思っています。

・空白の中で誰かが粘っていなければ、いざというときに継ぎようがない。バブル崩壊の後遺症を誰かがそろそろ書かないといけないと思います。(「群像」2015年7月号 堀江敏幸対談)

まず最後にある「バブルの後遺症」について触れよう。わたくしは1995年に日本を出ているので最近の小説・評論のたぐいのことは全くといっていいほど知らない。一年に一度日本に帰っていた時期はあるが、新刊小説を手に入れたのは、大江健三郎の『取り替え子』(2000)が最後だ。古井由吉の小説もーーひどく好きな作品はあるがーーかねてよりたいして読んでいるわけではない。

だからここでは古井由吉の言葉を鵜呑みにして記すが、《バブル崩壊の後遺症を誰かがそろそろ書かないといけないと思います》とあるように誰もがいまだバブル崩壊の核心については書いていないということだろう。それはバブル終焉後の追い討ち決定打のような1995年の「オウム真理教」事件を誰もがいまだまともに書いていないのと同様に。


言語化はイメージを減圧する。もっともトラウマ的事件はもともと言語で言い表わされない領域である。 ラカンにC'est ce qui ne cesse pas de ne pas s'écrire(書かれぬことを止めぬ)という言葉がある。一般に「現実界」(象徴化できない事態)が「書かれないことを止めない」ものとされるが、その代表としてはトラウマ、あるいはトラウマとの遭遇だろう。そしてラカンの言葉が暗に表しているようにそれは執拗にわれわれを促し襲う。

すなわちトラウマを曲りなりにも言語化しないと、悪夢にうなされたままのような状態が続く。バブル或いはその崩壊、そしてオウム事件とは典型的な社会的トラウマであっただろうし、今も誰もまともに言語化していないのであれば、いつまでも悪夢としてのトラウマのままである。古井由吉曰くの《バブル崩壊の後遺症を誰かがそろそろ書かないといけないと思います》とはこの意味合いで読んでも誤読ということはないだろうと思う。

言語化への努力はつねに存在する。それは「世界の言語化」によって世界を減圧し、貧困化し、論弁化して秩序だてることができるからである。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収 p.66)
私の子どもの観察であるが、ある子はしばしばうなされ、苦悶している時期があって、何とかしなければ、と思った。ところが夢を片言にせよ言語化することができるようになった途端に苦悶は止んだ。別のある子には、成人言語性を獲得してしばらく、親の後を追いかけてでも夢を聞かせようとする時期があった。私が言語の「減圧力」をまざまざと実感したのは、これら観察によってである。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収 p.69)

古井由吉の最近の小説はまったくといっていいほど知らない、としたが、その稀な例外は、『群像』iPad版にて巡りあった二つの連載短篇「蝉の声」と「枯木の林」である。両作品とも2011年に書かれている。

「枯木の林」には次のような文がある。

……物をまともに考えるには足もとが、底が抜けたような時代に入っていた。世間は未曾有の景気と言われ、余った金が土地などの投機に走り、その余沢からはずれたところにいたはずの自身も、後から思えば信じられないような額の賞与を手にすることがあった。ましてや有卦に入った会社に勤めて三十代のなかばにかかっていた夫は、当時の自分から見ても、罰あたりの年収を取っていた。

もう少しその前後を長く引用しておこう。

窓の下の人の足音に睡気の中を通り抜けられる間も、血のさわさわとめぐるのを感じていて、これは自分の内で年月が淀みなく流れはじめたしるしかしら、それなら年と取っていくのはすこしも苦しくない、と思ったりした。隣の部屋では自分から方針を定めて受験の準備にかかった娘が、起きているのか寝ているのか、ひっそりともしない。要求がましいことは言わないかわりに、家の内で日々に存在感を増していく。朝起きて来て母親の顔を見て、元気になったようねと言うので、そんなに落ちこんでいたとたずねると、いえ、ぜんぜん、と答える。あの子が生まれるまで、自分はどんなつもりで暮らしていたのだろう、と女は寝床の中から振り返って驚くことがあった。人よりは重い性格のつもりでも、何も考えていなかった。まだ三十まで何年かある若さだったということもあるけれど、物をまともに考えるには足もとが、底が抜けたような時代に入っていた。世間は未曾有の景気と言われ、余った金が土地などの投機に走り、その余沢からはずれたところにいたはずの自身も、後から思えば信じられないような額の賞与を手にすることがあった。ましてや有卦に入った会社に勤めて三十代のなかばにかかっていた夫は、当時の自分から見ても、罰あたりの年収を取っていた。

罰あたりという感覚はまだ身についてのこっていたのだ。世の中の豊かになっていくその谷間にはまったような家に育って、両親には早くに死に別れ、兄姉たちも散り散りになった境遇だけに、二十代のなかばにかかるまでは、周囲で浮き立つような人間を、上目づかいはしなかったけれど、額へ髪の垂れかかる感じからすると、物陰からのぞくようにしていた。その眼のなごりか、景気にあおられて仕事にも遊びにも忙しがる周囲の言動の端々から洩れる、投げやりのけだるさも見えていた。嫌悪さえ覚えていた。それなのに、その雰囲気の中からあらわれた、浮き立ったことでも、けだるさのまつわりつくことでも、その見本のような男を、どうして受け容れることになったのか。男女のことは盲目などと言われるけれど、そんな色恋のことでもなく、人のからだはいつか時代の雰囲気に染まってすっかり変わってしまうものらしい。自分の生い立ちのことも思わなくなった。

その頃には世の中の景気もとうに崩れて、夫の収入もだいぶしぼんで、先々のことを考えてきりつめた家計になっていた。どんな先のことを考えていたのだろうか、と後になって思ったものだ。会社を辞めることにした、と夫は年に一度は言い出す。娘の三つ四つの頃から幾度くりかえされたことか。なにか先の開けた商売を思いつくらしく、このまま停年まで勤めて手にするものはたかが知れているなどと言って、一緒に乗り出す仲間もいるようで、明日にでも準備にかかるような仔細らしい顔をしていたのが、やがて仲間のことをあれこれののしるようになり、そのうちにいっさい口にしなくなる。その黙んまりの時期に、家に居ればどこか半端な、貧乏ゆすりでもしそうな恰好で坐りこんでいたのが、夜中にもう眠っている妻の寝床にくる。声もかけずに呻くような息をもらして押し入ってくるので、外で人にひややかにされるそのかわりに家で求めるのだろう、とされるにまかせていると、よけいにせかせかと抱くからだから、妙なにおいが滴るようになる。自分も女のことだから、よそのなごりかと疑ったことはある。しかし同棲に入る前からの、覚えがだんだんに返って、怯えのにおいだったと気がついた。なにかむずかしいことに追いつめられるたびに、そうなった。世間への怯えを女の内へそそごうとしている。(古井由吉「枯木の林」) 

こうやって古井由吉はバブルとその崩壊をめぐってひっそりと書こうとしているのだろう。「ひっそりと」とは、人がそれほど強く文学などを求めていない時代に、《空白の中で誰かが粘っていなければ、いざというときに継ぎようがない》という心持をもって、という意味合いである。もっとも古井由吉にとって、より深く刻み込まれたトラウマはもちろん「バブル」ではなくくり返し語られる「空襲」であるだろう。

僕は作品でエロティックなことをずっと追ってきました。そのひとつの動機として、空襲の中での性的経験があるんですよ。爆撃機が去って、周囲は焼き払われて、たいていの人は泣き崩れている時、どうしたものか、焼け跡で交わっている男女がいます。子供の眼だけれども、もう、見えてしまう。家人が疎開した後のお屋敷の庭の片隅とか、不要になった防空壕の片隅とか、家族がみんな疎開して亭主だけ残され、近所の家にお世話になっているうちにそこの娘とできてしまうとか、いろんなことがありました。(古井由吉『人生の色気』)

古井由吉bot(『雨の裾』春の坂道)より

・ この町も近いうちにかならず焼き払われる、と子供は思っていた。その言葉は知らなかったが、殲滅戦ということは感じ取っていた。口にするのも許されないことだった。

・あの当時にかぎり、あの環境の内にかぎり、小児ながら預言者、口を封じられ、なすすべも知らぬ預言者であった。

・天井の梁を震わせる敵機の爆音に寝床の中で追いつめられながら叫ぶに叫べなかった小児は、当時大勢の預言者たちの「啞」のはしくれ、幼い末端であったとしても、それでは、戦争が休息して空襲も絶えた夜に、無事の市街の炎上にうなされた小児は、何者だったのだろう。

・怯えには変わりもなかった。まわりに告げようとして告げられぬ空恐しさからもまぬがれてはいなかった。過去の厄災へ目を瞠ったきりの預言者もある。預言者の多くがそうであったのかもしれない。

・過去があらためて迫り、現在に襲いかかり、その波をまともからかぶって打ち震える者の眼に、うしろへ向いたままに先への幻視を掛けるか。いや、あの小児の幻視にかぎり、過去にもならず未来にもならず、どこまでも今を盛りの、声も立たぬ炎上、経過も失せて物狂おしいほどの現在だった。

ここに《まわりに告げようとして告げられぬ空恐しさからもまぬがれてはいなかった》という文があることに注目しておこう。これも「言語化」ーー世界を減圧し、貧困化して秩序立てることーーが出来ぬことによる苦悶の継続、ときには増幅だろう。

ある臨界線以上の強度の事件あるいはその記憶は強度が変わらない。情況によっては逆耐性さえ生じうる。すなわち、暴露されるごとに心的装置は脆弱となり、傷はますます深く、こじれる。(中井久夫「トラウマとその治療経験」『徴候・記憶・外傷』所収 P.109)

さてこれで冒頭の「震災と空襲」にも触れたつもりだ。ただ重ねて中井久夫のトラウマ論からこうつけ加えておくことにする。

……心的外傷には別の面もある。殺人者の自首はしばしば、被害者の出てくる悪夢というPTSD症状に耐えかねて起こる(これを治療するべきかという倫理的問題がある)。 ある種の心的外傷は「良心」あるいは「超自我」に通じる地下通路を持つのであるまいか。阪神・淡路大震災の被害者への共感は、過去の震災、戦災の経験者に著しく、トラウマは「共感」「同情」の成長の原点となる面をも持つということができまいか。心に傷のない人間があろうか(「季節よ、城よ、無傷な心がどこにあろう」――ランボー「地獄の一季節」)。心の傷は、人間的な心の持ち主の証でもある(「トラウマとその治療経験――外傷性障害私見」『徴候・記憶・外傷』所収P93)
戦争を知る者が引退するか世を去った時に次の戦争が始まる例が少なくない。(中井久夫「戦争と平和についての観察」)

最後に中ほどにある「内発的な欲望」という言葉である。これにはわたくしのようなラカン派にやや「毒された」頭には抵抗がある。いやラカン派でなくても次のような見解はすでに一般に流布しているはずだ。

欲望とはいつも-すでに欲望の欲望、欲望のための欲望である。すなわちその用語のありとあらゆるヴェリエーションの下での「〈他者〉の欲望」である。私は私の〈他者〉が欲望することを欲望する。私は私の〈他者〉によって欲望されたい。私の欲望は大文字の〈他者〉――私が埋め込まれている象徴的領野――によって構造化されている。私の欲望はリアルな〈他者―モノ〉の深淵によって支えられている。(ジジェク、LESS THAN NOTHING、2012、私訳)

かつての散々「欲望」について語ったジジェクの関心はすでに欲望から欲動、あるいは享楽に移っている。これは最近の書で叙述されたその稀な記述でありしかも丸括弧がつけられて補足的に記されている箇所だ。

ここでジジェクの90年代の書からやや詳しく「欲望」について抜き出してもよいが、それではいささか退屈するので、ここではベルギーの臨床家でもあるラカン派論客の文を私訳して貼り付けておこう。Paul Verhaeghe の『Love in a Time of LonelinessーーTHREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE』(1998)から である。

私の欲望はつねに他の人物の欲望を通している。これが意味するのは欲望の領野は究極的には同一化の領野だということだ。私は他の人物の内に感知した欲望と同一化する、この彼/彼女に欲望されるために。ここから生じる鏡像効果はたんに心理学上だけの抽象的なものではなく具体的な形で起る。(……)

日々の臨床的実践において、反対方向のヴァージョンもしばしば見出される。すなわち他の人物の欲望に反する欲望である。これも同様の目的ーー注意と故に愛を獲得したいという目的を以ての欲望である。このようにして、主体は、他の人物の欲望とはっきりと差異化し、さらにはそれに反発することによって自分自身の欲望を持っているという錯覚を抱く。

ある夫婦が臨床家を訪れた。夫は弁護士であり妻は医師である。彼らの悩みの種は18歳の息子だ。彼は聡明な学生だがひどく頑固である。彼は自らの道を歩み音楽大学に入ってピアノを学びたい。両親は息子に「真剣な」学問を選んでほしい。結局、音楽は本当の職業ではない。音楽はせいぜい家族の再結合に役立つ愉しい趣味だ、と。三度のセッションで明らかになったことは、青春時代、この息子の父はアーティストになることを夢みたのだが彼の父(すなわち息子の祖父)は彼に法律を学ぶよう余儀なくさせたということだ。もっとも彼は今ではそれをはっきりとは後悔していないが。

ここには誰の欲望が観察できるだろう? そして誰の欲望に反する欲望が? さもなければ…誰のための? 父と息子のあいだの相克は今ではまったく異なった光の下で見られることになる。

このヴェルハーゲの文は一見ドゥルーズによって批判された「パパーママーボク」の三角形をめぐって書かれているようにみえる。だが彼の関心も書名に「THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE」とあるように叙述の中心は「欲動」である。上に掲げた文は、欲望と欲動のあいだの相違を記述する前段にある「欲望」の説明である。

古井由吉の「欲望」に話を戻してその「肯定的」側面のみを取り上げれば、後期資本主義になって欲望をめぐる同一化の対象は変わったということは、これはフロイト・ラカン派でもほぼ見解の一致をみている。「父なき世代」(中井久夫)においてどうしてかつてのように父と素直に同一化することができよう。だが「父」でなければ誰にまずは同一化するのか。前エディプス期のままの状態なら「母」ということになるが、これは単純に記すと誤解を招く。

たとえば「父の名」の機能は消滅し、猥雑な享楽の父、貪り食う母なる超自我の時代という言い方がある。

「享楽の父」は、ラカン派の文脈では、欲望が隠喩化(象徴化)される前の「父」の欲望の体現者なのであり、そこにあるのは、猥雑な、獰猛な、限度を弁えない、言語とは異質の、そしてNom-du-Père(父の名)を与り知らない超自我である。これはラカンが超自我を「猥褻かつ苛酷な形象」[ la figure obscène et féroce ] (Lacan ,1955)と形容したことに基づく。

この享楽の父は、無法の勝手気ままな「母」の欲望と近似する。それゆえ、ミレール=ジジェクによって、「母なる超自我」とも命名される(参照)。

ただし次ぎのような精神分析医による「母との同一化」の説明は示しておこう。

官僚というエリートの集団の発想は、まさにそれが母の欲望にちゃんと答えてきた模範生としてのエリートであるゆえに、母親拘束から抜け出ていない人の集団だという風に考えるべきでしょう。母親拘束のなかで育ってきた優秀なエリートたちは、今度は自らが母親と同一化してその位置に立ち、迷える子羊たる国民を飼い馴らそうとするようになるのです。(藤田博史ーー母親拘束から抜け出ていない模範生

あるいはジジェクなら1991年にすでに次ぎのように記している。

象徴的法を自分の中に取り入れるのではなく、複数の規則、すなわち「いかに成功するか」を教えてくれる便利な規則がいろいろ与えられる。ナルシスト的な主体は、他者たちを操るための「(社会的)ゲームの規則」だけを知っている。社会的関係は、彼にとってはゲームのためのグラウンドである。彼はそこで、本来の象徴的任務ではなく、さまざまな「役割」を演じる。(ジジェク『斜めから見る』)

だがこれらついてはここではこれ以上詳しく触れないでおく。

かつまたジジェクによるドゥルーズの欲望の捉え方は次ぎの文で始まる叙述を見よ(参照:欠如と穴(欲望と欲動)の後半)。

ラカン派のドゥルーズの読解の手始めは、情け容赦ないダイレクトな読み替えだね。ドゥルーズとガタリが“欲望機械” (machines désirantes)について話しているときは、その語を欲動に置き換えるべきさ。