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2015年12月21日月曜日

空爆はない方がいい、でもね…

人が引き込まれるべきでないのは、左派リベラルの常套的繰り言、「我々はテロによってテロと戦うことはできない、暴力はもっと暴力を生み出すだけだ」というヤツだ。今はすでに次の不愉快な問いを掲げる時だ。すなわち、如何に可能だというのだろう、イスラム国が生き延びるなどということが? と。(ジジェク、Slavoj Žižek: We need to talk about Turkey、9 DECEMBER 2015)

とはいえ、われわれは引き込まれがちなのだ、空襲などやってなんとなる、と。

本日の朝、次のようなツイートを見た。

@shamilsh: 青山弘之氏とそのお仲間のアサド礼賛、非武装市民虐殺擁護の主張が日本で主流と化してしまっているのは憂慮すべき事態です。 https://t.co/rmq792BoO9

@shamilsh: シリアで起きている虐殺には一言の言及もないが、フランスが兵器を売るためにIS空爆を実行しているかのような空想に基づく情報は満載… 政府に弾圧されたという古賀茂明さん、たいした「リベラル」っぷりである。 https://t.co/fvHbqF7dmG

以下は、中東を渡り歩いておられる上のツイート主であるフリージャーナリスト常岡浩介氏と中東研究者の同志社大学教授内藤正典氏のやりとりである。

@masanorinaito: ロシアであれ、有志連合であれ、「テロとの戦い」を掲げれば、一般市民の犠牲などコラテラル・ダメージ(付随する犠牲)で済ませると思うなら大間違いだ。市民の犠牲こそ、怒りと報復へのマグマとなる。当然だろうが。

@shamilsh: ロシア&アサド政権と有志連合を「空爆」で一括りにしていてはシリア情勢の説明はできませんし、青山教授や古賀茂明氏のような偽リベラルと違いはありません。 https://t.co/mCVulrKw3H

@masanorinaito: 正直に言えば、私はシリア情勢のディテイルの説明には倦む気持ちのほうが強くなっています。心情的には常岡さんと共有する部分もありますが、バアシストや偽リベラルを罵ったところで、犠牲となる人々の困難とは比較になりません。 https://t.co/8rree2Rvnd

@shamilsh: @masanorinaito 「どっちもどっち」と投げるのは一番簡単ですが、それは解決への道筋を探す行為の放棄です。我々記者は事実を伝えるのが仕事ですが、専門家はそれだけではなく、どうすればいいのかを示してゆく責任があるのでは?

@masanorinaito: 投げているのではありません。いずれの空爆の下にあっても逃げ惑う人々に安心と安全を確保するために何ができるかを真剣に考えているのです。私は専門家である以上に、今は教育を通じて最悪の人道の危機にほんの僅かでも何ができるかを追求します https://t.co/Hy0Wrrfkb2

@shamilsh: @masanorinaito 先生は有志連合の空爆が難民流出の原因だとおっしゃっていますが、その根拠はなんですか?ISは非武装市民1800人を殺害しており、有志連合の誤爆死者は260人。IS支配下の市民は有志連合に殺されるよりISに殺される恐怖を大きく感じているのでは?

@shamilsh: 少なくとも現在、現地の事実を知る我々は青山、国枝、高岡一派のアサド・プロパガンダに完全に負けています。ひとえにぼくら自身の力のなさの責任です。

@shamilsh: シリア民衆から有志連合への批判の声は連日激しく上がっていますが、それはISを空爆していることに対してではなく、アサド政権や露と妥協し、虐殺を容認し続けていることに対してです。有志連合に空爆をやめろと要求しても、シリア民衆にとってほぼ意味はなく、紛争解決には結びつかないでしょう。

@shamilsh: まともな学者、専門家が一人もいない。

…………

以下、いくらかのシリア情勢をめぐる記事ーー僅かな情報を垣間見たなかでわたくしが印象に残るものーーを主に列挙したものである。

@spearsden: 空爆はない方がいいです。民間人被害が必ず出るので。それは何度も言ってきました。でもね…

この続きのツイートはないが、イスラム国を叩くにはある程度の民間人の犠牲はやむえない、という立場であると憶測する。毎日新聞の記者の方(米国特派員)だが、彼のツイートはあくまで個人的見解だろうことを念押しておく。そしてわたくしはこのツイートを批判する者ではないことをも。

ここで毎日新聞の別の記者による記事を掲げておこう。

アサド政権は有志国連合によるシリア領内での空爆を「主権侵害だ」と非難しつつも、ISなど敵対勢力への攻撃は事実上黙認してきた。一方、ロシア軍も9月以降、政権の要請に基づき空爆を続けている。11月にはトルコ軍が国境付近で露軍機を撃墜する事件も起きており、空爆を巡る緊張が高まっている。(毎日新聞2015年12月7日:シリア 有志国連合空爆で政府軍に死者3人「悪質な侵略」)

有志国連合の空爆では、最近とくにロシアの空爆による民間人被害が注目されている。




シリアへの武力介入に慎重だった英軍が空爆に踏みきり、有志連合による過激派組織「イスラム国」(IS)に対する軍事介入は加速した。一方でアサド政権を支えるロシアによる空爆はISにとどまらない。民間人の犠牲も多く出ており、空爆下の市民は恐怖におびえる。

 「今の状態が続けば、空爆に遭わなくても、子どもも妻も私も心が壊れる。シリアを逃れるしかない」

 11月末、トルコ南部ガジアンテップで記者が会ったフッサム・フセインさん(36)はシリア北部イドリブ県ガダファ出身だ。空爆の激化を受けて、家族でトルコに逃れることにした。

 トルコには、内戦を逃れた約210万人のシリア難民が身を寄せている。(朝日新聞 2015年12月4日:(時時刻刻)空爆「まるで無差別」 ロシア介入後に急増「シリアを逃れるしか」)
ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、ドイツ連邦議会でシリア情勢に関して、「問題(シリアの危機を解決するための外交努力)はアサドなしにシリアの戦争を終わらせることに関わるものであり、アサドが長期的な解決策の一部分をなすことは不可能だ」と述べた。(ARA News(12月16日付)などによる、青山弘之 )

ところで少し前にはこのように言われた。ロシア空爆は対象を絞れ、と。

ウクライナ和平協議が行われたパリからの報道によると、オランド仏大統領は2日、プーチン露大統領に対し、ロシアがシリアで行っている空爆は「イスラム国」だけを対象にすべきだと伝えた。メルケル独首相も、シリアとウクライナの問題には「何の関連もない」と指摘。シリア空爆で米欧と対峙(たいじ)し、ウクライナをめぐる態度軟化を引き出す思惑だったプーチン政権は肩透かしを食った形だ。(産経新聞 2015.10.4:露の空爆 仏大統領、プーチン氏に「対象絞れ」)

だが。現在においても、ロシア空爆が対象を絞っていないようにみえるのに、他の有志国連合はなぜロシアの空爆を止めようとしないのだろう? なぜいまだにアサド援助のようにみえる空爆をほうっておくのだろう。

だが、どうも事情はこのような単純な問いですませるわけにはいかないようだ。とはいえ、ここでは、2011年にいわゆる「西側」がシリアに人道的介入を行わなかったこと(ほとんど同時に起きたリビアでの反政府デモには介入したのに)やら、2013年のアサド政権化学兵器使用に対しても、結局のところ介入しなかったことなどには触れないでおこう。




冒頭に掲げたーーわたくしが比較的依拠することのおおいーージジェクは次ぎのように言っている(参照:さあイスラム国抜きでわしらはどうなる?)。

11月終りに発表されたEUとトルコのあいだの取引(その取引の下、トルコはヨーロッパへの難民流入を抑制するというものだ。EUからの気前のよい財政援助、最初は30億ユーロ(約3900億円)を拠出することによって)ーーこれは、恥知らずの胸がむかつく振舞い、厳密な意味での倫理-政治的災厄である。これが「テロとの戦争」のなされ方だというのか? トルコの恐喝に屈服して、シリアにおけるイスラム国台頭の主要な刑事被告国のひとつに報酬を与えることが。

この取引の日和見-実利的正当化ははっきりしている(トルコに賄賂を贈ることが難民流入を制限する明瞭な方法ではないか?)。しかし長い目でみた帰結は破局的だ。このどんよりした背景が明らかにしていることは、イスラム国に対する「全面戦争」は本気に取られていないに違いないことだ。彼らは全面戦争などとは本当には思っていない。

我々はまったく文明の衝突を取り扱っているのではない(西側キリスト教徒対ラディカルイスラム)。そうではなくそれぞれの文明内部での衝突だ。すなわち、キリスト教徒の宇宙のなかでの米国と西側ヨーロッパ対ロシア。ムスリムの宇宙のなかでのスンニ派対シーア派である。イスラム国の醜怪さは、これらの闘争を覆う「フェティッシュ(呪物)」として機能している。そこでは、どちらの側も、本当の敵を叩くために、イスラム国と闘うふりをしているのだ。

最後に、大前研一氏の記事「ロシアはなぜ、シリアに軍事介入したか? 」(プレジデント:2015年12月02日)を全文掲げておくことにする。


【宗教紛争の構図も抱えるシリア内戦】

泥沼の内戦が続くシリア。9月末にはイスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国(IS)」の掃討を名目にロシアが空爆を開始した。ロシア政府が戦果を繰り返し強調する一方で、「ロシアの空爆の90%は(アメリカが支持している)穏健派の反政府勢力を標的にしていて、民間人の死者も出ている」とアメリカ政府は強く非難している。アフガニスタンで「国境なき医師団」の病院を誤爆して死傷者を出したアメリカが言えた義理ではない。アメリカと有志連合は1年前からシリア領内のIS拠点を空爆してきたが、相手は夜陰や民間人に紛れて活動するから目標の選定も容易ではない。インフラを破壊しただけに終わったり、民間人が犠牲になることも多い。

それに比べればロシアの空爆ははるかに精度が高い。ロシア、シリア、イラン、イラクの4カ国で情報センターを創設してISに関する情報は逐一共有する仕組みになっている。ISがどこでどんな活動をしているのか、現場から送られてくる地上レベルの精密な情報に基づいて空爆目標を定めているのだ。ロシアのテレビ(RTR)では作戦本部を公開し、逐次戦況を説明している。相当な自信があるのだろう。

ISに狙いを定めつつ、アサド政権に敵対する反政府勢力もついでに叩くというのがロシアの狙いだろう。ロシアの軍事介入でシリア情勢はどう動くのか。それを考える前提としてシリアの現状を簡単に整理する。そもそもの発端はチュニジアから始まった「アラブの春」の流れを受けて2011年に起きた反政府運動であり、アサド政権派の国軍と反体制派による武力衝突だった。アサド大統領の宗教はイスラム教シーア派の分派とされるアラウィー派で、政権の主要ポストもアラウィー派で占められている。これに対してシリア国民の大多数はスンニ派であり、内戦は宗教紛争の構図も抱えている。

反体制派は多種多様の組織があって決して一枚岩ではない。当初に結成された武装組織の「自由シリア軍」にしても、欧米が支援してきた「国民評議会」「国民連合」などの中核組織にしても、内部分裂を起こして統制が取れていない。ポストアサドの受け皿として政権を担えるとは到底思えず、もしアサド政権が倒れたらイラクの二の舞いだろう。

混乱に乗じてアルカイダやISといったイスラム過激派、クルド人勢力などが参戦して、反体制派と結びついたり、逆に衝突して、今では反政府勢力同士が各地で戦闘を繰り広げている有り様。アサド政権打倒やIS掃討を目的とした諸外国の空爆も加わって、シリアの国土荒廃はすさまじい。



【アメリカの中東政策の綻びが生み出したもの】

今日のシリア情勢は結局のところ、アメリカの中東政策の不始末だ。アメリカ主導の中東民主化で何が起きたか。ムバラク亡き後のエジプトでは民主的選挙でイスラム原理主義組織のムスリム同胞団が政権を握ったが、これを嫌ったアメリカ(とイスラエル)が軍事クーデターを仕掛けて政権を転覆させた。カダフィー亡き後のリビアでも“春”は一瞬で終わり、後には混乱だけが残った。アラブ世界から独裁者を取り除いても西側世界のように民主的には治まらない、というのがこの15年のアメリカの苦い経験だったはず。にもかかわらず、シリアにおいてもアサド政権を敵視して、軍事顧問団を送り込んだり、武器や資金を供与して反体制派を支援してきた。

なぜアメリカが同じ間違いを繰り返すのかといえば、彼らの中東政策は内政上ユダヤ勢力の支持を取り付けるためにイスラエルを守ること、そして石油権益を確保することしか眼中にないからだ。つまりイスラエルを脅かすアラブの独裁者はすべて“悪”であり、サウジアラビアは王政独裁ながら石油権益で結びついているから“善”なのだ。

さらに言えばアメリカの中東政策には、イスラム教スンニ派とシーア派の葛藤という視点が欠如している。スンニ派の独裁者サダム・フセインをイラクから取り除いて民主的に事を運べば、多数派のシーア派政府ができるのは当然。だがシーア派には統治能力はなく、少数派のスンニ派は追い込まれてテロリスト化する。それがイラクの現状だ。イラクがシーア派政権になって隣国のシーア派大国イランと接近していることに、強い嫌悪感と警戒感を抱いているのがスンニ派大国のサウジ。サウジはスンニ派の勢力拡大を狙ってイラクやシリア領内のスンニ派系過激派組織を援助して、それがISの元祖の一つにもなった。アルカイダやIS、ナイジェリアの「ボコ・ハラム」などのテロ組織は、アメリカの中東政策の綻びから生まれたモンスターなのだ。


【ロシアがアサド政権を応援する最大の理由】

シリアのアサド政権はシーア派の一派とされ、イランとイラクのシーア派政権とは仲がいい。ロシアとシリアは米ソ冷戦時代からの長い付き合いで、シリアのエリートは皆ロシアで教育や軍事教練を受けている。ロシア人と結婚したシリア人も多く、今や子供や孫の世代になっている。そうしたロシア系シリア人やシリア系ロシア人が30万~60万人いるともいわれている。ロシアがアサド政権を応援する最大の理由はこの歴史的な血のつながり。シリアをないがしろにしたらロシアの内政が持たないという、ちょうどアメリカとイスラエルのような関係なのだ。また、シリアの地中海沿岸タルトゥースにはロシアの海軍基地があり、それを死守するという軍事的な必然性もある。

では、なぜこのタイミングでロシアは空爆に踏み切ったのか。無論、アサド大統領の要請もあったが、何よりヨーロッパの空気の変化をプーチン大統領が敏感に嗅ぎ取ったからだと思われる。この数カ月、ヨーロッパの国々は難民問題で頭が一杯になっている。一つ間違えればEU崩壊につながりかねないほど事態は深刻だ。10月は1カ月で20万人以上の難民がヨーロッパに押し寄せたが、そこには内戦やISの暴力から逃がれてきたシリア難民も大勢含まれている。内戦で減少したシリアの人口は約1800万人(2014年)。約400万人がシリアを逃げ出したといわれ、その1割、約40万人がすでにヨーロッパに到達、今年中には70万人に達するといわれている。残りの9割はトルコ、レバノン、ヨルダンなどの周辺国に留まっている。さらには自分たちが住んでいた村や家々を破壊されて、十分な水や食料もないまま放浪を余儀なくされている国内難民が700万人以上いるとされる。つまり、今後、シリア発だけでも1000万人の難民がヨーロッパに押し寄せてくる可能性があり、シリア内戦に歯止めをかけなければ難民問題は解決しない、という危機感がヨーロッパでは共有されている。


【いざとなればプーチンはアサドを切る】

以上のような認識がないと、シリア情勢の先行きは見えてこない。集団的自衛権行使を容認した日本はいずれやってくるアメリカの召集令状に従って、唯々諾々と自衛隊をシリアに派遣するのだろうが、ヨーロッパでは「これ以上アメリカ側にくっついていたらヤバい」というムードが強まっている。アメリカ軍が1年以上も空爆を続けても、ISの勢力が弱まる気配はない。アメリカが支援している反政府組織も満身創痍のアサド政府軍に勝てずに後退を繰り返している。アメリカは事態を収束させるどころか、混乱が拡大して難民問題は深刻化するばかり。難民問題がヨーロッパ最大の関心事となり、「アメリカではシリア問題が収まらない」という空気を察知して、「我々がフィニッシュしてやろう」とロシアは空爆に乗り出した。ロシアはアサド政権の強固な後ろ盾だが、いざとなればプーチン大統領はアサドを切るつもりでいる。仮にシリアが収まった場合、アサド大統領を退場させても現行政府が残れば構わないというのがプーチンの腹。統治機構がなくなれば、再び「アラブの春転じて混乱」に陥るからだ。

すでにアメリカ抜きでプーチン大統領とドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領が話し合いを重ねているし、イランもそこに入っている。ヨーロッパではウクライナ問題でロシアに科した金融/貿易制裁を緩和しようという動きも出てきている。ロシアのシリア空爆がすべてうまくいくとは思えないし、ISのロシア民間機爆破で国内世論も厳しくなるだろう。しかし、そうした不測の事態があるにせよ、ロシアが難民問題解決の一助にはなるのではないか、という雰囲気がヨーロッパには生まれつつある。日本がアメリカべったりであるのに対して、ヨーロッパのアメリカ離れ、ロシアとの是々非々の距離感。これが新しい地政学上のうごめきになってきている。

大前研一のいっけん「すぐれた」説明だが、ではロシアがなぜクラスター爆弾を使うのか、ーー《ロシアの空爆ははるかに精度が高い》、《ISに狙いを定めつつ、アサド政権に敵対する反政府勢力もついでに叩くというのがロシアの狙い》とあるがーーさてそんなにあっさりと言えるのだろうか?