呼んだ
私の名ではない 知らない男の名を
とは高田敏子の「別の名」のパクリだ
女が呼んだ男の名は
彼女からきいていた
だから知らない名ではない
男は日本にはいない
彼だってきっと遊んでいるわ
と女は抱かれるまえにいった
男の名を呼んだあと
にわかにはげしく腰をつかいだし
「恥しさ打忘れて無上にかぢりつき、
鼻息火のやうにして、
もう少しだからモツトモツトと泣声出す」
とは荷風「四畳半」の引用だ
女は泣き出しはしなかった
だが大腰をつかい声を高めはした
壁の薄い単身者用のアパートの一室
隣の部屋できき耳を立てる気配
腰をややひいて女に目配せした
上にいるのが女だ
だいじょうぶよ、
隣からだっていつもきこえてくるもの
と女はかすれ声でいい
ふたたび「ぐツと深く突入れ、
次第々々抜さしを激しく」した
水べを渉る鷭の声
に変化した女の声を聞く
とは吉岡実のパクリだ
「私はそれを引用する
他人の言葉でも引用されたものは
すでに黄金化する」
とは「夏の宴」の冒頭句だ
なんと美しい題だろう
女は黄金化した
女の「全体は溶ける
その恩寵の温床から
花々は生まれる」
官能の瞬間に規則正しく
間歇的に発する
あのさけび声を
はっきり耳にした
とはプルーストの引用だ
かつて正妻は江戸に残り
亭主は妾とともに領地に一年戻った
「亭主留守ちょうど間のいい男あり」
間男とは由緒ただしい語だ
恋人が米国に参勤交代すれば
残された女が代わりの男と懇ろになって
なんの悪いわけはない
二年も三年もがまんするつもりか
と女にいったら笑った
…………
「あなたは他者の女だ、常に。
だから私はあなたを欲望する」(JACQUES-ALAIN MILLER)
人は自分の女には欲望しない
「一盗、二婢、三妾、四妓、五妻」
「われわれをひどく幸福にするものは、
心のなかにある何か不安定なものの存在であって、
そんな不安定なものをささえるために、
われわれはたえまなく気をくばっている」(プルースト)
人は自分の女には欲望しない
「一盗、二婢、三妾、四妓、五妻」
「われわれをひどく幸福にするものは、
心のなかにある何か不安定なものの存在であって、
そんな不安定なものをささえるために、
われわれはたえまなく気をくばっている」(プルースト)
でもいい気になって間男を堪能していたつもりが
女に心から惚れちまったらどうしたらいい?
参勤交代の男が帰ってきて女が去ってゆくとしたら
しかも「出奔した女は、いままでここにいた女とは
おなじ女ではもはやなくなっている」(プルースト)
遊びだけのつもりの女に地獄へつき落されることだってあるさ
宴のあとの封を切られた放心が散り散りに、
私は頬骨から顎を片手でおさえて
骨に浮く惨めさを覆ったつもりで、拠り所なく……
私だけではないらしい、
会釈をつらねる幾人かの背中は
罌粟の実の溢れ出る静けさに、
街路は遠く映え続いている。とは江夏名枝「菊の色こきはけふのみかは」の引用だ
彼女だって上田秋成「菊花の約束」のパクリだ