2016年10月17日月曜日

「もっと、お願いだからもっと」

楚々として秋は来た。物自体(デング・アン・ジツヒ)のきびしい認識を超えて、人を清澄なパンセにまでひきいれる像(もの)の陰影の深まさる時――汗と土と藁の匂ひ、収穫の穀物倉の簷に雀の巣が殖えてゐた。納屋の隅で蟋蟀が鳴く。空のヴァガボン渡り鳥の群は、切株畑に影をおとして再び地平の秋を旅立つていつた。霧の中で角笛が鳴つてゐる。放牧の群れが帰つて来る。私は蘆のうら枯れた沼の辺りに下り立つて、鼠色の湖心に移動する野鴨を銃口の先で焦点する。空は北方からその雲翳をみだしてくる。草は北海の塩分を吹き送る東南風に萎れ、北風に苛らだち、西風に雨を感知して、日に日に地表はむくつけきい容貌と変つてくる。父の如く厳つい自然よ、そして母の如くも優しく美しい季節よ! いまだ火のない暖炉の中から蟋蟀の細い寂しい唄が聞えてくる。燈が机の上に暈を投げる。天蓋に銀河が冴えて横はる。プレアデスやアンドロメダ、天馬の壮麗なシステムが一糸みだれず夜々の天に秋の祝祭の燈をかかげる。(吉田一穂「秋」『故園の書』)

…………

以下、名作・名曲の日曜日版ーー日本はすでに月曜日だが。

ーーひとつだけを除いて、たぶん10年前後ぶりに聴く(いや曲によっては日本に住んでいたとき以来、つまり20年ぶりのものもある)、ひとつだけというのはディミトリー・ホロストフスキーのものであり、わたくしはいまでもロシア民謡の大ファンであり、しかも彼の男振りは、マルデオレノヨウデハナイカ・・・

もう初寒の候であった。朝の凍(いて)は秋雨に濡れた土をこつこつに固め、野草はおどろに乱れてはいたが、家畜に踏み荒らされた茶色の秋蒔畑や、春撒蕎麦の根が赤い縞をなした薄黄色い刈入れ跡と対照して、くっきりと鮮やかな緑色に浮き出している。まだ八月の末あたりは、秋撒や刈入れ跡の黒い土の間にあって、緑の島のように見えていた丘や林は、もう鮮やかな緑色をした秋撒麦の中に、燃え立つような赤や黄の島を形づくっていた。野兎はすでになかば毛換えを終えたし、狐の子はてんでんに散り始め、今年うまれの狼は犬よりも大きくなった。いまや狩猟の好季節である。熱心な若い狩猟家であるロストフの飼犬は、狩猟時季の肉づきになったばかりか、すっかり体が緊ってきたので、猟師たちの総会があったとき、犬を三日間やすませて、九月の十六日、まだ手を入れたことのない狼の巣のある槲の森を手始めとして、狩猟にとりかかろうと決議した。(……)

◆ ドヴォルザーク Dvořák - 交響曲第8番~第3楽章



「兄さんはいらっしゃるのね」とナターシャが言った。「あたしそうだろうと思ったわ! ソーニャはいらっしゃらないっていうけれど、あたしはそう思ったの、今日はとてもいかないでいれれないようなお天気ですもの。」

「いくよ。」とニコライは気のない返事をした。彼はまじめな猟を思い立っているので、ナターシャやペーチャを連れていきたくなかったのである。「いくにゃいくけれど、狼狩だよ。お前には面白くないぜ。」

「まあ、これがあたしにはなによりの楽しみだってことを、兄さんも知ってらっしゃるくせに」(……)

「しかし、お前はだめだよ。お母さんがおっしゃったじゃないか、お前は狩にいかれないって。」(……)

「いいえ、あたしいくわ、どうしてもいくわ。」(……)

◆Verdi Nabucco 'va pensiero' C Abbado Berliner PO



一キロばかりきたとき、犬を連れた五人の騎手が、ロストフの出会いがしらに霧の中から現われた。豊かな白い髭をたくわえた、いきいきした美しい老人が、まっ先に立って進んでくる。

「おじさん、おはよう。」と、老人が近よったときニコライは声をかけた。

「いよう、すてきすてき! ……いや、そんなことだろうと思うたて。」とおじさんが言った(これはロストフ家の遠縁にあたる、あまり裕かでない隣村の地主である)。「とても辛抱できまいと思うたて。いや、結構結構、よく出かけた。いあ、すてきすてき!(これはおじさんの口癖なので。)すぐに森を占領してしまいなさい。……」p393-399

◆Smetana: Ma vlast (My Fatherland) - No. 2. Vltava (Moldau), Conductor: Rafael Kubelík




夕方、イラーギンがニコライに別れを告げたとき、ニコライは家から非常に遠く離れているのに気がついた。で、彼はおじさんのすすめにしたがって、猟犬をミハイローフカ(おじさんの領地の小村)に止めて、一泊させることにした。

「もしお前さんがちょっと家へよってくれると、本当に『いよう、すてきすてき』なんだがなあ!」とおじさんは言った。「それより結構なことはありゃしない。ごろうじろ、こういう湿っぽい空模様だでな、ちょっと家でひと休みして、馬車でお嬢さんをつれて帰るといいよ。」

おじさんの申しこみはいれられた。ニコライは猟師ひとりを愉楽村(オトラードノエ)へ送って、馬車をまわさせることにした。彼はナターシャとペーチャとともにおじさんの家へおもむいた。(……)

しばらくたっておじさんがコサック服に、青いズボン、浅い長靴をはいてやってきた。この服装こそ、かつておじさんが愉楽村へきたとき、驚きと嘲りをもってみられたものであるが、しかし、ナターシャはこれが本当の服装であって、けっしてフロックにも燕尾服にも劣りはせぬと感じた。(……)

おじさんがはいって来てからまもなく、また戸を開けたものがある。足音から判ずるところ、素足の女中らしかった。と、いろいろなものを並べた盆を手にして、戸口からはいってきたのは、年ごろ四十かっこうの、ふとった、血色のいい、美しい年増であった。顎は二重にくくれて、唇は赤く張り切っている。彼女は眼つきや挙動に愛想のいい、人なつっこい、しかも品のある表情を浮べて、客人たちを見まわしながら、優しい笑みを含んでうやうやしく会釈した、普通以上に肥えているために、胸と腹を前へつき出して、首を後ろへひいているほどだが、それにもかかわらず、この女は(これはおじさんの家事取締りアニーシヤ・フェードルヴナである)、おそろしく軽々と歩いていた。まずテーブルに近よって盆をのせ、白いむっちりした手で壜や肴や、その他の御馳走を器用にとり出しては、テーブルに並べるのであった。それがすむと彼女は後ろへのいて、顔に笑みを浮べながら、戸口に立った。

「さあ、これがわたしですよ! いまこそおじさんがどんな人かわかったでしょう?」ロストフはこの女の出現がこう語るように思われた。実際、わからずにはいられなかった。ニコライのみならず、ナターシャまで、おじさんがどんな人かわかった。アニーシヤが入ってきたとき、おじさんがちょっと眉をひそめて、得意らしい微笑に口の端をしわめた意味もわかった。盆の上にのっていたのはーー草入り酒、果物酒、茸、バター、牛乳入りの黒パン菓子、蜂の巣にはいったままの蜜、ぶつぶつ泡の立つ煮こんだ蜜、林檎、なまのとあぶったのとふた通りの胡桃、それから、べつに蜜漬けの胡桃――こんなものであった。それから、あらためてアニーシヤは、蜜入りと砂糖入りとふた通りのジャム、ハム、焼きたての鶏などを持ってきた。

こうしたものはみなアニーシヤがきりもりして、集めて、料理したものである。すべてアニーシヤの匂いと味わいと感じをおびていた。すべてが汁けの多そうな、さっぱりした、まっ白な感じーー気持ちのよい微笑に似た感じを与えるのであった。

「おあがりなされませ、お嬢様。」ナターシャにかわるがわるあれやこれやをすすめながら、彼女はこう言い言いした。

ナターシャはなにもかも食べた。こうした牛乳入りのパン菓子や、こんな風味のジャムや、こんな蜜漬けの胡桃や、こんな鶏は、どこでも見たこともなければ、食べたこともないような気がした。(……)

はだしでひたひたと忙しげに歩く音が聞えて、目に見えぬ手が「独身部屋」の戸を開けた。廊下からはバラライカの響きがはっきり聞え出した。だれか上手の弾き手の業らしかった。ナターシャはずっと前からこの音に耳を傾けていたが、今度はもっとはっきり聞くために廊下へ出て行った。
「あれは家の馭者のミーチカだ……わしはあれにいいバラライカを買うてやった、わしも好きなもんでな。」とおじさんは言った。(……)

◆Алексей Архиповский - Золушка



「もっと、お願いだからもっと。」バラライカの音がとぎれるやいなや、ナターシャはそう言った。

ミーチカは調子を整えて、『奥さん』の歌を緩めたり速めたりしながら、洒落て弾きはじめた。おじさんはわずかにそれと見られる微笑を浮べながら、首を傾げてじっと坐ったまま聞いていた。『奥さん』の節は百度ばかりくりかえされた。なんべんか調子をなおしては、また同じ音をちりちりとかき鳴らしたが、聞き手にとって飽きがこないばかりか、もっともっとその音が聞きたくなるのであった。(……)

おじさんはだれの顔も見ずにほこりをふっと吹き、骨ばった指でギターの胴をかんと叩いて調子を整えると、肘掛け椅子の上にいずまいをなおした。そして、いくぶん芝居がかった身ぶりで、左の肘をぐいと後ろへひいて、ギターの首より上のほうを握り、アニーシヤのほうへちょっと目まぜをして、弾きはじめた。しかし、それは『奥さん』ではなかった。彼はぴんと一つ澄みきった鮮やかな音を立てると、やがて、正確な、落ちついた、とはいえ、力のはいった調子で、きわめてゆるやかなテンポをとりながら、有名な『敷石道を過ぎゆけば』の歌を弾じはじめた。アニーシヤの全存在に充満している、あの端正な快活な気分と拍子を合わせ、歌の節はニコライとナターシャの胸で鳴り始めた。(……)

「いいわね、いいわね、おじさん、もっと、もっと!」ナターシャは一曲すむやいなやこう叫んで、席を飛び上がりざま、おじさんを抱いて接吻した。「ニコーレンカ、ニコーレンカ!」と彼女は兄をふりかえって呼びかけたが、それはちょうと、「いったいなんということなんでしょう?」とききたげな調子であった。(……)


◆Anna Netrebko - MOSCOW NIGHTS - Dmitri Hvorostovsky




「さあ、姪御ごさん!」おじさんはひっちぎるように弾奏を止めた手で、ナターシャのほうへひとふりしながら叫んだ。

ナターシャは体にかぶっていた頭巾をかなぐりすてて、おじさんの前に飛んでいき、両手を腰にあてがいながら、肩をちょっと動かすと、そのまま踊りの姿勢になった。

この亡命フランス人の女家庭教師に教育された伯爵令嬢が、自分の呼吸しているロシヤの空気の中から、どこで、いつ、どうしてこの気合いを会得したのであろう? もうとっくにショール踊りのために追い出されてしまっているはずのこうした呼吸を、いったいどこから習得したのであろう? しかし、この気合い、この呼吸は、模倣することも習うこともできない、純ロシア的のものであって、おじさんもこれを彼女から期待していたのである。最初、ニコライその他すべての人は、彼女が見当ちがいなことをしはしないかと心配していたが、彼女がちゃんと身をかまえ、得々とした誇らしげな、しかも狡猾で愉快そうな微笑を浮べたとき、この心配は消えてしまった。

彼女はこの場合要求されていることを正確になしとげた。あまりにその手際が鮮やかなので、この仕事に必要な頭巾をさしだしたアニーシヤは、細っそりした優美な令嬢を眺めながら、笑いのひまから涙をにじませたほどである。彼女は自分とまるでかけ離れた、おかいこぐるみで育った伯爵家の令嬢が、アニーシヤにも、アニーシヤの父にも、母にも、叔母にもーーあらゆるロシア人にひそんでいるものを、すっかりのみこんでいたのがうれしかったのである。(トルストイ 戦争と平和 第2部 第4篇 米川正夫訳)より

◆Horowitz Plays Scriabin Etude Op. 8 No. 12