2017年2月6日月曜日

死後脳エビデンス?

いやあまだコメントしてくるわけかい、貴君は。エビデンスとか死後脳による遺伝(実証)とかという語彙群を使って。

で、貴君のいってるエビデンスのエビデンスはどこにあるんだろうかね?

今ざっとネットを検索しただけだが、こんなのにも行き当たるぜ

自閉症スペクトラム(ASD)は、対人的相互作用やコミュニケーションの障害、興味・活動の限定された反復的常同的な行動様式によって特徴づけられる発達障害である。双生児を対象にした研究から ASD は遺伝要因が強いと考えられ、 多くの候補遺伝子が探索されてきたが、責任遺伝子の同定には至っていない。近年、ASD の遺伝性はこれまで見積もられていたよりも低く、 むしろ環境要因が ASD により大きな影響を与えている可能性が報告された (Hallmayer et al, 2011) 。 環境要因は DNA メチル化やヒストン修飾に影響を与え、エピジェネティック過程は遺伝要因と環境要因のインターフェースと考えられている。(「自閉症死後脳縫線核メチル化状態の網羅的解析」 松﨑秀夫、岩田圭子、中林一彦 、中村和彦、秦健一郎 、森則夫 、2015、PDF

信頼性がおける研究かどうかは知らないが、英文ならこんなのもある。

Genetics can play an important role in many neurodevelopmental disorders, and some cases of certain conditions such as intellectual disability are associated with specific genes. However, most neurodevelopmental disorders have complex and multiple contributors rather than any one clear cause. These disorders likely result from a combination of genetic, biological, psychosocial and environmental risk factors. A broad range of environmental risk factors may affect neurodevelopment, including (but not limited to) maternal use of alcohol, tobacco, or illicit drugs during pregnancy; lower socioeconomic status; preterm birth; low birthweight; the physical environment; and prenatal or childhood exposure to certain environmental contaminants.14-21 (Neurodevelopmental Disorders、America's Children and the Environment | Third Edition, Updated October 2015、PDF)

自閉症者の死後脳が萎縮しているという「エビデンス」があったって、自閉症的生活をおくったから萎縮したかもしれないじゃないか? ようは原因と結果を混同させている可能性は疑わないんだろうか? 

もうひとつ今行き当たった文を貼り付けておくがね、結局、最初期の母子関係が大切なんだよ。

A history of onset before three years, severe problems with eye contact, poor capacity to read no verbal behaviour, being classified as a child as ‘odd' or eccentric, being bullied as a child, having an unusual accent, childhood echolalia, fascination with spinning objects and spinning the body, preservation of sameness, clumsiness and severe sensory issues suggest Autism/ Asperger's Syndrome. A very detailed early childhood history is very critical in making the correct diagnosis with this the appropriate treatment. Misdiagnosis leads to frustration for the person themselves, their families and psychiatrists.(Michael Fitzgerald, SCHIZOPHRENIA AND AUTISM/ASPERGER'S SYNDROME: OVERLAP AND DIFFERENCE、2012,PDF

もちろん「冷蔵庫マザー refrigerator mother」ーー「母親非難 mother-blaming」モデルの主要な起源のひとつーーの考え方の創始者カナーのように言ったら言い過ぎさ。

ほとんどの患者は、親の冷酷さ・執拗さ・物質的欲求のみへの機械仕掛式配慮に最初から晒されていた。彼らは、偽りのない思いやりと悦びをもってではなく、断片的パフォーマンスの視線をもって扱われる観察と実験の対象だった。彼らは、解凍しないように手際よく「冷蔵庫」のなかに置き残されていた。(レオ・カナー、In a public talk quoted in Time magazine in 1948ーーだれもが自閉症的資質をもっている

ラカン派における母ってのは、たんなる母じゃなくてまずは「象徴的母」だ。最初の大他者という意味での。この「母」の鏡には、かつてはモラルやよき慣習などが映っていたはずだけれど、いまこの鏡に映るのは、負け犬にならないようにね、お金がなによりも大切よ、ってのしかほとんど映らないんだよ。

これが最もベーシックなラカン理論だな、二年ほどまえ粗訳したポール・バーハウの文のさわりを引用しとくがね。

…… 結論としては、アイデンティティとは構築 construction に帰着するのです。そこでは文化が決定的な役割を果たします。これは私たちに別の二つの問いをもたらします、どうやって構築されるのか、そしてこの構築の内容はなんなのだろう、と。この問いに答えるための十分な科学的根拠があります。そこには二つの過程が働いています。すなわち同一化 identificationと分離 separationです。

同一化は今ではミラーリングmirroring(鏡に反映すること)と呼ばれます。そして、それは同一化を言い換えるとても相応しい仕方です。このミラーリングは私たちの生の最初の日から始まります。赤子はお腹がへったり寒かったりして泣き叫びます。そして魔法のように、ママが現れます。彼女は心地よい声を立て、赤ちゃんに話しかけます、彼女が考えるところの、なにが上手くいってないのかを乳児に向けて語り、彼女自身の顔でその感情を真似てみせます。このシンプルな相互作用、何百回とくり返される効果のなんと重要なことでしょう。私たちは、何を感じているのか、なぜこの感情をもつのか、そしてもっと一般的には、私たちは誰なのか、を他者が告げ私たちに示してくれるのです。空腹とオシメから先に進み、世話をやく人から子どもへのメッセージは、すぐに、よりいっそう入り組んだものになり、かつ幅広くなります。

幼児期以降、私たちは継続的に、なにを感じ、なぜそう感じ、これらの感じをどのように取り扱うか、取り扱うべきでないかを教えられています。私たちは聞くのです、良い子なのかいたずらっ子なのか、美しいのか醜いのか、おばあちゃんのように頑固なのか、パパのように賢いのか、と。同時に、自分のカラダや他人のカカラダで何ができて何ができないのかを聞かされます(すこしは大人しく座ってなさい! あなたの弟にかまいすぎないで! ダメよ、耳にピースなんてしたら!)こういったことすべては、私たちは誰で、どうすべきで、どうすべきではないかを明らかにします。

どの心理学理論も認めています、これらの乳幼児と母のあいだの最初のやり取り、そして子どもと親たちのあいだのそれの重要性を。それはアイデンティティの構築のためのものなのです。とはいえ、この重要性はある片寄った観点を導き入れます。私たちは忘れがちになってしまうのです、両親はただ彼ら自身が受け取ったもののみを鏡に反映するということを。彼らのメッセージは無からは生まれません。私たちの家族は、自分の文化、ーー地方の、宗教の、国民の等々ーーの重要な考え方を鏡に反映させるのです。物語や考え方、それは、家族や私たちが所属する社会階級、わたしたちがその部分である文化によって、私たちに手渡されるのですがーー、こういったものすべての鏡が、混じりあって、象徴的秩序、より大きな集団の偉大なる語り the Great Narrative を作り上げるのです。それが多かれ少なかれ共通のアイデンティティを生みます。より多くの語り(ナラティヴ)が共有されれば、よりいっそう私たちは似たもの同士になります。(Paul Verhaeghe“ Identity, trust, commitment and the failure of contemporary ーー「アイデンティティ」という語の濫用/復活

これも仮説さ、だがわたくしは(いまのところ)この仮説をとるってだけだ。「いかさまエビデンス」ーーシツレイ!--じゃなくてね。

いずれにせよ、わたくしは異なった観点を紹介しただけだ。だというのに、なぜアツくなるんだろ?そんなに遺伝とかエビデンスが好きかね?

であるなら、あまりお話ししたくないタイプだな、わたくしはそっち系はまったく音痴なのでね。