総ジテ何ニヨラズ、物ノ臭気ノスルハ、ワルキモノニテ、味噌ノ味噌クサキ、鰹節ノカツヲクサキ、人デ、学者ノ学者クサキ、武士ノ武士クサキガ、大方ハ胸ノワルイ気味ガスルモノナリ。(堀景山『不尽言』)
いやあ考え込んでしまった。蚊居肢子は、すでにお分りになっておられるように、景山などをまさかは読むことはない。 小林秀雄の『本居宣長』に引用されていたものを拾っただけである。
たしかに女ノ女クサキハ胸ノワルイ気味ガスルものである。日本酒の日本酒くさき、白ワインの白ワインくさきもいけない。水にちかくなればなるほどよい。ではなぜ水を飲むだけにしておかないのかという問いはここでは不問にする。じつに答えがたい難問なのだから。
ところで蚊居肢子は赤ワインの赤ワインくさき、タンニン臭のひどく濃厚な赤ワインを好む。いわゆる「フルボディ」というやつである。そしてチーズのチーズくさきやつをすこしずつつまみながら飲むのをひどく好む。
妻の友人がかつてイタリア大使館でコック長をやっていた伊人と結婚して、この夫妻は街中でレストランをやっているのだが、彼は赤ワインだけは北方のフルボディを好む。この夫妻のおかげで、質のよいワインとチーズを比較的安価に手に入れることができる。
なにはともあれ景山のいうことは、必ずしもあてはまらない気がする。
そもそもこう記してみると、「フルボディ」の女に胸がわるくなるなどというのも、どこか嘘っぽいようにさえ思えてくる。
じつは蚊居肢子が好まないのはコビト臭ではなかろうか。
万人向けの書物はつねに悪臭を放つ書物であり、そこには小人臭がこびりついている。(ニーチェ『善悪の彼岸』)
万人向けの美女はいけない、ただそれだけではなかろうか。
ーーなぜか急に、八丁味噌を焦がしてさらにいっそう八丁味噌臭くしたものをつまみにして日本酒の日本酒くさきやつーー質がわるいので長いあいだ飲み残しているやつーーを飲んでみたくなってきた。
※夕食後談
あの日本酒の日本酒くさきやつが一升瓶三分の一ほど残っていたのだが、全部飲もうとしたら妻にとめられた。これは烏賊の塩辛用であり、全部飲んじゃったら、もう作らないわよ、と・・・当地では質の悪い日本酒でも30キロ先の街中までわざわざ買いにいかねばならないのである。米焼酎なら近場でいくらでもある。妻の御蔭で、米焼酎と八丁味噌を焦がしたのもすこぶるいけるのを発見した。