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2018年10月29日月曜日

「ニーチェの永遠の愚行」と「ヴァレリーの女狂い」

世には、自分の内部から悪魔を追い出そうとして、かえって自分が豚の群れのなかへ走りこんだという人間が少なくない。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』)

ーー世には、自分の内部から性欲を追い出そうとして、かえって男狂い、女狂いのなかへ走りこんだという人間が少なくない。

嫉妬は悲哀とおなじように、ともに正常といえる情動状態 Affektzuständenである。それがある人の性格や態度のうちに見られられない場合は、強い抑圧(放逐) starken Verdrängung を受けたために意識されないのであって、それだけに無意識の心的生活 Seelenleben ではいっそう大きな役割を果たしている、と推論してよい。(フロイト『嫉妬、パラノイア、同性愛に関する二、三の神経症的機制について』1922年)

ーー性欲は愛と同じように、ともに正常といえる欲動状態である。それがある人の身体表出のうちに見られられない場合は、「排除」(外に放り投げること)を受けたために現れないのであって、それだけに無意識の「身体的生活」ではいっそう大きな役割を果たしている、と推論してよい。

排除 Verwerfung の対象は現実界のなかに回帰する qui avait fait l'objet d'une Verwerfung, et que c'est cela qui réapparaît dans le réel. (ラカン、S3, 11 Avril 1956)



ラカンの現実界 Réel は、フロイトの無意識の臍(夢の臍 Nabel des Traums)であり、固着Fixierung のために「置き残される zurückgeblieben(居残るVerbleiben)」原抑圧 Urverdrängungである。「置き残される」が意味するのは、「身体的なもの Somatischem」が「心的なもの Seelischem」に移し変えられないことである。(ポール・バーハウ『ジェンダーの彼岸 BEYOND GENDER』2001)
・欲動の現実界 le réel pulsionnel がある。私はそれを穴の機能 la fonction du trou に還元する。欲動は身体の空洞 orifices corporels に繋がっている。誰もが思い起こさねばならない、フロイトが身体の空洞 l'orifice du corps の機能によって欲動を特徴づけたことを。

・原抑圧 Urverdrängt との関係…原起源にかかわる問い…私は信じている、(フロイトの)夢の臍 Nabel des Traums を文字通り取らなければならない。それは穴 trou である。(ラカン、1975, Réponse à une question de Marcel Ritter、Strasbourg le 26 janvier 1975)




愛の欲動 Liebestriebe を、精神分析ではその主要特徴と起源からみて、性欲動Sexualtriebe と名づける。「教養ある Gebildeten」マジョリティは、この命名を侮辱とみなし、精神分析に「汎性欲説 Pansexualismus」という非難をなげつけ復讐した。性をなにか人間性をはずかしめ、けがすものと考える人は、どうぞご自由に、エロスErosとかエロティック Erotik という言葉を使えばよろしい。

私も最初からそうすることもできただろうし、それによって多くの反発をまぬかれたことだろう。しかし私はそうしたくなかった。というのは、私は弱気に陥りたくなかったからである。そんな尻込みの道をたどっていれば、どこへ行きつくものかわかったものではない。最初は言葉で屈服し、次にはだんだん事実で屈服するのだ。

私には性 Sexualität を恥じらうことになんらかの功徳があるとは思えない。エロスというギリシア語は、罵詈雑言をやわらげるだろうが、結局はそれも、わがドイツ語の「性愛(リーベ Liebe)」の翻訳である。つまるところ、待つことを知る者は譲歩などする必要はないのである。(フロイト『集団心理学と自我の分析』1921年)



ニーチェは永遠の愚行に堕ちこんだ。本能を弁護するという愚行、自然を弁護するという愚行に。(ヴァレリー『ニーチェに関する手稿』ーー丹治恒次郎『ニーチェとヴァレリー』pdfより)
外傷は破壊だけでなく、一部では昇華と自己治癒過程を介して創造に関係している。先に述べた詩人ヴァレリーの傷とは彼の意識においては二十歳の時の失恋であり、おそらくそれに続く精神病状態である(どこかで同性愛性の衝撃がからんでいると私は臆測する)。

二十歳の危機において、「クーデタ」的にエロスを排除した彼は、結局三十年を隔てて五十一歳である才女と出会い、以後もの狂いのようにエロスにとりつかれた人になった。性のような強大なものの排除はただではすまないが、彼はこの排除を数学をモデルとする正確な表現と厳格な韻律への服従によって実行しようとした。それは四十歳代の第一級の詩として結実した。フロイトならば昇華の典型というであろう。

しかし、彼の詩が思考と思索過程をうたう下にエロス的ダブルミーニングを持って、いわば袖の下に鎧が見えていること、才女との出会いによって詩が書けなくなったことは所詮代理行為にすぎない昇華の限界を示すものであり、昇華が真の充足を与えないことを物語る。彼の五十一歳以後の「女狂い」はつねに片思い的で青年時の反復である(七十歳前後の彼が一画家に送った三千通の片思い的恋文は最近日本の某大学が購入した)。

他方、彼の自己治癒努力は、生涯毎朝書きつづけて死後公開された厖大な『カイエ』にあり、彼はこれを何よりも重要な自己への義務としていた。数学の練習と精神身体論を中心とするアフォリズム的思索と空想物語と時事雑感と多数の蛇の絵、船の絵、からみあったPとV(彼の名の頭文字であり男女性器の頭文字でもある)の落書きが「カイエ」には延々と続く。自己治癒努力は生涯の主要行為でありうるのだ。(中井久夫「トラウマとその治療経験」初出2000年『徴候・記憶・外傷』所収)




・わたしは君があらゆる悪をなしうることを信ずる。それゆえにわたしは君から善を期待するのだ。

・まことに、わたしはしばしばあの虚弱者たちを笑った。かれらは、自分の手足が弱々しく萎えているので、自分を善良だと思っている。

・よし悪人がどんな害をおよぼそうと、善人のおよぼす害は、もっとも害のある害である。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』)