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2018年10月29日月曜日

「ニーチェの永遠の愚行」と「ヴァレリーの女狂い」

世には、自分の内部から悪魔を追い出そうとして、かえって自分が豚の群れのなかへ走りこんだという人間が少なくない。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』)

ーー世には、自分の内部から性欲を追い出そうとして、かえって男狂い、女狂いのなかへ走りこんだという人間が少なくない。

嫉妬は悲哀とおなじように、ともに正常といえる情動状態 Affektzuständenである。それがある人の性格や態度のうちに見られられない場合は、強い抑圧(放逐) starken Verdrängung を受けたために意識されないのであって、それだけに無意識の心的生活 Seelenleben ではいっそう大きな役割を果たしている、と推論してよい。(フロイト『嫉妬、パラノイア、同性愛に関する二、三の神経症的機制について』1922年)

ーー性欲は愛と同じように、ともに正常といえる欲動状態である。それがある人の身体表出のうちに見られられない場合は、「排除」(外に放り投げること)を受けたために現れないのであって、それだけに無意識の「身体的生活」ではいっそう大きな役割を果たしている、と推論してよい。

排除 Verwerfung の対象は現実界のなかに回帰する qui avait fait l'objet d'une Verwerfung, et que c'est cela qui réapparaît dans le réel. (ラカン、S3, 11 Avril 1956)



ラカンの現実界 Réel は、フロイトの無意識の臍(夢の臍 Nabel des Traums)であり、固着Fixierung のために「置き残される zurückgeblieben(居残るVerbleiben)」原抑圧 Urverdrängungである。「置き残される」が意味するのは、「身体的なもの Somatischem」が「心的なもの Seelischem」に移し変えられないことである。(ポール・バーハウ『ジェンダーの彼岸 BEYOND GENDER』2001)
・欲動の現実界 le réel pulsionnel がある。私はそれを穴の機能 la fonction du trou に還元する。欲動は身体の空洞 orifices corporels に繋がっている。誰もが思い起こさねばならない、フロイトが身体の空洞 l'orifice du corps の機能によって欲動を特徴づけたことを。

・原抑圧 Urverdrängt との関係…原起源にかかわる問い…私は信じている、(フロイトの)夢の臍 Nabel des Traums を文字通り取らなければならない。それは穴 trou である。(ラカン、1975, Réponse à une question de Marcel Ritter、Strasbourg le 26 janvier 1975)




愛の欲動 Liebestriebe を、精神分析ではその主要特徴と起源からみて、性欲動Sexualtriebe と名づける。「教養ある Gebildeten」マジョリティは、この命名を侮辱とみなし、精神分析に「汎性欲説 Pansexualismus」という非難をなげつけ復讐した。性をなにか人間性をはずかしめ、けがすものと考える人は、どうぞご自由に、エロスErosとかエロティック Erotik という言葉を使えばよろしい。

私も最初からそうすることもできただろうし、それによって多くの反発をまぬかれたことだろう。しかし私はそうしたくなかった。というのは、私は弱気に陥りたくなかったからである。そんな尻込みの道をたどっていれば、どこへ行きつくものかわかったものではない。最初は言葉で屈服し、次にはだんだん事実で屈服するのだ。

私には性 Sexualität を恥じらうことになんらかの功徳があるとは思えない。エロスというギリシア語は、罵詈雑言をやわらげるだろうが、結局はそれも、わがドイツ語の「性愛(リーベ Liebe)」の翻訳である。つまるところ、待つことを知る者は譲歩などする必要はないのである。(フロイト『集団心理学と自我の分析』1921年)



ニーチェは永遠の愚行に堕ちこんだ。本能を弁護するという愚行、自然を弁護するという愚行に。(ヴァレリー『ニーチェに関する手稿』ーー丹治恒次郎『ニーチェとヴァレリー』pdfより)
外傷は破壊だけでなく、一部では昇華と自己治癒過程を介して創造に関係している。先に述べた詩人ヴァレリーの傷とは彼の意識においては二十歳の時の失恋であり、おそらくそれに続く精神病状態である(どこかで同性愛性の衝撃がからんでいると私は臆測する)。

二十歳の危機において、「クーデタ」的にエロスを排除した彼は、結局三十年を隔てて五十一歳である才女と出会い、以後もの狂いのようにエロスにとりつかれた人になった。性のような強大なものの排除はただではすまないが、彼はこの排除を数学をモデルとする正確な表現と厳格な韻律への服従によって実行しようとした。それは四十歳代の第一級の詩として結実した。フロイトならば昇華の典型というであろう。

しかし、彼の詩が思考と思索過程をうたう下にエロス的ダブルミーニングを持って、いわば袖の下に鎧が見えていること、才女との出会いによって詩が書けなくなったことは所詮代理行為にすぎない昇華の限界を示すものであり、昇華が真の充足を与えないことを物語る。彼の五十一歳以後の「女狂い」はつねに片思い的で青年時の反復である(七十歳前後の彼が一画家に送った三千通の片思い的恋文は最近日本の某大学が購入した)。

他方、彼の自己治癒努力は、生涯毎朝書きつづけて死後公開された厖大な『カイエ』にあり、彼はこれを何よりも重要な自己への義務としていた。数学の練習と精神身体論を中心とするアフォリズム的思索と空想物語と時事雑感と多数の蛇の絵、船の絵、からみあったPとV(彼の名の頭文字であり男女性器の頭文字でもある)の落書きが「カイエ」には延々と続く。自己治癒努力は生涯の主要行為でありうるのだ。(中井久夫「トラウマとその治療経験」初出2000年『徴候・記憶・外傷』所収)




・わたしは君があらゆる悪をなしうることを信ずる。それゆえにわたしは君から善を期待するのだ。

・まことに、わたしはしばしばあの虚弱者たちを笑った。かれらは、自分の手足が弱々しく萎えているので、自分を善良だと思っている。

・よし悪人がどんな害をおよぼそうと、善人のおよぼす害は、もっとも害のある害である。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』)


2016年8月10日水曜日

抑圧は禁圧に先立つ

マルクスは間違っていたなどという主張を耳にする時、私には人が何を言いたいのか理解できません。マルクスは終わったなどと聞く時はなおさらです。現在急を要する仕事は、世界市場とは何なのか、その変化は何なのかを分析することです。そのためにはマルクスにもう一度立ち返らなければなりません。(……)

次の著作は『マルクスの偉大さ』というタイトルになるでしょう。それが最後の本です。(……)私はもう文章を書きたくありません。マルクスに関する本を終えたら、筆を置くつもりでいます。そうして後は、絵を書くでしょう。(ドゥルーズ「思い出すこと」ーー死の二年前のインタヴュー、死後1995年に発表)

ドゥルーズやヴァレリー、ラカン、柄谷がマルクスをベタ褒めしてるから、
いまごろになってーーオレは実は経済学士なんだけどさーー
『資本論』の古い訳を岩波文庫ですこしづつ読んでんだけど、
第一巻第三篇までだな、オレになんとか読めるのは。
かなり退屈してきたよ、よくあんなの読み続けられるな、
ケインズのほうがずっとオモシロかったな

昨晩、読み返しよ(少しばかり)、『資本論』をね‼ ぼくはあれを読んだ数少ない人間の1人だ。ジョレス〔当時代表的な社会主義者〕自身は--(読んでいないように見える)。(…)『資本論』といえば、この分厚い本はきわめて注目すべきことが書かれている。ただそれを見つけてやりさえすればいい。これはかなりの自負心の産物だ。しばしば厳密さの点で不十分であったり、無益にやたらと衒学的であったりするけれど、いくつかの分析には驚嘆させられる。ぼくが言いたいのは、物事をとらえる際のやり方が、ぼくがかなり頻繁に用いるやり方に似ているということであり、彼の言葉は、かなりしばしば、ぼくの言葉に翻訳できるということなんだ。対象の違いは重要ではない。それに結局をいえば、対象は同じなんだから!(ヴァレリー、1918年5月11日、ジッド宛書簡、山田広昭訳)


で、ミナサンだって、少しばかりだろ? 
ホントに最後まで読んだんだろうかね

いずれにせよ核心は冒頭の商品分析だよ、
そこを舐めるように読んどけばいいんじゃないか、
オレはまだぜんぜんナメルところまでいってないけど

ナメル気にならないのは訳文のせいだろうか、
どうもイケナイ味がするぜ

『ブリュメール一八日』にもどって考えるならば、われわれは特に精神分析を必要としない。なぜなら、ここでマルクスは、ほとんどフロイトの『夢判断』を先取りしているからである。彼は短期間に起こった「夢」のような事態を分析している。その場合、彼が強調するのは、「夢の思想」すなわち実際の階級的利害関係ではなく、「夢の仕事」すなわち、それらの階級的無意識がいかにして圧縮・転移されていくかである。フロイトはつぎのようにいっている。

《夢はいろいろな連想の短縮された要約として姿を現しているわけです。しかしそれがいかなる法則に従って行われるかはまだ解っていません。夢の諸要素は、いわば選挙によって選ばれた大衆の代表者のようなものです。われわれが精神分析の技法によって手に入れたものは、夢に置き換えられ、その中に夢の心的価値が見出され、しかしもはや夢の持つ奇怪な特色、異様さ、混乱を示してはいないところのものなのです。》(『精神分析入門続』高橋義孝訳)

フロイトは「夢の仕事」を普通選挙による議会になぞらえている。そうであれば、われわれは、マルクスの分析に精神分析を導入したり適用したりするよりは、『ブリュメール一八日』から精神分析を読むべきなのだ。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

そうかい、でもーー同じケッタイな訳文でもーーオレにはまだフロイトのほうがいいね。

ラカン曰くの「マルクスが症状を発明した」ってのハッタリじゃないか、
とすこしPDFファイルのセミネールやエクリ検索してみたら、
そこらじゅうでマルクスの名だしてんだな、マイッタね、
ま、当時は「流行」だったとはいえ。

日本でもある時期のある環境では
マルクス主義者でないとインテリではない
という状況にあったはずだからな

当時の私は最悪の状態にあった。事実上母校を去って東京で流動研究員となっていて、身を寄せた先の研究所で自己批判を迫られていた。フッサールという哲学者の本を読んでいるところを見つかったのである。研究室主宰者は、「『プラウダ』がついに核酸の重要性を認めたよ」と喜びの涙を流しておられた、誠実で不遇のマルクス主義者だった。傘下の者が「ブルジョア哲学」にうつつを抜かすのを許せなかったのであろう。(中井久夫

やあ、いいね、最近の連中は
ブルジョア哲学やらブルジョア文芸にうつつを抜かしても
破廉恥野郎などといわれないですんで

フロイトだってその気味があったはずで
フロイトしらないのはインテリじゃないってことだったはずだよ、当時は

ところで今、マトモな作家の「流行」ってなんかあるんだろうか、
世界はなんでコモノやコモノ好みばっかりになっちまったんだろ?


以下、ラカンによるマルクス言及のいくらか
(私粗訳なのであわせて原文も付記しておくよ)


◆セミネール22(1975年)
人は症状概念の起源を、ヒポクラテスではなく、マルクスに探し求めなければならない。[Chercher l'origine de la notion de symptôme… qui n'est pas du tout à chercher dans HIPPOCRATE …qui est a chercher dans MARX]》(Lacan,S.22,18 Février 1975)

◆セミネール18(1971年)
…症状概念。注意すべき歴史的に重要なことは、フロイトによってもたらされた精神分析の導入の斬新さにあるのではないことだ。症状概念は、…マルクスを読むことによって、とても容易くその所在を突き止めるうる。

la notion de symptôme. Il est important historiquement de s'apercevoir que ce n'est pas là que réside la nouveauté de l'introduction à la psychanalyse réalisée par FREUD : la notion de symptôme, comme je l'ai plusieurs fois indiqué, et comme il est très facile de le repérer, à la lecture de celui qui en est responsable, à savoir de MARX.(Laca,.S.18,16 Juin 1971)

◆エクリ(1966年)
精神分析の誕生以前にさえ、症状と呼ばれる次元が導入されているのを観察しないでいられるのは難しい。症状は、真理の回帰をある知の裂け目のなかに表象するものとしてはっきり表現されている。(……)この意味で、この次元は、マルクスによる批判のなかに顕著に識別しうる、仮に明示的に示されていなくても。

Il est difficile de ne pas voir, dès avant la psychanalyse, introduite une dimension qu'on pourrait dire du symptôme, qui s'articule de ce qu'elle représente le retour de la vérité comme tel dans la faille d'un savoir. (…)En ce sens on peut dire que cette dimension, même à n'y être pas explicitée, est hautement différenciée dans la critique de Marx.(Lacan, « Du sujet enfin en question », Écrits,,1966, p. 234.)

「真理の回帰」なんて言葉まであるよ、
「抑圧されたものの回帰」の起源は、
フロイトじゃなくてマルクスにあるっていいたんだろうな

とはいえ、オレは『資本論』冒頭の価値形態論以外は、
『ブリュメールの十八日』程度でいいさ。

いかがわしい生計手段をもつ、 いかがわしい素性の落ちぶれた貴族の放蕩児と並んで、身を持ち崩した冒険家的なブルジョアジーの息子と並んで、浮浪者、除隊した兵士、出獄した懲役囚、脱走したガレー船奴隷、詐欺師、ペテン師、ラッツァローニ、すり、手品師、賭博師、女衒、売春宿経営者、荷物運搬人、日雇い労務者、手回しオルガン弾き、くず屋、刃物研ぎ師、鋳掛け屋、乞食、要するに、はっき りしない、混乱した、ほうり出された大衆、つまりフランス人がボエーム[ボヘミアン]と呼ぶ大衆がいた。自分とは親類のこういう構成分子でもって、ボナパルトは一二月一〇日会の元手を作った。(マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメールル一八日』植村邦彦訳)

ーーなんでこういうふうに書いてくれなかったんだろ、資本論もさ

マルクスは、『ルイ・ポナパルドのブリュメールの十八日』にて、フランス革命によって実現された共和制から生じた皇帝制の出現のなかに反復を見出している。1789年の革命において、王は処刑されて、それに引き続く共和制から、人びとの支持をともなって「皇帝」が出現した。これは、フロイトが「抑圧されたものの回帰」と呼ぶものである。Kojin Karatani,Revolution and Repetition,2008,PDF、私訳)
周知のように、マルクスはこの書物の冒頭でヘーゲルの言葉をパラフレーズし、歴史における反復に言及している。世界史的な事件は「一度は偉大な悲劇として、もう一度はみじめな笑劇として」生じる。一八四八年の革命は共和制から皇帝制にいたった一七八九年以後の事態の反復である。しかし、一七八九年の革命もまたすでに、古代ローマの反復的再現として演じられていた。柄谷が指摘するように、そこで反復を生むのは「王殺し」による共和制成立に始まる歴史的なプロセスの構造的必然性であるに違いない。(ボナパルティズムの署名──都市クーデターの技術 | 田中純

資本論には、シェイクスピアの引用もわずか? だしな

シェークスピアは『アテネのタイモン』のなかでいう、

「黄金か。(……)
こいつがこのくらいあれば黒も白に、醜も美に、
悪も善に、老も若に、臆病も勇敢に、卑賤も高貴にかえる」

(……)

シェークスピアは貨幣についてとくに二つの属性をうきぼりにしている。

(1) 貨幣は目に見える神であり、一切の人間的なまたは自然的な諸属性をその反対のものへと変ずるものであり、諸事物の全般的な倒錯と転倒とである。それはできないことごとを兄弟のように親しくする。

(2) 貨幣は一般的な娼婦であり、人間と諸国民との一般的な取りもち役である。

貨幣が一切の人間的および自然的な性質を転倒させまた倒錯させること、できないことごとを兄弟のように親しくさせることーー神的な力――は、人間の疎外された類的本質、外化されつつあり自己を譲渡しつつある類的本質としての、貨幣の本質のなかに存している。貨幣は人類の外化された能力である。

私が人間としての資格においてはなしえないこと、したがって、貨幣はこれらの各本質諸力のいずれをも、それがそれ自体としてはそうでないようなあるもの、すなわち反対のもおんい変ずるのである。(マルクス『経済学・哲学草稿』城塚登・田中吉六訳)

で、ラカンの実にケッタイな抑圧されたものの回帰 le retour du refouléでもつけくわえとくよ

抑圧されたものの回帰は、過去からではなく未来から来る le retour du refoulé …… ça ne vient pas du passé, mais de l'avenir(S.1)
抑圧と抑圧されたものの回帰は、一つであり同じものである。le refoulement et le retour du refoulé sont une seule et même chose,(S.3)

《抑圧されたものの回帰と抑圧とは同じものであるということには驚かないでしょうね? Cela ne vous étonne pas, …, que le retour du refoulé et le refoulement soient la même chose ? 》(S.1)

ーーって言われてもな、
抑圧=抑圧されたものの回帰は、
なんとか驚かないふりしとくけど
抑圧されたものの回帰は未来から来るってのは、
驚かずにはいられないね

フロイトの『モーセ』の定義じゃだめなんだろうか? 

症状形成の全ての現象は、「抑圧されたものの回帰」として正当に記しうる。(フロイト『モーセと一神教』)

Alle Phänomene der Symptombildung können mit gutem Recht als »Wiederkehr des Verdrängten« beschrieben werden. (Sigmund Freud,Der Mann Moses und die monotheistische Religion、1939)

この記事の表題は、抑圧されたものの回帰は抑圧に先立つ
としようかと思ったけど無難系の題名にしておくよ
抑圧は禁圧に先立つ、とね

いずれにせよ、われわれは超自我に禁圧されるまえに
言語によって抑圧されているんだよ

幼児は話し始める瞬間から、その前ではなくそのまさに瞬間から、抑圧(のようなもの)がある、と私は理解している。À partir du moment où il parle, eh ben… à partir de ce moment là, très exactement, pas avant …je comprends qu'il y ait du refoulement.(Lacan,S.20)

ーー詳しくは、「原父殺し=言語による物の殺害(フロイト『モーセと一神教』)」を見よ。

…………

もし家族的禁圧の記憶が事実ではなければそれは作り出すされなければならないしょうしまた間違いなくそうされるでしょう。神話とはそうすることであって、構造から起こるものに叙事詩的形態を与えようとする試みです。
フロイトは、抑圧は禁圧に由来するとは言っていません Freud n'a pas dit que le refoulement provienne de la répression。つまり(イメージで言うと)、去勢はおちんちんをいじくっている子供に今度やったら本当にそれをちょん切ってしまうよと脅かすパパからくるものではないのです。

とはいえ、そこから経験へと出発するという考えがフロイトに浮かんだのはまったく自然なことです-この経験とは、分析的ディスクールのなかで定義されるものをいいます。結局、彼が分析的ディスクールのなかで進んでいくにつれて、最初にあるのは抑圧だという考えに傾いていったのです。総体的に言うと、それが第二の局所論の大きな変化です。フロイトが超自我の性格だと言う貪食は構造的なものであって、文明の結果ではありません。それは「文明における居心地の悪さ(症状)« malaise (symptôme) dans la civilisation »」なのです。

ですから抑圧が禁圧を生みだすのだということから試練に立ち戻ることが必要なのです。De sorte qu'il y a lieu de revenir sur l'épreuve, à partir de ce que ce soit le refoulement qui produise la répression. どうして、家族や社会そのものが、抑圧から構築されるべき創造物ではないということがあるでしょうか。まさにそのとおりなのですが、それは無意識が構造、つまり言語によって外-在し、動機づけられることによって可能なのでしょう。(ラカン、テレビジョン、向井雅明試訳、1973)

ーーこの向井雅明訳では、
抑圧 le refoulement 、禁圧 la répression と訳されているように、
本来、英語圏のrepression、日本語の「抑圧」は誤訳に近い
という指摘がかねてよりある。

日本では従来Verdrängungは「抑圧」と訳されるが、ドイツ語の語感からは「抑圧」ではなしに「追放」とか「放逐」が正しく、「抑圧」はむしろUnterdrückung(かりに上では「抑制」と訳したところの)に当る訳語である。(フロイト『夢判断』下 高橋義孝訳 註  新潮文庫p379)
「抑圧」の原語 Verdrängung は水平的な「放逐、追放」であるという指摘があります。(中野幹三「分裂病の心理問題―――安永理論とフロイト理論の接点を求めて」)。とすれば、これをrepression「抑圧」という垂直的な訳で普及させた英米のほうが問題かもしれません。もっとも、サリヴァンは20-30年代当時でも repression を否定し、一貫して神経症にも分裂病にも「解離」(dissociation)を使っています。(批評空間2001Ⅲー1 「共同討議」トラウマと解離」(斎藤環/中井久夫/浅田彰)

もっとも単純に抑圧を水平的としてしまうのも、
ラカン派的にはやや異議があるのではないか。

少なくともラカンは、「真の精神分析と偽の精神分析」1958年にて、
ーーヤコブソンに依拠しつつつーー、
フロイトの圧縮(Verdichtung)/転換(Verschiebung)を、
隠喩/換喩(垂直的/水平的)としており、
抑圧は(主に)隠喩にかかわる(ーーという見解が多い)。



2016年7月27日水曜日

芸術作品とフェティシズム Fetischismus

昨晩、読み返しよ(少しばかり)、『資本論』をね‼ ぼくはあれを読んだ数少ない人間の1人だ。ジョレス〔当時代表的な社会主義者〕自身は--(読んでいないように見える)。(…)『資本論』といえば、この分厚い本はきわめて注目すべきことが書かれている。ただそれを見つけてやりさえすればいい。これはかなりの自負心の産物だ。しばしば厳密さの点で不十分であったり、無益にやたらと衒学的であったりするけれど、いくつかの分析には驚嘆させられる。ぼくが言いたいのは、物事をとらえる際のやり方が、ぼくがかなり頻繁に用いるやり方に似ているということであり、彼の言葉は、かなりしばしば、ぼくの言葉に翻訳できるということなんだ。対象の違いは重要ではない。それに結局をいえば、対象は同じなんだから!(ヴァレリー、1918年5月11日、ジッド宛書簡、山田広昭訳)

…………

要するに、芸術作品とは一個の対象物(オブジェ)であり、ある個人たちにある種の働きかけを行おうとしてつくられた、人間による制作物であります。個々の作品とは、あるい言葉の物質的な意味における物体(オブジェ)であり、あるいは、舞踊や演劇のように行為の連鎖であり、あるいは―――音楽がそうなのですが―――同じく行為によって産出される継起的印象の合計であります。こうした対象物を起点とする分析によって、私たちは、私たちの芸術概念を明確にしようと試みることができます。こうした対象物こそ、私たちの探求の確実な要素にほかならぬと見なしうるものなのです。こうした対象物を考察することによって、そしてまた、一方ではそれらの作者へと遡行し、他方ではそれらが感動作用を及ぼす人間へと遡行することによって、私たちは、〈芸術〉という現象がふたつのそれぞれ完全に区別されて変形されうるということを見出すのです(それは経済学において生産と消費のあいだに存在する関係と同じ関係であります)。

きわめて重要なのは、これらふたつの変形作用――作者からはじまって製造された物体における変形作用と、その物体つまり作品が消費者に変化をもたらすという意味での変形作用――が、相互に完全に独立しているということです。その結果として、このふたつの変形作用は、それぞれべつべつに考えられるべきである、ということになります。

みなさま方は、作者、作品、観客あるいは聴き手という三つの項を登場させて命題をお立てになる。しかし、この三つの項を統合するような観察の機会は、けっしてみなさま方のまえにあらわれないだろうという意味で、そういう命題はすべて無意味な命題なのです。(……)

……私の辿りつく点というのはこうです。―――芸術という価値は(この言葉を使うのは、結局のところ私たちが価値の問題を研究しつつあるからですが)この価値は本質的に、いま申したふたつの領域(作者と作品、作品と観察者)の同一視不能、生産者と消費者のあいだに介在項を置かねばならぬというあの必然性に従属しているということです。重要なのは、生産者と消費者とのあいだに精神に還元できぬなにものかがあって、直接的交渉が存在しないということ、そして作品というこの介在体は、作者の人柄や思想についてのある概念に還元できるようななにごとも、その作品に感動する人間にもたらさぬということなのです。(……)

芸術家と他者(読者)このふたりの内部にそれぞれなにが起こったか、それを厳密に比較するための方法など、絶対にいつになっても存在しないでありましょう。そればかりではありません。もし、一方の内部で起こったことが他方に直接的に伝達されるのだとすれば、芸術全体が崩壊するでありましょう。芸術のもつ力のすべてが消失するでありましょう。他者の存在に働きかける新しい不浸透性の要素の介在がせひとも必要なのです。(ヴァレリー『芸術についての考察』 清水徹訳)


柄谷行人は上の文を引用して次のようにコメントを入れている。

こうして、ヴァレリーは、作品の価値の窮極的な根拠を、両方の過程が互いに切りはなされていて不透明であるところに求めている。(…)

ここでヴァレリーのいう価値は、マルクスのいう剰余価値にあたっている。(柄谷行人『マルクス その可能性の中心』)

ラカン派によれば、剰余価値とは剰余享楽と相同的であり、剰余享楽=対象a(の重要な意味のひとつ)は、フェティッシュ(呪物)である。

また対象a=フェティシュは、「見せかけsemblant」ともされる。

「見せかけsemblant」は、フェティッシュとして(……)現実界との遭遇にて生じる恐怖あるいは不安を避けるものとして機能する。

したがってラカンにとって、「見せかけ」は人を惑わすこととと騙すことの両方の含意がある。我々は「見せかけ」を信じる。いやむしろ、現実界を覆うために「見せかけ」を選択する。というのは、「見せかけ」は、満足の手段、あるいは不快を避ける方法だから。「見せかけ」が崩れ落ちたとき、不安が現れる。「見せかけ」は、何かがあるべきなのにない場所へ来て、欠如を埋める。(…)「見せかけ」は、何かの代替物の形式である。それは、不安を引き起こす別の対象の代わりとして、満足の源泉を提供する。

「見せかけ」を観察する二番目の方法は、ジャック=アラン・ミレールにて取り出された。彼は言う、「見せかけ」の機能は《無を覆う》ことだと[Nous appelons semblant ce qui a fonction de voiler le rien](J.A. Miller, "Des semblants dans la relation entre les sexes", 1997)。

ここでふたたび「見せかけ」の二重の側面が現れる。この定義において強調されているのは、ヴェールの機能と、このまさにヴェールに注意を誘引する機能だ。ミレールは続けて言っている、「見せかけ」のこの二重の側面のために、ヴェールはファルス化され、とくに身体がファルス化する、と。(Russell Grigg、「ラカンの教えにおける見せかけ概念」The Concept of Semblant in Lacan's Teaching、2007ーー資料:見せかけ/ファルス

ここで、マルクスによるフェティシズムの叙述箇所をひとつだけ抜き出そう。

…労働生産物が商品形態を身に纏うと直ちに発生する労働生産物の謎めいた性格は、それではどこから生ずるのか? 明らかにこの形態そのものからである。Woher entspringt also der rätselhafte Charakter des Arbeitsprodukts, sobald es Warenform annimmt? Offenbar aus dieser Form selbst.(… )

商品形態の謎めいた性格とは偏に次のことにある;

商品形態が彼ら自身の労働の社会的性格を、諸労働生産物自身がもつ対象的な諸性格、これら諸物の社会的な諸自然属性として、人の眼に映し出し、したがって生産者たちの社会の総労働との社会的関係を彼の外に存在する諸対象の社会的関係として映し出す。この置き換えに媒介されて労働生産物は商品、すなわち人にとって「超感覚的な物あるいは社会的な物 sinnlich übersinnliche oder gesellschaftliche Dinge」になる。

労働の社会的性格が商品の社会的性格に転化するという関係は、人が視神経に結ぶ物の像ーーそれは外部の物から視神経が受ける主観的な刺激にすぎないーーを物そのものの姿として認識するのに喩えることができる。

だが、物の像が人に見えるという現象が物理的関係--外部の物が発する光が別の物である眼に投射されるーーを表しているのに対して、商品形態とそれが表れる諸商品の価値関係は何らの物理的関係も含んでいない。

だから(商品がもつ謎めいた性格の)類例を見出すには宗教の領域に赴かなければならない。そこでは人間のこしらえた物 Produkt が独自の命を与えられて、相互に、また人々に対していつでも存在する独立に姿で現れるからである。同様に、商品世界では人の手の諸生産物が命を吹き込まれて、互いに、また人間たちとも関係する自立した姿で表れている。

これを私は商品の呪物崇拝と名づける。それは諸労働生産物が商品として生産されるや忽ちのうちに諸労働生産物に取り憑き、そして商品生産から切り離されないものである。Dies nenne ich den Fetischismus, der den Arbeitsprodukten anklebt, sobald sie als Waren produziert werden, und der daher von der Warenproduktion unzertrennlich ist.

(マルクス 『資本論』第1篇第四節「商品の物神的性格とその秘密(Der Fetischcharakter der Ware und sein Geheimnis」)

マルクスは、《謎めいた性格は(……)この形態》にあると言っているように、フェティシズムの核心は、ーー呪物崇拝とか物神崇拝とか訳されるがーー、形態、つまり「物」ではなく「神」のほうにあり、さらに言えば、ここでの「神」とはそれが占める場にかかわる(の場合が多い、と付け加えておこう)。

《「神はヴェールである」という表現は、二つの相反する内容を統合するヘーゲルのスペキュラティブ判断として読まなければならない。(1) 神は、われわれの想像力がヴェールの裏にある空虚を埋める究極的な夢想 reverieである。 (2) 神は究極の創造的力である。》(ジジェク、2012)

対象a は象徴的体系内部の非徴示的変調 non-signifying glitch であるにもかかわらず、それは、場のなかを埋め合わせるものとしての要素から形式的構造を分離する裂け目の背景においてのみ把握できる。ジャック=アラン・ミレールは最近、構造と変換の話題についてのこに裂け目を詳述した。彼はラカンの四つの言説の母体を取り上げる。そこでは、時計回りとは逆の動きで、四つの用語のそれぞれ(主体―$、主人のシニフィアン―S1、知識の連鎖―S2、対象―a)が、構造における(代理人、他者、真実、生産物)の四つの場すべてを占めていく。いかになにかが不変であり、同時に何かが変わるかの事例である。


何が不変なのだろうか? 場、関係性と場のあいだの関係性である。何が変化するのかは、それらの場を占める用語である。……これは、われわれにまさにこう言い得ることを許してくれる。すなわち、構造において、変形は置換である、と。また置換による発話は、構造を力動的にさせる方法、試みであると。さらに言い得ることは、一と多を分節化するためのある構造的な解決だと。場は固定されており、そして用語の置換により、われわれはヴァリエーションを得る。この(固定された)構造的場と、これらの場を占める(変化する)用語のあいだの相違は、その場の用語のフェティシュな凝固作用を崩すために決定的である。それはわれわれに気づかせてくれる、ある範囲までは、対象から発するアウラは対象の直接的な特性ではなく、それが占める場であるということを。

この場への依存の古典的な例は、もちろん、マルセル・デュシャンのよく知られた小便器である。それは、小便器自体が展示されることによってアートの対象となった。デュシャンの成果は、たんに、アート作品においてなにが重要とされるか(小便器でさえも)の範囲を拡げたことになるのではない。

彼がなしたことはーーそのような普遍化の形式的条件としてーー、対象とそれが占める(構造的な)場のあいだの区別の導入である。すなわち小便器をアート作品とするのは、それに内在する特性ではなく、それが占める場(アートギャラリイ)なのである。あるいはマルクスが遠い昔に商品フェティシズムに関して言ったように、「ひとびとはある人を王とみなすのは、彼が王だからではない。人々が彼を王とみなすから、彼は王なのだ」ということだ。

日常生活において、われわれはこの種の具象化の犠牲者なのである。すなわち、われわれは純粋な形式的あるいは構造的決定性を対象の直接の特性として誤認する。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012、私訳ーー女客と来た日には、顔とお作りを見せに来て、 給金なしで一しょに芸をしてくれる


…………

※付記

マルクスが 『資本論』 で説く物象化 Versachlichung 物化 Verdinglichung が,彼の指摘する Fetischismus(物神崇拝) Fetischcharakter (物神的性格) と密接な関係にあることは周知の通りである。(廣松渉 『マルクス主義の地平』 1969)
作者がある考えや感覚を作品にあらわし、読者がそれを受けとる。ふつうはそう見え、そう考えられているが、この問題の〈神秘的〉性格を明らかにしたのはヴァレリーである。彼は、作品は作者から自立しているばかりでなく、“作者”というものをつくり出すのだと考える。作品の思想は、作者が考えているものとはちがっているというだけでなく、むしろそのような思想をもった“作者”をたえずつくり出すのである。たとえば、漱石という作家は幾度も読みかえられてきている。かりに当人あるいはその知人が何といおうが、作品から遡行される“作家”が存在するのであり、実はそれしか存在しないのである。客観的な漱石像とは、これまで読んだひとびとのつくった支配的イメージにほかならないのだ。マルクス像についても同様のことがいいうる。”真のマルクス”などというものはありはしないのである。

読むことは作者を変形する。ここでは”真の理解”というものはありえないので、もしありえたとすれば、いわば歴史というものが完結してしまう。ヘーゲルの美学がその歴史哲学と同様に、”真の理解”によって完結してしまうのはそのためだ。それは、作品というテクストが、作者の意識にとっても読者の意識にとってものりこえられず還元もできない不透明さをもって自立するということをみないからである。(柄谷行人『マルクス その可能性の中心』)


2016年6月23日木曜日

あなたは物の数にはいる何人かの作家を指摘できるか

真に偉大な哲学者を前に問われるべきは、この哲学者が何をまだ教えてくれるのか、彼の哲学にどのような意味があるかではなく、逆に、われわれのいる現状がその哲学者の目にはどう映るか、この時代が彼の思想にはどう見えるか、なのである。(ジジェク『ポストモダンの共産主義  はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』)

真に偉大な哲学者でなくてもよい。真に偉大だとあなたが考える作家がいるとする。彼は、現在の世界をどう見るのか。世界でなくてもよい。現在の日本をどう見るのか。

こう問うたとき、そんな偉大な作家は、〈私〉にはいないと困惑する場合もあるだろう。このわたくしも実は途惑ってしまう。ニーチェの顔を思い浮かべはする。だが他に誰かいるだろうか、と。ようするにまともに書物を読んでこなかったせいである。

この問いに応じる作家としては、プルーストもロラン・バルトも物足りない。フロイトもだめだし、詩人たちにも無理だ。わたくしには、ニーチェしかいない。マルクスがいないのは残念だ。

ジジェクにとっては、ヘーゲルであり、マルクスであり、ラカンなのだろう。

ところで、〈あなた〉には誰かこの偉大な作家がいるか? もしいないなら、できるだけ若いうちに探し求めるべきではないだろうか。

君たちはたった一人だけでもヨーロッパにとって物の数にはいる精神を指摘することができるか? 君たちのゲーテ、君たちのヘーゲル、君たちのハインリヒ・ハイネ、君たちのショーペンハウアーが物の数にはいったように? ーーただ一人のドイツの哲学者ももはやいないということ、これは、いくら驚いてもきりのないことである。ーー(ニーチェ「ドイツ人に欠けているもの」)

こう問われて、〈あなた〉は物の数にはいる作家を何人か指摘できたら幸せである。もちろんそれは日本の作家でもいい。

もっともこの問いに次のように応じる方法もある。

そしてもし私が、ヘーゲルも、『クレーヴの奥方』も、レヴィ=ストロースの『猫』論も、『アンチ・オイディプス』も読んでいなかったとしたら?―――私が読まなかった本、しかも私がそれを読む時間を見つける以前にしばしば《私に向かって語られていた》本(それこそ、おそらくは私がそれを読まない理由なのだ)、そういう本もまた、読まれた本と同じ資格において存在している。それなりの知的理解可能性、それなりの記憶可能性、それなりの活動様式をそなえている。私たちに、あるテクストを《いっさい文字の外で》受信するだけの自由がないと言えるのか。

(抑制。ヘーゲルを読まなかったとなれば、それは途方もない失点だろう、哲学の教授資格をもつ人やマルクス主義の知識人やバタイユを専攻している人にとっては。しかし私だったら? わたしの必読義務はどこから始まるのか?)

エクリチュールの実践に身を置く人は、あまり嫌がらずに、自分の思考の感度や管轄を縮小したり逸脱させたりすることを受け容れる(次のようなせりふを言う際によくもちいられる口調を辞すべきではないというわけだ、たとえば《それが私にとって何だというのです?》とか、《私が肝心な点を押さえていないとでもいうのですか?》とか)。エクリチュールの中には、ある種の惰性、ある種の精神的《安易さ》のもたらす快楽があるのかもしれない、私はしゃべるときよりも書くときのほうが自分の愚かしさに対していっそう平気でいられる、とでもいった感じなのだ(教師たちは作家たちより何倍も知的らしくはないか)。 (『彼自身によるロラン・バルト』)

この「エクリチュールの実践に身を置く人」が、真の作家である、ということはありえる。だが真の作家には依拠する作家がなくてよいと言えるのか?ーーまさか!

誰かがしゃべっているのを私は聴いて
その人が上手にしゃべれば、──私は書く。
時折私は彼を繰り返ししゃべらせたり、遮ったりする……
しかしここには誰もいないのだ──
とすると存在している者(というのは〈彼〉はしゃべっているのだから)
と、非‐存在者(というのは私には聴き手しか見えてないのだから)とのこの結び付き、
それは〈私〉ということになる。(ヴァレリー『カイエ』1924 年)

蓮實重彦が《私は小説作品として(「探究」シリーズを)読んでいる。彼(柄谷行人)は『探究Ⅱ』を、デカルトとスピノザと3人で書いている。しかも、ワープロを使って》と言ったのはヴァレリーのパクリである。

いやブランショ経由のヴァレリーかもしれない。

書くこと、それは語り止むことのできないもののこだまに、己を化することであり、──そして、そのために、書くことがこだまとなるためには、私は何らかの方法でこの語り止まないものに沈黙を課さねばならない。私はこの絶え間ない発話に私固有の沈黙が持つ決定権、権能を据え付ける。自らの沈黙の媒介を通じて、私はこの途切れることのない発言、この巨大なるつぶやきを感知可能なものにする…(モーリス・ブランショ『文学空間』)

ヴァレリーの誰かは、ダ・ヴィンチであったり、デカルトであったり、マラルメであったりした。ニーチェでもあった。《私はニーチェが言っていることを気にかけない。ニーチェが考えねばならぬことに関心がある》(ヴァレリー『ニーチェ手稿』)

だがここでの問いは、「われわれのいる現状がその作家の目にはどう映るか、この時代が彼の思想にはどう見えるか」である。この問いは政治的・社会的な臭いがする。その問いに応じる作家がいなくてもよいものだろうか。

私は政治を好まない。しかし戦争とともに政治の方が、いわば土足で私の世界のなかに踏みこんできた。(加藤周一「現代の政治的意味」あとがき 1979)
けだし政治的意味をもたない文化というものはない。獄中のグラムシも書いていたように、文化は権力の道具であるか、権力を批判する道具であるか、どちらかでしかないだろう。(加藤周一「野上弥生子日記私註」1987)

現在の日本が致命的なのは、10年後、20年後に今より良くなっているとはほとんど誰もが想像しえないことではないか。引き返せない長い下り坂が1995年前後から続き、さらに今後も長い下り坂を転げ落ちてゆくのが避けられないと観念しているせいではないか。なにやらが土足で踏み込んでくる足音がきこえくる。途中には財政破綻などの崖もありそうで、自分だけはなんとかその崖から落ちないようにと念じている・・・

もっともあなたがたの多くは、ひどく「文化的」であり、その下り坂や崖に気づかないふりをし、起きていることがあたかも起きていないように行動し続けているのだろう・・・

ところで、ロラン・バルトのなかにニーチェが最もたくさんいるのは、『テクストの快楽』と 『彼自身によるロラン・バルト』 だろうが(最晩年、母の死後にプルーストに変わった)、わたくしは、たとえば下のように書くジジェクのなかに、ラカンだけでなくニーチェがいるとの錯覚に閉じこもっている。

……いくつかの公文書や回想録によると、1970年代半ば、チトー(ユーゴスラヴィアの大統領)は、チトーの側近たちはユーゴスラヴィアの経済が壊滅的であることを知っていた。しかし、チトーに死期が迫っていたため、側近たちはかたらって危険の勃発をチトーの死後まで先延ばしにすることに決めた。その結果、チトーの晩年には外国からの借款が休息に膨れ上がり、ユーゴスラヴィアは、ヒッチコックの『サイコ』に出てくる裕福な銀行家の言葉を借りれば、金の力で不幸を遠ざけていた。1980年にチトーが死ぬと、ついに破滅的な経済危機が勃発し、生活水準は40パーセントも下落し、民族間の緊張が高まり、そして民族間紛争がとうとう国を滅ぼした。適切に危機に対処すべきタイミングを逃したせいだ。ユーゴスラヴィアにとって命取りとなったのは、指導者に何も知らせず、幸せなまま死なせようという側近たちの決断だったといってもいい。

これこそが究極の「文化」ではなかろうか。文化の基本的規則のひとつは、いつ、いかにして、知らない(気づかない)ふりをし、起きたことがあたかも起きなかったかのように行動し続けるべきかを知ることである。私のそばにいる人がたまたま不愉快な騒音を立てたとき、私がとるべき正しい対応は無視することであって、「わざとやったんじゃないってことはわかっているから、心配しなくていいよ、全然大したことじゃないんだから」などと言って慰めることではない。……(文化が科学に敵対するのはこの理由による。科学は知への容赦ない欲動に支えられているが、文化とは知らない/気づいていないふりをすることである)。

この意味で、見かけに対する極端な感受性をもつ日本人こそが、ラカンのいう〈大文字の他者〉の国民である。日本人は、他のどの国民よりも、仮面のほうが仮面の下の現実よりも多くの真理を含むことをよく知っている。(ジジェク『ラカンはこう読め』「日本語版への序文」)

現在の日本は、「トムとジェリー」の、《猫が、前方に断崖があるのも知らず、必死にネズミを追いかけている。ところが、足元の大地が消え去った後もなお、猫は落下せずにネズミを追いかけ続ける》状況であると、〈あなた〉は疑ったことはないか?

たとえばニュートンの有名なリンゴは重力の法則を知っていたから落ちたのだ、などという言い方は馬鹿げているとしか思われない。しかしながら、仮にそうした言い方がただの無内容な洒落だったとしても、われわれは、そうした発想がどうしてこれほど頻繁にコミックスやアニメの中に登場するのか、という疑問をもたねばならない。

猫が、前方に断崖があるのも知らず、必死にネズミを追いかけている。ところが、足元の大地が消え去った後もなお、猫は落下せずにネズミを追いかけ続ける。猫が下を見て、自分が空中に浮かんでいることを見た瞬間、猫は落ちる。まるで<現実界>が一瞬、どの法則に従うべきかを忘れたかのようだ。猫が下を見た瞬間、<現実界>はその法則を「思い出し」、それにしたがって行動する。

こうした場面が繰り返し作られるのは、それらがある種の初歩的な幻想のシナリオに支えられているからにちがいない。この推量をさらに一歩すすめるならば、フロイトが『夢判断』の中で挙げている、自分が死んだことを知らない父親という有名な夢の例にも、これと同じパラドックスが見出される。アニメの猫が、自分の足の下に大地がないことを知らないがゆえに走り続けるのと同じように、その父親は、自分が死んだことを知らないがゆえに今なお生きているのである。

三つ目の例を挙げよう。それはエルバ島におけるナポレオンだ。歴史的には彼はすでに死んでいた(すなわち彼の出る幕は閉じ、彼の役割は終わっていた)が、自分の死に気づいていないことによって彼はまだ生きていた(まだ歴史の舞台から下りていなかった)。だからこそ彼はワーテルローで再び敗北し、「二度死ぬ」はめになったのである。ある種の国家あるいはイデオロギー装置に関して、われわれはしばしばそれと同じような感じを抱く。すなわち、それらは明らかに時代錯誤的であるのに、そのことを知らないためにしぶとく生き残る。誰かが、この不愉快な事実をそれらに思い出させるという無礼な義務を引き受けなくてはならないのだ。(ジジェク『 斜めから見る』)


2016年5月21日土曜日

沙羅の木と寺の庭

沙羅の木
                  
褐色の根府川石に
白き花はたと落ちたり、
ありとしも靑葉がくれに
見えざりし さらの木の花。


この森鴎外の詩をめぐって、中井久夫は次のようにいう。

押韻もさることながら、「褐色(かちいろ)の根府川石(ねぶかはいし)」「石に白き花はたと」「たり/ありしとも青葉がくれに/みえざりし」に代表される遠韻、中間韻の美は交錯して、日本詩のなかで稀有な全き音楽性を持っている(中井久夫『分裂病と人類』)

こう記す中井久夫は、みずから訳詩だけでなく、散文でもこの韻の交錯を試みている。

ふたたび私はそのかおりのなかにいた。かすかに腐敗臭のまじる甘く重たく崩れた香り――、それと気づけばにわかにきつい匂いである。

それは、ニセアカシアの花のふさのたわわに垂れる木立からきていた。雨上りの、まだ足早に走る黒雲を背に、樹はふんだんに匂いをふりこぼしていた。

金銀花の蔓が幹ごとにまつわり、ほとんど樹皮をおおいつくし、その硬質の葉は樹のいつわりの毛羽となっていた。かすかに雨後の湿り気がたちのぼる。(中井久夫「世界における索引と徴候」『徴候・記憶・外傷』所収)


ここには数え切れないくらいの頭韻、押韻、遠韻、中間韻がある(参照)。もともと名文章家の中井久夫であるがーー、≪現代日本語の書き言葉がそれでもなお辛うじて保っている品格は、カヴァフィスやヴァレリーの翻訳を含む中井久夫の文業に多くを負っている≫(松浦寿輝)--、しかもその中井久夫の稀有の時期に書かれた名文章であると、わたくしは思う。

私は多くの文章を暗誦したり筆記する習慣がある。よい文章とは口唇感覚にも口腔感覚にも発声に参与する筋の筋肉感覚にも快い。筆記感覚でさえうれしい。私には、言語の深部構造とはチョムスキーのいう構造主義的なものを突き抜けて、こういう生理的・官能的なものにまで行き着くのではないかとひそかに思っている。実際、同じ口唇感覚であり口腔感覚であり、ノドと下顎を動かす筋肉であるためか、私に合った詩や散文を現前させている時には、ほとんど現実の果実を果汁を滴らせながらかぶりついている感覚を感じる。 

果実が溶けて快楽〔けらく〕となるように
その息絶える口の中で
その「不在」を甘さに変えるように
――ポール・ヴァレリー「海辺の墓地」第五節――

しかも、詩の果実は実在の果実と違って口の中に消えてもまた再生する! (中井久夫「詩を訳すまで」初出1996『アリアドネからの糸』所収)
五十歳の秋になって、何度目かの言語の節目が現れた。偶然の機会から詩を訳すようになったのである。「精神」「分裂」「傷害」「解体」というたぐいの語ばかりを語り、そういう字を書くことに私の言語意識が耐えられなくなって反抗を起こしたのであろう。ヴァレリーは「ほんとうに言葉が歌うのだよ」と言っているが、私にも、一つ一つの日本語の単語がほんとうに歌うように感じられる時期があった。その伴示、類語、類音語、音調、イマージュ、色調、粘膜感覚と筋肉感覚などで一語一語が重すぎるほどであった時期があった。頭韻や半階音が寝床までつきまとったこともあった。訳詩が完成して一年ほど経って、それが消えていることに気づいた。その時の詩集のページは知らん振りをして横顔を見せている少女のようであった。私は「詩がさっぱりわからない」という人には詩がこういうふうに映っていることを理解した。(同上)

※ヴァレリーの『魅惑』における調子の変化 ―「石榴」と 「失われた酒」―鳥山定嗣、PDF




ここにある訳文は、中井久夫訳ではない。ヴァレリーの詩がどんな工夫・彫琢がなされているかを示すために掲げた。

…………

……三好が詩に於てつとに萩原朔太郎を宗としたことは周知のとほりだが、その詩境をうかがふに、年をふるにしたがつて、むしろ室生さんのはうに「やや近距離に」あゆみ寄つて来たのではないかとおもふ。萩原さんの詩はちよつと引つかかるところがあるけれど、室生さんの詩のはうはすらすら受けとれると、げんに當人の口から聞いたことがあつた。萩原さんをつねに渝らず高く仰いてゐた三好として、これは揣らずもみづからの素質を語つたものだらう。ちなみに、そのときわたしは鑑賞上それと逆だと應へたおぼえがある。また三好が酣中よくはなしてゐたことに、芥川龍之介は百發九十九中、室生犀星は百發わづかに一中だが、のべつにはづれる犀星の鐵砲がたまにぶちあてたその一發は芥川にはあたらないものだといつて、これにはわたしも同感、われわれは大笑ひした。つち澄みうるほひ、石蕗の花咲き……といふ室生さんの有名な詩は三好が四十年あまりにわたつで「惚れ惚れ」としつづけたものである。「つち澄みうるほひ」はまさに犀星の一發。このみがき抜かれたことばの使ひぶりは詩人三好が痩せるほど氣に入つた呼吸にちがひない。(石川淳「三好達治」『夷斎小識』所収)

三行、四行目、≪あはれ知るわが育ちに/鐘の鳴る寺の庭≫は、いささか凡庸か。

だが、犀星のこの「つち澄みうるほひ、石蕗の花さき」はたしかにひどく美しい。この二行だけ取り出せば、鴎外の「沙羅の木」の詩句よりずっと美しい。

こうまで惚れ惚れするのだから、三好達治はみずからも試みていないではない。犀星のこの二行には格段に劣りはしても。

池に向へる朝餉

水澄み
ふるとしもなきうすしぐれ
啼く鳥の
鳥のねも日にかはりけり
……

奥野健男によれば、萩原朔太郎全集の編集に際して、犀星と達治は喧嘩別れし、そのまま絶交状態にあったのだが、達治は犀星の通夜に羽織袴で現われたという。「二日続いたお通夜のあと、三好さんは家にも帰らず、とん平でいつまでも飲み続けられていた。そしてたまたま隣の席に坐つたぼくに、自分がどの位犀星に決定的な影響を受けたか、詩人として完成したのは朔太郎だがそのそもそもは犀星の『抒情小曲集』の革命的な詩表現にあることを何度となく繰り返し述べ、惜しい詩人を喪つたと言つては絶句し、涙をぬぐわれるのであつた」。(三好達治の「雪」(その一~その十)


甃のうへ    三好達治

あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ

をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
廂々に
風鐸のすがたしづかなれば

ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃のうへ



春の寺    室生犀星

うつくしきみ寺なり
み寺にさくられうらんたれば
うぐひすしたたり
さくら樹にすゞめら交(さか)り
かんかんと鐘鳴りてすずろなり。
かんかんと鐘鳴りてさかんなれば
をとめらひそやかに
ちちははのなすことをして遊ぶなり。
門もくれなゐ炎炎と
うつくしき春のみ寺なり。




2015年8月26日水曜日

「私」とは他者である ''JE est un autre.''( ランボー)

ラカン派の三種類の他者、あるいはデリダの猫」に引き続く。いやそこにおいて欠けているものの補遺。

…………

《「私」とは他者である ''JE est un autre.''》 ( ランボー)

《私は他者だ ''Je suis l'autre''》 (ネルヴァル)

人は他者と意志の伝達をはかれる限りにおいてしか自分自身とも通じ合うことができない。それは他者と意志の伝達をはかるときと同じ手段によってしか自らとも通じ合えないということである。

かれは、わたしがひとまず「他者」と呼ぶところのものを中継にしてーー自分自身に語りかけることを覚えたのだ。

自分と自分との間をとりもつもの、それは「他者」である。
(ポール・ヴァレリー『カイエ』二三・七九〇 ― 九一、恒川邦夫訳、「現代詩手帖」九、一九七九年)



詩人たちはこのように「他者」を語った。それぞれその意味するところのニュアンスの相違はあるだろう。

いくつかの応答はこうだ。

《自我は自分の家の主人ではない“dass das Ich kein Herr sei in seinem eigenen Haus”》(フロイト)

※参照:「私が語るとき、私は自分の家の主人ではない


《欲望は他者の欲望le désir se révèle comme désir de l'Autre 》(ラカン)

唯一ヘーゲルだけである、欲望の根源的で構成的な「再帰性reflexivity」を考慮したのは(欲望とはいつも-すでに欲望の欲望、欲望のための欲望である。すなわちその用語のありとあらゆるヴェリエーションの下の「〈他者〉の欲望」である。私は私の〈他者〉が欲望することを欲望する。私は私の〈他者〉によって欲望されたい。私の欲望は大文字の〈他者〉――私が埋め込まれている象徴的領野――によって構造化されている。私の欲望はリアルな〈他者―モノ〉の深淵によって支えられている)。 (ZIZEK『LESS THAN NOTHING』2012 私訳)
要するに、私たちのもっとも近くにあるものが、私たちのまったくの外部にあるのです。ここで問題となっていることを示すために「外密extime」という語を使うべきでしょう。(ラカンS16)
おそらく対象aを思い描くに最もよいものは、ラカンの造語"extimate."である。それは主体自身の、実に最も親密なintimate部分の何かでありながら、つねに他の場所、主体の外exに現れ、捉えがたいものだ。(Richard Boothby)
Ex-sistenz のEx はaus,heraus,hinaus を、即ち「外に出る」ことを意味している。ハイデガー自身の説明によればーー「存在の真理のなかに出で立つこと」 Hinausstehen in die Wahrheit des Seins と言い、Das stehen in der Lichtung des Seins nenne ich die Wahrheit des Seinsと言っている。(塚越敏)

以下の文を訳そうと思ったが、最近英文献を訳してばかりでややウンザリしてきたので、そのまま貼付する。

◆Love in a Time of Loneliness THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE (Paul Verhaeghe 1998)

An animal without language is part and parcel of its reality. It has no chance of the self-reflection or distance that we achieve through language. After the introduction of language, distance and mediation follow, and therefore difference. This applies first and foremost with regard to the other person who really has become an 'other', the (m)other, but it equally applies to oneself, since this is how an identity is created that can be reflected upon in terms of language. T think, therefore I am' demonstrates this dis-tance. Rimbaud expressed it much more poetically: 'Je est un autre' (I is someone else). It is said that language is a bridge, but it is a bridge that at the same time creates the chasm it bridges, and what lies under the bridge is lost. Language is not so much a means of communication, as it is a means of achieving identity. Through language, every person acquires a certain identity, with related rules: you are the mother of, daughter of, father of, son of. Thus the original real division of birth is symbolically consolidated within the Oedipal structure, where everyone is assigned their rightful place through words. At this point we become human, leaving nature behind for good. The rest of this dividing operation is nothing other than desire. It is also the explanation of the continually shifting nature of desire. You 'desire' something from another person, either something vague or something specific, but it is never enough, and you continue to desire, beyond this something, the other person's self, but when this other person gives himself, even that doesn't really satisfy ... So what is it you really want? What you really want is the sense of unity that has been lost forever, the enjoyment of the totality that once existed. This is what keeps people going initially in the primary relationship with the mother and later on in all other relationships.


◆new studies of old villains A Radical Reconsideration of the Oedipus Complex PAUL VERHAEGHE 2009

Today it is more or less generally accepted that as children we identify with the mirroring reactions of the other and thereby acquire an identity of our "own." Despite the discovery of the so-called mirror neurons, how this identitlcation works is not yet clear. A similar process was originally described by Freud in terms of incorporation and introjection, when he was discussing the idea of negation (Freud, 1978 [1925h]).

Lacan's theory of the mirror stage alld subject formation provides a further elaboration. Developmental psychology and attachment theory are reframing the investigation, and the surprising conclusion is that our identity comes from the other.

In the Lacanian approach , the accent has to a great degree been put on the idea of alienation, following the words of the poet Rimbaud " I is another" (Je est un autre) . There is no original identity in the infant itself; but, under normal circumstances, an external identity awaits, embedded in the personal history of the father and the mother, and often revealed first of all in the infant's given name, which is almost never neutral.

For Lacan, the mirror presented by the Other reflects much more than the infant's arousal; it reflects as well what he calls the discourse of the Other, meaning that the Other's history will be fully present in it. Human identity is constructed by way of identitlcation with the signitlers of the desire of the other. Stressing this impact of the other on identity, Lacan refers to this process as alienation.

Yet in focusing so strongly on this structurally determined alienation, the Lacanian approach tends to ignore that such mirroring mayor may not correspond to what the child is experiencing in its own body and that the child always brings a kind of drive regulation. Indeed, the mirror stage installs a kind of bodily identity as well, through which the component drives first become ordered. It is through this shift that the role distribution and social "cunning" described by Lacan will become possible.

ここで最後に黒字強調した身体としての欲動の制御をめぐっては次ぎのラカンの文をめぐってメモされている「ラカンの三つの身体」を見よ。

主体が囚われているのは意識ではない、身体である。(ラカン「哲学科の学生への返答」(1966 私訳)

"Ce n'est pas à sa conscience que le sujet est condamné, c'est à son corps."(Réponses à des étudiants en philosophie sur l'objet de la psychanalyse Jacques Lacan, 1966)


さらには、《〈他者〉は身体である》(ラカン、セミネールⅩⅣ)をめぐっては、「享楽への道とは死への道(ラカン)」を見よ。

これは jouissance de l'Autre にかかわるのだが、現在のラカン派内でもーーわたくしの知る限り日本だけでなく海外でもーーこの概念をはっきりとつかみとっているひとは稀である。

L'Autre, à la fin des fins et si vous ne l'avez pas encore deviné, l'Autre, là, tel qu'il est là écrit, c'est le corps ! (10 Mai 1967 Le Seminaire XIV)

というのはラカン自身の叙述がその晩年になってひどく揺れ動いているからだ。

享楽はどこから来るのか? 〈他者〉から、とラカンは言う。〈他者〉は今異なった意味をもっている。厄介なのは、ラカンは彼の標準的な表現、「〈他者〉の享楽」を使用し続けていることだ、その意味は変化したにもかかわらず。新しい意味は、自身の身体を示している。それは最も基礎的な〈他者〉である。事実、我々のリアルな有機体は、最も親密な異者である。

ラカンの思考のこの移行の重要性はよりはっきりするだろう、もし我々が次ぎのことを想い起すならば。すなわち、以前の〈他者〉、まさに同じ表現(「〈他者〉の享楽」)は母-女を示していたことを。

これ故、享楽は自身の身体から生じる。とりわけ境界領域から来る(口唇、肛門、性器、目、耳、肌。ラカンはこれを既にセミネールXIで論じている)。そのとき、享楽にかかわる不安は、基本的には、自身の欲動と享楽によって圧倒されてしまう不安である。それに対する防衛が、母なる〈他者〉the (m)Otherへの防衛に移行する事実は、所与の社会構造内での、典型的な発達過程にすべて関係する。

我々の身体は〈他者〉である。それは享楽する。もし可能なら我々とともに。もし必要なら我々なしで。事態をさらに複雑化するのは、〈他者〉の元々の意味が、新しい意味と一緒に、まだ現れていることだ。とはいえ若干の変更がある。二つの意味のあいだに汚染があるのは偶然ではない。一方で我々は、身体としての〈他者〉を持っており、そこから享楽が生じる。他方で、母なる〈他者〉the (m)Otherとしての〈他者〉があり、シニフィアンの媒介としての享楽へのアクセスを提供する。実にラカンの新しい理論においては、主体は自身の享楽へのアクセスを獲得するのは、唯一〈他者〉から来るシニフィアン(「徴づけmarkings」と呼ばれる)の媒介を通してのみなのである。これが説明するのは、なぜ母なる〈他者〉the (m)Otherが「享楽の席the seat of enjoyment」なのか、その〈他者〉に対して防衛が必要なのに、についてである。(PAUL VERHAEGHE, New studies of old villains 2009、私訳)

《我々のリアルな有機体は、最も親密な異者》とあるように、ヴェルハーゲの叙述から読み取ったわたくしの今のところの理解では、フロイトのFremdkörper(異物としての身体)が核心である。

Fremdkörper, a foreign body present in the inside but foreign to this inside. The Real ex-sists within the articulated Symbolic.(Paul Verhaeghe "Mind your Body ")

これは上に引用したがラカンのex-timite(外密)にかかわる(参照:「ラカンのExtimité とハイデガーのExsistenz」)

かつまた、ラカンの「サントーム」のセミネールⅩⅩⅢの、”un corps qui nous est étranger”は「異物としての身体Fremdkörper」として理解できるだろう。

l'inconscient n'a rien à faire avec le fait qu'on ignore des tas de choses quan qu'on sait est d'une toute autre nature. On sait des choses qui relèvent du signifiant. (...) Mais l'inconscient de Freud (...) c'est le rapport qu'il y a entre un corps qui nous est étranger et quelque chose qui fait cercle, voire droite infinie - qui de toutes façons sont l'un à l'autre équivalents - quelque chose qui est l'inconscient." (Seminar XXIII, Joyce - le sinthome, lesson of 11th May 1976

こうしてもう一人の詩人の言葉に出会うことができる、《身体は身体だ/他になにもない/器官などいらない/身体は決して有機体ではない/有機体は身体の敵なのだ》 

人間に器官なき身体をつくってやるなら、人間をそのあらゆる自動性から解放して真の自由にもどしてやることになるだろう。(アントナン・アルトー  「神の裁きと決別するため」)
…………
いまや勝利を得るには、語-息、語-叫びを創設するしかない。こうした語においては、文字・音節・音韻に代わって、表記できない音調だけが価値をもつ。そしてこれに、精神分裂病者の身体の新しい次元である輝かしい身体が対応する。これはパーツのない有機体であり、吸入・吸息・気化といった流体的伝勤によって、一切のことを行なう。これがアントナン・アルトーのいう卓越した身体、器官なき身体である。(ドゥルーズ『意味の論理学』「第十三セリー」)
われわれはしだいに、CsO(器官なき身体:引用者)は少しも器官の反対物ではないことに気がついている。その敵は器官ではない。有機体こそがその敵なのだ。CsOは器官に対立するのではなく、有機体と呼ばれる器官の組織化に対立するのだ。アルトーは確かに器官に抗して闘う。しかし彼が同時に怒りを向け、憎しみを向けたのは、有機体に対してである。身体は身体である。それはただそれ自身であり、器官を必要としない。身体は決して有機体ではない。有機体は身体の敵だ。CsOは、器官に対立するのではなく、編成され、場所を与えられねばならない「真の器官」と連帯して、有機体に、つまり器官の有機的な組織に対立するのだ。(『千のプラトー』)P182

ドゥルーズの「器官なき身体」の説明を読めば、われわれはラカンの晩年の概念ララングを想起することもできる。

lalangue(ララング)とはまず、喃語lalationと関連づけられ、当然、乳幼児に認められるものだが、母親がこれに加わる。母親も自分の赤ん坊には、「大人のことば」以外にも、赤ん坊が喋る喃語を真似てやはり喃語を喋る。母親は赤ん坊の欲望(ここでは、まずは、敢えて、要求とか欲求ということばを用いないで説明したい)を叶えようとする一方で、その母国語を教える。lalationからla langueへ入ってゆく、そこにlalangueができあがるとしてもよいであろう。(荻本芳信 ラカン『ラ・トゥルワジィエーム』 La Troisième

ここではさらに、「言語のリアルReal-of-language」をめぐるLorenzo Chiesaの叙述を抜き出しておく。

子どもは、エディプスコンプレックス(その消滅)を通して象徴界への能動的な入場active entryをする前に、文字letterとしての言語、言語のリアルReal-of-languageに関係する。人は原初の肝所を思い描くことを余儀なくされる、肝所、すなわちペットのように言語のなかに全き疎外されている状態を。これはたんに神話的な始まりを表すだけに違いないとはいえ、それにもかかわらず、子どもは、いかに話すかを学んだのちも、(文字としての)言語によって話されbe spoken by language続ける。

精神病者は、もし諸シニフィアンのシニフィアンsignifier of signifiers (父の名)が排除されているなら、いかに意味作用あるいは意味されるものを生み出すのだろうか? 私は、精神病にて《S2sはそれら自身のあいだに関係をもつ》(B. Fink, The Lacanian Subject [1995])について十分に議論されていないと信じている。

もし、精神病にて、S2sのあいだの関係が、言語のリアル(文字)の領野を超えてゆくのなら、もし、精神病者がしばしば潜在的(非発病)で、その主体は意味作用の生産をなんとかやっているのなら、ある数のシニフィアンーーS2sを越えたものでありながら正当なS1の地位を獲得していないいくつかのシニフィアンの手段によってのみ、そうし得る。

これは次のラカンの言明を説明するだろう、《人間にとって、「正常normal」と呼ばれるためには、彼は「最低限の数」の縫合点 “a minimal number” of quilting points を獲得しなければならない》(The Seminar Book III, pp. 268‒269)。

言い換えれば、精神病者は縫合点がないわけではない……精神病者は、原初の(そして質的にはより重要な)縫合点、父性隠喩によって生み出された縫合点を排除している。とはいえ、それにもかかわらず、精神病者は(量的に不十分な数の)他の縫合点を持っている。それは定義上、S2の地位におとしめることはできないものだ。もしこれがそうでなかったら、彼はシンプルに「完全な狂人」だろう、彼は我々の言語を話さない……(Subjectivity and Otherness: A Philosophical Reading of Lacan, by Lorenzo Chiesa. 2007 )

※参照:「ラカン派の「象徴界から排除されたものは現実界のなかに回帰する」の意味するところ




2015年5月11日月曜日

「背後にさし迫った沈黙の深淵を忘れるために」

人が芸術的なよろこびを求めるのは、芸術的なよろこびがあたえる印象のためであるのに、われわれは芸術的なよろこびのなかに身を置くときでも、まさしくその印象自体を、言葉に言いあらわしえないものとして、早急に放置しようとする。また、その印象自体の快感をそんなに深く知らなくてもただなんとなく快感を感じさせてくれものとか、会ってともに語ることが可能な他の愛好者たちにぜひこの快感をつたえたいと思わせてくれるものとかに、むすびつこうとする。それというのも、われわれはどうしても他の愛好者たちと自分との双方にとっておなじ一つの事柄を話題にしようとするからで、そのために自分だけに固有の印象の個人的な根源が断たれてしまうのである。われわれが、自然に、社会に、恋愛に、芸術そのものに、まったく欲得を離れた傍観者である場合も、あらゆる印象は、二重構造になっていて、なかばは対象の鞘におさまり、他の半分はわれわれ自身の内部にのびている。後者を知ることができるであろうのは自分だけなのだが、われわれは早まってこの部分を閑却してしまう。要は、この部分の印象にこそわれわれの精神を集中すべきであろう、ということなのである。それなのにわれわれは前者の半分のことしか考慮に入れない。その部分は外部であるから深められることがなく、したがってわれわれにどんな疲労を招く原因にもならないだろう。(プルースト「見出された時」井上究一郎訳)

プルーストのすばらしい文だが、 とはいえ、対象の鞘におさまっているものも、実は自分自身にすぎない場合が多い。対象aとは、究極的には、対象に自分自身が書き込まれていることだ。これに蓋をして、他人と湿った瞳を交わし合い頷き合うというのが、おおむね文芸愛好家のすがただろう。

いや文芸愛好家だけではない。

公衆から酒手をもらうのとひきかえに、彼は己れの存在を世に知らしむるために必要な時間をさき、己れを伝達し、己れとは本来無縁な満足を準備するためにエネルギーを費消する。そしてついには栄光を求めて演じられるこうしたぶざまな演技を、自らを他に類例のない唯一無二の存在と感じる喜ぴーー大いなる個人的快楽ーーになぞらえるにいたるのだ。(ヴァレリー『テスト氏との一夜』)

《人がかくも熱心に言葉をとり交し合って止まないのは、背後にさし迫った沈黙の深淵を忘れるためではなかったか?》(浅田彰『構造と力』)

すなわち、われわれ自身の内部にのびているものを忘れるために、人は熱心に語る。

ところで「背後にさし迫った沈黙の深淵」にはなにがあるというのか、ーーラカン派的には、そこにex-timateがある(外-存在するintimacy(親密さ)のこと)。

要するに、私たちのもっとも近くにあるものが、私たちのまったくの外部にあるのです。ここで問題となっていることを示すために「外密extimité」という語を使うべきでしょう。(ラカンS16)

この"ex-timate"という用語は、"objet petit a","alien","a foreign body"(フロイトのFremdkörperであり、フロイトは内的トラウマに関連してこの語を使う)などとも言い換えられる。

ラカン派でなくてもよい。たとえば次ぎの文では、ニーチェもヴァレリーも「外密extimité」に近似したことを言っている。

真に自己自身の所有に属しているものは、その所有者である自己自身にたいして、深くかくされている。地下に埋まっている宝のあり場所のうち自分自身の宝のあり場所は発掘されることがもっともおそい。――それは重さの霊がそうさせるのである。(……)
まことに、人間が真に自分のものとしてもっているものにも、担うのに重いものが少なくない。人間の内面にあるものの多くは、牡蠣の身に似ている。つまり嘔気をもよおさせ、ぬらぬらしていて、しっかりとつかむことがむずかしいのだーー。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』手塚富雄訳)
人皆の根底にはその人の「原則」が巨大な文字で彫りつけてある。それをいつも見つめているわけではない。一度も読んでいないことも稀ではない。だが人はそれをしっかり守り、人の内部の動きはすべて、口では何と言おうとも、書かれているところに従い、決して外れることはない。考えも行いもそれに違うことはない。心の奥のそこには傲慢、弱点、頬を染める羞恥、中核的恐怖、孤立、なべての人が持つ無知がきらめいていて、世にあるほどのバカげた行為をいつも今にもやらかしそうだ―――。

愛しているものの中にあれば弱く、愛しているもののためとあらば強い。ヴァレリー『カイエ』Ⅳ(中井久夫訳)

…………

ところで、以下のミレールの文にも、対象aのことが語られている。

五十代の社長なのですが、秘書のポストの応募者に面接するのです。二十代の若い女性が入ってきます。いきなり彼は愛を表白しました。彼はなにが起こったのか不思議でなりません。それで分析に訪れたのです。そこで彼は引き金をあらわにしました。彼女のなかに彼自身が二十歳のときに最初に求職の面接をした自分を想いおこしたのです。

◆ミレール 「愛について」(Jacques-Alain Miller: On Love:We Love the One Who Responds to Our Question: “Who Am I?”)より。

――どうしてある人たちは愛し方を知っていて、ほかの人たちはそうでないのでしょう?

ある人たちは、他者、たとえば何人かの愛人に――男でも女でも同様にーー、愛を引き起こすやり方を知っています。彼らはどのボタンを押したら愛されるようになるのか知っているのです。けれど彼らはかならずしも愛する必要はありません。むしろ彼らは囮をつかって、猫と鼠の遊戯にふけるのです。愛するためには、あなたは自分の欠如を認め、あなたが他者を必要とすることに気づかなければなりません。あなたはその彼なり彼女なりがいなくて淋しいのです。己が完璧だと思ったり、そうなりたいと思っているような人たちは愛し方を知りません。そしてときには、彼らはこのことを痛みをもって確かめます。彼らは操作し、糸を引っ張ります。けれども彼らが知っている愛は、危険も悦びもありません。


――自分を完璧だとするなどは、ただ男性だけの場合のように思えますが…。

まさに! ラカンはよく言いました、「愛することはあなたが持っていないものを与えることだ」と。その意味は、「愛するということは、あなたの欠如を認めて、それを他者に与える、他者のなかにその欠如を置く」ということです。あなたが持っているものーーなにかよいものを与えるのではない、それを贈り物にするのではないのです。あなたが持っていない何かほかのものを与えるのです。そうするには、あなたは己れの欠如――フロイト曰くの「去勢」――を引き受けなくてはなりません。そしてそれは女性性の本質です。ひとは、女性のポジションからのみ本当に愛することができます。「愛する女性」 Loving feminisesとはそういうことです。男性の愛がいつもやや滑稽なのはその理由です。けれども男性がそのみっともなさに自身を委ねたら、実際のところ、己れの男らしさがさだかではなくなります。


――男にとって愛することは女より難しいということでしょうか?

まさにそうです。愛している男でさえ、愛する対象への誇りの閃きと攻撃性の破裂があります。というのはこの愛は、彼を不完全性、依存の立場に導くからです。だから男は彼が愛していない女に欲望するのです。そうすれば彼が愛しているとき中断した男らしさのポジションに戻ることができます。フロイトはこの現象を「性愛生活の(価値の)下落debasement of love life」と呼びました。すなわち愛と性欲望の分裂です。


――女性はどうなのでしょう?

女性の場合は、その現象はふつうではありません。たいていの場合、男性のパートナーとの同化共生doubling-upがあります。一方で、彼は女性に享楽を与えてくれる対象であり、女性が欲望する対象です。しかし彼はまた、余儀なく去勢され女性化した愛の男でもあります。どちらが運転席に坐るのかは肉体の構造にはかかわりません。男性のシートに坐る女性もいるでしょう。最近では「もっともっと」そうです。ひとりの男は、家庭での愛のため、そして他の男たちは享楽のために、インターネットで、街で、汽車の中で。


――どうして「もっともっと」なのですか?

社会と文化における女であることと男であることのステレオタイプが、劇的な変容の渦中だからです。男たちは感情を自在に解放するように促されています、愛すること、そして女性化することさえも。女たちは、反対に、ある種の「男性化への圧力」に晒されています。法的な平等化の名の下に、女たちは「わたしたちも」といい続けるようにかりたてられています。同時にホモセクシャルの人たちも、ヘテロセクシャルの人たちと同様の権利とシンボルを要求しています、結婚や認知などですね。それぞれの役割のひどく不安定な状態、愛の場での広汎な変わりやすさ、それはかつての固定したあり方とは対照的です。愛は、社会学者のジグムント・バウマンが言うように「流動化liquid」しています。だれもが己れの享楽と愛の流儀を身につけるため、それぞれの「ライフスタイル」を創り出すように促されています。伝統的なシナリオはゆっくりと廃れています。従うべき社会的圧力が消滅してしまったわけではありませんが、衰えているには相違ありません。


――わたしたちは偶然に彼や彼女を見出すのではありません。どうしてあの男なのでしょう? どうしてあの女なのでしょう?

それはフロイトがLiebesbedingung(愛の基本的条件)と呼んだものです、すなわち愛の条件、欲望の原因です。それは固有の特徴なのです。あるいはいくつかの特徴の組合せといってもいいでしょう。それが愛される人を選ぶ決定的な働きをするのです。これは神経科学ではまったく推しはかれません。というのはそれぞれの人に特有なものだからです。彼らの風変わりな内密な個人的歴史にかかわります。この固有の特徴はときには微細なものが効果を現わします。たとえば、フロイトがある患者の欲望の原因として指摘したのは、女性の鼻のつやでした。


――そんなつまらないもので生まれる愛なんて全然信じられない!

無意識の現実はフィクションを上回ります。あなたには思いもよらないでしょう、いかに人間の生活が、特に愛にかんしては、ごく小さなもの、ピンの頭、神から授かった細部によって基礎づけられているかを。とりわけ男たちには、そのようなものが欲望の原因として見出されるのは本当なのです。フェティッシュのようなものが愛の進行を閃き促すのです。ごく小さな特異なもの、父や母の追憶、あるいは兄弟や姉妹、あるいは誰かの幼児期の追憶もまた、愛の対象としての女性の選択に役割をはたします。でも女性の愛のあり方はフェティシストというよりももっとエロトマニティック(被愛妄想的)です。女性は愛されたいのです。関心と愛、それは彼女たちに示されたり、彼女たちが他のひとに想定する関心と愛ですが、女性の愛の引き金をひくために、それらはしばしば不可欠なものです。


――ファンタジー(幻想)の役割はどうなのでしょう?

女性の場合、ファンタジーは、愛の対象の選択よりもジュイサンス(享楽)の立場のために決定的なものです。それは男性の場合と逆です。たとえば、こんなことさえ起りえます。女性は享楽――ここではたとえばオーガズムとしておきましょうーーその享楽に達するには、性交の最中に、打たれたり、レイプされたりすることを想像する限りにおいて、などということが。さらには、彼女は他の女だと想像したり、ほかの場所にいる、いまここにいないと想像することによってのみ、オーガズムが得られるなどということが起りえます。


――男性のファンタジーはどんな具合なのですか?

最初の一瞥で愛が見定められることがとても多いのです。ラカンがコメントした古典的な例があります。ゲーテの小説で、若いウェルテルはシャルロッテに突然の情熱に囚われます、それはウェルテルが彼女に初めて会った瞬間です。シャルロッテがまわりの子どもたちに食べ物を与えている場面です。女性の母性が彼の愛を閃かせたのです。ほかの例をあげましょう。これは私の患者の症例で次のようなものです。五十代の社長なのですが、秘書のポストの応募者に面接するのです。二十代の若い女性が入ってきます。いきなり彼は愛を表白しました。彼はなにが起こったのか不思議でなりません。それで分析に訪れたのです。そこで彼は引き金をあらわにしました。彼女のなかに彼自身が二十歳のときに最初に求職の面接をした自分を想いおこしたのです。このようにして彼は自分自身に恋に陥ったのです。このふたつの例に、フロイトが区別した二つの愛の側面を見ることができます。あなたを守ってくれるひと、それは母の場合です。そして自分のナルシシスティックなイメージを愛するということです。


…………

附記:ロラン・バルト《長い間、私は早くから床についた》 より


私がこの講演の表題に選んだ文章が何であるか、おわかりの方は何人もいらっしゃるでしょう。《長い間、私は早くから床についた。時には、ろうそくが消えるとすぐに眼が閉じてしまうので、〈ぼくは眠るのだ〉と考える暇もない位だった。そして、半時間も経つと、さあ、いよいよ寝入る時間だという考えに眼が覚めてしまうのだった……。》これは『失われた時を求めて』の冒頭です。これは『失われた時を求めて』の冒頭です。ということは私がこれからプルーストに《ついて》の講演をしようとしているということでしょうか。そうでもあり、そうでもありません。プルーストと私、という題ならば、当たっているかもしれません。何といううぬぼれでしょう。ニーチェはドイツ人の《と》という接続詞の使い方を皮肉っていました。《ショーペンハウアーとハルトマン》といって、彼はからかいました。《プルーストと私》はもっとひどいものです。私は、逆説的ですが、語っているのが私で、第三者でなければ、うぬぼれは消滅すると申し上げたいと思います。なぜなら、プルーストと私自身を同列に並べたからといって、私は自分のこの大作家と比べようなどというつもりは全然ないからです。まったく違います。私は自分を彼と一体化しようとしているのです。実践の混同であって、価値の混同ではありません。説明致しましょう。具象的文学、たとえば、小説においては、読者は、多かれ少なかれ(時々という意味ですが)、登場人物の一人と一体化しているように思われます。こうした投影こそが文学の原動力であると私は思います。しかし、例外的な場合には、読者が、自分自身、作品を書きたいと思っていると、この読者はもう単にある虚構の人物に一体化するのではなく、とりわけ、この本を書きたいと思い、それに成功した者としての作者自身と一体化するのです。ところで、プルーストは、『失われた時』が書きたいという要望の物語である以上、このような特殊な一体化に特に好適な場であります。私は記念碑的作品を書いた高名な作家に一体化するのではありません。ある時は苦しみ、ある時は高揚し、しかし、いずれにせよ、謙虚に、計画の最初から絶対的な性格を与えた仕事を試みようとした職人に一体化するのです。



では、まずプルーストです。
『失われた時』の前にプルーストの書いたものは沢山あります。一冊の本、いくつかの翻訳、いくつかの論説。あの大作が本当に書き始められるのはようやく一九〇九年の夏のことと思われます。その時以来、御存知のように、本を未完成に終わらせるかもしれない死に対抗する馬車馬のような働きが始まるのです。一九〇九年には(ある作品の執筆開始時期を正確に定めるのは空しいことですが)、明らかに、逡巡する重大な時期がありました。プルーストは、二つの路、二つのジャンルの岐路に立っていました。どちらの《方》へ行くか迷い、双方が合流するかもしれないということはまだ知りませんでした。ちょうど『失われた時』の「話者」が、ずいぶん長い間、ジルベルトとサン=ルーの結婚まで、スワン家の方がゲルマント家の方につながるのを知らなかったのと同じです。つまり、「エッセー」(「批評」)の方と「小説」の方との間で迷ったのです。一九〇五年、母が死んだ時、プルーストは、意気銷沈の、しかし、また、不毛な動揺の時期を体験します。書きたい、作品を作りたい。しかし、どんな作品を? あるいは、むしろ、どんな形式の? プルーストは、一九〇八年十二月、ド・ノワイユ夫人に書いています。《私は、ひどい病身ですが、サント=ブーヴ(プルーストの嫌悪する美的価値の体現者です)について書きたいと思います。私は頭の中では二通りの異なった形で出来上がっているのですが、そのどちらかを選ばなければなりません。ところが、私には意志の力も先を見通す力もないのです。》

プルーストは自分の逡巡を、当然のことながら、心理的な形で説明していますが、それは構造的な二者択一に対応していることに御注目頂きたいと思います。彼が逡巡している二つの《方》はヤコブソンが明らかにした対立の両項です。つまり、「隠喩〔メタフォール〕」の項と「換喩〔メトニミー〕」の項です。「隠喩」は、《これは何か》、《これは何を意味するか》という問いを発する一切のディスクールを支えています。それはまさにあらうる「エッセー」の問いです。「換喩」は、逆に、別の問いを発します。《私が述べていることの後に何が続き得るのか》、《私の語っているエピソードは何を生み得るのか。》これは「小説」の問いです。ヤコブソンは小学校の教室で行なった実験を例に挙げました。《ヒュッテ》という語に子供たちがどんな反応をするか調べたのです。ある子供たいはヒュッテは小さな小屋だと答えました(隠喩)。他の子供たちは燃えたと答えました(換喩)。プルーストはヤコブソンの教室の子供たちが二つに分かれたように分割された主体なのです。彼は人生の出来事の一つ一つが註釈(解釈)を加える機会、あるいはまた、それぞれの物語的以前や以後を示したり、想像したりする筋書を作る機械となり得ることを知っています。解釈するとは「批評」の道に入ることであり、批評の理論を論じ、サント=ブーヴに反対の立場を取ることです。出来事や印象をつなぎ合わせ、展開するとは、反対に、たとえゆるみはあっても、少しずつ物語を織り上げていくことです。

プルーストの逡巡は、彼が新米ではなかっただけに(一九〇九年には、彼は三十八歳でした)深刻でした。彼はすでに書いていました。彼の書くものは(とりわけ、いくつかの断章レベルでは)、しばしば、小説的であると同時に論文調の、混合した、曖昧な、ためらいがちな形式に属しています。たとえば、サント=ブーヴについての考えを述べるのに(「エッセー」の、「隠喩」の分野)、プルーストは母と自分との架空の対話を書くのです(「物語」の、「換喩」の分野)。この逡巡は深刻でしたけれど、多分、大事なものでした。プルーストが愛し、賛嘆した作家たちは、ネルヴァルやボードレールといった、彼らもまた、ジャンルの間で何らかの逡巡を体験していることをプルースト自身が確認した作家でした。

この葛藤から彼のパトスを復元する必要があります。プルーストは苦悩を受けとめ(彼は母の死によって苦悩を、絶対的な苦悩を知ったばかりでした)、それを超越する形式を求めます。ところで、《知性》(プルーストの用語)は、『サント=ブーヴに反対する』の冒頭で、プルーストが批判するものですが、ロマン主義的な伝統に従えば、感情を傷つけたり、枯渇させたりする力です。ノヴァーリスは詩を《悟性の傷を癒すもの》として示します。「小説」にもそれができます。しかし、どんな小説でもいいのではありません。サント=ブーヴの考えに従っていない小説だけにできるのです。

プルーストがどんな決断によってこの逡巡から抜け出しだのか、また、(状況的原因があるとすれば)なぜ『サント=ブーヴに反対する』を放棄して(一九〇九年八月、『フィガロ』に拒否されたからでもありますが)、本格的に『失われた時』を書き始めたのか、われわれにはわかりません。しかし、彼が選んだ形式は知っています。それはまさに『失われた時』の形式です。小説でしょうか。「エッセー」でしょうか。どちらでもありません。あるいは、同時に両方でもあります。私が第三の形式と呼ぶものです。この第三のジャンルについて少し考えてみましょう。

私がこの考察の始めに『失われた時』の最初の文を引いたのは、それが五十ページにわたるエピソードの発端だからです。それは、チベットのマンダラのように、プルーストの作品全体を一括して視野に収めています。このエピソードは何について語っているのでしょうか。眠りについてです。プルーストの眠りには創基的価値があります。それは『失われた時』の独自性(《特有性》)を形成します(しかし、この形成作用は、やがて見るように、実は、解体作用なのです)。

もちろん、いい眠りと悪い眠りがあります。いい眠りとは、母親の夕べのキスによって開かれ、始まり、許され、認められた眠りです。「自然」の理にかなった(夜、眠り、昼、活動する)正しい眠りです。悪い眠りとは母親から遠い眠りです。息子は、昼、眠り、その間、母親は起きています。二人は正しい時間と逆転した時間とが交錯する束の間にしか出逢いません。一方にとっての覚醒が他方にとっての睡眠なのです。この(睡眠薬による)悪い眠りを正当化し、つぐなうには、作品全体をもってしても足りません。なぜなら、『失われた時』が、毎晩、夜を徹して書かれるのは、こうした逆転というつらい代価を払った上でのことだからなのです。

(幼年期の)いい眠りとは何でしょうか。《半覚醒》です。(《私は最初の章を半覚醒の印象の中に包み込もうと努めました。》)プルーストは、ある時、《われわれの無意識の深み》について語っていますが、この眠りにはフロイト的な所は全然ありません。夢幻的な所がありません(プルーストの作品には、本当の夢はほんの少ししか出てきません)。それは、むしろ、無秩序としての意識の深みによって構成されているのです。このことは眠りが書かれ得るのは眠りの意識があるからだという逆説によって説明できます。エピソード全体が(したがって、私の考えでは、そこから発する作品全体が)、こうして、いわば、文法的には許されない形で宙吊りになっているのです、《私は眠る》と述べることは、文字通り、《私は死んだ》と述べるのと同じ位不可能なことだからです。エクリチュールとは、まさに、このような、言語にーー言語の不可能性にーー手を加え、言述を生かす活動なのです。……(以下略)

2015年3月2日月曜日

従軍記者と美的趣味耽溺者

偉大な人間は必然的に懐疑家である。あらゆる種類の確信にとらわれぬ自由さが、彼の意志の強さに属している。信念を欲しがること、肯定においてにしろ否定においてにしろ、とにかくなにか無条件的なものをほしがることは、弱さの証明である。ところであらゆる弱さは意志の弱さなのだ。信念居士は必然的に小さな人間種族である。ということはすなわち「精神の自由」、換言すれば、本能としての不信は、偉大さの前提にほかならぬ。(ニーチェ『権力への意志』936番)
「哲学は何の役に立つのか?」と問う人には、次のように答えなければならない。自由な人間の姿を作ること。権力を安定させるために神話と魂の動揺を必要とするすべての者を告発すること、たったそれだけのこととはいえ、いったい他の何がそれに関心をもつというのか。(ドゥルーズ『意味の論理学』)

こういったことは引用するのは簡単である。すなわち簡単なのはこのように引用して、この〈私〉は「自由」を考えているというふりをすることだけである。

さらにはこう引用してもよい。

もっと重要なことは、われわれの問いが、我々自身の“説明”できない所与の“環境”のなかで与えられているのだということ、したがってそれは普遍的でもなければ最終的でもないということを心得ておくことである。(柄谷行人『隠喩としての建築』)

われわれの「自由」の問いそのものが、時代や文化のパラダイム、すなわち《我々自身の“説明”できない所与の“環境”のなかで与えられている》のであるから、そのパラダイムを疑わねば「自由」などと言うことはできない。しかも現代のパラダイムは「新自由主義」というイデオロギーである。だがその問いをここで掲げるのはやめにしよう。一応そこまで考えている「ふり」をするために、「「エンロンEnron社会」を泳がざるをえない「文化のなかの居心地の悪さ」」を参照せよと〈あなたがた〉に提示しておくだけにしておこう。とはいえたいしたことが書かれているわけではない。

そもそもこのわたくしは、なぜ下らぬメモ程度のことを「律儀に」毎日のように公表しているのであろうか、――これももちろん偽の、捏造された問いである。「ひまつぶし」に決まっている。――《たんに学者たちのひまつぶしであると・ ・ ・》(ニーチェ『反キリスト者』)。いやわたくしは〈学者たち〉の一種族ではないが、彼らの猿真似して、にわか教育者、にわか知識人のふりをしてみたいのではないだろうか。

教育のプロセスの基本論理……「飼い慣らされていない」対象(「社会化されていない」子ども)に知を植えつけることによって、主体を作り出すのである。この言説の「抑圧」された真実は、われわれが他者に分与しようとする中立的な「知」という見かけの背後に、われわれはつねに主人の身振りを見出すことができるということである。(ジジェク『斜めから見る』

もちろん、カシコイ人は、すぐさまおわかりであるように、これらの問いも、真実をいってそうでないと思わせる手口である。

フロイトの『機知』には、真実を言って--「真実のふり」をしてーー、相手を騙そうとする話がある。

あるガリツィア地方の駅で二人のユダヤ人が出会った。「どこへ行くのかね」と一人が尋ねた。「クラカウへ」と答えた。「おいおい、あんたはなんて嘘つきなんだ」と最初の男がいきり立って言う。「クラカウに行くと言って、あんたがレンベルクに行くとわしに思わせたいんだろう。だけどあんたは本当にクラカウに行くとわしは知っている。それなのになぜ嘘をつくんだ?」(フロイト『機知』

ひとは、彼はこういっているから、たぶんこうでないだろう、と憶測することがある。その心理を逆手にとって、真実を言って相手を騙す、騙さないまでも韜晦する。これは、わたくしの「常道」である、おそらく〈あなたがた〉と同様に。

――仮装服として何を選びますか?

私の顔に、私の顔の仮面を着ける。そしたら、みんな私の振りをしている誰かで、私ではないと思うだろ。(ジジェク

とはいえ、まさかわたくしともあろう者が、〈あなたがた〉たちのなかに溢れかえるあの種族、ーーニーチェ流にいえば「美しい魂」の持ち主たち、すなわち《完全に不埒な「精神」たち、いわゆる「美しい魂」ども、すなわち根っからの猫かぶりども》ーーのように、人の役に立ちたい、美しいものを伝えたいなどと大嘘をいうほどには落ちぶれていない。

こう自問してみるのも、いくらか正当のことであろう、人類をかくも長期にわたっても盲目たらしめつづけたきたのは、もともと一つの美的趣味ではなかったのかと。すなわち、人類は、真理から絵のように美しい効果をのぞんだのであり、同じく認識者からは、その効果が官能に強くはたらきかけることをのぞんだのである。私たちの謙譲は早くから彼らの趣味に反していた・ ・ ・(ニーチェ『反キリスト者』13番

だが、残念なことに「沈黙」できる境地にまでは至っていない。これはインターネットへの「書き込み病」とでもいうべきものか。すなわち、大量の馬鹿が書くようになった時代」の囚人であり、まったく「自由」ではない。

「現在地球に暮らす人々がこんなにまで活字に接している時代は人類史上」なく、「読むという秘儀がもたらす淫靡な体験が何の羞恥心もなく共有されてしまっているという不吉さ」(蓮實重彦『随筆』)が渦巻く時代である。

創造的でない時に沈黙できるのは成熟した人、少なくとも剛毅な人である。大沈黙をあえてしたヴァレリーにして「あなたはなぜ書くのか」というアンケートに「弱さから」と答えている(彼は終生金銭に恵まれなかった)。(中井久夫――「自己模倣と自己破壊」より)

中井久夫はヴァレリーの「弱さから」という応答を、金のためだと読み取っている。わたくしはまったく金のためではないが、どうもいささかのところ《己れの存在を世に知らしむるために必要な時間をさき、己れを伝達し、己れとは本来無縁な満足を準備するためにエネルギーを費消》しているのではないかという疑念からは免れがたい(もちろんこの言い草も真理の仮装による欺瞞でありうる)。

すぐれた人と呼ぱれる人は自分を欺いた人である。その人に驚くためにはその人を見なければならない――そして、見られるためには姿を現わさなけれぱならない。かくしてその人は自分の名前に対する愚かな偏執にとりつかれていることをわたしに示すのだ。そのように、偉人などといわれる人はすぺて一つの過誤に身を染めた人である。世にそのカが認められるような精神はすぺて己れを人に知らせるという誤ちから出発する。公衆から酒手をもらうのとひきかえに、彼ぱ己れの存在を世に知らしむるために必要な時間をさき、己れを伝達し、己れとは本来無縁な満足を準備するためにエネルギーを費消する。そしてついには栄光を求めて演じられるこうしたぶざまな演技を、自らを他に類例のない唯一無二の存在と感じる喜ぴ――大いなる個人的快楽―――になぞらえるにいたるのだ。

そこでわたしは夢想した。もっとも強靱な頭脳、もっとも明敏な発明家、思考のなんたるかをもっとも正確に認識している人々はすべからく無名の人であり、己れを惜しみ、己れを語ることなく死んでゆく人でなくてはならい、と。そうした人々の存在にわたしの目が啓かれたのは、ほかならぬ、やや志操の堅固さに欠けるがゆえに、名声が赫々として世に現われた人々の存在そのものによってである。(ポール・ヴァレリー『テスト氏との一夜』)


 というわけだが、さて何の話であっただろうか。このところ荷風をめぐってメモしているのだが、次の文章を引用したいだけである。

ぼくがお金をためているって、ケチだとかなんとか、言っているそうですが、ぼくがお金を ためているからこそ、戦時中、10年間1枚もの原稿も売れず、一文の印税収入もない時代、 僕は他人に頭1つ下げないで、思い通りの生活ができました。いまは平和です。平和の声 の裏には戦争がありません。それは紙一重のものなんですよ。だから、作品が売れる時は、 売れるだけの貯金をしておきます。人間の一生には浮き沈みということがあります。(永井荷風

戦争中、いわゆる思想家やら文学者、批評家たちが「転向」してしまったあとも、荷風は世間に媚びずに生活できた。それは「金」があったせいだ、と言っていることになる。当時は殆んどだれもかれもが「従軍記者」であったのだ。だが「従軍記者」は戦争中でなくても棲息し続ける。

従軍記者になるための条件は、それが一般的に保守的と呼ばれるものであれ革新的と呼ばれるものであれ、きまって人類の大義と真実の二語を口にし、それを口にすることでみずからの成熟を確信し、いまある自分自身を肯定し、しかも強要されたわけでもないのに、他者の群に向かってそう物語ってみせる人間のことである。たえて久しく戦争など起こっていないというのに、現代の日本社会にも多くの従軍記者が棲息している。誰もが知っているあの批評家も、あの小説家も従軍記者そのものではないか。あるいはあの国のあの哲学者、あの人類学者も従軍記者ではないか。実際、現代とは、意識的であると否とを問わず従軍記者の時代なのだ。(……)

彼らは、一様に何ごとか貴重なものが喪われたという思いを心のかたすみに隠し持っている。しかも、その崩壊の意識が、成熟の実感と彼らのうちで深く結びついている。だが、成熟にせよ喪失にせよ、それを口にしうるのは従軍記者へと変容する芸術家に限られている。それを幻想と呼ぶか否かはともかくとして、少なくとも、この成熟と喪失が具体的に歴史を分節化しているのではなく、大義と真実の二語を口にしたものだけにみえてくるものだという意味で、それは一つの世代的な虚構なのである。人類の大義の名のもとに真実を顕揚したりする人間はきまってこの虚構の中に身を閉じこめ、従軍記者という名の作中人物をみずから演じ始めることになるだろう。この役割はきまって政治的なものであり、それを演じるのもきまって芸術家たちなのだ。従軍記者の役が真剣に演じられれば演じられるほど、その演技は政治的な色調を帯びることになるだろう。(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』)

ここで芸術家とあるのは知識人のことである。

彼らが演じてしまう政治的な役割が一つの力を帯び始めるとき、従軍記者は新たな名前を獲得する。それは知識人という名前である。知識人とは、従軍記者の役を真剣に演じながら、こうした政治的な虚構の説話論的な要素にすぎない人類の大義や真実に殉じようとする芸術家にほかならない。こうした定義にあてはまる知識人は現代にしか存在しない歴史的な生産物である。それは、たとえば中世の知識人だの江戸時代の知識人などとは、説話論的な機能において異なっている。そして、しばしばそう口にされることで現代の特質を明らかにしうると信じられている知識人の終焉の知識人とは、現代に生きのびていた中世的な、あるいは江戸時代的な知識人にほかならず、今日の社会には、過去の自分を否定することで従軍記者の役割が真剣に演じうるものと錯覚している芸術家たち、つまり知識人があふれているのである。その知識人たちの政治的な役割を明らかにするためには、彼らに共通する資質としての凡庸さの構造を明らかにしなければならない。特権的な知識人の終焉を口にすることはいささかも歴史を明らかにしはしない。それは、歴史から目をそらすための恰好の口実にすぎず、それこそ凡庸な芸術家にふさわしい政治的な虚構というものだ。(同上)

この蓮實重彦の「従軍記者」から、小林秀雄が1938 年 3 月に『文芸春秋』従軍記者として渡中したことを想い出さない人物たちも最近は棲息するだろうから、こうやって書いておくが、これは、《「飼い慣らされていない」対象(「社会化されていない」子ども)に知を植えつけ》ているのではなかろうか、すなわち《中立的な「知」という見かけの背後に》主人の身振りを見いださないだろうか?


で、いまはなんの話であったか。「自由」の話である。ここではより格調高くトルストイを引用することにしよう。

『アンナ・カレーニナ』における、アンナの愛人ヴロンスキーと、ヴロンスキーと同じ名門出であり、軍務において大抜擢を受けて彼より数段上に昇格したばかりの友人セルプホフスコイとの、権力者たちの陰謀をめぐっての会話からである。

「でも、いったい、なぜだい」ヴロンスキーは、権力をもっている数人の名前をあげた。「でも、なんだってこうした連中は独立心にもえていないというんだね?」「それはただ、あの連中が財政的に独立していないからさ。いや、生まれながらにして、持っていなかったからさ。まったく財産を持っていなかったんだね。われわれのように太陽に近いところで生まれなかったからさ。あの連中は金なり恩義なりで、買収することができる。だから、あの連中は自分の地位を維持するために、主義主張を考えだす必要があったわけさ。そのために、自分でも信じていない、この世に害毒を流すような思想や主義を振りまわすが、そうした主義もただ官舎とか、いくらかの俸給にありつくための手段なんだからね。あの連中のトランプの手をのぞいてみれば、それほど巧妙なものじゃない…ひょっとすると、ぼくはあの連中よりばかで、劣っているかもしれないが、しかし、ぼくがあの連中より劣っていなくちゃならんという理由も、べつに見あたらないね。ところが、ただ一つまちがいなく重大な長所は、われわれはあの連中よりずっと買収しにくいってことだよ。そういう人間が今とても必要なんだよ」(トルストイ『アンナ・カレーニナ』木村浩訳 新潮文庫 (中)p140)

さあて、現在日本に買収しにくい連中が、どこかにいるだろうか。老人のなかにはひょっとしているのかもしれないが、それ以外にはどうなのだろうか? わたくしはツイッターにおいてしか日本人に出会うことはないので、よくわからない。ツイッターでなにやら書き込んでいる連中は、「従軍記者」か、従軍記者予備軍の小便くさいガキ、あるいは、《人類をかくも長期にわたっても盲目たらしめつづけたきた》美的趣味に耽溺する輩ばかりであり、不幸にして、それ以外の方にめったに遭遇することはない。

その老学者はまわりの騒がしい若者たちを眺めていたが、突然、このホールのなかで自由の特権をもっているのは自分だけだ、自分は老人なのだから、と思った。老人になってはじめて人は、群集の、世間の、将来の意見を気にせずともすむ。近づいてくる死だけが彼の仲間であり、死には目を耳もないのだ。死のご機嫌をうかがう必要もない。自分の好きなことをし、いえばいいのだ。(クンデラ『生は彼方に』)

…………

※附記

現在に抗して過去を考えること。回帰するためでなく、「願わくば、来たるべき時のために」(ニーチェ)現在に抵抗すること。つまり過去を能動的なものにし、外に出現させながら、ついに何か新しいものが生じ、考えることがたえず思考に到達するように。思考は自分自身の歴史(過去)を考えるのだが、それは思考が考えていること(現在)から自由になり、そしてついには「別の仕方で考えること」(未来)ができるようになるためである。(ドゥルーズ『フーコー』「褶曲あるいは思考の内(主体)」)
能動的に思考すること、それは、「非現働的な仕方で、したがって時代に抗して、またまさにそのことによって時代に対して、来るべき時代(私はそれを願っているが)のために活動することである」。(ドゥルーズ『ニーチェと哲学』)
知識人の仕事は、ある意味でまさに、現在を、ないこともありえたものとして、あるいは、現にあるとおりではないこともありえたものとして立ち現れさせながら語ることです。それゆえにこそ、現実的なもののこうした指示や記述は、「これがあるのだから、それはあるだろう」という形の教示の価値をけっして持たないのです。また、やはりそれゆえにこそ、歴史への依拠――少なくともここ二十年ほどの間のフランスにおける哲学的思考の重大な事実の一つ――が意味を持つのは、今日そのようにあることがいつもそうだったわけではないことを示すことを歴史が役割としてもつかぎりにおいて、つまり、諸事物が私たちにそれらがもっとも明白なのだという印象を与えるのは、つねに、出会いと偶然との合流点において、脆く不安定な歴史の流れに沿ってなのだということを示すことを歴史が役割として持つ限りにおいてなのです。(『ミシェル・フーコー思考集成 Ⅸ 1982-83 自己/統治性/快楽』)

以下はここでの文脈からはいささかはずれるが、「民主主義」とは、働かない人々によってはじめられた、との中井久夫の文がある。金のために働かざるをえない者たちに、真の「自由」などというものがありえるだろうか、と問うてもよい。

近代医療のなりたちですが、これは一般の科学の歴史、特に通俗史にあるような、直線的に徐々に発展してきたというような、なまやさしい道程ではありません。

ヨーロッパの医療の歴史は約二千五百年前のギリシャから始めるのが慣例です。この頃のギリシャは、国の底辺に奴隷がいて、その上に普通の職人と外国人がいて、一番上に市民がいました。当時のギリシャでは神殿にお参りしてくる人のために神殿付きドクターと、一方では奴隷に道具一式をかつがせて御用聞きに回るドクターとがありました。

ドクターの治療を受けられたのは中間層であって、奴隷は人間として扱われていなかったのでしばしば病気になってもほっておかれました。市民は働かないで、市の真中の広場に集まって一日中話し合っているんです。これが民主主義の始まりみたいな奇麗ごとにされていますが、働かない人というのはものすごく退屈していますから、面白い話をしてくれる人が歓迎されます。そこでは妄想は皆が面白がって、病気とはみなされなかったようです。いちばん上の階級である市民が悩むと「哲学者」をやとってきて話をさせます。つまり当時の哲学者はカウンセラーとして生計を立てているのです。この辺はローマでも同じです。ローマ帝国は他国を侵略して、だんだん大きくなってきます。他国人を捕えて奴隷として働かせ、消耗品として悲惨な扱いをしていました。暴力の発散の対象に奴隷がなって、慰みに殺されたりしています。……(中井久夫「近代精神医療のなりたち」  『精神科医がものを書くとき』〔Ⅰ〕 P159 広栄社)

新自由主義時代のバイブルとして、米国でよく読まれているアイン・ランドの書から抜き出しておこう。

お金があらゆる善の根源だと悟らない限り、あなたがたは自ら滅亡を招きます。(アイン・ランド『肩をすくめるアトラス』)

…………

あらゆる科学だろうと哲学だろうと結局取引関係にいくわけじゃないですか  だから取引関係に基づいて科学も経済も すべてができている これこそ問題じゃないですか?
(……)

でもそのね すべてがビジネスにもとづいているということがますますはっきりしてきたというのは ひとつの文明の衰えていく過程で露になってきた そういう事実  言葉があれだけど 

つまり 文明が盛んなときは別に取引だろうがなんだろうが そういうことはいわなかったし それで成り立ってたわけですよ  それで 今すべてがビジネスだというようなことになったときに そこから何か生まれてくるということはこれ以上ない 儲かる人は儲かるし 力のある人はもっと力があるし そういうようなことでしかないわけでしょ  そうすると そういうことをいくら批判したって始まらないわけだから  どういうふうに違うものがあるかということになりますね

――高橋悠治×茂木健一郎 「他者の痛みを感じられるか」



2015年2月25日水曜日

「それ自身の影を纏う」刻限(ジュパンチッチ=ニーチェ)

アレンカ・ジュパンチッチの2003年に上梓されたニーチェ論は、『The Shortest Shadow 』という名を持っている。今までその書名ぐらいは知っていたが、とくに気にすることもなかった。昨日たまたま、その書への短い批評文を二つほど(肯定的なものとやや批判的なものを)読んでみたが、たいしたことが判ったわけではない。

①”Unearthing Nietzsche's Bomb: Nuance, Explosiveness, Aesthetics”(Paul Kingsbury)
②”Nietzsche, Interrupted A review of Alenka Zupancic, The Shortest Shadow: Nietzsche's Philosophy of the Two”(Steven Michels)

いや、だが、肯定的な方の批評文には、ジュパンチッチが何を強調しようとしているのかは要領よく?ーーいやこういうことは批評の対象の書物を読んでいないものがいうものではないーー書かれている。

Zupančič rewires Nietzsche as follows: first, instead of simply reading Nietzsche as the postmodern big bang igniter of systematizing discourses, Nietzsche is also the “philosopher of the event” whose explosiveness is charged by the intense nuances of stillness, silence, and subtlety. Second, while Nietzsche is frequently praised for pitting multiplicity against the totality of the One, Nietzsche also affirms moments when “One turns to Two”, that is, when totalizing discourses of representation, truth, and subjectivity become internally fractured. (Paul Kingsbury,Unearthing Nietzsche's Bomb: Nuance, Explosiveness, Aesthetics)

おそらく通説となっている「超人」やら「価値の転換」、「権力への意志」やらをるのではなくーーこれはわたくしの推測であるーー、ニーチェは「出来事哲学者philosopher of the event」とされ、それは静けさ、沈黙、繊細さの密度あるニュアンスによって齎されることが強調されるとある。かつまたOne turns to Twoともある。これはどういうことなのか。ジュパンチッチの文が引用されているので、英文のまま孫引きしよう。

not the moment when the sun embraces everything, makes all shadows disappear, and constitutes an undivided Unity of the world; it is the moment of the shortest shadow. And what is the shortest shadow of a thing, if not this thing itself? Yet, for Nietzsche this does not mean that the two becomes one, but rather, that the one becomes two. Why? The thing (as one) no longer throws its shadow upon another thing; instead it throws its shadow upon itself, thus becoming, at the same time, the thing and its shadow. When the sun is at its zenith, things are not simply exposed (“naked,” as it were); they are, so to speak, dressed in their own shadows. (Zupančič, 2003, 27; emphasis in original)

ニーチェは、「正午」の哲学者なのである。その静けさに満たされた「正午」は、「最も短い影The Shortest Shadow」 の刻限である。すべての影は消え去る。そのとき二つのものが一つになるのではなく、一つのものが二つになる。事物は「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」。

なんとも「美しい」表現ではないか。しかも、ニーチェの核心にあのツァラトゥストラの「正午」を見るとは。

つつしむがいい。
熱い正午が野いちめんを覆って眠っている。
歌うな。静かに。世界は完全なのだ。

歌うな。草のあいだを飛ぶ虫よ。
おお、わたしの魂よ。囁きさえもらすな。
見るがいいーー静かに。
老いた正午が眠っている。
いまかれは口を動かす。
幸福の一滴を飲んだところではないか。――

ーー「正午」はまだ続くが、それは「神々しいトカゲ」を見よ。

正午とは神々しいトカゲの刻限でもある。

軽やかな音もなく走りすぎていくものたち、わたしが神々しいトカゲと名づけている瞬間を、ちょっとのま釘づけにするという、けっして容易ではない技術(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳)
……この真っ昼間、……
トカゲも壁の割れ目にもぐり、
墓守ヒバリも見えない時刻なのに。
……
実もたわわなスモモの枝が
地面に向かってしなだれる。

――テオクリトス『牧歌(Idyllia)』第7歌(古澤ゆう子訳)

だが、そんなことはとっくの昔からわかっているだろう、 ニーチェの真の読者なら。わかっていないのは、「学者」たちだけである。ーーと書けば、わたくしがニーチェの真の読者である、などと不遜な主張をしているかに受け取られるかもしれないが、まあそれはこの際許してもらうことにする。

正午とは、母なる無時間的な刻限なのであり、、ジョイスの「父なる時間、母なる空間(あるいは種)」Father's time, mother's species(クリスティヴァ引用によるが原出典不詳)における「母なる空間」である。

「父なる時間/母なる空間」とは、「クロノス的(物理的)/カイロス的(人間的)」でもあるだろう。

狩猟採集民の時間が強烈に現在中心的・カイロス的(人間的)であるとすれば、農耕民とともに過去から未来へと時間は流れはじめ、クロノス的(物理的)時間が成立した。(中井久夫『分裂病と人類』)

もちろんカイロス的刻限は、ディオニュソスの秘戯によっても齎される刻限である。

ディオニュソス的密儀のうちで、ディオニュソス的状態の心裡のうちではじめて、古代ギリシア的本能の根本事実はーーその「生への意志」は、おのれをつつまず語るからである。何を古代ギリシア人はこれらの密儀でもっておのれに保証したのであろうか? 永遠の生であり、生の永遠回帰である。過去において約束され清められた未来である。死と転変を越えた生への勝ちほこれる肯定である。生殖による、性の密儀による総体的永世としての真の生である。このゆえにギリシア人にとっては性的象徴は畏敬すべき象徴自体であり、全古代的敬虔心内での本来的な深遠さであった。生殖、受胎、出産のいとなみにおける一切の個々のものが、最も崇高で最も厳粛な感情を呼びおこした。(ニーチェ「私が古人に負うところのもの」『偶像の黄昏』原佑訳)

ここで唐突に文脈からいささか外れて?「カイロス」という語に導かれてロラン・バルトの写真論の文章を掲げる。




……見えない場の存在(力学)こそ、ポルノ写真からエロティックな写真を区別するところのものである、と私は思う。ポルノ写真は一般にセックスを写し、それを動かない対象(フェティッシュ)に変え、壁龕から外に出てこない神像のようにそれを崇拝する。私にとっては、ポルノ写真の映像にプンクトゥムはない。その映像は、せいぜい私を楽しませるだけである(しかもすぐに倦きがくる)。これに反して、エロティックな写真は、セックスを中心的な対象としない(これがまさにエロティックな写真の条件である)。セックスを示さずにいることも大いにありうる。エロティックな写真は観客をフレームの外へ連れ出す。だからこそ、私はそうした写真を活気づけ、そうした写真が私を活気づける。プンクトゥムは、そのとき、微妙な一種の場外となり、映像は、それが示しているものの彼方に、欲望を向かわせるかのようになる。といっても、ただ単にその裸体の《他の部分》に向かわせるということではない。ただ単に、ある行為をおこなう幻想に向かわせるということではない。魂と肉体を兼ねそなえた一個の存在の絶対的な素晴らしさに向かわせるのである。腕を伸ばして明るく微笑んでいるこの青年の場合、その美しさは決して型にはまったものではなく、彼の身体はフレームの一方に極端に片寄って、半ば外にとび出してしまっているが、しかし軽快な一種のエロティシズムを体現している。この写真は、重苦しい欲望、ポルノ写真の欲望と、軽やかな欲望、快い欲望、エロティシズムの欲動とを区別するようにうながす。要するに、これはおそらく《シャッター・チャンス》の問題なのであろう。写真家は、青年(メイプルソープ自身だと思う)の腕がうまいぐあいに広げられ、実に屈託のない形になった瞬間を固定した。あと数ミリの過不足があっても、青年の推測される肉体はもはや好意をこめて提供されることはなかったろう(ポルノ写真の肉体は濃密で、自己をみせびらかすが、しかしそれを与えはしない。そこには少しも寛容さがない)。「写真家」は欲望の好機を、カイロスをとらえたのである。(ロラン・バルト『明るい部屋』「見えない場」より P70-71)

わたくしはここあるカイロスをとらえる仕方、あるいはブンクトゥムをとらえる仕方を、享楽をとらえる仕方と読む。もちろんそれは「神々しいトカゲ」をとらえることとしてもよいし、あるいは対象aをとらえる仕方としてもよいかもしれないが、それは後述する。ここではただ《欲望が享楽に向かって進もうとするときはいつでも、それはトカゲの尻尾のように落ちる[ca tombe]》(ラカン=ミレール)とだけしておく。

プンクトゥムと享楽の関係については「ベルト付きの靴と首飾り (ロラン・バルト)」を見よ。そしてカイロス的時間にまったく不感症であるらしい巷間の「知識人」なる種族への嘲弄は、「写真の本質の飼い馴らし、あるいは白痴が微笑む世界」で書いた。


ところで、Paul Kingsburyの書評には、次の文がある。

Nietzsche's beautiful notion of “doves' feet” (Taubenfüssen) suggests that many of the world's events are guided by the silent realms of thought. The German word “Taube” also refers to a deaf person.

すなわち「最も静かな時刻」も、ニーチェの核心であり、それは「鳩の足」とともに訪れる。

嵐をもたらすものは、もっとも静寂なことばだ。鳩の足で歩んでくる思想が、世界を左右するのだ。(『ツァラトゥストラ』第二部 「最も静かな時刻」 手塚富雄訳)

真の詩人たちは、とっくの昔からわかっている(参照:逃げ水と海へ向かう道)。だが「詩人」ではなさそうな印象を受けていたジュパンチッチから出てきたたことが、わたくしには尊い。


(スロベニア「ラカン派哲学者」三人組)

この写真だけみると「詩人」的な繊細さを醸しだしていないでもないが、次の文章の印象が強すぎた。おそらく下品さの臭気を意図して?振り撒くジジェクの「悪影響」というものなのだろう。すなわち、《私の深い不信は、ハイデガーのようなパセティックなスタイルだ。私には物事を俗化させたい純然たる強迫がある。その俗化とは、物事を単純化するという意味ではなく、<物>へのパセティックな同一化を崩壊させたいという意味である。だから私は、最も高級な理論から、最も低劣な事例に、唐突に飛ぶのを好むのだ。》(『ジジェク自身によるジジェク』私訳

結局、「お前の妹(姉さん、母さん)、すぐにやらせてくれるって話じゃないか」などといった罵り文句は、「〈女性〉は存在しない」という事実、ラカンの言葉を借りれば、彼女が「完全ではない」、「完全に彼のものではない」という事実を、下世話な言葉で表現したものである。「女性は非-全体である」という命題は、女性ではなく男性にとって耐えがたい。それは、男性の存在の内、象徴界における女性の役割の内に注ぎ込まれた部分を脅かすのである。この種の中傷に対する男性の極端な、全く法外な反応――殺人を含む――を見てもいいだろう。これらの反応は、男性は女性を「所有物」だと見なしている、という通常の説明で片づけられるものではない。この中傷によって傷つけられるのは、男性がもっているものではなく、彼らの存在、彼らそのものである。関連する命題をもうひとつ紹介して、ドン・ジュアンに返ろう。「〈女性〉は存在しない」という命題を受け入れるなら、スラヴォイ・ジジェクが言うように、男性の定義は次のようなものになる――男性とは「自分が存在すると信じている女性である」。( アレンカ・ジュパンチッチ『リアルの倫理―カントとラカン』冨樫剛訳)

1949生まれのジジェクが脳溢血でくたばっても、1966年生まれのより繊細なラカン派ジュパンチッチはまだ長らく活躍してくれるだろうから、そろそろ馬を乗り換えてもよい時期かもしれない。ただし、「真の詩人」の宿命として、政治的な言動はやや欠けざるをえないだろう。

私ともあろう者がこの著者に先を越されるとは! こんなヤツは、本なんか書く前にさっさとくたばってしまえばよかったのだ! アレンカ・ジュパンチッチ『リアルの倫理』の序文(ジジェク)

…………

鳩歩む この静かな屋根は
松と墓の間(ま)に脈打って
真昼の海は正に焔。
海、常にあらたまる海!
一筋の思ひの後のこの報ひ、
神々の静けさへの長い眺め

(ヴァレリー『海辺の墓地』中井久夫訳)

坂を上つて行く 女の旅人
突然後を向き
なめらかな舌を出した正午

(西脇順三郎『鹿門』より)

不安がもだえそうに淡い炎がゆだっている
道端の青い小さな花を煮る六月十日は、
(ひそひそと話をしている)
(柑子の木のあたり、雨に濡れそぼって、ふたりで、小声で)
(おおそのうえ古語で、)
(聞き取れない話をしている。雨の庭の古い濡れた柑子の木のあたりで)
((ちがうよ、あれは鳩だよ))
(人の様な、くぐもってずっと話している。何十羽もいる。)
何十羽も鳩がいる。茂みのなかで鳴いている。
遠く潰れた緑のうえに、
誰かの面影が、こんもりと盛られて、動かないでいる。
今は時々きらっと反射して、
もうすぐ隠れて
見えなくなる。
暁方ミセイ「極楽寺、カスタネアの芳香来る」より)

ニーチェも正午を探していると言っていた。垂直に光が差す。影の消える刻限。一瞬だけ原型さえもが見えなくなる。夜は思い出でさえなくなり、昨日のなかへ遠ざかり、消滅する。樹々の影も一瞬消え失せ、キリコの絵のなかの街路も、また別の日常の神秘に覆われることになる。見回しても、輪遊びしている少女もいない。ありえない蒸発、停止。諸々の生の停滞、とランボーがうんざりして言ったのはこのことではない。そうではなく、ただひとつの停止。あっという間のことである。一瞬だけ感情も来歴も何もかもが外に追い出される。お払い箱なのだ。(鈴木創士「正午を探す街角」ーー見出された「権力への意志」=「死の欲動」より)

おわかりだろうか? こういったことに不感症になのが「学者」という種族の特徴である。とはいえ、わたくしはどちらかというと遠慮深いほうなので、鉤括弧をつけているが、出来事の哲学者は鉤括弧さえつけない。

学者というものは、精神上の中流階級に属している以上、真の“偉大な”問題や疑問符を直視するのにはまるで向いていないということは、階級序列の法則から言って当然の帰結である。加えて、彼らの気概、また彼らの眼光は、とうていそこには及ばない。(ニーチェ『悦ばしき知識』)

もちろんプルーストも大江健三郎も「詩人」である。

ふだんはけっしてつかむことができないものーーきらりとひらめく一瞬の持続、純粋状態にあるわずかな時間――を、獲得し、孤立させ、不動化することをゆる(す)(プルースト「見出された時」ーー見出された「権力への意志」=「死の欲動」

プルーストの、この時間が垂直的に立ち上がる静けさの刻限、あのカイロス的刻限が、どうして大江健三郎の「一瞬よりいくらか長く続く間」でないことがあろう。

――……この一瞬よりはいくらか長く続く間、という言葉に私が出会ったのはね、ハイスクールの前でバスを降りて、大きい舗道を渡って山側へ行く、その信号を待つ間で…… 向こう側のバス・ストップの脇にシュガー・メイプルの大きい木が一本あったんだよ。その時、バークレイはいろんな種類のメイプルが紅葉してくる季節でさ。シュガー・メイプルの木には、紅葉時期のちがう三種類ほどの葉が混在するものなんだ。真紅といいたいほどの赤いのと、黄色のと、そしてまが明るい緑の葉と…… それらが混り合って、海から吹きあげて来る風にヒラヒラしているのを私は見ていた。そして信号は青になったのに、高校生の私が、はっきり言葉にして、それも日本語で、こう自分にいったんだよ。もう一度、赤から青になるまで待とう、その一瞬よりはいくらか長く続く間、このシュガー・メイプルの茂りを見ていることが大切だと。生まれて初めて感じるような、深ぶかとした気持で、全身に決意をみなぎらせるようにしてそう思ったんだ……

それからは、自分を訓練するようにして、人生のある時々にさ、その一瞬よりはいくらか長く続く間をね、じっくりあじわうようにしてきたと思う。それでも人生を誤まつことはあったけれど、それはまた別の問題でね。このように自分を訓練していると、たびたびではないけれどもね、この一瞬よりはいくらか長く続く間にさ、自分が永遠に近く生きるとして、それをつうじて感じえるだけのことは受けとめた、と思うことがあった。(大江健三郎『燃え上がる緑の木 第一部』ーー「一瞬よりはいくらか長く続く間」より)


大江健三郎でさえも(シツレイ!)、こうやって「正午」を探しているのだ。〈あなたたち〉も探さなければならない。

…………

「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」とは、ジュパンチッチの書を読まないままのわたくしの臆断だが、「ドッペルゲンガーを纏う」とも読みたくなる。それは、フロイトの「異物Fremdkörper」やラカンの「外-密ex-timate」を纏うといしてもいいが、それでは話が長くなるので、「ドッペルゲンガー」に搾る(参照:天動説のままの阿呆鳥、あるいは「死の欲動」)。


ここで夏目漱石が真の「詩人」となった遺作『明暗』末尾近くの驚くべき文章をいくらか要約・引用してみよう。いやその前にこうやって引用してから始めよう。

『猫』は今日読む能わず、『こころ』は読み得るかも知れないが、我々の文学世界に何らの新しい現実を加えていない。新しい現実は、『明暗』のなかにある。私は、『明暗』によって、又『明暗』によってのみ、漱石は不朽であると思う。そして、『明暗』は、漱石の「知性人たる本質」によってではなく、知性人たらざる本質によって、その他のすべての小説が達し得なかった、今日なお新しい現実、人間の情念の変らぬ現実に達し得たと思う。(加藤周一「日本文学の変化と持続」)

…………

津田は到宿当夜、――翌朝、療養中のかつての女清子に果物籠を届けることになっているーーひと風呂浴びたあと自分の部屋に戻ろうとして、建て増しのために錯綜としている温泉宿の廊下に迷ってしまう。広い宿は深閑としており部屋の在り処を尋ねる女中も見当たらない。行き当たりばったりに、ふと筋違いの階子段を二、三段あがると、《洗面台の白い金盥が四つほど並んでいる中へ、ニッケルの栓の口から流れる山水だか清水だか、絶えずざあざあ落ち》ているのに、眼が、が、吸い込まれていく。《縁を溢れる水晶のような薄い水の幕の綺麗に滑って行く様が鮮やかに眺められた。金盥の中の水は後から押されるのと、上から打たれるのと両方で、静かなうちに微細な震盪を感ずるものの如くに揺れた。》津田はその水の渦巻に魅入られる。《ただ彼の眼の前にある水だけが動いた。渦らしい形を描いた。そうしてその渦は伸びたり縮んだりした。》大きな鏡があって、「自分の影像」が映る。《これが自分だと認定する前に、これは自分の幽霊だという気が先ず彼の心を襲った。》(『明暗』第百七十五章)――こうやって、彼自身のなかにあって彼以上のもの(対象a)、彼の分身、ドッペルゲンガーに出会う。

ここで津田は、「自分の中にある自分以外のもの」 , 「私」である手の出せない/思いもよらない対象」、すなわち対象aに出会っているのだ。「鏡に対する結果としてはこの自信(眼鼻立の整った「顔の肌理も男としてはもったいないくらい濃か」な好男子)を確かめる場合ばかりが彼の記憶に残っていた」その姿ではなく、「いつもと違った不満足な印象が鏡の中に現われた」。

ジュパンチッチは、「鳩の足」の刻限に、二つのものが一つになるのではなく、一つのものが二つになるとしている。それと同様に、「自己」=一つのものでしかなかった津田は、自己と「自分の影像」=斜線を引かれた主体$の二つのものになる動きに襲われたのではないか。このことが「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」なのではないか。そして自分の影を纏うとは、この対象aを纏う、ドッペルゲンガーを纏うことではないか。もっともジュパンチッチの次ぎの文章をそう読むのは牽強付会にすぎるという見解はあるだろう。


The thing (as one) no longer throws its shadow upon another thing; instead it throws its shadow upon itself, thus becoming, at the same time, the thing and its shadow.

いずれにせよ、『明暗』には、あの第175章(あるいはそれに引き続くいくつかの章)に、津田が襲われた「最も静かな時刻」がある。「それ自身の影を纏う」刻限はなにも「正午」だけでなくてもよい。

きのうの夕方ごろ、わたしの最も静かな時刻がわたしに語ったのだ。つまりこれがわたしの恐ろしい女主人の名だ。(……)

君たちは、眠りに落ちようとしている者を襲う驚愕を知っているか。――

足の指の先までかれは驚愕する。自分の身の下の大地が沈み、夢がはじまるのだ。

このことをわたしは君たちに比喩として言うのだ。きのう、最も静かな時刻に、わたしの足もとの地が沈んだ。夢がはじまった。

針が時を刻んで動いた。わたしの生の時計が息をした。――いままでこのような静寂にとりかこまれたことはない。それゆえわたしの心臓は驚愕したのだ。

そのとき、声なくしてわたしに語るものがあった。「おまえはそれを知っているではないか、ツァラトゥストラよ」――

このささやきを聞いたとき、わたしは驚愕の叫び声をあげた。顔からは血が引いた。しかしわたしは黙ったままだった。

と、重ねて、声なくして語られることばをわたしは聞いた。「おまえはそれを知っているではないか、ツァラトゥストラよ。しかしおまえはそれを語らない」――

と、ふたたび声なくしてわたしに語られることばがあった、「欲しないというのか、ツァラトゥストラよ。そのことも真実か。反抗のなかに身をかくしてはならない」――

そのことばを聞いて、わたしは幼子のように泣き、身をふるわした。そして言った。「ああ、わたしはたしかにそれを言おうとした。しかし、どうしてわたしにそれができよう。そのことだけは許してくれ。それはわたしの力を超えたことなのだ」
と、ふたたび声なくしてわたしに語られることばがあった。「おまえの一身が問題なのではない、ツァラトゥストラよ。おまえのことばを語れ、そして砕けよ」――
(……)
と、ふたたびささやくようにわたしに語りかけるものがあった。「嵐をもたらすものは、もっとも静寂なことばだ。鳩の足で歩んでくる思想が、世界を左右するのだ。

おお、ツァラトゥストラよ、おまえは、来たらざるをえない者の影として歩まねばならぬ。それゆえおまえは命令しなければならぬ。命令しながら先駆しなければならぬ」――

わたしは答えた。「わたしは羞恥を感ずる」と。

と、ふたたび声のない声はわたしにむかって語りかけた。「おまえはこれから幼子になり、そして羞恥の思いを放棄しなければならない。

青年期の誇らしさがまたおまえを離れない。おまえは青年になることがおそかったのだ。しかし幼子になろうとする者は、おのれの青年期をも乗り超えなければならぬ」――(『ツァラトゥストラ』第二部 「最も静かな時刻」 手塚富雄訳)

ここには《きのうの夕方ごろ、わたしの最も静かな時刻がわたしに語ったのだ。つまりこれがわたしの恐ろしい女主人の名だ》とある。あるいは、《彼女の名(女主人の名)をわたしは君たちに言ったことがあるだろうか》ともある。

わたしのほかに誰が知ろう、アリアドネが何であるかを!……これらすべての謎は、いままでだれ一人解いた者がなかった。そこに謎があることに気がついた者さえいるかどうか疑わしい。(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳

ニーチェの遺稿には、《迷路の人間は、決して真実を求めず、ただおのれを導いてくれるアリアドネを求めるのみ。》(ニーチェ 遺稿)とある。

賢くあれ、アリアドネ!……そなたは小さき耳をもつ、そなたはわが耳をもつ。(ニーチェ『ディオニュソスーディテュランボス』(Dionysos-Dithyrambus)第七歌「アリアドネの嘆き」(Klage der Ariadne)より

こうやって並べて、わたくしが何をいいたいのかを書くのは、蛇足というものだろう(参照:「ニーチェとフロイトの「エスEs」)。


…………

※附記1

二重自我のモティーフは、オットー・ランクの同名の研究論文で、きわめて詳細に論及されている。第二の自我の、鏡にうつる像、影の像、守護神、生霊説、死の恐怖などにたいする諸関係がここに研究されているが、このモティーフの驚くべき発展史もまたここに明らかにされている。というのは、ドッペルゲンゲル(二重自我)とは、そもそも自我の消滅にたいする保障、ランクの言葉によれば、「死の偉力を断固として否定すること」であったのである。どうやらあの「不死」の魂こそは、肉体の最初のドッペルゲンゲルであったらしいのである。死滅にたいして防御するための、そのような換え玉作製は、性器象徴の倍加、あるいは複数化によって去勢を表現したがる夢言葉の描写のうちにその対応物ともいうべきものをもっている。これこそ古代エジプト文化において、死者の像を永続する素材のうちに形どっておく技術の原動力となったものである。しかしこれらの諸表象は、原始人や子供の精神生活を支配している無限のナルシシズム、原始的ナルシシズムの基盤の上に生じきたったものであって、この段階を克服すると、ドッペルゲンゲルの形にも変化が起こって、かつては永生の保証であったものが、今は無気味な死の前触れとなるのである。

ドッペルゲンゲルという表象はこの原始的ナルシシズムとともに没落することを要しない。なぜならこの表象は、自我のその後の発展段階から新しい内容を獲得することができるからである、自我のうちには徐々に、爾余の自我と対立する特殊な一部分が形成されて、この一部分が自己観察、自己批評の役割を果たし、心的検閲の仕事を行ない、やがてわれわれの意識にたいして「良心」として立ち現われてくるものなのである。監視妄想の病的ケースにあってはこの一部分が孤立し、爾余の自我から分離されて、医師に気づかれるようになる。爾余の自我をまるで他人のもののように扱いうるような自我の一部分が存在するという事実、つまり人間は自己観察をする能力があるという事実が、古いドッペルゲンゲルの表象を新しい内容をもってみたし、またこの表象にいろいろなものを、なかんずく自己批評の眼には原始時代の、あの古い、すでに克服されたナルシシズムに属するかのように見えるもの一切をなすりつけることを可能にするのである。

しかし自己批評にとって不快な内容のみがドッペルゲンゲルになすりつけられるのではなくて、空想がいまだにそれに執着しているところ、実現されることのなかった運命形成の一切の可能性、また外的な不運によって貫徹されなかったところの、一切の自我の目標、同様にまた自由意志という錯覚を生んだところの、あらゆる禁圧された意志決定も同じくこのドッペルゲンゲルに委譲されるのである。(フロイト『無気味なもの』ーー「かつて二度訪ねたことのある家(フロイトと漱石)」より)

(Mark Rothko)


※附記2


【ラカンのテーゼ】

現実の領域は<対象a>の除去の上に成り立っているが、それにもかかわらず<対象a>が現実を枠どっている。(Ecrits)


◆ミレール(Montre a Premontre, in Analytica 1984)より


対象を<現実界>として密かに無視することによって、現実の安定が「ひとかけらの現実」といして保たれているのだ、とわれわれは理解している。だが、<対象a>がなくなったら、<対象a>はどうやって現実に枠をはめるのか。

<対象a>は、まさしく現実の領域から除去されることによって、現実に枠をはめるのである。

右の絵から斜線を引いた長方形を取り除くと、ちょうど額縁のようなものができる。それは穴にとっての枠であるが、同時に残りの表面にとっても枠である。こうした枠はどんな窓によっても作ることができる。、<対象a>というのはこのような表面の断片であり、それを取り除くことが、それに枠をはめることになるのである。主体とは、すなわち斜線を引かれた主体とは、存在の欠如であるから、この穴のことである。存在としては、この除去されたかけらにほかならないのである。主体と<対象a>は等価である、とはそういうことなのである。

このミレールの説明における主体とは、斜線を引かれた主体$のことであり、われわれはそれ以外にもイマジネールな自己やシニフィアンの主体を持っている。ここではそれを、仮に「シニフィアンの主体」と総称しておこう(想像界は象徴界によって、すでにーいつも構造化されているのだから)。対象aを取り除いたシニフィアンの主体として日常生活をおくっているわれわれは、あるとき己れの対象aに遭遇する。

ジュパンチッチの云う、一つのものが二つになる、あるいは事物は「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」とは、この遭遇のことを(も)意味するのだろうと取り合えず憶測しておく。








2015年2月12日木曜日

人は他者と意志の伝達をはかれる限りにおいてしか自分自身とも通じ合うことができない(ヴァレリー)

まずは前投稿から、次のパラグラフを再掲しよう。

……これらの三つの関係に、私たちのアイデンティティが構成される仕方を容易に認めることができます。でもまだ四番目があります。それは驚くかもしれませんが、私たち自身と持つ関係です。一見びっくりするように思えるかもしれませんが、それを描写するのはたいして難しくありません。毎朝、バスルームの鏡で、私たちは私たち自身と対話を交わすことから始め、それは終日続きます。私は私自身に怒っているかもしれません。喜んでいるかも、失望しているかも。というのは「私 ‘me' 」を判定する「私 ‘I' 」は、判定される「 私‘me' 」とは異なった同一化を基盤にしているからです。「私たち自身 ‘ourselves'」への怒りや満足は、継続することもあり得ます。すると、それは自己嫌悪や自己愛self-hatred or self-loveに導かれます。自己敬愛と自己尊重self-esteem and self-respectの高い低い、等々。これらの語彙の接頭辞 ‘自己self' が生み出すのは、私たちのアイデンティティはある本質的な生得の個性を構成するという印象です。私たちは忘れています、そのような個性は、他者が私たちの振舞いを解釈し鏡に反映させる仕方によって決定されていることを。他者が決定するのです、私が私自身について考える仕方を。自己信頼、自己敬愛、自己尊重はよりよく理解されるでしょう、他者の信頼、他者の敬愛、他者の尊重というもともとの文脈で。すなわち、他者が私たちを信頼し、敬愛し、尊重した範囲が、私たちの自己信頼、自己敬愛、自己尊重に反映されるのです。(Paul Verhaeghe“ Identity, trust, commitment and the failure of contemporary universities”)

つづいて、ヴァレリーの「蚊居肢」からである。

人は他者と意志の伝達をはかれる限りにおいてしか自分自身とも通じ合うことができない。それは他者と意志の伝達をはかるときと同じ手段によってしか自らとも通じ合えないということである。

かれは、わたしがひとまず「他者」と呼ぶところのものを中継にしてーー自分自身に語りかけることを覚えたのだ。

自分と自分との間をとりもつもの、それは「他者」である。

(ポール・ヴァレリー『カイエ』二三・七九〇 ― 九一、恒川邦夫訳、「現代詩手帖」九、一九七九年)


ラカンは、このヴァレリーの「他者」をシニフィアンと言い換えたとしてもいいだろう。

シニフィアンは記号とは逆に、誰かに何かを表象するものではなく、主体をもうひとつのシニフィアンに対して表象するものである。私の犬はご存知のように、私の印、記号を探し、そして話す.なぜこの犬は話す時に言語を使わないのであろう.それは、私はこの犬にとって記号を与えるもので、シニフィアンを与えることはできないからである。前言語的に存在し得るパロールと言語との違いはまさにこのシニフィアンの機能の出現にかかっているのである。(ラカン「同一化セミネール」向井雅明訳)
あなたは、すくなくとも最低限の言語構造をもつためには二つのシニフィアンが必要である。だからわれわれは、すでに二つのタームを持っている、すなわちS1とS2である。S1とは、最初のシニフィアン、フロイトの“境界シニフィアンborder signifier”、“原シンボルprimary symbol”、いや“原症状primary symptom”とさえいえるが、それは特別の地位をしめる。それは主人のシニフィアンなのであり、欠如を埋めようとする。その欠如を覆い隠す過程の保証としてのふりposeをする(みせかける)。最も良い、簡略な例であるならば、シニフィアン“私”である。それは己れのアイデンティティのイリュージョンを抱かせてくれる。S2は残りシニフィアン、シニフィアンのネットワークの連鎖の分母である。その意味で、また“le savoir”の分母、知識の連鎖を包含する知識である。(Paul Verhaeghe『 FROM IMPOSSIBILITY TO INABILITY: LACAN'S THEORY ON THE FOUR DISCOURSES』ーー〈私〉という主人のシニフィアンの遡及性



上のヴァレリーの断章は、中井久夫の「感銘を受けた言葉」からの孫引きであり、あの文が引用されたあと、次のように続けられる。

訳者によれば、この手段は「言語」であるそうだが、ヴァレリーがそう考えていたにせよ、それは言語に限ったことではないと考えてもよさそうである。私は、このアフォリズムを広く解して「私が自分と折り合いをつけられる尺度は私が他者と折り合いをつけられる、その程度である」というふうにした。

こういう眼で人をみているとなかなか面白い。ひとが自分とどれほど折り合いをつけているかは内心の問題で、それを眼で直接見ることはできないが、そのひと以外の人間との折り合いをつけうる程度というものは、眼に見えるものから多少推し量ることができる。

私は精神科医をもう長年やってきたが、その領域から例を持ち出すのはいくらでもできるし、実際、ほとんど絶対に他者と通じ合えないようにみえる患者は何よりもまず自分と通じ合えていない。私が思い合わせるのは分裂病の一時期――決して全時期ではない!――にかんしてのものである。しかし、ここでは、そういう職業的な体験を持ち出すのはフェアではああるまい。それに、この命題はもっと一般的なものであり、ひょっとすると倫理というものの基本の一つであるかもしれない。

非常にありふれた例として、荒れている少年とか、些細な違反を咎めてとめどなくなる教師の内部をかりに覗き込むことができるとすれば、自分との折り合いが非常に難しく、自分と通じ合えなくなっているはずだと私は思う。

性というものにかんしてもそういうことができる。自分のセクシュアリティと「通じ合う」、すなわち折り合いをつけられるのは、他者のセクシュアリティを認め、それとのやさしいコミュニケーションができる限度においてである。「片思い」の全部とはいわないが、その多くは自分と自分の肥大した幻想とが通じ合えなくて実はみずから「片思い」を選んでいるのである。さいわい多くの場合、それは一時的な通過体験であるが、もっとも「純粋」な片思いも「ストーカー」と紙一重の危ない面がある。

一人でできる食事や睡眠はどうであろうか。食欲の異常が現れるよりずっと先に、まず、食卓をひとと共にすることができなくなっているのではなかろうか。睡眠でも、睡眠を護るものとしての夢があるならば、夢には多く他者が登場する(そうでない夢の多くは生理的なものである。たとえば尿意や鐘の音に触発された夢、あるいは、眠り入る時の横紋筋の緊張解除がもたらす飛行や墜落の夢がそれである)。悪夢とは内容の悪い夢ではなく、はじめはよくとも、だんだん険悪になってついには内容が夢に盛りきれなくなって冷や汗とともに夢から放り出される場合である。それは「何か」との折り合いがかなり悪い徴候であると考えてもよいのではないか。ここで「何か」というのは夢の場合には自分と他者との区別ははっきりしないからであるがーー。

では家族、社会は? 私が「折り合い」という言葉を選んだのは、家族と社会とを視野の中に収めようとしてのことである。ここで、私のよく引用するもう一つの言葉がある。それはプロイセンの戦術家クラウセヴィッツの言葉である。私はリデル=ハート大将の『戦略論』の引用で知り、その本も地震のせいか今見つからないが、「ある目標を徹底的に追求するならば、その過程で生じる反作用によって、その過程が足どめを食らい、結局目標を達成できないであろう」というものである。これは、治療においてはしばしば必要な金言である。この「徹底的追及」が目的の達成を妨げるという逆理は殲滅戦思想の持ち主として知られるクラウセヴィッツの言であるだけにいっそう重みを帯びている。

…………

ここからは上の内容とはあまり関係がないかもしれない。だが以前メモしたものから、付加的に添付する。


「私はただ相対的には愚かに過ぎないよ、つまり他の人たちと同じでね。というのは多分私はいくらか啓蒙されてるからな」

“I am only relatively stupid—that is to say, I am as stupid as all people—perhaps because I got a little bit enlightened”?  (Lacan“Vers un signifiant nouveau” 1979)

ジジェクはこの文を引用して、《この「相対性」は、"完全には愚かではない"と読むべきだ、すなわち厳密な意味での非-全体の論理として。…ラカンの中には愚かでないことは何もない。愚かさへの例外はない。ラカンが完全には愚かでないのは、彼の愚かさのまさに非一貫性にある》(ジジェク「『LESS THAN NOTHIG』私訳)と説いている。

ここでの非一貫性とは女性の論理のことである。


さて女性の論理がなんであるかを見るために、まずは前期ヴィトゲンシュタインと後期ヴィトゲンシュタインからそれぞれあまりにも有名な節を抜き出して並べてみる。

語り得ぬものについては、人は沈黙せねばならない。" Wovon man nicht sprechen kann, darueber muss man schweigen."(ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』)
私たちが見ているのは、多くの類似性――大きなものから小さなものまで――が互いに重なり合い、交差してできあがった複雑な網状組織なのである。(ウィトゲンシュタイン『哲学探究』66節)

私は、この類似性を特徴付けるのに「家族的類似性」という言葉以上に適切なものを知らない。なぜなら家族の構成員の間に成り立つ様々な類似性――体格、顔つき、眼の色、歩き方、気性、等々――は、まさにそのように重なり合い、交差しているからである。そこで私はこう言いたい、「ゲーム」もまた一つの家族を構成しているのだ、と。(『哲学探究』67節)


中井久夫は、前者「を公理指向性」、後者を「範例〔パラダイム〕指向性」と呼んでいる(中井久夫は、若い頃の密かな愛読書として、もちろんヴァレリーなどの詩人たちを除いてだが、ヴィトゲンシュタインとカフカを挙げている)。

現在の診断論議は……もう少し考えてみる余地があるように思う。(……)

そもそも、先験的に共通項による分類が可能だとは決っていない。

分類には、共通項による分類のほかに、1930年代に論理哲学者ヴィトゲンシュタインが抽出した「家族類似性」という、共通項のない分類がある。「家族類似性」という名は、父と兄は鼻と目が、父と娘は目と口が、母と兄は口もとと耳たぶが、兄と弟は口もとが似ているが、必ずしも家族全員に共通の類似点がないことが多いという事実からの発想である。(……)精神医学において可能な分類はこういうものであろうと私はかつて書いたことがあったし、よく見るとDSM-Ⅲはその構造を部分的に(おそらくさほど意識せずに)備えている。(……)

分類についての、個々人の基本的な構えも、各自異なる。究極には「世界を一つの宇宙方程式に還元する」ことをよしとする人と「世界は多様であること」をよしとする人があるのであろう。(……)前者を「公理指向性」、後者を「範例〔パラダイム〕指向性」と呼んだことがある。「単一精神病」論者と多数の「下位群」を抽出する人との間には心理的因子の相違がある。おそらく気質的因子もあるだろう。(中井久夫『治療文化論』P105 ~ 岩波同時代ライブラリー)

柄谷行人による「家族的類似性」の説明もつけ加えておこう。

ウィトゲンシュタインが反対するのは、複数的な規則体系を、一つの規則体系によって基礎づけることであるといってよい。しかし、数学の多数体系はまったく別々にあるのではない。それは相互に翻訳可能だが、共通の一つをもたないだけである。彼は、そうした「互いに重なり合ったり、交差し合ったりしている複雑な類似性の網目」を「家族的類似性」と呼ぶ。《われわれが言語と呼ぶものすべてに共通な何かを述べる代わりに、わたくしは、これらの現象すべてに対して同じことばを適用しているからといって、それらに共通なものなど何一つなく、――これらの現象は互いに多くの異なった仕方で類似しているのだ、と言っているのである。そして、この類似性ないしこれらの類似性のために、われわれはこれらの現象すべてを「言語」とよぶ》(『哲学研究』)――(柄谷行人『トランスクリティーク』P106)

さて、前期ヴィトゲンシュタインと後期ヴィトゲンシュタインの相違とは、ラカンの男性の論理と女性の論理の相違のことでもある。そして、カントの力学的アンチノミー/数学的アンチノミーでもある(参照:ラカンの男性の論理と女性の論理/カントの力学的アンチノミーと数学的アンチノミー)。


ジジェクによる「家族的類似性」の叙述も『LESS THAN NOTHING』2012から抜き出しておこう(私訳)。

ラカンは、性差を構成する非一貫性を、「性差の式」にて詳述した。そこでは、男性側は、普遍的な機能とその構成要素である例外とによって定義される。そして女性側は“すべてではない”(pas‐tout)のパラドックスによって定義される(例外はなく、そしてまさにその理由によって、すべてではない、すなわち、非-全体化される)。想いだしてみよう、ウィトゲンシュタインの語り得ぬものの移りゆく地位を。前期ヴィトゲンシュタインから後期ヴィトゲンシュタインの移動とは、「すべて」(例外を基盤とした普遍的全体の領域)から、「すべてではない」(例外なしでその理由で非-普遍的、非-全体の領域)への移動である。

Lacan elaborated the inconsistencies which structure sexual difference in his “formulae of sexuation,” where the masculine side is defined by the universal function and its constitutive exception, and the feminine side by the paradox of “non‐All” (pas‐tout) (there is no exception, and for that very reason, the set is non‐All, non‐totalized). Recall the shifting status of the Ineffable in Wittgenstein: the passage from early to late Wittgenstein is the passage from All (the order of the universal All grounded in its constitutive exception) to non‐All (the order without exception and for that reason non‐universal, non‐All).
すなわち、『論理哲学論考』の前期ヴィトゲンシュタインにおいては、世界は、自己-閉鎖的な、有限の、束縛された“複数の事実facts”の全体として理解された。それは、まさにそれ自らの例外、すなわちその限界として機能する神秘的な語り得ぬものを前提とした。

That is to say, in the early Wittgenstein of the Tractatus, the world is comprehended as a self‐enclosed, limited, bounded Whole of “facts” which precisely as such presupposes an Exception: the mystical Ineffable which functions as its Limit.
後期ヴィトゲンシュタインは、反対に、語り得ぬものの問題系は消え失せる。しかしながらまさにその理由で、普遍はもはや、普遍的な言語の条件によって規制される全体として理解されない。残されたすべては、部分的領域の横滑りの連携である。普遍的な一連の特徴によって定義されたシステムとしての言語概念は、分散化された操作の群multitudeとしての言語概念によって代替される。

In late Wittgenstein, on the contrary, the problematic of the Ineffable disappears, yet for that very reason the universe is no longer comprehended as a Whole regulated by the universal conditions of language: all that remains are lateral connections between partial domains. The notion of language as a system defined by a set of universal features is replaced by the notion of language as a multitude of dispersed practices loosely interconnected by “family resemblances.”


前期/後期ヴィトゲンシュタインは、否定判断/有限判断にもかかわる。

二〇世紀において、数学基礎論は論理主義、形式主義、直観主義の三派に分かれる。このなかで、直観主義(ブローウェル)は、無限を実体としてあつかう数学に対して、有限的立場を唱えた。《古典論理学の法則は有限の集合を前提にしたものである。人々はこの起源を忘れ、なんの正統性も検証せず、それを無限の集合にまで適用してしまっているのではないか》(ブローウェル『論理学の原理への不信』)。彼は、排中律は無限集合に関しては適用できないという。排中律とは、「Aであるか、Aでないか、そのいずれかが成り立つ」というものである。それは、「Aでない」と仮定して、それが背理に陥るならば、「Aである」ことが帰結するというような証明として用いられている。ところが、有限である場合はそれを確かめられるが、無限集合の場合はそれができない。ブローウェルは、無限集合をあつかった時に生じるパラドックスは、この排中律を濫用するからだと考える。

『純粋理性批判』におけるカントの弁証法は、アンチノミーが排中律を濫用することによって生じることを明らかにしている。彼は、たとえば「彼は死なない」という否定判断と「彼は不死である」という無限判断を区別する。無限判断は肯定判断でありながら、否定であるかのように錯覚される。たとえば、「世界は限りがない」という命題は「世界は無限である」という命題と等置される。「世界は限りがあるか、または限りがない」というならば、排中律が成立する。しかし、「世界は限りがあるか、または無限である」という場合、排中律は成立しない。どちらの命題も虚偽でありうる。つまり、カントは「無限」にかんして排中律を適用する論理が背理に陥ることを示したのである。(柄谷行人『トランスクリティーク』第一部・第2章 綜合的判断の問題 P95-96)
カントはその『純粋理性批判』において、否定判断と無限判断という重要な区別を導入した。

「魂は必滅である」という肯定文は二通りに否定できる、述語を否定する(「魂は必滅でない」)こともできるし、否定的述語を肯定する(「魂は不滅である」)こともできる。

この両者の違いは、スティーヴン・キングの読者なら誰でも知っている、「彼は死んでいない」と「彼は不死だ」の違いとまったく同じものだ。無限判断は、「死んでいる」と「死んでいない」(生きている)との境界線を突き崩す第三の領域を開く。「不死」は死んでいるのでも生きているのでもない。まさに怪物的な「生ける死者」である。

同じことが「人でなし」にもあてはまる。「彼は人間ではない」と「彼は人でなしだ」とは同じではない。「彼は人間ではない」はたんに彼が人間性の外にいる、つまり動物か神様であることを意味するが、「彼は人でなしだ」はそれとはまったく異なる何か、つまり人間でも、人間でないものでもなく、われわれが人間性と見なしているものを否定しているが同時に人間であることに付随している、あの恐ろしい過剰によって刻印されているという事実を意味している。おそらく、これこそがカントによる哲学革命によって変わったものである、という大胆な仮説を提出してもいいだろう。

カント以前の宇宙では、人間は単純に人間だった。動物的な肉欲や神的な狂気の過剰と戦う理性的存在だったが、カントにおいては、戦うべき過剰は人間に内在しているものであり、主体性そのものの中核に関わるものである(だからこそ、まわりの闇と戦う<理性の光>という啓蒙主義のイメージとは対照的に、ドイツ観念論における主体性の核の隠喩は<夜>、<世界の夜>なのだ)。

カント以前の宇宙では、狂気に陥った英雄は自らの人間性を失い、動物的な激情あるいは神的な狂気がそれに取って代わる。カントにおいては、狂気とは、人間存在の中核が制約をぶち破って爆発することである。(ジジェク『ラカンはこう読め』鈴木晶訳)


※参照:Zizek Connectionsof the Freudian Field to Philosophy and Popular Culture(1995年のレクチャーから私意訳)

さて私の要点に戻ることにしよう、すなわち幻想(ファンタジー)に。もちろん、ラカンによってわれわれは知っているさ、究極的な幻想とは性関係の幻想だということを。だから、もちろん幻想の横断の方法は、ラカンが意味する「性関係がない」ことを詳述することだったわけだ。それはラカンの性の相違の理論化、いわゆる性別化の図式を通してのものだった。ここでの私のポイントは何だろう? それは次のようなものなのだ。ここでふつう気づかれていないことは、ラカンの断言、“La femme n'existe pas”――“〈女〉は存在しない”は、決して象徴的秩序の外にある言いようのない女性的なエッセンスのたぐいに言及しているのではないということだね。象徴秩序に統合されえない、言説の領域の彼岸にあるものでは決してないということだ。

私はラカンにぞっこん惚れこんでいるのは、きみたちは気づいているかどうか知らないが、ラカンのスタイルがまさにレーニン風だからだな。なんのことかわかるかい? まったく寸分ちがわない何か。きみたちはレーニン主義者をどのように認知してるのだろう? 典型的なレーニン主義者のひねりは、たとえば、誰かが「自由」と言ったとすると、彼らの問いは、「誰のための自由だい? 何をするための自由かい?」のたぐいだ。たとえば、ブルジョアが労働者を食い物にする自由とかね。君たちは気づいているだろうか? 『精神分析の倫理』にて、ラカンが「善」に対して、まさにほとんどおなじひねりを加えているのを。そうだよ、至高善についてね。だれの善なのか、なにをするための善なのか?等々とね。だから、ここでも、ラカンが“〈女〉は存在しない”と言うとき、同じようにレーニスト風にしなくちゃな。そしてこう問うべきだね、「どの女だって?」、「誰にとって女は存在しないんだい?」と。ふたたびここでのポイントは、女がふつう思われているような仕方、象徴秩序の内部に存在しないとか、象徴界に統合されるのに抵抗するとかではないことだ。私は言いたくなるね、これはほとんど正反対なんだと。

単純化するために、最初に私のテーゼをプレゼンしよう。大衆的な紹介、ことさらフェミニストによるラカンの紹介では、ふううこの公式にのみ焦点があてられこう言うんだな、「そうだわ、女たちのすべてが、ファリックな秩序に統合されるわけじゃないわ。女のなかには何かがあるのよ、まるで片足はファリックな秩序に踏み込み、もう一方の足はミステリカルな女性の享楽に踏み込んでいるのよね、それが何だかわからないけれど」。私のテーゼは、とても単純化して言うなら、ラカンの全体の要点は、われわれは女を統合化できないから、例外がないということなんだ。だから、別の言い方をすれば、男性の論理の究極の例は、まさに、女性のエッセンス、永遠の女性は、象徴秩序の外に除外されている、彼岸にあるという考え方なんだな。これは究極的な男性の幻想だね。そして、ラカンが「〈女〉は存在しない」というとき、私はまさにこう思うのだな、すなわち、象徴秩序から除外された言葉にあらわせない神秘的な「彼岸」こそが存在しない、と。わかるかい、私の言っていることが?(「象徴界(言語の世界)の住人としての女」より)

真理は乙女である。真理はすべての乙女のように本質的に迷えるものである。「我思う」にしても同様である。教授連中にとって「我思う」が簡単に通用するのは、彼らがそこにあまり詳しく立止まらないからにすぎない。(ラカン『同一化セミネール』向井雅明訳)
真理が女である、と仮定すれば-、どうであろうか。すべての哲学者は、彼らが独断家であったかぎり、女たちを理解することにかけては拙かったのではないか、という疑念はもっともなことではあるまいか。彼らはこれまで真理を手に入れる際に、いつも恐るべき真面目さと不器用な厚かましさをもってしたが、これこそは女っ子に取り入るには全く拙劣で下手くそな遣り口ではなかったか。女たちが籠洛されなかったのは確かなことだ。(ニーチェ『善悪の彼岸』序文)
女は真理を欲しない。女にとって真理など何であろう。女にとって真理ほど疎遠で、厭わしく、憎らしいものは何もない。――女の最大の技巧は虚をつくことであり、女の最大の関心事は見せかけと美しさである。われわれ男たちは告白しよう。われわれが女がもつほかならぬこの技術とこの本能をこそ尊重し愛するのだ。われわれは重苦しいから、女という生物と附き合うことで心を軽くしたいのである。女たちの手、眼差し、優しい愚かさに接するとき、われわれの真剣さ、われわれの重苦しさや深刻さが殆んど馬鹿馬鹿しいものに見えて来るのだ。(『善悪の彼岸』)

…………

よく定義されたことばをつかって書くことは およそ論議のなされるための原則と言えるだろう このこと自体がすでに 語り尽くすことができないものを わかったように語るという罠にかかっている ひとつのことばが厳密に定義できるなら それは意味するものとしての記号にすぎないだろう 世界のかわりにそれをあらわす記号を操作しても 無限を有限で置きかえるこの操作からのアプローチは 逆に無限回の操作を要求することになる 推論はかならず反論をよび 論理の経済どころか ことばは無限に増殖する(現代から伝統へ  高橋悠治
凡庸な物書きは、あら削りで不正確な表現を正確な表現に、あまりにもすばやく置きかえてしまわないよう、用心すべきである。置きかえることによって、最初にひらめきが殺されてしまうからである。そのひらめきは、柄は小さくても、生きた草花ではあったのだ。ところが正確さを得ようとして、その草花は枯れてしまい、まったくなんの価値もなくなってしまう。いまやそれは肥だめのなかに投げ込まれかねないわけだ。草花のままであったなら、いくらかみすぼらしく小さなものであっても、なにかの役にはたっていたのに。(ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン「反哲学的断章」)

…………
私にとって、詩とは言語の徴候的使用であり、散文とは図式的使用である。詩語は、ひびきあい、きらめき交わす予感と余韻とに満ちていなければならない。私がエリティスやカヴァフィスを読み進む時、未熟な言語能力ゆえに時間を要する。その間に、私の予感的な言語意識は次の行を予感する。この予感が外れても、それはそれで「快い意外さ  la bonne surprise」がある。詩を読む快楽とは、このような時間性の中でひとときを過ごすことであると私は思う。(中井久夫「私と現代ギリシャ文学」)

カヴァフィスはいままで何度も引用してきたので、ここではエリティスを。

南の風が白い中庭から中庭へと笛の音をたてて
円天井のアーチを吹き抜けている。おお、あれが狂ったザクロの木か、
光の中で跳ね、しつこい風に揺すられながら、果の実りに満ちた笑いを
あたりにふりまいているのは?
おお、あれが狂ったザクロの木か、
今朝生まれた葉の群れとともにそよぎながら、勝利にふるえて高くすべての旗を掲げるのは?

ーーエリティス「狂ったザクロの木」中井久夫訳
…………

昼下がりのカワセミに、魂の、何という連動!
遠い浜辺の声に籠もる、何という静けさ!
樹々のかぶるマンテジャ頭巾の中のカッコウ。
やがて漁夫のゆうげの神秘の時となり
海は小さな手風琴を弾く
それは女の長い嘆き声
美しいひとは胸をはだけた
思出にゆりかごが浮かび
夕日がリラの花に火の粉を振りかける時に!

ーーエリティス「エーゲ海の憂愁」第一節

…………

太陽が初めて腰をおろしたところ、
時が処女の瞳のように開いたところ、
風がハタンキョウの花びらを雪と散らしたところ、
騎兵が草の葉を白く光らせて駆け抜けていったところ、

端正なスズカケの樹冠がしなうところ、
高く掲げた長旗がはためいて、水と地とに尾を揺らすところ、
砲身の重さに背が曲がるのではなく、空の重みに、世界の重みに背がしなうのである。

世界は光る、きらりと、
朝まだき露の滴が山裾の野に光るように。

今、影が伸びる、神のため息のように、長く、いっそう長く。

ーーエリティス「アルバニア戦線に倒れた少尉にささげる英雄詩」