このブログを検索

ラベル クンデラ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル クンデラ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年5月31日木曜日

ホモ・ヒステリクス

クンデラの『不滅』には、リルケの『マルテの手記』の長い引用がある。ベッティーナのゲーテへの愛をめぐる箇所である。

人々がすべて今もなおお前の愛を語らずにいるということが、どうしてあり得るのか? それ以後さらに忘れがたいことがなにか起ったのか? なにが人々の心を捕えているのか? お前自身が、お前こそが愛の価値を知っていたし、お前はお前の最も偉大な詩人にその愛を声高く語ったのだった、その愛を人間らしいものにしてもらうために。というのも、その愛はまだ基本要素だったからだ。ところが、詩人はお前に返事を書いて、お前の愛を世人に得心させないようにしてしまった。皆が彼のその返事を読んで、その返事のほうをより以上に信じるのだ、なぜなら自然の力よりも詩人のほうが彼らには理解しやすいから。しかし、ここにこそ詩人の偉大さの限界があったということを、たぶん彼らもいつの日か理解することになるだろう。この愛する女(diese Liebende)が彼に課されたのだが(auferlegt、これは宿題や試験が課されるように「課される」ことを意味する)、彼は失敗した(er hat sie nicht bestanden、これはまさにこういうことを意味する、すなわち彼はベッティーナという彼にとっての試験に合格しそこなったのだ)。彼はその愛をお返しする(erwidern)ことができなかったのは、どういうことを意味するのか? つまり、このような愛はお返しをされることを必要としていないし、愛そのもののなかに呼びかけの叫びと答えを含みもっているのだ。それ自体で願いを叶えられているのだ。とはいえ詩人はあらん限りの威儀を尽くして、この愛の前において謙虚になり、パトモス島のヨハネのように、跪いて、この愛の口授することを両手で書きとめるべきであったろうに。「天使の任務を執り行った」(die「das Amt der Engel verrichtete」)この声を前にして、他には選択はなかったし、この声は詩人を包み、永遠のほうへと詩人を伴いさるべく来たのである。それこそ天空を行く彼の熱情にみちた旅のための車だった。彼の死のために晦暗な神話(der dunkle Mythos)が用意されていたのはそこにおいてだったが、彼はそれを空虚なまま放っておいた。(リルケ『マルテの手記』)

クンデラ はこう引用して、さらにベッティーナ側に立つロマン・ロラン、ポール・エリュアールの見解に触れる(それはここでは割愛)。

クンデラ自身の見解は以下の通り。

「この愛する女が彼に課された」とリルケは書いているが、ひとはここでこう問うことができる。この受動の文法形式はどういう意味なのか? いいかえれば、この愛する女を、誰が彼に課したのか?

ベッティーナが1807年6月15日にゲーテに書いた手紙のなかでつぎのような言葉を読むと、同じ疑問がわれわれの心に浮かんでくる。「あたくしはこの感情に溺れることを恐るべきではないのです、だってそれをあたくしの心に植えこんだのはあたくしではありませんもの」

いったい誰がそれを植えこんだのか? ゲーテか? ベッティーナが言おうとしたのは、もちろんそういうことではなかった。彼女の心に愛を植えこんだのは、誰か彼女以上の者、ゲーテより以上の者だった。神ではないにしても、すくなくともリルケの語る天使たちのひとり。

この点まで達すれば、われわれはゲーテを擁護することができる。誰かが(神あるいは天使が)ベッティーナの心に感情を植えこんだのであれば、もちろん彼女はその感情に従うことになる。その感情は彼女の心のなかにあり、それは「彼女の」感情なのだから。しかしゲーテの心のなかには、誰も感情を植えこむ者はなかったらしい。ベッティーナは彼に「課された」のである。宿題のように命じられて。Auferlegt。となると、どうしてリルケはゲーテを非難することができるのか。意志に反して、いわばいきなり前触れもなく課された宿題にゲーテが逆らったことを。なぜ彼は跪いて、高いところから来る声の「口授する」ことを「両手で」書きとらねばならないのか? (⋯⋯)
リルケはベッティーナの愛についてこう言っている。「この愛はお返しをされることを必要としていないし、愛そのもののなかに呼びかけの叫びと答えを含みもっているのだ。それ自体で願いを叶えられているのだ」 天使たちの庭師によって人間の心のなかに植えこまれた愛は、ベッティーナの言ったように、どんな対象も、どんな反響も、どんな「Gegen-Liebe」(見返りの愛)も必要としない。愛される者(たとえば、ゲーテ)は愛の原因でもないし目的でもない。

ゲーテとの文通の時期、ベッティーナはアルニムにも恋文を出していた。そのなかのある一通に彼女はこう書いている。「真実の愛( die wahre Liebe)には不実はできません」 お返しされることを気にかけないこの愛(「die Liebe ohne GegenLiebe」)は、「(相手が)どんな変貌をしようと愛される者を探りだすのです」

ベッティーナの心に愛が植えこまれたのは、よしんば天使の庭師によってではなく、ゲーテあるいはアルニムによってであったとしても、ゲーテあるいはアルニムにたいする愛は彼女のなかで開花していただろう。類まれな、非互換的な愛、それを植えつけた者、つまり愛される者と運命的に結びつけられた愛、だから変貌など知らない愛として、このような愛を「関係」と定義することができよう。

それにひきかえ、ベッティーナが「wahre Liebe」(真実の愛)と呼ぶのは愛=関係ではなく、「愛=感情」である。ある天上の手によってある人間の魂のなかに点火される焔。愛する者が、その光に導かれて「(相手が)どんな変貌をしようと愛される者を探りだす」松明(たいまつ)。そういう愛(愛=感情)は不実というものを知らない。なぜならばたとえ対象が変わろうとも、愛そのものは、同じ天上の手によって点火される同じ焔でありつづけるのだから。
われわれは考察をここまで進めたところで、分厚い往復書簡のなかで、なぜベッティーナはゲーテにほとんど質問しないのか、たぶん理解しはじめるだろう。(⋯⋯)ベッティーナはゲーテと議論などしない。芸術についてさえ。(⋯⋯)

この厖大な往復書簡のなかに、われわれはそういうものはなにも見つけられないだろう。この往復書簡はゲーテについて大したことを教えてくれない。それもただもっぱら、ベッティーナは、ひとが思っているよりもずっとゲーテに関心をもってなかったからなのだ。彼女の愛の原因と方向はゲーテではなく、愛であった。(クンデラ『不滅』第四部「ホモ・センチメンタリス」)

《ベッティーナは、ひとが思っているよりもずっとゲーテに関心をもってなかったからなのだ。彼女の愛の原因と方向はゲーテではなく、愛であった》とあるが、この見解は、実にラカン派的である。

いやラカン派的というより、ジジェク的と言っておこう、《女ははるかにパートナーに依存することが少ない。というのは、彼女の究極的なパートナーは、他の人間、彼女の欲望の対象(男)ではなく、裂け目自体、パートナーからの距離自体なのだから。その裂け目自体に、女性の享楽の場所がある。》

男は自分の幻想の枠組みにぴったり合う女を直ちに欲望する。他方、女は自分の欲望をはるかに徹底して一人の男のなかに疎外する。彼女の欲望は、男に欲望される対象になることだ。すなわち、男の幻想の枠組みにぴったり合致することであり、この理由で、女は自身を、他者の眼を通して見ようとする。「他者は彼女/私のなかになにを見ているのかしら?」という問いに絶えまなく思い悩まされている。

しかしながらそれと同時に、女ははるかにパートナーに依存することが少ない。というのは、彼女の究極的なパートナーは、他の人間、彼女の欲望の対象(男)ではなく、裂け目自体、パートナーからの距離自体なのだから。その裂け目自体に、女性の享楽の場所がある。⋯⋯

女性の究極的パートナーは、ファルスの彼岸にある女性の享楽 jouissance féminine の場処としての、孤独自体である。 ( ジジェク、LESS THAN NOTHING、2012)

さきほど引用したクンデラ『不滅』の第四部には、「ホモ・センチメンタリス」という小題がついているが、「ホモ・センチメンタリス」とは何か。

ホモ・センチメンタリスは、さまざまな感情を感じる人格としてではなく(なぜなら、われわれは誰しもさまざまな感情を感じる能力があるのだから)、それを価値に仕立てた人格として定義されなければならない。感情が価値とみなされるようになると、誰もが皆それをつよく感じたいと思うことになる。そしてわれわれは誰しも自分の価値を誇らしく思うものであるからして、感情をひけらかそうとする誘惑は大きい。(⋯⋯)

感情というものは、そもそも、われわれのなかに知らず知らずに、そしてしばしば意に逆らって湧きあがってくる。われわれがそれを感じようと欲すると(ドン・キホーテがドゥルシネアを愛そうと決めたように、われわれがそれを感じようと決めると)、感情はもはや感情でなくなり、感情を模倣する紛いもの、感情の誇示になってしまう。ふつう一般にヒステリーと呼ばれるものになってしまう。だからしてホモ・センチメンタリスは(いいかえれば、感情を価値に仕立てた人間は)、じっさいにホモ・ヒステリクスと同一なのである。(クンデラ『不滅』)

最後に、クンデラはベッティーナのゲーテへの手紙(1807年6月15日)を引用していたことを思い出しておこう、「あたくしはこの感情に溺れることを恐るべきではないのです、だってそれをあたくしの心に植えこんだのはあたくしではありませんもの」



2016年10月17日月曜日

魂をふくらませるポンプ

十数年前のこと、十月初旬のモスクワはもう横なぐりの吹雪であった。国際空港は悪天候のために閉鎖された。「今日はここで泊まってくれ」「どこで寝ろというのか」係官は事もなげに答えたーー「ズジェーン」(ここでだ)。群集の信じられらないという顔がすぐ激しい抗議に変わった。結局スイス人のねばり強い理性的交渉により外国人に限りホテルが手配された。その間、ロシア人は黙々とその場で寝る準備をととのえ、やがて誰からともなく、ロシア民謡の合唱が始まった。ロシア人の強さである。同じ場面がロシア史に数知れない苦痛に際してあったことであろう。この耐える強さを何度外国人は誤算したことか。

◆The Red Army Choir - "Kalinka"




絶望的に音痴である私には閉ざされた方法だが、合唱こそロシア人とわかり合えるチャンスではないか。ロシア人とは何かがもう一つはっきりしないのも、「ハモる」ことを通じて解けあえる「ことば以前」「意識以前」の何ものかがあるからではないか。歌を通さなくとも、ロシア語自体がこの言葉を解さない者にも訴える力を持つ特異な言語であると私は思う。それは、単なる美しさでなく、脊髄と内臓からの戦慄をよびおこす。(中井久夫「ロシア人」『記憶の肖像』所収)

やあたしかにすごいよ、
 「もっと、お願いだからもっと」であげた音楽もそうだけど

問題は素直にきけなくなってしまっていることだ


雨期のダラムサラで
ダライラマ法王と音楽の話をした
音楽は文化に属する
だがブッダの教えは心の訓練で
それはつまり瞑想だ
ブッダの頃は
修行に音楽はなかった
長く引き延ばした声で経文を歌うのは
よいこととは言えない
教えより声の美しさに心が向いてしまうから
教えが他の土地に伝えられ
その土地の文化によって表現されたとき
音楽も礼拝や儀式につかわれるようになった
チベットや中国で
また日本でも

音楽によって
慈悲や平和と非暴力のメッセージを伝えるのはひとつのやりかただ
と法王は言われた
他方では
音楽はひとを戦いに 駆り立て
民族主義に引き込むこともある
音楽は人びとの感じ方に影響をあたえることができる
だから
あなたには責任があります
と法王は言われた
とりわけ若い人たちに対しては

ーー高橋悠治 音の静寂静寂の音(2000)

音楽はヨーロッパ人に感性を教えたばかりでなく、もろもろの感情と感性的自我を尊ぶ能力をも教えた。(……)音楽。魂をふくらませるポンプ。異常発達し、並はずれて大きな風船となったいくつもの魂がコンサートホールの天井を下をただよい、信じがたい雑踏のなかでぶつかりあう。

マーラーは、まだ率直に、そして直接にホモ・センチメンタリスに訴えかける最後の大作曲家である。マーラー以後、音楽において感情はうさんくさいものになる。ドビッシーはわれわれを魅惑しようとはするが、心を揺りうごかそうとはしないし、ストラヴィンスキーは感情を恥じている。(クンデラ『不滅』)

◆Dmitri Hvorostovsky - Dark Eyes



でもたまには忘れてもいいんじゃないか、この「黒い瞳」は小学四年生だったか五年生のころぞっこんだったな、カリンカと同様に。

ドゥルーズ$ガタリだって、どうしても惹かれてしまうある種の曲を聴くための「言い訳」をしているようにさえ読める。

……イタリアのファシズムがヴェルディを利用したとしても、それはナチズムがワグナーを利用したのに比べるとはるかにつつましやかなものだ(……)

要するに、呼びかけに応じて音を発するのが〈大地〉の力なのか、それとも〈民衆〉の力なのかによって、管弦楽編成をめぐる、また声ー楽器の関係をめぐる考え方は二つに分かれ、際立った違いを見せる。この違いを示す最も簡便な実例は、おそらくワグナーとヴェルディの関係だろう。ヴェルディこそ、器楽編成と管弦楽編成に対する声の関係を、しだいに重視していった作曲家だからである。(ドゥルーズ&ガタリ『千のプラトー』)

◆Les Choeurs de l'Armée Rouge - Nabucco, Choeur des Esclaves(ヴェルディ)






2016年7月18日月曜日

「芸能人」と「政治家」が置かれる同一構造の場

個人は、主観的にはどれほど諸関係を超越していようと、社会的にはやはり諸関係の所産なのである。(マルクス『資本論』第一巻「第一版へのまえがき」1867年)

私は仕事のための場をふたつもっている。ひとつはパリに、そしてもうひとつはいなかに。二ヶ所に、共通の品物はひとつもない。何ひとつとして運んだことがないからだ。それにもかかわらず、これらふたつの場所は同一性をもっている。なぜか? 用具類(用紙、ペン、机、振子時計、灰皿)の配置が同じだからである。空間の同一性を成立させるのはその構造なのだ。この私的な現象を見ただけでも十分に、構造主義というものがはっきりわかるだろう。すなわち、体系は事物の存在より重要である、ということだ。(『彼自身によるロラン・バルト』)

諸関係、体系、--すなわち構造が、個人の「アイデンティティ」を作る。

たとえば、芸能人と政治家、場合によってはジャーナリストは同じ構造の場に置かれている。




三宅洋平 ‏@MIYAKE_YOHEI

昭恵さんは、その場で総理と俺を繋いでくれた。「立場は各々ながら、国を思い世界を憂う国士として同じ気持ちだと思っています。選挙では多少口を荒らしましたが、失礼します。」と伝え「大丈夫です、それが選挙ですから」と。



岡崎乾二郎 ‏@kenjirookazaki

@MIYAKE_YOHEI  君に会うことで寛容を誇示したのは安倍夫妻である。それを歓迎した君は自身の小人物、人間ラシサという欺瞞への弱さを示した。この欺瞞と闘ってきたはずの君は裏切られた者たちに代わって『あなたを人間として絶対信じることはできない』というべきだったのではないか?
情にほだされ、ナアナアに騙される芸術家多すぎる。人間味を感じさせない芸術家はつまらないが情を知りつつ、その情を毅然と断ち切るのが芸術のディグニティだろう。ならば、そこに何者にも流されず、自律的判断があるという信頼も確保されうる。芸術家自ら情に溺れることは結局は外部の排除を意味する

ーーとくにコメントはない・・・

さて話を元に戻せば、文学者や芸術家でさえ、出発点がかりに異なることが多いとはいえ、芸能人と同じ構造の場に置かれてしまうことがある。

芥川賞を初め、文学賞受賞作と受賞後第一作との相違を次のように定式化することができる。受賞作にあるあらゆる萌芽的なもののうち、受賞第一作においては、受賞によって光を当たられた部分が突出しているとーー。しばしば、受賞作にある豊穣さは第一作においては単純明快化による犠牲をこうむっている。(中井久夫「創造と癒し序説」『アリアドネからの糸』所収)

《あきらかなことだが、われわれを連れ去ろうとする人たちは、はなばなしくもそうぞうしい外観の花火により、賞賛により、侮辱により、皮肉により、恥辱により、威嚇によって、われわれの注意をおびえさせ、疲れさせ、がっかりさせることからまずはじめる。》(アラン『プロポ』)

…………

何度もくりかえし引用しているが、もっともわかりやすい説明としてクンデラの叙述をふたたび掲げる(参照:「manque à être(存在欠如)」としての「承認欲望」の必然)

クンデラは他者の眼差しの四つのカテゴリーを次ぎのように記している。

《誰もが、誰かに見られていることを求める。どのようなタイプの視線の下で生きていたいかによって、われわれは四つのカテゴリーに区分される。》(クンデラ『存在の耐えられない軽さ』)。

【第一のカテゴリー】

第一のカテゴリーは限りなく多数の無名の目による視線、すなわち別のことばでいえば、大衆の視線に憧れる。

クンデラはこのように書き、そこでその小説の登場人物の例があげられている、《これはドイツの歌手、アメリカの女優、それにまた、大きなあごをした編集者のケースである.。彼は自分の読者に慣れており、ある日ロシア人が彼の週刊新聞を廃止したとき、百倍も薄い大気の中に残されたように感じた。何人〔なんびと〕も、知らない人びとの目という視線を彼におぎなってやることはできなかった。彼は息がつまるように思えた。するとある日のこと、たえず警察につけられ、電話が盗聴され、それどころか路上で密かに写真を撮られていることに気がついた。無名の目が突然いたるところで彼と共にあり、彼はふたたび息をふきかえすことができた。幸福になった! 壁に仕込まれたマイクに芝居のせりふのように話しかけた。警察の中に失われた大衆を見出したのである》、と。

もちろん、このカテゴリーには「政治家」も含まれる。

例えば政治家になる道を選ぶ人間は、その人間が大衆の好意を得るという、素朴でむき出しの信仰を持って、自らすすんで大衆を自分の判定者にする。

【第二のカテゴリー】

第二のカテゴリーは、生きるために数多くの知人の目という視線を必要とする人びとから成る。この人たちはカクテル・パーティや、夕食会を疲れを知らずに開催する。

――そして、《この人たちは大衆を失ったとき、彼らの人生の広間から火が消えたような気持ちになる第一のカテゴリーの人たちより幸福である。このことは第一のカテゴリーの人たちのほとんどすべてに遅かれ早かれ一度はおこる。それに反して第二のカテゴリーの人はそのような視線をいつでも見つけ出す》、と。


【第三のカテゴリー】

次に愛している人たちの眼差しを必要とする、第三のカテゴリーがある。この人たちの状況は第一のカテゴリーの人の状況のように危険である。愛している人の目が、あるとき閉ざされると、広間は闇となる。

――こう書かれ、そして彼の小説の主人公の二人の名があげられる、《この人たちの中にテレザとトマーシュが入る》と。


【第四のカテゴリー】

そしてもう一つ、そこにいない人びとの想像上の視線の下に生きる人たちという、もっとも珍しい第四のカテゴリーがある。これは夢見る人たちである。

――ここでも小説の登場人物の名があげられる。

・《フランツ。彼はただサビナのためにのみカンボジア国境まで歩を運んでいる。バスはタイの道路をがたがたと走り、フランツは彼のことをじっと見ているサビナの長い視線を感ずるのである。》

・《トマーシュの息子。……憧れを抱く目はトマーシュの目である。署名運動にまき込まれた後、彼は大学からほうり出された。彼がつき合っていた娘は田舎の仔細の姪であった。彼女と結婚し、集団農場のトラクター運転手、カトリック信者、父親になった。そのあと誰かから、トマーシュも田舎に住んでいることをきき、喜んだ。運命が二人の人生をつり合のとらた道へと導いた! このことが、トマーシュへ手紙を書かせる勇気を与えた。返事は要求しなかった。ただトマーシュが視線を彼の人生にあてることだけを欲した。》

…………

以下、最も標準的だと思われるアイデンティティ論を付記(参照:「アイデンティティ」という語の濫用/復活)

◆ポール・ヴェルハーゲ、2013の「アイデンティティ」レクチャア冒頭の私訳。

ーーPaul Verhaeghe“ Identity, trust, commitment and the failure of contemporary universities”


【あなたは誰?】

私的な質問から始めさせて下さい、「あなたは誰?」と。これは昔からある問いです。そしてことさら現代では、答えるのにとても難しいものです。どうして難しいのかといえば、アイデンティティとはどのようなものかについて、全く間違った考え方が見出されるからです。数多くの歴史的理由で、私たちは考えています、私たちのアイデンティティとは、なにか実体的なもので、私たちのなかに深く根ざしたほとんど不変のエッセンスのようなもの、生得の、遺伝的、などなどの何かだと。私は最初から私自身であり、その後いささかの変化はあるにもかかわらず、私は、生涯、私自身のままだろう、と。

これは完全に間違っています。あなたはその考えから、出来るだけはやく逃れれば逃れるほどよいでしょう。これが間違っているのを明らかにする最も簡単な仕方は、養子について考えてみることです。インドのラジュスタンで生まれた女児で、スウェーデン人の親によってウプサラで育ったのなら、スウェーデンの女性になります。同じ子どもがフランス人の親の養子になりパリで育ったのなら、パリジェンヌになります。逆もまた真です。おそらくいっそう受け入れがたいでしょうが。もしあなたが、赤子として、スーダンのムスリムカップルによって養子にされてハルツームで育ったのなら、あなたはスーダンアイデンティティをもつようになります。つまり、あなたはまったく異なった誰かになります。

結論としては、アイデンティティとは構築 construction に帰着するのです。そこでは文化が決定的な役割を果たします。これは私たちに別の二つの問いをもたらします、どうやって構築されるのか、そしてこの構築の内容はなんなのだろう、と。この問いに答えるための十分な科学的根拠があります。そこには二つの過程が働いています。すなわち同一化 identification と分離 separation です。


【同一化】

同一化は今ではミラーリング mirroring(鏡に反映すること・鏡像化)と呼ばれます。そして、それは同一化を言い換えるとても相応しい仕方です。このミラーリングは私たちの生の最初の日から始まります。赤子はお腹がへったり寒かったりして泣き叫びます。そして魔法のように、ママが現れます。彼女は心地よい声を立て、赤ちゃんに話しかけます、彼女が考えるところの、なにが上手くいってないのかを乳児に向けて語り、彼女自身の顔でその感情を真似てみせます。このシンプルな相互作用、何百回とくり返される効果のなんと重要なことでしょう。私たちは、何を感じているのか、なぜこの感情をもつのか、そしてもっと一般的には、私たちは誰なのか、を他者が告げ私たちに示してくれるのです。空腹とオシメから先に進み、世話をやく人から子どもへのメッセージは、すぐに、よりいっそう入り組んだものになり、かつ幅広くなります。

幼児期以降、私たちは継続的に、なにを感じ、なぜそう感じ、これらの感じをどのように取り扱うか、取り扱うべきでないかを教えられています。私たちは聞くのです、良い子なのかいたずらっ子なのか、美しいのか醜いのか、おばあちゃんのように頑固なのか、パパのように賢いのか、と。同時に、自分のカラダや他人のカカラダで何ができて何ができないのかを聞かされます(すこしは大人しく座ってなさい! あなたの弟にかまいすぎないで! ダメよ、耳にピースなんてしたら!)。こういったことすべては、私たちは誰で、どうすべきで、どうすべきではないかを明らかにします。


【母の鏡に映るグラン・ナラティヴ】

どの心理学理論も認めています、これらの乳幼児と母のあいだの最初のやり取り、そして子どもと親たちのあいだのそれの重要性を。それはアイデンティティの構築のためのものなのです。とはいえ、この重要性はある片寄った観点を導き入れます。私たちは忘れがちになってしまうのです、両親はただ彼ら自身が受け取ったもののみを鏡に反映するということを。彼らのメッセージは無からは生まれません。私たちの家族は、自分の文化、ーー地方の、宗教の、国民の等々ーーの重要な考え方を鏡に反映させるのです。物語や考え方、それは、家族や私たちが所属する社会階級、わたしたちがその部分である文化によって、私たちに手渡されるのですがーー、こういったものすべての「鏡像」が、混じりあって、象徴的秩序、より大きな集団の偉大なる語り the Great Narrative を作り上げるのです。それが多かれ少なかれ共通のアイデンティティを生みます。より多くの語り(ナラティヴ)が共有されれば、よりいっそう私たちは似たもの同士になります。

この共有された語りの重要性は計り知れません。というのは、それは私たちの存在の関するexistential 問いに答えてくれるからです。「真の」男とはなに? あるいは「真の」女とは? 男女の関係はどうあるべきか? キャリアと親であることの場と意義とはなんだろう? 男にとってと、女にとっての違いは? 権威への態度はどうあるべきか? どうやって取り扱うべきか、性、病い、死を? 私たちは答えを探すなか、象徴秩序 symbolic order や偉大なる語りたち the great narratives に頼ります。それは複数形です。というのは、異なった語りがあり、異なった答えがあるからです。たとえばあなたがスウェーデンで育ったなら、デンマークで育った誰かとは異なります。鏡に反映されるものがやはりわずかにでも異なるのですから。より高いレベルでは、両者ともスカンジナビアンです。その意味は、南ヨーロッパ人とは異なるということです。さらに高いレベルでは、西ヨーロッパ人です。アメリカ人等々とは異なるということです。そして確かなことは、これは人種とはまったく関係ないことです。もう一度、養子について考えてみてください。

というわけで、私たちのアイデンティティの構成の最初の過程は同一化です。まだラテン語をご存知の方にとっては、アイデンティティと同一化は同じ語源を共有しているのがお分かりでしょう、“IDEM”の意味、それは、“同じ”、“相似”です。私たちは他者と同類になることによって己れのアイデンティティを築いてゆくのです。そしてこれはふつう気づかれていません、私たちは皆異なると思っているのです。(…)


【独立心という錯覚】

さて、「私はそうではない “I am not” 」と人が言うとき、私たち二番目の過程に導かれます。分離、それは相違を導入します。私たちは異なったようになります、というのは、初期の段階以降、私たちはある同一化のモデルを拒絶し、他のモデルを好むようになるからです。どの親も経験します、二歳のよちよち歩きの子どもがムズカシクなり、自分の意志を示すようになります。そのとき彼もしくは彼女が、同時に二つの新しい単語を発見するのは偶然ではありません。その単語とは、「イヤ no」と「自分 me」であり、とてもしばしば、その二語を組み合わせて使います。自立の要求がふたたびほとばしり出るのは思春期で、それはその時期のホルモン分泌の強度のなかでです。今度は独立心の錯覚を伴っています(ぼくが自分自身で決めるよ!)。ある範囲で、この独立心は錯覚なのです。というのは基本的には、分離は、ある同一化を拒絶し、他の代替を選ぶことに帰結するからです。その意味は別の鏡に反映させるということです。同一化と分離の組み合せが意味するのは、最初期から、私たちのアイデンティティは、類似と相違のあいだの天秤だということです。私たちは引き裂かれるのです、他者に溶け込む促しと、他者から距離をとる促しのあいだで。

最初の過程はいかにも逃れようがありません。二番目の過程はもっと自由があります。というのは自身で選択できるからです。注意しましょう、変化の可能性そのものが、まさに私たちのアイデンティティを構成する仕方なのです。変化は二つの方向からやって来ます。鏡が変わるかもしれないこと、あるいは私たち自身が異なった選択をすること。さてこれから以降の話は、現代の鏡に集中します。そしてその鏡が私たちのアイデンティティに齎すものについて。


【重要な他者と関係する私独自の仕方】

今度は、二番目の問いに関わります。私たちのアイデンティティの内容についてです。ここでふたたび、私は「私は誰なのか」についての直感的な考え方を訂正しなくてはなりません。個人主義のこの時代、私たちは数多くのパーソナリティーの特徴をもって、その質問に応答するでしょう。そして忽ち、それでは満足させてくれるものからほど遠いのを見出します。より格段に興味深く、かつ私たちのアイデンティティを表わすために訂正したほうがいいことは、数多くの鍵となる点における「私たちは誰なのか」――それを明らかにする基礎的な関係の見地です。

基本的に、「私が私である」のは、ある重要な他者と関係する私独自の仕方によります。もっと個別的に言うなら、私が他のジェンダーに関わる仕方、他の世代に、私の同僚に、そして最終的には、私自身に関わる仕方です。実に、幼児期以来受け取ってきたジェンダーのアイデンティティを鏡に映すことは、同時にジェンダーの関係を鏡に映すことでもあります。私の男性性は、いかに女性性に気づき学んできたかによって決定されます。もし私が女性をすべての悪の根源、私を罪に陥れるものと思い込んでいたなら、私は恐々とした、厳格な男ーー己れの煩悩に打ち勝つための闘争を女性に投影する男ーーになるでしょう。もし私が女性を優しく思いやりのある、けれども、支配的な存在だと感じていたなら、私はそこから永遠に逃れようと努める大きな息子 man-son になるでしょう。等々。これ等は、男と女の本質を定める努力の運命づけられた特質です。

ジェンダーの関係についての社会の信念は、二番目の重要な他者との係わりにそのすべてがあります。その他者と私たちは多かれ少なかれ継続的な関係を打ち立てます、その名は権威としての他者です。私たちの権威の形象 figure への態度は、私たちのアイデンティティの別の重要な部分を形作ります。批評的かつ反抗的? 服従的かつ支持的? 攻撃的かつ競争的? これもまた、私たちの同一化を通して獲得されたなにかです。私のアイデンティティの三番目の重要な内容は、私の同輩、はじめは兄妹、のちには同僚や隣人との関係にかかわります。嫉妬的? 支持的? 競争的? 私たちのほとんどは、同輩との関係の典型的な仕方を持っています、しばしば十分に、そして自らそれに気づかないままで。


【「私 me」を判定する「私 I」】

これらの三つの関係に、私たちのアイデンティティが構成される仕方を容易に認めることができます。でもまだ四番目があります。それは驚くかもしれませんが、私たち自身と持つ関係です。一見びっくりするように思えるかもしれませんが、それを描写するのはたいして難しくありません。毎朝、バスルームの鏡で、私たちは私たち自身と対話を交わすことから始め、それは終日続きます。私は私自身に怒っているかもしれません。喜んでいるかも、失望しているかも。というのは「私 me」を判定する「私 I」は、判定される「 私 me」とは異なった同一化を基盤にしているからです。「私たち自身 ourselves」への怒りや満足は、継続することもあり得ます。すると、それは自己嫌悪や自己愛 self-hatred or self-loveに導かれます。自己敬愛と自己尊重 self-esteem and self-respect の高い低い、等々。これらの語彙の接頭辞 ‘自己self' が生み出すのは、私たちのアイデンティティはある本質的な生得の個性を構成するという印象です。私たちは忘れています、そのような個性は、他者が私たちの振舞いを解釈し鏡に反映させる仕方によって決定されていることを。他者が決定するのです、私が私自身について考える仕方を。自己信頼、自己敬愛、自己尊重はよりよく理解されるでしょう、他者の信頼、他者の敬愛、他者の尊重というもともとの文脈で。すなわち、他者が私たちを信頼し、敬愛し、尊重した範囲が、私たちの自己信頼、自己敬愛、自己尊重に反映されるのです。


【地層にあるイデオロギーを基盤としたアイデンティティ】

こういうわけで、私たちのアイデンティティの内容は、重要な他者との継続的な関係というタームでもっともよく理解することができます。でも、これは、説明としては、いささか控え目すぎるようにきこえます。私はつけ加えなければなりません、なにかもっとリアルに響くような重要なことを。異性という他者、権威、同輩、そして最終的には私たち自身との関係は、けっして偏らないものではありません。権威の人物は、最初の段階で、私たちに告げます、私たちはなにができるのか、私たちの体や他者の体でなにができないのか、と。それは楽しみが犠牲にされたり、また犠牲にされなかったりします。こういったことすべては、していいこととしてはいけないことの議論へダイレクトに餌づけします。この意味で、規範や価値観は、私たちのアイデンティティの全面的なものなのです。そんなに昔のことではありません、こういった特徴が美徳という形で表現されたのは。たとえば、注意深さ、正義、自己コントロール、忍耐深さ。あるいは逆に基本的な悪として。たとえば、傲慢、強欲、好色、憤怒、等々。これは驚きをもって聞かれるかもしれない結論を引き起します。すなわち、私たちのアイデンティティは、個人の特徴の中立的な盛り合わせではけっしてないのです。そうではなく、私たちが同一化した(あるいは同一化しなかった)道徳的な、なにをするべきか、なにをすべきではないのかにすべてかかわるのです。

これが意味するのは、どのアイデンティティも地層にあるイデオロギーを基礎としているということです。そのイデオロギーという用語は、私がとても幅広く解釈する意味では、人間関係、そしてその関係を調節する異なった仕方についての考え方の集合体ということです。歴史は示してくれます、イデオロギーは他のイデオロギーに対抗して考案されることを。その結果、私たちのなかに他のイデオロギーに反対する思考態度を生み出します。異なった特色のある規範と価値観をともなう異なったイデオロギーは、異なったアイデンティティを決定づけます。考えてみてください、“本当の”社会主義者、“典型的な”カソリック、さらには“本当のフィンランド人”さえをも。言い換えれば、彼らのイデオロギーとそれに付随したアイデンティティは、重要な他者にむかっての、“標準的な”、あるいは“正しい”態度として見なされることの異なった解釈にあるのです。


【社会的動物としての人間】

さてここで、これまで説明してきたことを要約してみましょう。私たちのアイデンティティは構築物です。それは私たちの文化の支配的な語りを基礎としています。その語りとは、他の性、権威、私たちの同輩、私たち自身に向けて基本的な関係の立場を定めます。これはけっして中立的なものではなく、つねに倫理的に操られています。私は想像することができます、あなた方はこれらすべてにおいて遺伝学の場所について思いを巡らしているのを。答えはまったく単純です。遺伝子それ自体のレベルでは、私たちの心理学的なアイデンティティの内容が遺伝的に決定されているなんの証拠もないのです、けれども、この点に関して、格段に重要な別の遺伝的形質の形式があります。進化生物学は、私たちは社会的な動物であることを教えてくれます。その意味は、私たちは集団にて生きていくことになっていることです。もし私たちが独りだけになった社会種族を見出すのなら、可能な答えは二つしかありまでん。病気か、集団から追い払われたか。そしてふつうはその両方です。

霊長類の研究からの二番目の発見、なかんずくオランダの生物学者フランス・ドゥ・ヴァールFrans de Waal によれば、私たちは二つの異なった振舞いにあらかじめ配置されているのです。一方では、協調と連帯。他方では、競争的個人主義とエゴイズム。そして彼の調査から得られるさらにいっそう重要な結論があります。それは、どの振舞いが優位になるかを決定するのは環境だということです。

あなた方がこれらの二つの振舞いについて考えるのなら、アイデンティティの構築の二つの過程をその二つの振舞いに戻って見出すのはそんなに難しくはないでしょう。同一化は集団への傾向にかかわり、分離は個人主義の必要にかかわる、と。けれども、ーーふたたび強調しますがーー私たちはまずなによりも忘れるべきではありません、私たちが社会的動物であることを。フランス・ドゥ・ヴァールによる美しい実験があります、それは私たちの生得の公正への感情を明らかにしています。それは相互作用と感情移入のより大きな研究の部分です。あなた方は見るでしょう、それはすべてモラルについてなのです。すなわちアイデンティティについて、という意味です。

2016年7月12日火曜日

文学はかつて持っていたような役割を果たすことはありえない

「現代思想・文芸という「支配的思想=支配階級の思想」」補足
…………

・僕も、文学が残る、やがて必要とされるとかたく信じていますけれども、差し当たっては厳しい。人がそれほど強く求めていないということは確かです。

・だけど、今の世の中は行き詰まると思う。日本だけではありません。世界的に。そのときに何が欠乏しているか。欠乏を心身に感じるでしょう。そのときに文学のよみがえりがあるのではないかと僕は思っています。(古井由吉「群像」2015年7月号 堀江敏幸対談)

…………

さてどうして人は文学をそれほど強く求めなくなってのか。だれもがすぐさま思いつくだろうインターネット、その他の娯楽(映像ヴィデオ、マンガ、ゲーム等)のせい、という「表層的」な理由はさておき、もっと別の理由があるのではないか。

まず、柄谷行人の(悪)名高い「近代文学の終り」から。

私が話したいのは、近代において文学が特殊な意味を与えられていて、だからこそ特殊な重要性、特殊な価値があったということ、そして、それがもう無くなってしまったということなのです。
文学の地位が高くなることと、文学が道徳的課題を背負うこととは同じことだからです。その課題から解放されて自由になったら、文学はただの娯楽になるのです。それでもよければ、それでいいでしょう。どうぞ、そうしてください。それに、そもそも私は、倫理的であること、政治的であることを、無理に文学に求めるべきでないと考えています。はっきりいって、文学より大事なことがあると私は思っています。それと同時に、近代文学を作った小説という形式は、歴史的なものであって、すでにその役割を果たし尽くしたと思っているのです。 
いや、今も文学はある、という人がいます。しかし、そういうことをいうのが、孤立を覚悟してやっている少数の作家ならいいんですよ。実際、私はそのような人たちを励ますためにいろいろ書いてきたし、今後もそうするかもしれません。しかし、今、文学は健在であるというような人たちは、そういう人たちではない。その逆に、その存在が文学の死の歴然たる証明でしかないような連中がそのようにいうのです。
今日の状況において、文学(小説)がかつて持っていたような役割を果たすことはありえないと思います。だた、近代文学が終わっても、われわれを動かしている資本主義と国家の運動は終わらない。それはあらゆる人間的環境を破壊してでも続くでしょう。われわれはその中で対抗して行く必要がある。しかし、その点にかんして、私はもう文学に何も期待していません。(柄谷行人『近代文学の終り』、2005)

「文芸評論家」として出発した柄谷行人がなぜこんなことを言うようになったのか。柄谷行人ももちろん「小説の偉大さ」をわかっていないはずはなかろう。

人間は、善と悪とが明確に判別されうるような世界を望んでいます。といいますのも、人間には理解する前に判断したいという欲望 ――生得的で御しがたい欲望があるからです。さまざまな宗教やイデオロギーのよって立つ基礎は、この欲望であります。宗教やイデオロギーは、相対的で両義的な小説の言語を、その必然的で独断的な言説のなかに移しかえることがないかぎり、小説と両立することはできません。宗教やイデオロギーは、だれかが正しいことを要求します。たとえば、アンナ・カレーニナが狭量の暴君の犠牲者なのか、それともカレーニンが不道徳な妻の犠牲者なのかいずれかでなければならず、あるいはまた、無実なヨーゼフ・Kが不正な裁判で破滅してしまうのか、それとも裁判の背後には神の正義が隠されていてKには罪があるからなのか、いずれかでなければならないのです。

この〈あれかこれか〉のなかには、人間的事象の本質的相対性に耐えることのできない無能性が、至高の「審判者」の不在を直視することのできない無能性が含まれています。小説の知恵(不確実性の知恵)を受け入れ、そしてそれを理解することが困難なのは、この無能性のゆえなのです。(クンデラ『小説の精神』1986 )

あるいは蓮實重彦の『表象の奈落』所収の「小説の構造」(初出=「国文学」1977年12月号)より。

もしかりに、ヨーロッパが真の反省的思考に目覚める瞬間があるとするならば、そのときヨーロッパが描きあげるだろうその自画像は「小説」を中心にした構図におさまることになるだろう。あるいは逆に「小説」を構図の中心に据えたヨーロッパ像が想定されぬ限り、ヨーロッパはその自意識を獲得することはなかろうというべきかもしれない。「小説」を視界におさめなかったが故に、デカルトは真の反省的思考を実践しえなかったし、マルクスも、またニーチェも、そしてフロイトも、「小説」を曖昧にとり逃がしてしまったが故に、ヨーロッパ的な現実を周到に描きつくすにはいたらなかったのだ。階級闘争も、永劫回帰も、無意識も、「小説」に対してはひたすら無効の身振りしか演じてはいない。そしてその事実を自覚する瞬間に、ヨーロッパは初めて真の反省的な思考を獲得することになるだろう。またそうでない限り、ヨーロッパは、ルイ十四世の時代と質的にはほとんど変わらぬ仕草で思考をめぐらせ続けるほかあるまい。
もしかりに、過去一世紀を「小説」の時代と呼ぶのであれば、それは、この身分の賎しくいかがわしい言葉の戯れから、賎しさといかがわしさを分離し、それを見ずにすごすことの歴史であったといえる。それに視線を落とさずにいることがもはや不可能となったいま、「小説」の歴史は、必然的に近代がその真の反省的意識に目覚めるという事件の生まなましい叙述たらざるをえないところにさしかかっていると思う。だがその具体的な叙述には、別の機会が設けられねばならない。

『表象の奈落』は2006年に出版されている。なぜ蓮實重彦は、30年近く前のこの小論を2006年の書に掲載する気になったのか(ここで上に引用した柄谷行人の「近代文学の終り」は、2005年の書であることを思い出しておこう)。

…………

で、オレは心情的には、蓮實重彦やクンデラのいうことのほうが好きさ、至高の「審判者」の不在を直視することのできない無能性に対する小説の知恵(不確実性の知恵)がね、

けれども、そのとき、「現代思想・文芸という「支配的思想=支配階級の思想」」で記したことにどうやって対抗するんだい?

なあ、芸術家や文芸愛好家諸君!

《孤立を覚悟して》、文学や芸術のよみがえりを待つ心意気があるならいいさ、

・近代の資本主義至上主義、あるいはリベラリズム、あるいは科学技術主義、これが限界期に入っていると思うんです。五年先か十年先か知りませんよ。僕はもういないんじゃないかと思いますけど。あらゆる意味の世界的な大恐慌が起こるんじゃないか。

・その頃に壮年になった人間たちは大変だと思う。同時にそのとき、文学がよみがえるかもしれません。僕なんかの年だと、ずるいこと言うようだけど、逃げ切ったんですよ。だけど、子供や孫を見ていると不憫になることがある。後々、今の年寄りを恨むだろうな。(「すばる」2015年9月号 古井由吉)




2016年1月20日水曜日

「manque à être(存在欠如)」としての「承認欲望」の必然

「承認欲求」という概念が日本ではかねてより流通している。と記せば、何か文句をいいたいのか、と思われる方もイラッシャルかもしれないが、文句を言うつもりは毛筋ほどもない。

ただし、ラカンは「欲求 need(besoin)」「要求 demand(demande)」「欲望 desire」の概念を次ぎのように区分けしている。

ヒトの個人は、ある対象で満足させられる生物学的欲求を持つ特定の器官から出発する。言語の習得はこれらの欲求 besoin にどのような影響をおよぼすだろうか? 

すべての発話 parole は要求 demande である。なぜなら、発話はその発話の宛先となる大文字の他者と、組織立てられた表現=公式化 formulation のなかに運び込まれるその諸シニフィアンを事前に前提しているからである。同様にして、大文字の他者から来るものは、欲求の個別の満足のようにではなく、むしろ訴え appeal、贈り物 gift、愛のしるし token of love に対する返答として扱われる。欲求とそれを伝える要求のあいだに十全性 adequetion はない。実際、それら2つのあいだのギャップは、欲求のようにすぐに特定の欲望を構成するのと、要求のように絶対的に欲望を構成するのとの違いである。欲望(基本的に単独で)は、象徴的表現=はっきりいうこと articulation の持続的効果である。それは食欲のような何かを満たすための欲 appetite ではない。欲望は、本質的にエキセントリックであり、飽くこと、つまり満足することをしらない。ラカンが欲望を、欲望を満たすように見える対象ではなく、欲望を引き起こす対象と等置したのはこのためである。(アラン・シェリダン訳Ecritsの序文)

このラカン理論による定義であるならば、承認欲求であるよりは、「承認欲望」のほうが好ましい。

もし他人がわれわれの望みに応えてくれたとしたら、彼はそれによってわれわれにたいしてある一定の態度表明をしたことになる。したがって、ある物にたいするわれわれの要求の最終目標は、その物と結びついた欲求の満足ではなくて、われわれにたいする他者の態度を確かめることなのである。たとえば子どもにミルクをやるとき、ミルクは彼女の愛情の証になる。(ジジェク『斜めから見る』1991)

乳児は、空腹感のため、母乳が飲みたい(欲求)。そして泣き叫ぶ(要求)。母がやってきて乳を与える(欲求の満足)。この過程は、しかし要求の弁証法によって、母の愛情の証をもとめる欲望に変質していく、というわけだ。

「承認欲求」概念は、巷間では嘲弄のために使用されることがあるだろう、アイツは承認欲求の塊りみたいなヤツだ、などと。

だが「承認欲望」とすれば、ラカン理論的には、それは人間の最も根本的なものである。以下の文章をそれを説明している。

◆PROFESSIONAL BURNOUT IN THE MIRROR A Qualitative Study From a Lacanian Perspective(Stijn Vanheule, PhD Ghent University Paul Verhaeghe, PhD Ghent, Belgium, and Ghent University、2005)より(PDF,私訳)。

ーー表題にあるように BURNOUT(燃え尽き症候群)をラカンの鏡像理論によって解釈する論だが、その前段箇所より。

ラカンの思考においての決定的な「かなめ」は、人びとは、オリジナルな、あるいは固有のアイデンティティを持っていない、ということだ。逆に、ラカンにとって、アイデンティティの臍は、内なる欠如あるいは空虚によって構成されている。人間の主体性は、 manque à être(存在欠如)によって、根本的に徴づけられているとラカンは言う(LA DIRECTION DE LA CURE ,1958)。これが意味するのは、非同一的かつ掴みえない(ラカン用語では「現実界」の)「欠如」が、人びと自身の持っているすべての表象をかき乱すということであり、結果として「分裂(分割)された」アイデンティティをもたらす。

※ラカン理論におけるアイデンティティ概念の詳細は、「「アイデンティティ」という語の濫用/復活」を参照のこと。

一方で、我々の存在の核に、この捻じ曲がりを生む空虚がある。その空虚は、すべて身体的な欲動にかかわる。他方で、我々は自己表象をもっている。それはラカンが「象徴秩序」と呼ぶものを基盤にしている(象徴秩序とは、すべての典型的な文化生産物から成り立っている。言語、慣習、社会構造などだ)。その「象徴秩序」を基盤とした表象は、「manque à être(存在欠如)」を決して充分には掴み取ったり覆ったりしえない。

ラカンは言う、「manque à être(存在欠如)」は実際は「want to be (ありたい)」として機能する、と(ラカンは、"manque-à-être" の英訳を "want-to-be"にするよう提案している。とすれば、邦訳の「存在欠如」とは、いかにも、こごしくこちたない:引用者)。
言い換えれば、内部の欠如は、主体の欲望を駆り立ててdrives、補完物を求めるよう促す。人間は、典型的には、他者のほうに向くことによって、この欠如に打ち勝とうと目指す。人は、他者に呼びかけ、それによって暗黙に想定するのだ、他者への弁証法的関係において、存在の贈物が達成されうると。「欲望は…「ありたい want-to-be」に光をもたらす。〈他者〉からの補完物を受け取るための呼びかけとともに」(Lacan, 1958)。

(この1958年当時、「欲望」にかかわる manque à être とともに、「要求」にかかわる manque à avoir という表現もあることを想起しておこう)

この考え方の線内部では、承認されたいという欲望 the desire to be recognized は最も根本的になものである。というのは、その承認欲望は、より大きな主体性達成を獲得するための手段として機能するから。間主体(間主観)的な承認が言い表しているのは、他者の欲望が主体のところにやって来て、主体を他者と結びつけ、そうして主体を社会関係の構造に組み入れるということである。他者の承認は、主体のアイデンティティ欠如を、部分的に埋め合わせる。この社会関係の手段によって、主体は少なくとも、他者との関係のなかで、私は誰なのかという思いを展開しうる。

…………

以上から読み取れるのは、われわれには承認欲望は欠かせないということだ(例外はあるだろう、一部の精神病質者など)。誰に承認されたいかという相違はあるが、誰かが必要である。「孤独」を気取るのは馬鹿げている。

作家の伝記における孤独の強調にもかかわらず、完全な孤独で創造的たりえた作家を私は知らない。もっとも不毛な時に彼を「白紙委任状」を以て信頼する同性あるいは異性の友人はほとんど不可欠である。多くの作家は「甘え」の対象を必ず準備している。(中井久夫「創造と癒し序説」)

クンデラは他者の眼差しの四つのカテゴリーを次ぎのように記している。

《誰もが、誰かに見られていることを求める。どのようなタイプの視線の下で生きていたいかによって、われわれは四つのカテゴリーに区分される。》(クンデラ『存在の耐えられない軽さ』より(p.310~)。

これは承認欲望の四つのカテゴリーとして捉え得る。

ーーまなざしと言説とは関係ないよ、拡大解釈すぎるよ、とオッシャル方がイラッシャルかもしれないが、そうではない。もし、そういう印象をうけるのであれば、「言説」という訳語がわるいのであって、言説には言語が必要あるが、パロールなしにも言説は成り立つ。事実、ラカンが四つの言説理論をはじめて語るようになったセミネールⅩⅦのひとつまえのセミネールⅩⅥで、ラカンは、《un discours sans parole》と連発している。

人は、各々の言説構造の場に置かれれば、無言のままでもそれぞれの言説として機能する。言説とは社会的絆にかかわるものであり、それはクンデラのいう眼差しとほぼ等しい。


【第一のカテゴリー】
第一のカテゴリーは限りなく多数の無名の目による視線、すなわち別のことばでいえば、大衆の視線に憧れる。

クンデラはこのように書き、そこでその小説の登場人物の例があげられている、《これはドイツの歌手、アメリカの女優、それにまた、大きなあごをした編集者のケースである.。彼は自分の読者に慣れており、ある日ロシア人が彼の週刊新聞を廃止したとき、百倍も薄い大気の中に残されたように感じた。何人〔なんびと〕も、知らない人びとの目という視線を彼におぎなってやることはできなかった。彼は息がつまるように思えた。するとある日のこと、たえず警察につけられ、電話が盗聴され、それどころか路上で密かに写真を撮られていることに気がついた。無名の目が突然いたるところで彼と共にあり、彼はふたたび息をふきかえすことができた。幸福になった! 壁に仕込まれたマイクに芝居のせりふのように話しかけた。警察の中に失われた大衆を見出したのである》、と。もちろん、このカテゴリーには「政治家」も含まれるだろう。


【第二のカテゴリー】
第二のカテゴリーは、生きるために数多くの知人の目という視線を必要とする人びとから成る。この人たちはカクテル・パーティや、夕食会を疲れを知らずに開催する。

――そして、《この人たちは大衆を失ったとき、彼らの人生の広間から火が消えたような気持ちになる第一のカテゴリーの人たちより幸福である。このことは第一のカテゴリーの人たちのほとんどすべてに遅かれ早かれ一度はおこる。それに反して第二のカテゴリーの人はそのような視線をいつでも見つけ出す》、と。


【第三のカテゴリー】
次に愛している人たちの眼差しを必要とする、第三のカテゴリーがある。この人たちの状況は第一のカテゴリーの人の状況のように危険である。愛している人の目が、あるとき閉ざされると、広間は闇となる。

――こう書かれ、そして彼の小説の主人公の二人の名があげられる、《この人たちの中にテレザとトマーシュが入る》と。


【第四のカテゴリー】
そしてもう一つ、そこにいない人びとの想像上の視線の下に生きる人たちという、もっとも珍しい第四のカテゴリーがある。これは夢見る人たちである。

――ここでも小説の登場人物の名があげられる。

・《フランツ。彼はただサビナのためにのみカンボジア国境まで歩を運んでいる。バスはタイの道路をがたがたと走り、フランツは彼のことをじっと見ているサビナの長い視線を感ずるのである。》

・《トマーシュの息子。……憧れを抱く目はトマーシュの目である。署名運動にまき込まれた後、彼は大学からほうり出された。彼がつき合っていた娘は田舎の仔細の姪であった。彼女と結婚し、集団農場のトラクター運転手、カトリック信者、父親になった。そのあと誰かから、トマーシュも田舎に住んでいることをきき、喜んだ。運命が二人の人生をつり合のとらた道へと導いた! このことが、トマーシュへ手紙を書かせる勇気を与えた。返事は要求しなかった。ただトマーシュが視線を彼の人生にあてることだけを欲した。》


…………

このクンデラの四つの眼差しは、ラカンの四つの言説理論といくらか重なる部分さえある(参照:「四つの言説」(ラカン)概説(Paul Verhaeghe)。

たとえば、第一のカテゴリーはほぼS1→S2(主人の言説) 第四のカテゴリーは$→S1(ヒステリーの言説)とすることができる。

第二、第三のカテゴリーはラカンの四つの言説内に当てはめるのはやや困難かもしれない。第二のカテゴリーはおそらく、想像的ディスクール(参照)とでもいうべきものか(クンデラの叙述を拡大解釈すれば、という意味だが)。

想像的ディスクールとは想像的ファルスにかかわる。父の名の支えが弱いときには、ひとはそのディスクールに傾きがちだ。そしてそれは基本的に二項関係の言説である。

"I have/am the phallus more (or less) than that other" (competition).
"The other doesn't give me enough of the phallus" (revendication).
"Not I but that other has/ is the phallus" (jealousy).
"I don't have/ I'm not the phallus and will never have/ be it" (depression).
"I have/ am the phallus" (narcissism).

(PAUL VERHAEGHE,『New studies of old villains』2009)

〈競争〉
・ボクは他の人よりももっと(or すこし)ファルスを持っているよ
・アタシは他の人よりももっと(or すこし)ファルスだわ

〈クレーム〉
・他の人は、ボク(アタシ)にじゅうぶんにファルスをくれない…

〈嫉妬 〉
・ボクじゃないんだ、他の人のほうがファルスを持ってるんだ
・アタシじゃないの、他の人がファルスなの

〈抑鬱〉
・僕はファルスを持っていないし、けっしてこれからも持たないな
・アタシはファルスじゃないし、けっしてこれからもそうじゃないわ

〈ナルシシズム〉
・ボクはファルスを持ってるさ
・アタシはファルスよ

ーーここでのファルスはほぼ「(他人の)欲望の対象」と置き換えてよいだろう。“objet du désir”であって、セミネールⅩ以降明確化された対象aの定義、“objet cause du désir”とは異なる。

あるいは次ぎの文とともに読めばよりわかりやすい。

男は十分に想像的ファルスを持っていないことを怖れる。女は十分に想像的ファルスでないことを怖れる。(ラカン、セミネールⅣ、摘要)

ーーラカンはこの時点では対象a概念が曖昧なままで、後に明確化されるその概念のうちのいくつかの定義のうちの一つにはほぼ等しい(参照:定義②)。

そして二項関係とは、「私に似た」他の人々、競争や相互承認といった鏡像的関係を結ぶ私の同類たちとの二項関係という意味である。

父なき時代(参照)には、このカテゴリーの人びとが増えてきたということはいえる。かつまた一神教ではない日本は父なき時代の先進国のひとつだという観点もあろう。父の名など昔から機能していなかったよ、と。

かつては、父は社会的規範を代表する「超自我」であったとされた。しかし、それは一神教の世界のことではなかったか。江戸時代から、日本の父は超自我ではなかったと私は思う。(中井久夫「母子の時間 父子の時間」初出2003 )

そうとはいえ、父の機能がまったくないではない。

父の機能は、ユルんだにしろ、まだ生き残ってるさ。より普通の地位の父だがね…オヤジ言葉で印象づけたり驚かしたり父がいるじゃないか…ミレールが言ってるが、現代の政治家だって、道化ているが、印象づけようとしているぜ…これが「ふつうの父の名」さ。(エリック・ロラン Psychosis, or Radical Belief in the Symptom" 2012、超訳)

この「ふつうの父の名」をかかえた人たちが、世界的に増えてきているし(象徴的権威の崩壊による)、さらには日本はその先進国であるということはいえる。つまり日本では、欧米諸国とくらべて、より「想像的ディスクール」が活発なのはやむえない。しかも言語の構造が二項構造をもっている。時枝誠記が言った《日本語は本質的に「敬語的」》とは実は二項関係構造という意味でもある(参照)。

おそらく、この想像的ディスクールがかねてより蟠踞する国での、承認欲望猖獗はやむえない。アイツは承認欲求の塊りだよ、というたぐいの嘲弄でさえ、上の想像的ファルスの五様態の記述から判断するかぎり、承認欲望言説でありうる。

…………

かつては「後姿や背中でものを言う時代」、すくなくともその「ふり」をする時代があった。今は多くの人にレスポンスを貰うことを指向し、いろいろな仕組み作りを試みる時代だ。蓮實重彦曰くの「貧乏臭い」時代。

もちろん「背中の時代」でさえ、荷風の文章ように、《背が見えていたかと思うとくるりと顔がこちらへ向き直るという戦慄》(古井由吉『東京物語考』)はある。つまり、時に読者に面と向かって「想像的に」語りかける。それはしかし須臾の間だから尊いのであって、ふだん背中でものを言っていたおかげの戦慄である。

《私の批評は、見る人のことなどまったく考えず、もっぱら撮る人のことばかり考えて書かれたむなしい「恋文」のようなものだったのかも知れません》と言う蓮實重彦は、荷風と同様ーーいや、荷風は第四のカテゴリーかもしれないーー、第三のカテゴリーの人としてよいのだろうか。《愛している人たちの眼差しを必要とする、第三のカテゴリー》の人として。

すくなくともその「ふり」をした、そしてそれが可能であった時代の批評家だろう。


2015年3月2日月曜日

従軍記者と美的趣味耽溺者

偉大な人間は必然的に懐疑家である。あらゆる種類の確信にとらわれぬ自由さが、彼の意志の強さに属している。信念を欲しがること、肯定においてにしろ否定においてにしろ、とにかくなにか無条件的なものをほしがることは、弱さの証明である。ところであらゆる弱さは意志の弱さなのだ。信念居士は必然的に小さな人間種族である。ということはすなわち「精神の自由」、換言すれば、本能としての不信は、偉大さの前提にほかならぬ。(ニーチェ『権力への意志』936番)
「哲学は何の役に立つのか?」と問う人には、次のように答えなければならない。自由な人間の姿を作ること。権力を安定させるために神話と魂の動揺を必要とするすべての者を告発すること、たったそれだけのこととはいえ、いったい他の何がそれに関心をもつというのか。(ドゥルーズ『意味の論理学』)

こういったことは引用するのは簡単である。すなわち簡単なのはこのように引用して、この〈私〉は「自由」を考えているというふりをすることだけである。

さらにはこう引用してもよい。

もっと重要なことは、われわれの問いが、我々自身の“説明”できない所与の“環境”のなかで与えられているのだということ、したがってそれは普遍的でもなければ最終的でもないということを心得ておくことである。(柄谷行人『隠喩としての建築』)

われわれの「自由」の問いそのものが、時代や文化のパラダイム、すなわち《我々自身の“説明”できない所与の“環境”のなかで与えられている》のであるから、そのパラダイムを疑わねば「自由」などと言うことはできない。しかも現代のパラダイムは「新自由主義」というイデオロギーである。だがその問いをここで掲げるのはやめにしよう。一応そこまで考えている「ふり」をするために、「「エンロンEnron社会」を泳がざるをえない「文化のなかの居心地の悪さ」」を参照せよと〈あなたがた〉に提示しておくだけにしておこう。とはいえたいしたことが書かれているわけではない。

そもそもこのわたくしは、なぜ下らぬメモ程度のことを「律儀に」毎日のように公表しているのであろうか、――これももちろん偽の、捏造された問いである。「ひまつぶし」に決まっている。――《たんに学者たちのひまつぶしであると・ ・ ・》(ニーチェ『反キリスト者』)。いやわたくしは〈学者たち〉の一種族ではないが、彼らの猿真似して、にわか教育者、にわか知識人のふりをしてみたいのではないだろうか。

教育のプロセスの基本論理……「飼い慣らされていない」対象(「社会化されていない」子ども)に知を植えつけることによって、主体を作り出すのである。この言説の「抑圧」された真実は、われわれが他者に分与しようとする中立的な「知」という見かけの背後に、われわれはつねに主人の身振りを見出すことができるということである。(ジジェク『斜めから見る』)

もちろん、カシコイ人は、すぐさまおわかりであるように、これらの問いも、真実をいってそうでないと思わせる手口である。

フロイトの『機知』には、真実を言って--「真実のふり」をしてーー、相手を騙そうとする話がある。

あるガリツィア地方の駅で二人のユダヤ人が出会った。「どこへ行くのかね」と一人が尋ねた。「クラカウへ」と答えた。「おいおい、あんたはなんて嘘つきなんだ」と最初の男がいきり立って言う。「クラカウに行くと言って、あんたがレンベルクに行くとわしに思わせたいんだろう。だけどあんたは本当にクラカウに行くとわしは知っている。それなのになぜ嘘をつくんだ?」(フロイト『機知』)

ひとは、彼はこういっているから、たぶんこうでないだろう、と憶測することがある。その心理を逆手にとって、真実を言って相手を騙す、騙さないまでも韜晦する。これは、わたくしの「常道」である、おそらく〈あなたがた〉と同様に。

――仮装服として何を選びますか?

私の顔に、私の顔の仮面を着ける。そしたら、みんな私の振りをしている誰かで、私ではないと思うだろ。(ジジェク)

とはいえ、まさかわたくしともあろう者が、〈あなたがた〉たちのなかに溢れかえるあの種族、ーーニーチェ流にいえば「美しい魂」の持ち主たち、すなわち《完全に不埒な「精神」たち、いわゆる「美しい魂」ども、すなわち根っからの猫かぶりども》ーーのように、人の役に立ちたい、美しいものを伝えたいなどと大嘘をいうほどには落ちぶれていない。

こう自問してみるのも、いくらか正当のことであろう、人類をかくも長期にわたっても盲目たらしめつづけたきたのは、もともと一つの美的趣味ではなかったのかと。すなわち、人類は、真理から絵のように美しい効果をのぞんだのであり、同じく認識者からは、その効果が官能に強くはたらきかけることをのぞんだのである。私たちの謙譲は早くから彼らの趣味に反していた・ ・ ・(ニーチェ『反キリスト者』13番

だが、残念なことに「沈黙」できる境地にまでは至っていない。これはインターネットへの「書き込み病」とでもいうべきものか。すなわち、「大量の馬鹿が書くようになった時代」の囚人であり、まったく「自由」ではない。

「現在地球に暮らす人々がこんなにまで活字に接している時代は人類史上」なく、「読むという秘儀がもたらす淫靡な体験が何の羞恥心もなく共有されてしまっているという不吉さ」(蓮實重彦『随筆』)が渦巻く時代である。

創造的でない時に沈黙できるのは成熟した人、少なくとも剛毅な人である。大沈黙をあえてしたヴァレリーにして「あなたはなぜ書くのか」というアンケートに「弱さから」と答えている(彼は終生金銭に恵まれなかった)。(中井久夫――「自己模倣と自己破壊」より)

中井久夫はヴァレリーの「弱さから」という応答を、金のためだと読み取っている。わたくしはまったく金のためではないが、どうもいささかのところ《己れの存在を世に知らしむるために必要な時間をさき、己れを伝達し、己れとは本来無縁な満足を準備するためにエネルギーを費消》しているのではないかという疑念からは免れがたい(もちろんこの言い草も真理の仮装による欺瞞でありうる)。

すぐれた人と呼ぱれる人は自分を欺いた人である。その人に驚くためにはその人を見なければならない――そして、見られるためには姿を現わさなけれぱならない。かくしてその人は自分の名前に対する愚かな偏執にとりつかれていることをわたしに示すのだ。そのように、偉人などといわれる人はすぺて一つの過誤に身を染めた人である。世にそのカが認められるような精神はすぺて己れを人に知らせるという誤ちから出発する。公衆から酒手をもらうのとひきかえに、彼ぱ己れの存在を世に知らしむるために必要な時間をさき、己れを伝達し、己れとは本来無縁な満足を準備するためにエネルギーを費消する。そしてついには栄光を求めて演じられるこうしたぶざまな演技を、自らを他に類例のない唯一無二の存在と感じる喜ぴ――大いなる個人的快楽―――になぞらえるにいたるのだ。

そこでわたしは夢想した。もっとも強靱な頭脳、もっとも明敏な発明家、思考のなんたるかをもっとも正確に認識している人々はすべからく無名の人であり、己れを惜しみ、己れを語ることなく死んでゆく人でなくてはならい、と。そうした人々の存在にわたしの目が啓かれたのは、ほかならぬ、やや志操の堅固さに欠けるがゆえに、名声が赫々として世に現われた人々の存在そのものによってである。(ポール・ヴァレリー『テスト氏との一夜』)


 というわけだが、さて何の話であっただろうか。このところ荷風をめぐってメモしているのだが、次の文章を引用したいだけである。

ぼくがお金をためているって、ケチだとかなんとか、言っているそうですが、ぼくがお金を ためているからこそ、戦時中、10年間1枚もの原稿も売れず、一文の印税収入もない時代、 僕は他人に頭1つ下げないで、思い通りの生活ができました。いまは平和です。平和の声 の裏には戦争がありません。それは紙一重のものなんですよ。だから、作品が売れる時は、 売れるだけの貯金をしておきます。人間の一生には浮き沈みということがあります。(永井荷風)

戦争中、いわゆる思想家やら文学者、批評家たちが「転向」してしまったあとも、荷風は世間に媚びずに生活できた。それは「金」があったせいだ、と言っていることになる。当時は殆んどだれもかれもが「従軍記者」であったのだ。だが「従軍記者」は戦争中でなくても棲息し続ける。

従軍記者になるための条件は、それが一般的に保守的と呼ばれるものであれ革新的と呼ばれるものであれ、きまって人類の大義と真実の二語を口にし、それを口にすることでみずからの成熟を確信し、いまある自分自身を肯定し、しかも強要されたわけでもないのに、他者の群に向かってそう物語ってみせる人間のことである。たえて久しく戦争など起こっていないというのに、現代の日本社会にも多くの従軍記者が棲息している。誰もが知っているあの批評家も、あの小説家も従軍記者そのものではないか。あるいはあの国のあの哲学者、あの人類学者も従軍記者ではないか。実際、現代とは、意識的であると否とを問わず従軍記者の時代なのだ。(……)

彼らは、一様に何ごとか貴重なものが喪われたという思いを心のかたすみに隠し持っている。しかも、その崩壊の意識が、成熟の実感と彼らのうちで深く結びついている。だが、成熟にせよ喪失にせよ、それを口にしうるのは従軍記者へと変容する芸術家に限られている。それを幻想と呼ぶか否かはともかくとして、少なくとも、この成熟と喪失が具体的に歴史を分節化しているのではなく、大義と真実の二語を口にしたものだけにみえてくるものだという意味で、それは一つの世代的な虚構なのである。人類の大義の名のもとに真実を顕揚したりする人間はきまってこの虚構の中に身を閉じこめ、従軍記者という名の作中人物をみずから演じ始めることになるだろう。この役割はきまって政治的なものであり、それを演じるのもきまって芸術家たちなのだ。従軍記者の役が真剣に演じられれば演じられるほど、その演技は政治的な色調を帯びることになるだろう。(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』)

ここで芸術家とあるのは知識人のことである。

彼らが演じてしまう政治的な役割が一つの力を帯び始めるとき、従軍記者は新たな名前を獲得する。それは知識人という名前である。知識人とは、従軍記者の役を真剣に演じながら、こうした政治的な虚構の説話論的な要素にすぎない人類の大義や真実に殉じようとする芸術家にほかならない。こうした定義にあてはまる知識人は現代にしか存在しない歴史的な生産物である。それは、たとえば中世の知識人だの江戸時代の知識人などとは、説話論的な機能において異なっている。そして、しばしばそう口にされることで現代の特質を明らかにしうると信じられている知識人の終焉の知識人とは、現代に生きのびていた中世的な、あるいは江戸時代的な知識人にほかならず、今日の社会には、過去の自分を否定することで従軍記者の役割が真剣に演じうるものと錯覚している芸術家たち、つまり知識人があふれているのである。その知識人たちの政治的な役割を明らかにするためには、彼らに共通する資質としての凡庸さの構造を明らかにしなければならない。特権的な知識人の終焉を口にすることはいささかも歴史を明らかにしはしない。それは、歴史から目をそらすための恰好の口実にすぎず、それこそ凡庸な芸術家にふさわしい政治的な虚構というものだ。(同上)

この蓮實重彦の「従軍記者」から、小林秀雄が1938 年 3 月に『文芸春秋』従軍記者として渡中したことを想い出さない人物たちも最近は棲息するだろうから、こうやって書いておくが、これは、《「飼い慣らされていない」対象(「社会化されていない」子ども)に知を植えつけ》ているのではなかろうか、すなわち《中立的な「知」という見かけの背後に》主人の身振りを見いださないだろうか?


で、いまはなんの話であったか。「自由」の話である。ここではより格調高くトルストイを引用することにしよう。

『アンナ・カレーニナ』における、アンナの愛人ヴロンスキーと、ヴロンスキーと同じ名門出であり、軍務において大抜擢を受けて彼より数段上に昇格したばかりの友人セルプホフスコイとの、権力者たちの陰謀をめぐっての会話からである。

「でも、いったい、なぜだい」ヴロンスキーは、権力をもっている数人の名前をあげた。「でも、なんだってこうした連中は独立心にもえていないというんだね?」「それはただ、あの連中が財政的に独立していないからさ。いや、生まれながらにして、持っていなかったからさ。まったく財産を持っていなかったんだね。われわれのように太陽に近いところで生まれなかったからさ。あの連中は金なり恩義なりで、買収することができる。だから、あの連中は自分の地位を維持するために、主義主張を考えだす必要があったわけさ。そのために、自分でも信じていない、この世に害毒を流すような思想や主義を振りまわすが、そうした主義もただ官舎とか、いくらかの俸給にありつくための手段なんだからね。あの連中のトランプの手をのぞいてみれば、それほど巧妙なものじゃない…ひょっとすると、ぼくはあの連中よりばかで、劣っているかもしれないが、しかし、ぼくがあの連中より劣っていなくちゃならんという理由も、べつに見あたらないね。ところが、ただ一つまちがいなく重大な長所は、われわれはあの連中よりずっと買収しにくいってことだよ。そういう人間が今とても必要なんだよ」(トルストイ『アンナ・カレーニナ』木村浩訳 新潮文庫 (中)p140)

さあて、現在日本に買収しにくい連中が、どこかにいるだろうか。老人のなかにはひょっとしているのかもしれないが、それ以外にはどうなのだろうか? わたくしはツイッターにおいてしか日本人に出会うことはないので、よくわからない。ツイッターでなにやら書き込んでいる連中は、「従軍記者」か、従軍記者予備軍の小便くさいガキ、あるいは、《人類をかくも長期にわたっても盲目たらしめつづけたきた》美的趣味に耽溺する輩ばかりであり、不幸にして、それ以外の方にめったに遭遇することはない。

その老学者はまわりの騒がしい若者たちを眺めていたが、突然、このホールのなかで自由の特権をもっているのは自分だけだ、自分は老人なのだから、と思った。老人になってはじめて人は、群集の、世間の、将来の意見を気にせずともすむ。近づいてくる死だけが彼の仲間であり、死には目を耳もないのだ。死のご機嫌をうかがう必要もない。自分の好きなことをし、いえばいいのだ。(クンデラ『生は彼方に』)

…………

※附記

現在に抗して過去を考えること。回帰するためでなく、「願わくば、来たるべき時のために」(ニーチェ)現在に抵抗すること。つまり過去を能動的なものにし、外に出現させながら、ついに何か新しいものが生じ、考えることがたえず思考に到達するように。思考は自分自身の歴史(過去)を考えるのだが、それは思考が考えていること(現在)から自由になり、そしてついには「別の仕方で考えること」(未来)ができるようになるためである。(ドゥルーズ『フーコー』「褶曲あるいは思考の内(主体)」)
能動的に思考すること、それは、「非現働的な仕方で、したがって時代に抗して、またまさにそのことによって時代に対して、来るべき時代(私はそれを願っているが)のために活動することである」。(ドゥルーズ『ニーチェと哲学』)
知識人の仕事は、ある意味でまさに、現在を、ないこともありえたものとして、あるいは、現にあるとおりではないこともありえたものとして立ち現れさせながら語ることです。それゆえにこそ、現実的なもののこうした指示や記述は、「これがあるのだから、それはあるだろう」という形の教示の価値をけっして持たないのです。また、やはりそれゆえにこそ、歴史への依拠――少なくともここ二十年ほどの間のフランスにおける哲学的思考の重大な事実の一つ――が意味を持つのは、今日そのようにあることがいつもそうだったわけではないことを示すことを歴史が役割としてもつかぎりにおいて、つまり、諸事物が私たちにそれらがもっとも明白なのだという印象を与えるのは、つねに、出会いと偶然との合流点において、脆く不安定な歴史の流れに沿ってなのだということを示すことを歴史が役割として持つ限りにおいてなのです。(『ミシェル・フーコー思考集成 Ⅸ 1982-83 自己/統治性/快楽』)

以下はここでの文脈からはいささかはずれるが、「民主主義」とは、働かない人々によってはじめられた、との中井久夫の文がある。金のために働かざるをえない者たちに、真の「自由」などというものがありえるだろうか、と問うてもよい。

近代医療のなりたちですが、これは一般の科学の歴史、特に通俗史にあるような、直線的に徐々に発展してきたというような、なまやさしい道程ではありません。

ヨーロッパの医療の歴史は約二千五百年前のギリシャから始めるのが慣例です。この頃のギリシャは、国の底辺に奴隷がいて、その上に普通の職人と外国人がいて、一番上に市民がいました。当時のギリシャでは神殿にお参りしてくる人のために神殿付きドクターと、一方では奴隷に道具一式をかつがせて御用聞きに回るドクターとがありました。

ドクターの治療を受けられたのは中間層であって、奴隷は人間として扱われていなかったのでしばしば病気になってもほっておかれました。市民は働かないで、市の真中の広場に集まって一日中話し合っているんです。これが民主主義の始まりみたいな奇麗ごとにされていますが、働かない人というのはものすごく退屈していますから、面白い話をしてくれる人が歓迎されます。そこでは妄想は皆が面白がって、病気とはみなされなかったようです。いちばん上の階級である市民が悩むと「哲学者」をやとってきて話をさせます。つまり当時の哲学者はカウンセラーとして生計を立てているのです。この辺はローマでも同じです。ローマ帝国は他国を侵略して、だんだん大きくなってきます。他国人を捕えて奴隷として働かせ、消耗品として悲惨な扱いをしていました。暴力の発散の対象に奴隷がなって、慰みに殺されたりしています。……(中井久夫「近代精神医療のなりたち」  『精神科医がものを書くとき』〔Ⅰ〕 P159 広栄社)

新自由主義時代のバイブルとして、米国でよく読まれているアイン・ランドの書から抜き出しておこう。

お金があらゆる善の根源だと悟らない限り、あなたがたは自ら滅亡を招きます。(アイン・ランド『肩をすくめるアトラス』)

…………

あらゆる科学だろうと哲学だろうと結局取引関係にいくわけじゃないですか  だから取引関係に基づいて科学も経済も すべてができている これこそ問題じゃないですか?
(……)

でもそのね すべてがビジネスにもとづいているということがますますはっきりしてきたというのは ひとつの文明の衰えていく過程で露になってきた そういう事実  言葉があれだけど 

つまり 文明が盛んなときは別に取引だろうがなんだろうが そういうことはいわなかったし それで成り立ってたわけですよ  それで 今すべてがビジネスだというようなことになったときに そこから何か生まれてくるということはこれ以上ない 儲かる人は儲かるし 力のある人はもっと力があるし そういうようなことでしかないわけでしょ  そうすると そういうことをいくら批判したって始まらないわけだから  どういうふうに違うものがあるかということになりますね

――高橋悠治×茂木健一郎 「他者の痛みを感じられるか」



2015年1月13日火曜日

すべての「女」は娼婦である

@Cioran_Jp: 「私の知識は全て娼婦の学校で学んだものだ」と、全てを受け入れつつ全てを拒む思想家なら言うべきであろう。彼は娼婦にならって、物憂い微笑に熟達し、人間どもは彼にとってお客にすぎなくなり、そうしてこの世の歩道は、娼婦が肉体を売るように彼が己の苦渋を売る市場でしかなくなったのである。(シオラン)

ここで、「すべての女は娼婦である」という誰が言ったのか忘れたがーーウェブ上を垣間みると、吉行淳之介が言ったことになっているが、それ以前にもマルクスあたりが言っていてもよさそうだ、ーーそのようなクリシェを想起して話をすすめるつもりはないにもかかわらず、《全てを受け入れつつ全てを拒む》とは、男にはなかなかありそうもなく、「女たち」の特質ではあるかもしれない。

というわけで逆言法で話をすすめる。

《逆言法とは、言わずにすますつもりだと言うこと、つまり黙っているはずのことを言ってしまう修辞法の文彩(あや)のことであり、たとえば、《私は次のことは語らないつもりだ》と言っておいて、その後えんえんと語るやり方》(バルト=花輪光)

「私はスタンダールではないが、二つの性のあいだの関係はつねに文学の中心的課題でした…人々が別の惑星へ行って暮らすようになっても、相変らず事情は同じでしょう! 私のとって、女性は、おそらく男性の知覚よりも深いそれをもつものです。たぶんそれは次のことのよるのでしょうーーでも私の言っているのは愚かなことですーー、つまり彼女は、自分のうちに男性を迎え入れるように物事を受けとることに慣れていて、彼女の快楽はまさにそれを受け入れることにある、ということです。彼女は現実を受け入れるつもりでいる、あえて言うなら、完全に女性的な同じ姿勢のうちに。彼女は、男性以上に、場合に応じて、ぴったり合った解答を見つける可能性をもっているのです」(ミケランジェロ・アントニオーニーーソレルス『女たち』よりの孫引き

女たち? まさか!
いまではほとんどの女は男であると、誰かがとっくの昔に言ったではないか。

……いわば男になろうとする女たちほど、批判されるべきものはない。これがニーチェを反フェミニズムへと駆り立て、ニーチェが女性蔑視の思想家であるかのような錯覚を生んできた。しかし、「実のところ、ニーチェが大いに嘲笑を浴びせているフェミニストの女たちは男性なのだ。フェミニズムとは、女が男に、独断的な哲学者に似ようとする操作であり、それによって、女は真理を、科学を、客観性を要求する、即ち、男性的幻想のすべてをこめて、そこに結びつく去勢の効力を要求するのである。」(デリダ『尖筆とエクリチュール』)けれども、《女》とは、外見の美しさと軽やかな決定不能性によって、「物自体のーー決定可能なーー真理のエコノミー、あるいは、決定者としての去勢のディスクール(プロかアンチか)」(デリダ)の閉域を、つまりは、「真理―去勢の罠」を、やすやすと摺り抜けるものではなかったか? 「女は真理を欲しない。女にとって真理など何であろう。女にとって真理ほど疎遠で、厭わしく、憎らしいものは何もない。――女の最大の技巧は虚をつくことであり、女の最大の関心事は見せかけと美しさである。われわれ男たちは告白しよう。われわれが女がもつほかならぬこの技術とこの本能をこそ尊重し愛するのだ。われわれは重苦しいから、女という生物と附き合うことで心を軽くしたいのである。女たちの手、眼差し、優しい愚かさに接するとき、われわれの真剣さ、われわれの重苦しさや深刻さが殆んど馬鹿馬鹿しいものに見えて来るのだ。」(『善悪の彼岸』)(浅田彰『構造と力』)

とはいえ、いまでも男どもよりは、女たちは豊かな可能性を失わないでいる。

ここで想いだしてみよう、男が妻の前で話をしているありふれた光景を。夫は手柄話を自慢していたり、己の高い理想をひき合いに出したりしている等々。そして妻は黙って夫を観察しているのだ、ばかにしたような微笑みをほとんど隠しきれずに。妻の沈黙は夫の話のパトスを瓦礫にしてしまい、その哀れさのすべてを晒しだす。この意味で、ラカンにとって、ソクラテスのイロニーとは分析家の独自のポジションを示している。分析のセッションでは同じことが起っていないだろうか? (……)神秘的な“パーソナリティの深層”はプロソポピーアの空想的な効果、すなわち主体のディスクールは種々のソースからの断片のプリコラージュにすぎないものとして、非神秘化される。(……)彼は脱-主体化されてしまうのだ。これをラカンは“主体の解任”と呼んだ。(ジジェク『LESS THAN NOTHING』私訳--ソクラテスのイロニーとプロソポピーア)

もちろん男のなかにも女はいる。上のジジェクの記す意味ではソクラテスは女である。あるいはまた、すぐれた小説家は「女」であるだろう、彼らは《全てを受け入れつつ全てを拒む》のであり、ばかにしたような微笑みを隠しきれずに黙って人間=男を観察するのだ。

…ここでの男/女の二項対立が、いかなる先験的な価値判断とも無縁な仮初めのものであることは、今さら念を押すにも及ぶまい。たとえばブルターニュ地方への旅を回顧し、世界と素肌で触れ合い自然と一体化した悦びを語りながら、そのとき自分は海になり、空になり、岩になり、岩に滲み入る水になってしまったと述べる小説家フローベールは、カテゴリー的認識の崩壊を代償とすることで初めて得られるこうした無媒介的な官能の豊かさを文章行為の現場においても全面化させることで、あの尋常ならざるエクリチュールを実現しえたわけだ。『サランボー』や『ブーヴァールとペキュシェ』の作者は、言葉を主体的に操作し成型すること──すなわちあたかも粘土を捏ねて自分の好きな形を作るように言葉を捏ね上げるといった「能動的」な作業など、うまくやりおおせた試しがない。彼はむしろあたりに瀰漫し自分めがけて蝟集する言葉の群れに全身の皮膚をさらし、それにひたすら犯されつづける途を選んだのであり、作家としての彼の生涯は、言葉のなまなましい抵抗感に犯されることの苦痛が倒錯的な快楽に反転する瞬間を辛抱強く待ちつづけることに捧げられたと言ってよい。(松浦寿輝「死体と去勢──あるいは「他なる女」の表象」)

あるいは、次のように引用してもよい、《中上健次は私の家に泊っていった時、ホモの家に来たみたいだな、と言ったものですが、私はといえば、彼を、まったくこれは中上のオバだ、と思いましたし、第一、彼の書く小説は、ある意味で女性的です――そして、それが秀れた小説の特徴なのです。》(金井美恵子 『小説論』)

おわかりだろうか? ――だがこの言い草は男の言葉ではないかーーまあそれはこの際、問わないでおこう・ ・ ・

ニーチェの「ドイツ人に欠けているもの」から抜き出すのなら、ドイツ人、いやそれだけではなく、インテリども、「知識人」どもは、見ることができない。すなわち「女」ではないのだ。

人は見ることを学ばなければならない、人は考えることを学ばなければならない、人は語ることと書くことを学ばなければならない。これら三者のすべてのおける目標は一つの高貴な文化である。――見ることを学ぶとはーー眼に、落ち着きの、忍耐の、対象をしてわが身に近づかしめることの習慣をつけることであり、判断を保留し、個々の場合をあらゆる側面から検討して包括することを学ぶことである。これが精神性への第一の予備訓練である。すなわち、刺激にただちに反応することはなく、阻み、きまりをつける本能を手に入れることである。私が解するような見ることを学ぶとは、ほとんど、非哲学的な言い方で強い意志と名づけられているものにほかならない。その本質的な点は、まさしく、「意欲」しないこと、決断を中止しうることである。すべての非精神性は、すべての凡俗性は、刺激に抵抗することの無能力にもとづく、――だから人は反応せざるをえず、人はあらゆる衝動に従うのである。(ニーチェ「ドイツ人に欠けているもの」『偶像の黄昏』所収 原佑訳 ちくま学芸文庫 p82)

《判断を保留》とあるので、クンデラの《小説の知恵(不確実性の知恵)》をめぐる文章を抜き出してもよい。今ではそこらじゅうで《理解する前に判断したいという欲望》の精神ばかりなのだから。

人間は、善と悪とが明確に判別されうるような世界を望んでいます。といいますのも、人間には理解する前に判断したいという欲望 ――生得的で御しがたい欲望があるからです。さまざまな宗教やイデオロギーのよって立つ基礎は、この欲望であります。宗教やイデオロギーは、相対的で両義的な小説の言語を、その必然的で独断的な言説のなかに移しかえることがないかぎり、小説と両立することはできません。宗教やイデオロギーは、だれかが正しいことを要求します。たとえば、アンナ・カレーニナが狭量の暴君の犠牲者なのか、それともカレーニンが不道徳な妻の犠牲者なのかいずれかでなければならず、あるいはまた、無実なヨーゼフ・Kが不正な裁判で破滅してしまうのか、それとも裁判の背後には神の正義が隠されていてKには罪があるからなのか、いずれかでなければならないのです。

この<あれかこれか>のなかには、人間的事象の本質的相対性に耐えることのできない無能性が、至高の「審判者」の不在を直視することのできない無能性が含まれています。小説の知恵(不確実性の知恵)を受け入れ、そしてそれを理解することが困難なのは、この無能性のゆえなのです。(クンデラ『小説の精神』 P7-9)


ところで中井久夫は「精神科医の自己規定」として、精神科医は傭兵のようなものではないかと自問したあと、続けて「売春婦」のようなものともしている。

もうひとつの、私にしっくりする精神科医像は、売春婦と重なる。

そもそも一日のうちにヘヴィな対人関係を十いくつも結ぶ職業は、売春婦のほかには精神科医以外にざらにあろうとは思われない。

患者にとって精神科医はただひとりのひと(少なくとも一時点においては)unique oneである。

精神科医にとっては実はそうではない。次のひとを呼び込んだ瞬間に、精神科医は、またそのひとに「ただひとりのひと」として対する。そして、それなりにブロフェッショナルとしてのつとめを果たそうとする。

実は客も患者もうすうすはそのことを知っている。知っていて知らないようにふるまうことに、実は、客も患者も、協力している、一種の共謀者である。つくり出されるものは限りなく真物でもあり、フィクションでもある。

職業的な自己激励によってつとめを果たしつつも、彼あるいは彼女たち自身は、快楽に身をゆだねてはならない。この禁欲なくば、ただのpromiscuousなひとにすぎない。(アマチュアのカウンセラーに、時に、その対応物をみることがある。)

しかし、いっぽうで売春婦にきずつけられて、一生を過まる客もないわけではない。そして売春婦は社会が否認したい存在、しかしなくてはかなわぬ存在である。さらに、母親なり未見の恋びとなりの代用物にすぎない。精神科医の場合もそれほど遠くあるまい。ただ、これを「転移」と呼ぶことがあるだけのちがいである。

以上、陰惨なたとえであると思われるかもしれないが、精神科医の自己陶酔ははっきり有害であり、また、精神科医を高しとする患者は医者ばなれできず、結局、かけがえのない生涯を医者の顔を見て送るという不幸から逃れることができない、と私は思う。(中井久夫『治療文化論』P197-198)

こうやって、いまだ限られた男たちであるにしろ、「女になる」こと、「娼婦になる」こと、の偉大さが気づかれつつある。

(中井)……あの、診察している時、自分の男性性というのは消えますね。上手にいっているときは。ほんものの女性性が出るかどうかはわかりませんけど、やや自分の中の女性性寄りです。少なくとも統合失調症といわれている患者さんを診るときはそうですね。

(鷲田)自分からそれは脱落していくのですか。

(中井)いや、機能しない。まあ統合失調症の人を診た直後に非行少年かなんかを診たらもう全然だめなんです。カモられてしまう。(「身体の多重性」をめぐる対談 中井久夫/鷲田清一 『徴候・記憶・外傷』所収より)

ここで再度ニーチェ先生のお出ましを願おう。ニーチェの「強者」とは実のところ「女」のことではないか。《ひとはつねに強い者を、弱い者たちの攻撃から守らなければならない》(ニーチェ遺稿 1888)

道徳の発展がたどる傾向。——誰でも、おのれ自身がそれで成功するようなもの以外の教えや事物の評価が通用しないことを願望する。したがって、あらゆる時代の弱者や凡庸な者どもの根本傾向は、より強い者たちをより弱化せしめること、引きずりおろすことであり、その主要手段が道徳的判断である。より強い者のより弱い者に対する態度は烙印をおされ、より強い者の高級な状態は悪しざまな別名をつけられる。  多数者の少数者に対する、凡俗な者の稀有な者に対する、弱者の強者に対する闘争——。この闘争を最も巧妙に中絶せしめるものの一つは、精選された、繊細な、要求するところの多い者がおのれを弱者として示し、粗暴な権力手段を放棄するときである——(ニーチェ『権力への意志』)

おわかりだろうか? おそらく現在ではなかなか「おわかり」にならない種族があまた棲息していることを惧れるので、やむえず浅田彰の説明を、くどくなることをおそれずに、つけ加えておく。

いろいろ問題があったけれども、やはり<強者>と<弱者>の問題というのが重要だと思うんです。これはさっきのファシズム問題ともつながるけれども、ニーチェの<強者>というのは普通の意味での強者、例えばヘーゲルの意味での強者と徹底的に区別しないと、プロトファシストみたいになってしまうわけです。実際、普通の意味でいうと、ニーチェの<強者>というのは物凄く弱い。ニーチェは能動的なものと反動的なもの、肯定的なものと否定的なもののおりなす系譜をたどっていくのだけれども、なぜか世界史においては必ず反動的なもの・否定的なものが勝利し、能動的なもの・肯定的なものは全面的に敗北しているわけです。

これはなぜかというと、<弱者>の側が力で勝っているからではなく、<弱者>が<強者>に病いを伝染させ、それによって<強者>の力を差っ引くからであるというんですね。これはほとんど免疫の話になっているんですが、たまたま『ニーチェの抗体』という変な論文を書いた人がいて、83年ぐらいに既にAIDSの問題が出かかったときそれとの絡みで書かれた(……)思いつき倒れの論文なんだけれども、面白いことに、ニーチェの<強者>というのは免疫不全だと言うんです。何でもあけっぴろげに受け入れてしまう。それにつけ込んで有毒なウィルスを送り込むのが<弱者>なんです。事実、その論文は引いていないけれど、ツァラトゥストラも、最高の存在というのは最も多くの寄生虫に取りつかれると言っている。全くオープンなまま常に変転しているから、それをいいことにして寄生虫がパーッと入って来て、ほとんどAIDSになってしまうわけです(笑)。だから「<強者>をつねに<弱者>の攻撃から守らなければならない」。(『天使が通る』(浅田彰/島田雅彦対談集))

ーーところで浅田彰のように巧みに解釈する精神とは、男の精神なのではないだろうか。浅田彰とは女になりたくて、なりきれずにいる男なのではないか。

とはいえここで蓮實重彦の浅田彰評を掲げておこう。

浅田彰の言説を特徴づけるものとして、最終的には否定さるべき批判の対象とかなり快く戯れて、ことと次第によっては、自分がその「絶対的スノビズム」であることも恐れないといったところがあり、それがいわゆる若手の文芸批評家どもと彼との絶対的な違いなわけです。つまり、浅田彰はその点で間違いなく優位にあるんだけれど、その優位を彼は余裕をもって遊ぶんで、批評家としての拡がりが出ると同時に、否定と肯定の揺れ動きも大きくなって、たとえば否定さるべきポスト・モダン状況というのを率先して楽しんじゃっているというところがある。(『闘争のエチカ』)

今、批判の対象を楽しんでいる批評家がどれだけいるだろう。この楽しむことが「女」の精神である。それは「患者」になることでもある。

週刊誌ブームが、現代日本文化の一種の病気であると考えるのは勝手であろうが、それが、ただ医者の見立てでは詰まらない。自ら患者になって、はっきりした病識を得てみなくては詰まらない。批評家は直ぐ医者になりたがるが、批評精神は、むしろ患者の側に生きているものだ。医者が患者に質問する、一体、何処が、どんな具合に痛いのか。大概の患者は、どう返事しても、直ぐ何と拙い返事をしたものだと思うだろう。(……)私は、患者として、いつも自分の拙い返答の方を信用する事にしている。(小林秀雄「読者」)


 さて最後に、ラカン先生の言葉をつけ加えておくべきだろうか。

ラカンはエディプスの彼方に女性を見ようとする。女性においては、例外的父親がなくても一応の主体的統一が得られる。これは男性のようなひとつの総体をなさない非総体的な統一であり、いかなる理想像も必要としない。このような論理は、すべての理想機能を一旦停止させて分析を進行させなければならない分析家にふさわしいものであろう。分析家がある理想を持ったまま分析家の場にいると、その理想は分析の障害となる。分析家が自ら分析を受けなければならない一つの理由は、自分自身を構成している理想が何であるかをはっきりさせることである。この点において、分析家は理想なしで個的に存在する女性と共通するものを持っている。

女性と分析家との共通点はまだ外にもある。一人の女性は男性の、ファンタスムの対象の場(a)に自らを置くことに承諾する($→a) 。このことは、分析家が主体の欲望の原因の場(a)にやって来ること(a →$)と、たがいに対象(a)のふりをするという行為において同じである。また、分析家の集団は、一人の長を置き、ヒエラルキーを持ったものではなく、女性のように、非総体的な論理を持った集団であることを要請されるということも、付け加えておこう。

ここで、先に述べたことを少し修正しなければならない。ラカンにとって精神分析は精神病によるものであると言ったが、実は、精神分析は女性によるものである、と言ったほうが正しいであろう。ラカン自身も男性よりも女性のほうが分析家としては適していると言っていたのである。

最後に分析家ラカンのひとつの挿話を付け加えておこう。ある女性の患者がラカンに女であることの難しさを訴えていたところ、ラカンは彼女に「貴女女だけではありません」と答えた。このとき、この患者は、ラカンが女性であることを理解したのであった。(向井雅明「ヒステリーの、ヒステリーのための、ヒステリーによる精神分析」)



2014年12月25日木曜日

写真の本質の飼い馴らし、あるいは白痴が微笑む世界

私が想像するには(私は写真家ではないから、私にできるのは想像してみることだけである)、「撮影者」の本質的な行為は、ある事物または人間を(部屋の小さな鍵穴から)不意にとらえることにあり、したがってその行為は、被写体が知らぬまにおこなわれるとき、はじめて完璧なものとなる。(……)写真の《衝撃》は(……)精神的外傷を与えることよりも、むしろ、非常にうまく隠されているため、当事者さえも知らないかまたは意識していない事柄を、暴露することにあるからだ。(……)

写真は、それがなぜ写されたのかわからなくなるとき、真に《驚くべきもの=不意を打つもの》となる。(ロラン・バルト『明るい部屋』p46-48)

写真の本質が、もしバルトのいうように、《被写体が知らぬまにおこなわれるとき、はじめて完璧なものとなる》とすれば、被写体に了承をとってから写さなければならないという現代の倫理は、写真の本質に悖ることになる。もっとも不意を捉えることは、仮に了承を取った後にもさまざまな手段があるだろう。被写体に絶え間ない動きを促しその瞬間を捉えるとか、被写体の関心を撮られることから逸らすために撮影者はジョークを繰りだすとか。

わたくしには、荒木経惟の写真を眺めているとき、彼の饒舌が聞えて来るような気分になるときがある。荒木のモデルの女たちのまなざしは、撮影者だけをみつめている。他の写真家の作品では、モデルとなった女のまなざしは撮影者だけでなく、その背後にある写真をみるだろう限りなく多数の無名の目による視線に向けられている。荒木経惟の写真にはそれがない、すくなくともその多くは、――と「錯覚」に閉じこもり得ることが多い。




もっとも他の写真家たちの作品を多く、まんべんなく、みることはないから、あまりエラそうなことは言えない。

ところで中井久夫に「顔写真のこと」というエッセイがある。そこには《こどもの時から写真をとられるのが苦手であった》と冒頭にあり、写真を撮るという攻撃性にすこぶる敏感な、ひどく繊細な感性な溢れる言葉をもって、書きすすめられてゆく。


私がとった風景写真には、ふしぎな特徴があると友人はいう。要するにみごとに人がいないのである。私は意識していないのだが、かなりの雑踏でも人の途絶える瞬間があって、その時をねらってシャッターを押すらしい。(……)

写真をとるということは、機関銃に似た固い物体を相手にむけるという行為である。写真をとることにも、とられることにも、私に抵抗があるのは、このためもあるらしい。つまり、私の心の中にある対人恐怖に、相手から攻撃されること、人を攻撃してしまうことの恐怖が加わって、写真というものを苦手にしているらしい。

カメラを介しての人間関係には独特なものがある。肖像画を描いてもらう時とはずいぶん違うだろう。冷たい機械を間にはさんで直接向き合う対人場面は他にはめったにあるまい。しかも、ここには絶対的な不平等がある。写す者と写される者との不平等である。さらに、集団写真といっても、焦点は誰かに合っている。基本的には一対一の関係、それも焦点をしぼった鋭い関係である。そして、非言語的関係である。沈黙が強要され、しぐささえも一瞬の静止を求められ、自己身体のイメージが前面に出る。写真機の前で緊張する人は、この独特な状態に自分の病理をしぼり出される。私など、その最たるものであろう。(中井久夫「顔写真のこと」『記憶の肖像』所収)

続けて、この写真恐怖症とも言える中井久夫が《専門家に肖像写真をとってもらう機会》について書いている。一度目のカメラマンは、英国仕込みという触れ込みの若手で、いちどきに三百枚ほどとった、とある。写真家は「最初五十枚ほどとられてしまうと写される快感が生じてきますよ」、という。だが中井久夫にはその快感が訪れない、《写される快感とはどういうものであろうか。素朴なナルシストのものであろうか。被虐的な快楽であろうか》。

二度目は、初老の職人肌の人であった。「自宅に朝うかがいます」といわれ、待っていると、ひょうひょうとした人があらわれ、挨拶をかわしているうちに家人を巻き込んで雑談にはいった。そのまま、「ちょっと一枚二枚」といって、しきりに手のかたちを問題にしはじめた。「妙に手にこだわる人だな、そんなものかな」と思っているうちに、撮影は終わった。

出来上がりをみて、私はさとった。あの人は、まず、朝のいちばん疲れていない時、くつろいだ場を選んだ。そして、家族と話をしている時の自然な表情を探した。私が少数の親しい人の前以外ではひどく緊張する人間であることを察してのことか、あるいはそういう人が一般に多いという、この人の撮影体験の長い歴史によることか。

そして、手のかたちに私の注意を集中させた。集団写真の時に私の体の居ずまいをがたがたにさせる、あの意識はことごとく手に向かって、ふつうの撮影の時には居すわっているはずの顔や首という場からすっかり出払ったのである。これは、詩について、かねがね感心しているエリオットの言葉を思い出させる。エリオットは、詩の意味とは、読者の注意をそちらのほうにひきつけ、油断させて、その間に本質的な何ものかが読者の心に滑り込むようにする、そういう働きのものだという。それは、この場合、手への意識集中である。

最近、インタヴューを受けた時に現れたのも、この人であった。再会である。(……)今度は私の仕事部屋での撮影だった。氏は短い会話によって、私の顔を「ほどく」ことに成功した。それから私にいろいろな本を読ませたが、読む著者によって変わる私の表情を氏は敏感に捉えた。それは、予感から余韻に速やかに変わってゆく陽炎のような瞬間〔いま〕を捉えて鮮度を落さずにさっと料理する板前さんであった。私は「(エビの)おどり(食い)の板さん」という名を氏に進上したくなった。(中井久夫「顔写真のこと」1991)

この中井久夫の文章は《被写体が知らぬまにおこなわれるとき、はじめて完璧なものとなる》(バルト)、その工夫が書かれている。エリオットの言葉をもじれば、すぐれた写真とは、被写体の注意を油断させて、その間に本質的な何ものかを捉えることであるとしてもよい。

ところでロラン・バルトの写真論だけとは見なされがたい『明るい部屋』の最後の章の題は、「「飼い馴らされた「写真」」である。そこでは《社会は「写真」に分別を与え、「写真」を眺める人に向かってたえず炸裂しようとする「写真」の狂気をしずめようとつとめる》( p142)とまずは書かれるが、この「狂気」とは、その前々章「まなざし」、前章「「狂気」、「憐れみ」」にその説明がある。いまは一つの文だけを抜き出すことにしよう、《まなざしというものは、それが執拗にそそがれるとき(ましてやそれが、写真によって「時間」を越え持続するとき)は必ずや潜在的に狂気を意味する》と。

われわれ後期資本主義の社会では、この写真の「狂気」を飼い馴らそうとする。まずは盗写はひどく忌み嫌われる。被写体に了解をとってから撮影しなくてはならないのは、すでに「常識的な」社会規範であろう。われわれは、バルトのいう写真の本質、《被写体が知らぬまにおこなわれるとき、はじめて完璧なものとなる》などはまったく許されなくなりつつある「苦情の文化」の住人である。

「嫌がらせ〔ハラスメント〕」は、明確に定義された事実を指しているように見えながら、じつはひじょうに両義的に機能し、イデオロギー的なごまかしをしている語のひとつである。いちばん基本的なレベルでは、この語はレイプや殴打のような残酷な行為や他の社会的暴力を指す。いうまでもなく、そうした行為は容赦なく断罪されるべきだ。しかし、現在流通しているような「嫌がらせ」という語の使い方では、この基本的な意味が微妙にずれて、欲望・恐怖・快感をもった他の現実の人間が過度に近づいてくることに対する批難になっている。二つのテーマが、他者に対する現代のリベラルで寛容な姿勢を決定している。他者が他者であることを尊重して他者に開放的であることと、嫌がらせに対する強迫的な恐怖である。他者が実際に侵入してこないかぎり、そして他者が実際には他者でないかぎり、他者はオーケーである。ここでは寛容がその対立物と一致している。他者に対して寛容でなければならないという私の義務は、実際には、その他者に近づきすぎてはいけない、その他者の空間に闖入してはいけない、要するに、私の過度の接近に対するその他者の不寛容を尊重しなくてはいけない、ということを意味する。これこそが、現代の後期資本主義社会における中心的な「人権」として、ますます大きくなってきたものである。それは嫌がらせを受けない権利、つまり他者から安全な距離を保つ権利である。

(……)あるいは、「悪は、まわりじゅうに悪を見出す眼差しそのものの中にある」というヘーゲルの言明をふたたび言い換えるならば、〈他者〉に対する不寛容は、不寛容で侵入的な〈他者〉をまわりじゅうに見出す眼差しの中にある。(ジジェク『ラカンはこう読め』P173-174)

だがこの社会、すなわち《不寛容で侵入的な〈他者〉をまわりじゅうに見出す眼差しの中》に暮らさざるええないわれわれは、《日常的な意識のうちに認めざるをえない、吐き気のしそうな倦怠感……差異のない(無関心な)世界をつくり出している》(バルト)――こうバルトが書いたのは、もう三十年以上前だが、それがますますひどくなっている社会であるに相違ない。いやむしろ病膏肓に入ってその吐き気さえ感じる感性を失ってしまった新しい人類が生れつつあるとしてもよい。

狂気をとるか分別か? 「写真」はそのいずれをも選ぶことができる。「写真」のレアリスムが、美的ないし経験的な習慣(たとえば、美容院や歯医者のところで雑誌のページをめくること)によって弱められ、相対的なレアリスムにとどまるとき、「写真」は分別のあるものとなる。そのレアリスムが、絶対的な、もしこう言ってよければ、始原的なレアリスムとなって、愛と恐れに満ちた意識に「時間」の原義そのものをよみがえらせるなら、「写真」は狂気となる。(ロラン・バルト『明るい部屋』p145)

もちろんこのバルトの論は1980年に出版されたものであり、いまでは時代錯誤的と言える箇所もあるだろう。だが《愛と恐れに満ちた意識に「時間」の原義そのものをよみがえらせる》刻限、ゆらめく閃光の狂気とあなたがたは無縁とでもいうのか。であるなら勝手にするがよい。

いずれにせよ、いまではこういう「正しい」指摘が渦巻く時代である。

‏@nt1chk
街中でスナップ写真を撮像して、そこに写り込む群衆の顔を一つ一つ識別し、そこからFacebookのアカウントに紐付ける、ということは既に実現された技術であり、写真論云々の批判はそういう技術的展開にまで及ばないなら片手落ちだ(2014.12.25)

ツイッターではことあるごとにこういった「道徳的な」発言――要するに写真を飼い馴らそうとする分別ある発言、そしてそれはもちろん写真だけの話ではない――が溢れかえるのだが、それらの眺めるたびに、わたくしはひどく居心地の悪い思いをしてしまう。

毛利 嘉孝 @mouri · 20時間 20時間前
写真家と被写体をめぐる議論は、人類学や社会学の調査者とインフォーマントの関係とパラレル。かつては、中立性を装って勝手に聞き取り調査を行い、ろくに確認もせずに論文を出すなんてことが行われたが、今ではそんなことは基本的にありえない(はず)。

(承前)したがって、いちばん面白い情報は論文にできないなんてことは日常茶飯事。けれども、インフォーマントと合意を取ることによって人類学や社会学のレベルが下がったわけではない。むしろ自己言及/批判的になって、ある部分は理論的に刷新された。なぜアートや写真にそれができないのか。

撮影の対象者の基本的人権も守れず、写真機の持つ暴力に無自覚なものだけがアートだとしたら、そんなアートは単に時代遅れのくだらないものだ。そのアートがわかるものが特権的で、専門的な批評家だとしたら、この世の中に専門家は必要ないだろう

ましてや東京藝術大学准教授(社会学者、文化研究/メディア研究)なる毛利 嘉孝という方までがこのような「道徳的な」発言に終始しているのをみると(これはこのところツイッター上で賑わっている大橋仁批判の文脈であり、他の場合の発言ではどうなのかはまったく知らない身ではあるが)、では「認識的判断」――写真の本質――はどこにいったのかと問い返してみたくなる誘惑にかられてしまう。

もし仮に、バルトのいうように、対象者を不意撃ちするのが、写真の本質であるとしたら、《撮影の対象者の基本的人権も守れず、写真機の持つ暴力に無自覚なものだけがアートだとしたら、そんなアートは単に時代遅れのくだらないものだ》などと発言できはしまい。とするなら毛利氏にとっての写真の本質とはなんなのか、暴力性を取り払ったあとに、どんな写真の本質があるのかを示すべきではないかとは思う。まさか写真を飼い馴らすことばかりに汲々としているわけではあるまい。要するに、認識的判断と道徳的判断をそれぞれ分けて考えるのが、ときには必要があるはずだが、それがここではなされていない。

カントは、ある対象に対するわれわれの態度を、これまでの伝統的区別にしたがって、三つに分けている。ひとつは、真か偽かという認識的な関心、第二に、善か悪かという道徳的な関心、もうひとつは、快か不快かという趣味判断。(……)

カントが趣味判断のための条件としてみたのは、ある物を「無関心」において見ることである。無関心とは、さしあたって、認識的・道徳的関心を括弧に入れることである。というのも、それらを廃棄することはできないからだ。

しかし、このような括弧入れは、趣味判断に限定されるものではない。科学的認識においても同様であって、他の関心は括弧に入れられねばならない。たとえば、外科医が診察・手術において、患者を美的・道徳的に見ることは望ましくないであろう。また、道徳的レヴェル(信仰)においては、真偽や快・不快は括弧に入れられなければならない。こうした括弧入れは近代的なものである。それはまず近代の科学認識が、自然に対する宗教的な意味づけや呪術的動機を括弧に入れることによって成立したことから来ている。ただし、他の要素を括弧に入れることは、他の要素を抹殺してしまうことではない。(柄谷行人「建築の不純さ」)

道徳的判断に終始しているのか、それともすべては道徳判断をまずは基準としなければならないという考え方なのかは窺知れないが、ときに道徳的判断を括弧に入れて、写真の本質(認識的判断)を示さないままでの議論は空しい。

(ここでは敢えて悦楽(=享楽jouissance)の領域へ進むもの、われわれの文化的土台を揺るがすものが「芸術」の役割の大きな側面ではないかという議論はしないでおく(いくらかの参照:「悦楽は常にすべてのことの永遠ならんことを欲する」))。

ところで、蓮實重彦は『凡庸な芸術家の肖像』の主人公、マクシム・デュ・カンの物語には次のようにある。

……われわれの興味を惹くのは、彼の写真への関心が、狩猟の快楽を知ったのとほぼ同じ時期に芽萌えているということだ。彼は動物めがけて銃弾を撃つように、廃墟や歴史的建造物にレンズを向けているのである。(……)

撃つことにも通ずる撮ることという主題は、写真技術の飛躍的な進歩を達成した二十世紀に入ってから神話化されることになろうが、その原初的なかたちが無意識ながらマクシムによって実践されている点に注目しようではないか。遥かな距離にある対象物に照準を合わせること、そして指の微妙な動きが成功と失敗とを分けへだてるという物理的な類似にとどまらず、ある攻撃的な衝動なしには達成されがたい振舞いとして、撃つことと撮ることとの心理的な類縁性が、すでに写真の発生期に、狩猟の快楽に目覚めたばかりの旅行家によって実践されている点に、われわれは改めて興味をおぼえる。ある種の征服欲の発現なしには、撃つことも撮ることも真の目的を遂げえないだろう。(『凡庸な芸術家の肖像』p607)

《ある種の征服欲の発現なしには、撃つことも撮ることも真の目的を遂げえないだろう》とあるが、やはりここでも写真のもともとの根は、〈他〉を狩ることであり、ラカン派的にいえば、究極の大文字の〈他〉は〈女〉であるならば、女を狩ることが写真の本質ーーそれは写真だけではないのだがーーであるとすることができるのではないか。



Robert Mapplethorpe


写真を撮るとは、このロバート・メイプルソープの作品が表現した振舞いではないか。

無意識には女についての男の無知そして男についての女の無知の点があります。それをまず次のように言うことができます。二つの性は互いに異邦人であり、異国に流されたものである、と。

しかし、このような対称的表現はあまり正しいものではありません。というのも、この無知は特に女性に関係するからです。他の性について何も知らないからなのです。ここから大文字の他の性Autre sexsというエクリチュールが出て来ますが、それはこの性が絶対的に他であるということを表わすのです。実際、男性のシニフィアンはあります。そしてそれしかないのです。(ミレール「もう一人のラカン」)
女は存在しない。われわれはまさにこのことについて夢見るのです。女はシニフィアンの水準では見いだせないからこそ我々は女について幻想をし、女の絵を画き、賛美し、写真を取って複製し、その本質を探ろうとすることをやめないのです(ミレール“El Piropo”)

クンデラは「存在の絶えられない軽さ』にて、その女性主要登場人物のひとり画家サビナに、暴力のない世界、攻撃衝動のない世界、いわゆる「理想的な」世界がもし実現されたのなら耐えられない、という意味のことを語らせ、《その白痴が微笑むその世界では、彼女には彼らと交わすべき一語もないであろうし、一週間のうちに恐怖で死んでしまうであろう》としている。

分別ある「識者」の見解は、写真の暴力性を飼い馴らして、「白痴が微笑む世界」にでもしようとすることではまさかあるまい、ましてや「芸術」を研究しているひとがそんな振舞いに出でもっともらしい顔をしているなどということは。

ところでマクシム・デュ・カンは、蓮實重彦によって「凡庸な」と称されているが、ボードレールの『悪の華』第二版の最後を飾る「旅」は、デュ・カンへ捧げられているし、またフローベールの長年の友人でもあり、ナポレオン大公の狩猟仲間、マチルド大公妃のサロンの常連、後年はアカデミー・フランセーズの会員になっているわけで、しかもナダールに先んじて仏国で最初の写真集を出した人物である。

他方、われわれの時代は、「凡庸にもなりえない」人びとが、なにやらネット上で識者ぶってお説教を撒き散らしている時代である。《きわめて厄介なえせ芸術家》(中野重治)、《学者でもタレントでもない「きわめて厄介な」ヌエのような存在》(柄谷行人)であるだろう似非知識人の猖獗。それはネット文化としてやむえないことではあれ、あまりにも庶民的正義派が多すぎる。

ーーというわけで「凡庸にもなりえない」人びとのなかの一員であるに相違ないわたくしは、ときにこうやって、世間を真に受けぬための積極的な仕草をしてみたくなる。

【瞞着Mystification】

もっぱらこっけい味のある欺瞞を指すものとして、リベルタン精神の横溢する十八世紀のフランスにあらわれた、それ自体おもしろおかしい(神秘〔ミステール〕という言葉に由来する)新語。ディドロはとてつもない悪ふざけをたくらんで、クロワマール侯爵に、ある不幸な若い修道女が彼の保護を求めていると、まんまと信じこませてしまうが、このときディドロは四十七歳。数ヶ月のあいだ、彼はすっかり感動した侯爵に宛てて、実在しないこの女のサイン入りの手紙を書き送る。『修道女』――瞞着の果実。ディドロと彼の世紀とを愛するための、さらなる理由。瞞着とは、世間を真に受けぬための積極的な方法である。(クンデラ「七十三語」(『小説の精神』)所収)

…………

※附記:ネット上で批判される大橋仁がタイの娼窟の撮影禁止の場での振舞いは、「男女300人の絡みを撮影...知性と理性を吹っ飛ばせて見えた境地とは【大橋仁 INTERVIEW】」にある。その批評(吟味)は、各人勝手にやったらよろしい。




上の画像は大橋仁の作品ではないことに注意を促しておこう。また大橋仁のインタビューにあるタイの「金魚鉢」(=風俗店で客を待つ女の子たちが待機するガラス張りの部屋)が林立するエリアはあまり好まないほうだが、バンコクのストリートの客待ち女性の姿には魅了されたことがないではない、ともしておく。






いい「まなざし」撮ってるじゃん。オレはこの写真見て、荒木経惟の次の写真をすぐさま想起したな。




男がこんなまなざしみせて被写体になること滅多にないんじゃないか。ここではフロイトの『マゾヒスとの経済的問題』のおける女性的マゾヒズムの叙述を引用するのはあえてやめておき、上に引用した中井久夫の言葉を反芻するだけにしておくよ、《写される快感とはどういうものであろうか。素朴なナルシストのものであろうか。被虐的な快楽であろうか》と。

荒木のヌード写真を支えているのは、”撮られる側の欲望”であり、それは「女を撮られたい」ということである。ヌード写真を批判する議論として、それが男の性的欲望に奉仕する”女”を強制的に演じさせられているからという言い方がある。しかし、実のところ自分の中に確実にうごめいている”女”の「エロス」をまっすぐに見つめて欲しいという欲望こそ、ヌード写真がこれほどまでに大量に撮られ続けている最大の理由なのではないか。(飯沢耕太郎)

《男の幸福は、「われは欲する」である。女の幸福は、「かれは欲する」ということである》(ニーチェ『ツァラトゥストラ』手塚富雄訳)

ーーワルカッタね、庶民的正義派フェミニストのみなさん! オレはひどく時代錯誤的かつ日本的社会規範の「常識」からひどく外れてて。

男は自分の幻想の枠にフィットする女を欲望する。他方、女は自分の欲望をはるかに徹底的に男のなかに疎外する(男のなかに向ける)。女の欲望は男に欲望される対象になることである。すなわち男の幻想の枠にフィットすることであり、女は自身を、他者の眼を通して見ようとするのだ。“他者は彼女/私のなかになにを見ているのかしら?” という問いにたえまなく煩わせられている。しかしながら、女は、それと同時に、はるかにパートナーに依存することが少ないのだ。というのは彼女の究極的なパートナーは、他の人間、彼女の欲望の対象(男)ではなく、ギャップ自体、パートナーからの距離なのだから。そのギャップ自体に、女性の享楽の場所がある。(ジジェク『Less Than Nothing』2012 私訳)