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2015年10月24日土曜日

純シニフィアンの物質性

我々は強調しなければならない、ラカンがいかに無意識を理解したかを。彼は二つの用語を使っている。記号 symbole 、意味作用の原因としてのシニフィアン、そして、文字 lettre 純シニフィアン signifiant pur としてのシニフィアンの二種類である。(ロレンツォ・キエーザ Lorenzo Chiesa 『主体性と他者性』Subjectivity and Otherness、2007)




ーーおい、カッコウいいこというじゃないか、じつに気に入ったね

……que c'est à un rapport du sujet au signifiant comme tel, sous son aspect le plus formel, sous son aspect de signifiant pur, qu'il faut rattacher le noyau de la psychose, et que tout ce qui se construit est là autour, (ラカン、セミネールⅢ(精神病)、p.527)

というわけで、《Real-of-language—as unmediated, unsymbolized letter、言語の現実界ーーなにものにも仲介されていない、象徴化されていない文字》のロレンツォ・キエーザである(参照:「S1(主人のシニフィアン)≒trait unaire(一つの特徴)」)。

初歩的なレヴェルでは、文字は音素の書かれた物質化である。…もっと重要なのは、第二のより広いレヴェルにおいて、文字は、(意識的な)意味作用から独立して、無意識のなかにそれ自体として物質的に存在するものということだ。(ロレンツォ、2007)

とはいえ、セミネールⅢと同様、ラカンは早い時期からくり返している。

ここでの文字をいかに取るべきだろうか? まったくシンプルに、文字通りに à la lettre だ。私が文字によって示すのは、物質的な支柱であり、具体的な言説が言語から借りてきたものである。

Mais cette lettre comment faut-il la prendre ici? Tout uniment, à la lettre; Nous désignons par lettre ce support matériel que le discours concret emprunte au langage.( L'INSTANCE DE LA LETTRE DANS l'INCONSCIENT (E. 495)

だが残念なことに現代思想やらなにやらの連中ーーラカン派さえもーーは次ぎのように誤解してきた。

ラカンが、無意識は言語のように(あるいは「として」comme)組織されているという時、彼は言語をもっぱら「象徴界」に属するものとして理解していたのが惜しまれる。(中井久夫「「創造と癒し序説」――創作の生理学に向けて」1996.12初出『アリアドネからの糸』所収)

もちろん中井久夫を難詰するつもりはない。これがすくなくともある時期までの通念だったということを示すために掲げただけだ。

ラカン自身こう言っているのだからやむえない。

これからお話しするのは、皆、おそらく混同していることが多々あるからです。わたしのスピーチがある種のオーラを発していて、そのことで皆、言語について、混同している点が多々見受けられます。わたしは言語が万能薬だなどとは寸毫たりとも思っていません。無意識が言語のように構造化されているからではありません。(ラカン『ラ・トゥルワジィエーム』 La Troisième 31.10.1974 / 3.11.74
「言語は無意識からのみの形成物ではない」とわたしは断言します。なにせ、lalangue  に導かれてこそ、分析家は、この無意識に他の知の痕跡を読みとることができるのですから。他の知、それは、どこか、フロイトが想像した場所にあります。(ラカン、於Scuala Freudiana 1974.3.30)

というわけで、文字について哲学的ラカン派ではなく、臨床的ラカン派の見解をも掲げておこう。




(身体部分への)記銘 inscription はシニフィアンの体制 order には属していない(そしてそれ故、大他者には属していない)。しかしその記銘は、ラカンが「文字」として理解しようと奮闘するなにかを通して、起こる。ここでは「使用価値」が「交換価値」よりはるかに重要である。(……)

文字は後々まで、大他者の非全体 pas-tout の内部に外立 ex-sisting し続ける。(ポール・ヴェルハーゲ、2002) 
セミネール XXII(R.S.I.)にて、ラカンは「文字」をふたたび取り上げている。システム無意識 system Ucs(Ubw) における欲動の代表象としての「文字」である。この文字は、欲動が特定の主体に固着される特定な仕方をもって現れる。(同上)

ーーこのヴェルハーゲの文は後に2009年に「享楽の侵入」として整理された。上の文から読みとれるかもしれないように、ヴェルハーゲはラカンの「文字」概念に対して、全面的には賛同していないようにいっけん見える。

Qu'est-ce que ce x ? C'est ce qui de l'inconscient peut se traduire par une lettre, en tant que seulement dans la lettre, l'identité de soi à soi est isolée de toute qualité.

De l'inconscient, tout Un… en tant qu'il sustente le signifiant en quoi l'inconscient consiste …tout Un est susceptible de s'écrire d'une lettre. Sans doute, y faudrait-il convention. (S.ⅩⅩⅡ p.73)

いずれにせよ、身体に記銘された欲動の固着のたぐいとは次のようなものだ。

そもそも肉体に宿る感情を、一体どうすれば言葉にすることができるといのだろうか? たとえばあそこの空虚さを、どうように表現すればいいのか?(リリーの眺める客間の踏み段は恐ろしく空虚に見えた。)あれを感じ取っているには身体であって、決して精神ではない。そう思うと、踏み段のむき出しの空虚感のもたらす身体感覚が、なお一層ひどくたえがたいものになった。(ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』)

それは大他者の非全体 pas-tout の内部に外立 ex-sisting し続ける。それは外密(外-親密 ex-intimate)、Fremdkörper(異物)でもあるだろう(参照:ラカンのExtimité とハイデガーのExsistenz)。

要するに、私たちのもっとも近くにあるものが、私たちのまったくの外部にあるのです。ここで問題となっていることを示すために「外密extime」という語を使うべきでしょう。(ラカンS16)

さて次に再度中井久夫である。

ラカンは精神病を考えるなかで、純シニフィアンを見出し、中井久夫は分裂病を考えるなかで、言語の物質性を見出したといってよいだろう。

われわれはまともな文章を書くために、つまり言語の物質性にめぐりあうために、退行しなくてはならないのではないだろうか。

何人であろうと、「デーモン」が熾烈に働いている時には、それに「創造的」という形容詞を冠しようとも「退行」すなわち「幼児化」が起こることは避けがたい。(中井久夫「執筆過程の生理学」)

すくなくとも言語の「図式的側面」ばかりを使用した文章ばかりでは貧しい、《詩とは言語の徴候的側面を主にした使用であり、散文とはその図式的側面を主にした使用である》。

私はひとり、でも声があらゆるところで私に語りかけてくる。そこで・・・ この溢れ出すような感覚をほんの少し知らせようとしているの。長いこと、私は、あれを外部の声だと信じていたけど、今ではそう思っていない。 あれは私なのだと思う。 ( 『マルグリット・デュラスの世界』デュラス)
書くときに私が到達しようと努めているのは、おそらくその状態ね。外部の物音にじっと耳を澄ましている状態。ものを書く人たちはこんなふうに言う、 "書いているときは、集中しているものだ" って。私ならこう言うわ、 "そうではない、私は書いているとき、完全に放心しているような気がする、もう全く自分を抑えようとはしない、私自身、穴だらけになる、私の頭には穴があいている" と。(デュラス/ポルト『マルグリット・デュラスの場所』)

とはいえ、詩人はそんなに数多くいらない。凡人たちーーここでわたくしのような、と記しておかないとオコラレルーーは《明晰な理解可能性という、いわば貧しい領土にとどまって》奮闘すべきなのだろう。

浅田彰:批評的立場を選んだからには、徹底して明晰であろうとすべきでしょう。僕は奇妙な形で文学にひかれています。妙に小器用で、他のジャンルのことはよく分かったような気がするのに、文学はどうしても隅々まで理解できない。ただ、そういう不可解なものを語るとき、それをまねるのではなく、明晰な理解可能性という、いわば貧しい領土にとどまって、ギリギリのところで書いていきたい。それが、自分にとって本当に分からないものの発見につながると思っていますから。(平成2年5月1日朝日新聞夕刊  対談 大江健三郎&浅田彰)


◆中井久夫「詩の基底にあるもの」より(『家族の深淵』所収 初出1994)

―――その生理心理的基底



精神科医として、私は精神分裂病における言語危機、特に最初期の言語意識の危機に多少立ち会ってきた。それが詩を生み出す生理・心理的状態と同一であるというつもりはないが、多くの共通点がある。人間の脳がとりうる様態は多様ではあるが、ある幅の中に収まり、その幅は予想よりも狭いものであって、それが人間同士の相互理解を可能にしていると思われるが、中でも言語に関与し、言語を用いる意識は、比較的新しく登場しただけあって、自由度はそれほど大きいものではないと私は思う。

言語危機としての両者の共通点は、言語が単なる意味の担い手でなくなっているということである。語の意味ひとつを取り上げてみても、その辺縁的な意味、個人的記憶と結びついた意味、状況を離れては理解しにくい意味、語が喚起する表象の群れとさらにそれらが喚起する意味、ふだんは通用の意味の背後に収まり返っている、そういったものが雲のように語を取り囲む。

この変化が、語を単なる意味の運搬体でなくする要因であろう。語の物質的側面が尖鋭に意識される。音調が無視できない要素となる。発語における口腔あるいは喉頭の感覚あるいはその記憶あるいはその表象が喚起される。舌が口蓋に触れる感覚、呼気が歯の間から洩れる感覚など主に触覚的な感覚もあれば、舌や喉頭の発声筋の運動感覚もある。

これらは、全体として医学が共通感覚と呼ぶ、星雲のような感覚に統合され、またそこから発散する。音やその組み合わせに結びついた色彩感覚もその中から出てくる。

さらにこのような状態は、意味による連想ばかりでなく、音による連想はもとより、口腔感覚による連想、色彩感覚による連想すら喚起する。その結果、通用の散文的意味だけではまったく理解できない語の連なりが生じうる。精神分裂病患者の発語は、このような観点を併せれば理解の度合いが大きく進むものであって、外国の教科書に「支離滅裂」の例として掲載されているものさえ、相当程度に翻訳が可能であった。しばしば、注釈を多量に必要とするけれども。

このような言語の例外状態は、語の「徴候」的あるいは「余韻」的な面を意識の前面に出し、ついに語は自らの徴候性あるいは余韻性によってほとんど覆われるに至る。実際には、意味の連想的喚起も、表象の連想的喚起も、感覚の連想的喚起も、空間的・同時的ではなく、現在に遅れあるいは先立つものとして現れる。それらの連想が語より遅れて出現することはもとより少なくないが、それだけとするのは余りに言語を図式化したものである。連想はしばしば言語に先行する。

当然、発語というものは、同時には一つの語しかできない。文字言語でも同じである。それは、感覚から意味が一体となった、さだかならぬ雲のようなものから競争に勝ち抜いて、明確な言語意識の座を当面獲得したものである。



詩作者と、精神分裂病患者の、特に最初期との言語意識は、以上の点で共通すると私は考える。

私がかつて「詩とは言語の徴候的側面を主にした使用であり、散文とはその図式的側面を主にした使用である」と述べた(『現代ギリシャ詩選』みすず書房、一九八五年、序文)のは、この意味においてである。この場合、「徴候」の中に非図式的、非道具的なもの、たとえば「余韻」を含めていた。その後、私はこの辺りの事情を多少洗練させようとしたが、私の哲学的思考の射程がどうしても伸びないために徹底させられずに終わっている(「世界における索引と徴候」『ヘルメス』 26号、岩波書店、1990年、「世界における索引と徴候 ――再考」同27 号、1990年)。「索引」とは「余韻」を含んでいるが、それだけではない。

その基底には、意識の過剰覚醒が共通点としてある。同時に、それは古型の言語意識への回帰がある。どうして同時にそうなのであろうか。過剰覚醒は、通用言語の持つ覆いを取り除いて、その基盤を露出すると私は考える。

言語リズムの感覚はごく初期に始まり、母胎の中で母親の言語リズムを会得してから人間は生れてくる。喃語はそれが洗練されてゆく過程であるさらに「もの」としての発語を楽しむ時期がくる。精神分析は最初の自己生産物として糞便を強調するが、「もの」としての言葉はそれに先んじる貴重な生産物である。成人型の記述的言語はこの巣の中からゆるやかに生れてくるが、最初は「もの」としての挨拶や自己防衛の道具であり、意味の共通性はそこから徐々に分化する。もっとも、成人型の伝達中心の言語はそれ自体は詰まらない平凡なものである。言語の「発見論的」 heuristicな使用が改めて起こる。これは通常十五歳から十八歳ぐらいに発現する。「妄想を生み出す能力」の発生と同時である。



実際、妄想は未曾有の事態に対する言語意識の発見論的使用がなければ成立しない。幼少年型の分裂病では、これを分裂病と呼べるとしてであるが、言語は水や砂のようにさらさらと流れて固まらない。しかし、妄想は単に言語の発見論的使用ではない。妄想が妄想として認識されるのは決してその内容ではなく、問題の陳腐な解決、特にその解決に権力欲がまつわりついた場合であり、さらに発語内容のみならず形式のほとんど一字一句に至るまでの反復によって「妄想」と認識される(初期分裂病の「妄想的」発語は妄想ではない)。妄想を、通常人が「奇想天外」と余裕を以て驚いてみせるのは、実はその意外性、未曾有性でなく、その陳腐さを高みから眺められるからである。もし陳腐でなければ(いやいささか陳腐であっても)、啓示として跪拝するのは日常見られることではないか(ここで分裂病が一次的には妄想病ではないかと私が考えていることを言っておく必要があるだろう)。

むろん一方は病いであり、一方は病いではないといちおうは言うことができる。しかし、分裂病の場合でも、その最初期、病いといえるか否かの「未病」の時期に言語の徴候的側面への過敏が顕著であり、また一般には、この過敏はその時期の徴候一般に対する過敏の一部として出現する。逆に、詩人の場合も、何の危機もなくて徴候性への敏感さが現れるかどうか。

散文を書く時は、たとえ難渋するにしても、それは主題との格闘であって、言語そのものに対しては「大地の感覚」を維持している。散文においても言語は「発見」の道具でありうるが、言語を「発見論」的にしようしてはいない。「発見論」的使用とは、発見のために闇を探ることであり、それは決して何かを証明することはなく、常に「悪魔と深い海との間に落ちる」危うさがある。詩とは言語の「発見論的」使用であり、それゆえの徴候あるいは余韻、索引への敏感性があるということができると私は考える。詩を書き始める年齢は「妄想能力」の成立の年齢とほぼ一致する。

かりに、貴重な薄氷感を失えば、言語の発見論的使用は「妄想」に堕する危険がある。実際、妄想は全面的危機に際して一つの解釈を示して救い手として現れるものであり、患者が妄想にその内容にふさわしい恐怖を示さないかに見えることは、何よりもまず、それに先行する事態がはるかにおそるべきものであって、それに比すれば何ほどのことはないからである。実際、妄想の反復性と一義性とは、内容の恐怖性を補って余りある安定を与える。ここに妄想の抜けにくさがある。それは不要になった時に自然に消滅する他はないものである。しかし、安んじて共存できるものでもない。また問題は、新しい体験が入ってこなくなることであり、それゆえに妄想を持つ人の「心が痩せる」。詩と妄想とは最終的には相互排除的であるが、出発点においては、まったく別個のものではないと私は考える。むろん、発見論的使用と無縁な韻文はありうる。それは韻文であるが「詩」との相違は、数学の論文とパズルとの差に近くはないか。もっとも、詩作のある段階においてはパズル的側面、言語ゲーム的側面が前に出ることもある。それが詩を完成させる救いになることもある。

…………

たとえば「世界における索引と徴候」(『徴候・記憶・外傷』所収)の冒頭。

敢えて行わけをして引用する。


ふたたび私は
そのかおりのなかにいた。かすかに
腐敗臭のまじる
甘く重たく崩れた香り――、
それと気づけば
にわかにきつい匂いである。

それは、ニセアカシアの花の
ふさのたわわに垂れる
木立からきていた。
雨上りの、まだ足早に走る
黒雲を背に、
樹はふんだんに匂いを
ふりこぼしていた。


Fu音の韻: ふたたび 腐敗臭 ふさ ふりこぼしていた …
a音の韻: 私は かおり なか かすか まじる 甘く 香り 花 たわわ 垂れる 雨上り  …
i音の韻: 気づけば にわかに きつい 匂い ニセアカシア きていた 樹は …

ーーー「かおり」、「かすか」、「香り」のka音の連続があり(漢字とひらがなの「カオリ」の混淆は文字面の美を考慮してのことであろう)、「にわかに」、「きつい」のi音の後に、「香り」ではなく「匂い」があることから、意識的な工夫であることが明らかだ。

まだまだいくらでもある、たとえば、「その」、「それと」 「それは」、に気づくこともできよう。「甘く重たく崩れた」の押韻、「まだ足早に走る」、a音の連続の心地よさ、そこに、足、走る、のshi音が絡むなどなど(i音とすれば「に」であり、足、に、走る、と三つ続くことになる)…

金銀花の蔓が幹ごとにまつわり、ほとんど樹皮をおおいつくし、その硬質の葉は樹のいつわりの毛羽となっていた。かすかに雨後の湿り気がたちのぼる。

二週間後には、このあたりは、この多年生蔓草の花の、すれちがう少女が残す腋臭のほのかさに通じる、さわやかな酸味をまじえたかおりがたちこめて、ひとは、おのれをつつむこの香の出どころはどこかととまどうはずだ。小さい十字の銀花も、それがすがれてちぢれてできた金花の濃い黄色も、ちょっと見には眼にとまらないだろう。

この木立は、桜樹が枝をさしかわして木下闇をただよわせている並木道の入口であった。桜たちがいっせいにひらいて下をとおるひとを花酔いに酔わせていたのはわずか一月まえであったはずだ。しかし、今、それは遠い昔であったかのように、桜は変貌して、道におおいかぶさっているのはただ目に見える葉むらばかりではなく、ひしひしとひとを包む透明な気配がじかに私を打った。この無形の力にやぶれてか、道にはほとんど草をみず、桜んぼうの茎の、楊枝を思わせるのがはらはらと散らばっていた。(同)

詩でなくてもよい、---人は、火傷するほど「熱い」ことを(たまには)書かなければならないのではないか。

《……自分の頭と心とを通過させないで、唇の周りに反射的な言葉をビラビラさせたり、未消化の繰り返しだけやる連中がいるけれどーー学者に、とはいわないまでも研究者にさーー、こういう連中は、ついに一生、本当のテキストと出会うことはないんじゃないだろうか?》(大江健三郎『燃え上がる緑の木』第三部「大いなる日」より)

ーーこれはオレのことではないだろうか?

すでに出版された自著への態度は人によって非常に異なるようである。私は普通、改訂はしない。読み返すこともほとんどない。書店に入っても著書が並んでいる本棚の前は避けて通ってしまう。私にはまだ手にとって火傷するほど「熱い」のである。

翻訳の場合にはこの過敏症はない。特に訳詩となると、これは少し間を置けば何度読み返しても飽きないし、少しずつ訂正してしまう。書店に並んでいるとほっとしてその書店を祝福したくなる。これはおそらく私が翻訳という安全な隠れ蓑を着て私の著作家としてのナルシシズムを安全無害に放電しているのであろう。もし私の詩集という実在しないものが書店に並べば私はその前をとおりにくいのは他の著作以上だろう。 (中井久夫「執筆過程の生理学」)