このブログを検索

2015年10月23日金曜日

昔からある扉口の閾を踏みくぼめる恋人たち

ただ一人の者への愛は一種の野蛮である。それはすべての他の者を犠牲にして行なわれるからである。神への愛もまた然りである。(ニーチェ『善悪の彼岸』)
愛は、人間が事物を、このうえなく、ありのままには見ない状態である。甘美ならしめ、変貌せしめる力と同様、幻想の力がそこでは絶頂に達する。(ニーチェ『反キリスト者』)

…………
《愛しているときのわたしはいたって排他的になる》(フロイト『書簡集』)

――フロイトがそう言っている(ここでのフロイトは、正常さの典型とみなされるだろう)。(ロラン・バルト『恋愛のディスクール』「嫉妬」の項より)

これらは「神への愛」に代表される愛への「標準的な」警告だろう。《他の者を犠牲にして行なわれる》のであり《排他的になる》ということだ。

ところで聖女神谷美恵子の息子さんはなんといったか。

「神谷美恵子の子どもであることはメイワクなことです」と御子息の一人が口走ったように、彼女の家族であることも希有な難行である。(中井久夫「書評『神谷美恵子』江尻恵美子著」)

《なぜ私たちではなくあなたが?》(神谷美恵子「らいと私」 )と問い続ける母親をもって、子供はひどくメイワクだとはどういうことか。

ここには排他的な愛がない、子どもを排他的に愛する母親がない、ということだろう。それは子どもにとっては残酷であり迷惑だということだろう。

ところでリルケの詩には無償の愛(見返りのない愛)というものがある。

愛の応答〔いらえ〕を求めての叫びかけではない、もはやそのような呼びかけではなく
おさえてもおさえきれぬ声のほとばしり、それがおまえの叫びの本性であれ。おまえは鳥のように無垢にさけびもしよう、
……
思ってはいけない、運命は幼い日の密度よりゆたかだと。
いかにしばしばおんみらは恋人を追いぬいたことか、いかなる獲得をも目ざさず、
ただ自由の世界へ突きすすむ至福の疾駆に息をはずませながら。
……
ただわれわれは、笑いさざめく隣人たちが
承認してはくれぬもの、うらやんではくれぬものを忘れやすいのだ。疑いようのないものとして
われわれは隣人たちに承認された幸福を高くかかげようとする。疑いようのない幸福が
われわれに顕現するのは、ただわれわれがそれをわれわれの内部において変化さすときだけなのに。
……
天使よ、そしてたとい、わたしがおんみを求愛〔もと〕めたとして! おんみは来はしない。なぜならわたしの
声は、呼びかけながら、押しもどす拒絶〔こばみ〕につねに充ちているのだから。このように強い
気流に逢ってはおんみはそれを冒して歩みよることはできない。さながら高くさしのべられた
腕だ、わたしの呼びかけは。そして摑もうとして花さいた指は、
捉ええぬもの天使よ、おんみを前にして
大きく押しひろげられたままなのだ
さながら拒否と警告のしるしとして。(リルケ『ドゥイノの悲歌』「第七の悲歌」(手塚富雄訳)
幸福とはまぢかい迫りつつある損失の性急な先触れにすぎないのだ
……
たとえば閾。愛しあう二人は、昔からある扉口の閾を
かれら以前の多くの人、またかれらの後にくる未来の人々と同様に
すこしばかり踏みくぼめるが、それは二人にとって
通常の閾だろうか……、いな、かろやかに越える閾なのだ、(同「第九の悲歌」手塚富雄訳)

あのラカンもーー「性関係はない」のラカンであるーーこのリルケの見返りのない愛と似たようなことを晩年語っている。

驚くことに、後期ラカンには再び現れるのだ、別の、正統的な、あるいは純粋な大他者への愛、私のイマジネールな他者ではなく、大他者自体への愛が。ラカンが言及するのは、中世と初期近代の神学理論(フェヌロン)であり、それは「肉体的」愛と純粋な「法悦的」愛を区別するものだ。

まず最初に(アリストテレスとアクィナスによって詳述されたように)、人が他者を愛することができるのは彼が私の善である限りだ。だから我々は神を至高善として愛する。次に、愛する主体は完全な自己抹消を生む。その他者性のなかにある大他者への完全な献身である。なんの見返り、どんな聖職禄もなしで。…

ここでラカンは極度の神学的思弁に引き込まれて、不可能な状況を思い描いている、《神への愛の絶頂は彼にこう告げることではなかろうか、「これがそなたの意志なら、どうか私を責め給え」と。すなわち、至高善への切望とは全くの反対である》( Lacan in Italia, Milan: La Salamandra 1978)

神からのなんの慈悲もなくてさえ、神が私を地獄に落としてさえ、私の神への愛は途轍もなく大きく、私はいまだ全身全霊で彼を愛しつづける。これが愛だ、もし愛がわずかでも意味 le moindre sens があるなら。

ここで François Balmès は正当な問いを発している、いったい神はどこにいるのか、なぜ神学なのか? と。

彼が鋭い注釈をしているように、純粋な愛は純粋欲望と区別されなければならない。後者は対象の殺害である。それはすべての病理的な対象を浄化した欲望であり、空虚あるいは欠如自体への欲望である。他方、純粋な愛は呼びかけるための根源的な大他者が必要である(Balmès, Dieu, le sexe et la vérité)。…(zizek,2012,私訳)

Lacan in Italia, Milan: La Salamandra 1978においてであり、1901生ー1981没のラカンである。

ここで次の文を抜き出すこともできる。

彼は講義によってなんとか切り抜けていた…自分のミサによって、抑圧された宗教的なものすべてが、そこに生じたのだ…「ファルスが? ご冗談を、偉大な合理主義者だよ」、彼の側近の弟子たちはそう言っていた、彼らにとって父とは、大して学識のあるものではない。「高位の秘儀伝授者、《シャーマン》さ」、他の連中はそう囁いていた、ピタゴラス学派のようにわけ知り顔で…(ソレルス『女たち』鈴木創士訳)

この神への愛はニーチェにさえ言えるのではないだろうか。

《自分が愛するからこそ、その愛の対象を軽蔑せざるを得なかった経験のない者が、愛について何を知ろう》(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第一部「創造者の道」手塚富雄訳)

ニーチェは卓越した人間であった。文献学の優等生。メッツの城壁の下では良き看護兵。勤勉で控え目な青年。屈託よりも病気で身を退いた優れた教授。狂気にいたってもなお静かな人柄であった。彼の生涯は真のキリスト教徒の、あるいは賢者の生涯であった。いや、賢者よりもキリスト教徒としてこそ適わしいと思える貞節、そのような貞節のつらぬく生涯であった

ところが彼の存在の、さほど重要でもない内的部分が、書くことへと向かった。そしてこの部分こそが心神喪失をきたしたものと思える。全体的には穏和で規則正しいこの体系〔人間〕が、ある熱狂的な一部分に、錯乱した冗漫な一部分に、とり憑かれたのだ。(ポール・ヴァレリー『ニーチェに関する手稿』sur les manuscrits de Paul Valery au sujet de Nietzsche)

《書物はまさに、人が手もとにかくまっているものを隠すためにこそ、書かれるのではないか。( ……)すべての哲学はさらに一つの哲学を隠している。すべての意見はまた一つの隠れ家であり、すべてのことばはまた一つの仮面である。》(ニーチェ『善悪の彼岸』 289番)

…………

人は、なぜ死について語る時、愛についても語らないのであろうか。愛と性とを結び付けすぎているからではないか。愛は必ずしも性を前提としない。性行為が必ずしも(いちおう)前提とせずに成り立つのと同じである。私はサリヴァンの思春期直前の愛の定義を思い出す。それは「その人の満足と安全とを自分と同等以上に置く時、愛があり、そうでないならばない」というものである。平時にはいささかロマンチックに響く定義である。私も「いざという時、その用意があるかもしれない」ぐらいにゆるめたい。しかし、いずれにせよ、死別の時にはこれは切実な実態である。死別のつらさは、たとえ一しずくでもこの定義の愛であってのことである(ここには性の出番がないことはいうまでもあるまい)。

私は最近、若い弟子(この言葉自体は好きではないが他の言い方がない)を非業の死によって失い、私の中に生まれる哀切感の強さに自ら驚いた。逆縁という語が自然に浮んだ。この定義によれば、友人にも、師弟にも、患者と医師との間にも愛はありうる。おのれの死は、その人たちすべてに、すなわち愛のすべてに別れるからつらいのである。あの人間嫌いとされるスウィフトが『ガリヴァー旅行記 第三部』において、ほんとうに不死の人間が時々生まれる国を描いて、友人知人の全てから生き残る不死人間の悲惨を叙述している時、彼は同じことを言っているのだといえば驚く人があるであろうか。(中井久夫「「「祈り」を込めない処方は効かない(?) 」ーー京城の深く青く凛として透明な空