素足 谷川俊太郎
赤いスカートをからげて夏の夕方
小さな流れを渡ったのを知っている
そのときのひなたくさいあなたを見たかった
と思う私の気持ちは
とり返しのつかない悔いのようだ
この谷川俊太郎はこの茨木のり子だろうな
子供時代 茨木のり子
どんなふうに泣いただろう
どんなふうに奇声を発し
どんなふうにしんねりむっつりしていたか
その人の子供時代に思いを馳せるのは
すでに
好意をもったしるし
目ばかりでかい子だったろうな
さぞやボヤンでありましたろう
かさごそ ごきぶり おじゃま虫か
ほほえみながら
もっといっぱい聴きたくなるのは
好意以上のものの兆しはじめた証
あの時もそうだった
鬚づらのむこうにわたしは視ていた
子供時代の蚊とんぼの顔を
かのときもそうだった
朦朧の媼(おうな)のとりとめなさにわたしは聴いていた
女童時代の甲高いお国なまりを
ーー「日本の詩歌 現代詩集27」(昭和51年 中公文庫)
左より茨木のり子、大岡信、中江俊夫、吉野弘、水尾比呂志、友竹辰、谷川俊太郎、川崎洋(櫂同人)
いま気づいたが、この写真ってのはこれなんだろうな、
たぶん。いやほとんど間違いなく。
一九六五年八月十二日木曜日
an anthOARogy 谷川俊太郎
海
どこかで船が沈んだみたい
細い木片が無数に浜へ打ち上げられてら
髪の毛も
櫂は役に立たなかったのだナ
泳げるのなら沖へ出てゆけよ 大岡
私は泳げない
茨木
他人の写真ばかり撮っていて
あなたのカメラは新しい
誰かを欺いているなァ
私はそう思う
海よ! むしろ遠ざかれ
中江
救命用のゴムボートを遊びに使って
安全すぎた私たちサ
眼鏡を波がさらっていった
眼鏡なしだと
あなたは あなたの目を閉じた顔を
見まいとして見てしまうネ
吉野
げにやたとても憂きは変らぬならひとて
静かな男
やせっぽちパパ
YOU WERE BORN AND YOU HAD BORN
友竹
奥さんが寂しそうに犬をいじめています
ふとってふとってふとってふとって......
ぽいと 海の方へ捨てられなくなった
エトセテラ
ビーチパラソル
互いの子ども等を愛称で呼びあい
太陽に生活の肌をさらし
西瓜の種子は砂に埋めてナ
大岡
マリッジ
マーガリン
ブルース
なるなヨひもになんか 画廊の
水尾
尾は速やかに失われつつある
行雲流水
我等また無名のたくみの手に成りしもの
砂が濡れ 砂が乾き
鳥たちは彼等の思想を見失い
俺たちは我等の鳥を見失う
川崎
知らぬ間に再び君に支配された私たち
デリケートな太鼓腹
歴史の外の不変のはにかみ
海にまじってイル
横須賀の人よ
※
三たび腹を下したね 中江
怒ればヨカッタのにいつでも
この友情の小さな空間
私たちを結ぶのは過去ではなかったヨ
だからこそみなあんなに優しく
めいめいの現在については黙っていてサ
波もて立つや夏衣
うらぶれ渡る沖っ風
やがて闇の中にちりぢりに別れた
三十男の苦い満足
一言も詩は語らなかったゾ
求めてるのは既に一篇の善い詩などではない
畜生!
それは言葉の革命なのだから
だからみなお手上げだったワサ
宿命っぽい鵠沼の海に近く
松林の中で家々は眠り
そこに住む人々が何を感じてるのか
それを知るすべは相変らずなくて
気温は東京で二十八度に下り
そしてその日が終った