精神分析とショーペンハウアーの哲学との大幅な一致、ーー彼は感情の優位と性の際立った重要さを説いただけでなく、抑圧の機制すら洞見していたーーは、私がその理論を熟知していたがためではない。ショーペンハウア一を読んだのは、ずっと後になってからである。哲学者としてはもう一人ニーチェが、精神分析が苦労の末に辿り着いた結論に驚くほど似た予見や洞察をしばしば語っている。だからこそ、私は彼を久しく避けてきたのだ。私が心がけてきたのは、誰かに先んじること にもまして、とらわれない態度を持することである。 |
Die weitgehenden Übereinstimmungen der Psychoanalyse mit der Philosophie Schopenhauers ― er hat nicht nur den Primat der Affektivität und die überragende Bedeutung der Sexualität vertreten, sondern selbst den Mechanismus der Verdrängung gekannt ― lassen sich nicht auf meine Bekanntschaft mit seiner Lehre zurückführen. Ich habe Schopenhauer sehr spät im Leben gelesen. Nietzsche, den anderen Philosophen, dessen Ahnungen und Einsichten sich oft in der erstaunlichsten Weise mit den mühsamen Ergebnissen der Psychoanalyse decken, habe ich gerade darum lange gemieden; an der Priorität lag mir ja weniger als an der Erhaltung meiner Unbefangenheit. |
(フロイト『自己を語る』1925年) |
ショーペンハウアーは「抑圧」という語をもちろん使っていないが、たぶん「ある深さの水の層」とか「異郷の人」とかだろうよ。 |
私たちの意識を、ある深さの水の層にたとえてみよう。すると、明確に意識されている考えは、その表面にすぎない。一方、水の塊は、不明瞭なもの、つまり感情、知覚や直観の後続感覚、そして一般的に経験されるもの、私たちの内なる本質の核心である私たち自身の意志の性向と混ざり合ったものである。 |
die Sache zu veranschaulichen, unser Bewußtsein mit einem Wasser von einiger Tiefe; so sind die deutlich bewußten Gedanken bloß die Oberfläche: die Masse hingegen ist das Undeutliche, die Gefühle, die Nachempfindung der Anschauungen und des Erfahrenen überhaupt, versetzt mit der eigenen Stimmung unsers Willens, welcher der Kern unsers Wesens ist. |
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』14章) |
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知性は自らの意志による実際の決定や秘密の解決からあまりにも排除されたままであるため、時としてそれを、見知らぬ人(異郷の人fremden)の決断のように、小耳に挟んで驚いて経験することしかできない。 |
der Intellekt bleibt von den eigentlichen Entscheidungen und geheimen Beschlüssen des eigenen Willens so sehr ausgeschlossen, daß er sie bisweilen, wie die eines fremden, nur durch Belauschen und Ueberraschen erfahren kann, |
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』19章) |
で、フロイトの次の文がある。 |
抑圧は、水の圧力に対するダムのように振る舞う[Die Verdrängungen benehmen sich wie Dämme gegen den Andrang der Gewässer. ](フロイト『終りある分析と終りなき分析』 第3章、1937 年) |
抑圧されたものは自我にとって異郷、内的異郷である[das Verdrängte ist aber für das Ich Ausland, inneres Ausland](フロイト『新精神分析入門』第31講、1933年) |
あるいはーー、 |
自我はエスの組織化された部分である。ふつう抑圧された欲動蠢動は分離されたままである。 das Ich ist eben der organisierte Anteil des Es ...in der Regel bleibt die zu verdrängende Triebregung isoliert. 〔・・・〕 エスの欲動蠢動は、自我組織の外部に存在し、自我の治外法権である。われわれはこのエスの欲動蠢動を、たえず刺激や反応現象を起こしている異者としての身体 [Fremdkörper]の症状と呼んでいる。〔・・・〕この異者としての身体は内界にある自我の異郷部分である[Triebregung des Es …ist Existenz außerhalb der Ichorganisation …der Exterritorialität, …betrachtet das Symptom als einen Fremdkörper, der unaufhörlich Reiz- und Reaktionserscheinungen …das ichfremde Stück der Innenwelt ](フロイト『制止、症状、不安』第3章、1926年、摘要) |
で、ニーチェなら、たとえば次のものが抑圧された異郷の人の回帰だ。 |
偶然の事柄がわたしに起こるという時は過ぎた。いまなおわたしに起こりうることは、すでにわたし自身の所有でなくて何であろう。 つまりは、ただ回帰するだけなのだ、ついに家にもどってくるだけなのだ、ーーわたし自身の「おのれ」が。ながらく異郷にあって、あらゆる偶然事のなかにまぎれこみ、散乱していたわたし自身の「おのれ」が、家にもどってくるだけなのだ。 |
Die Zeit ist abgeflossen, wo mir noch Zufälle begegnen durften; und was könnte jetzt noch zu mir fallen, was nicht schon mein Eigen wäre! Es kehrt nur zurück, es kommt mir endlich heim — mein eigen Selbst, und was von ihm lange in der Fremde war und zerstreut unter alle Dinge und Zufälle. |
(ニーチェ『ツァラトゥストラ 』第3部「さすらいびと Der Wanderer」1884年) |
……………
※附記
◼️中井久夫の「西欧精神医学背景史」より |
無意識はライプニッツによって公式に"発見"されたのであり、ショーペンハウアーやニーチェはほとんど無意識による人間心性の支配に通じた心理家であった。後二者のフロイトに対する影響は、エランベルジェの示唆し指摘するとおりであろう。 オーストリアにおけるユダヤ人医師第一世代としてはじめ神経学者を指向したフロイトは、しかし、はやくブリュッケの下での発生学研究をもって医学研究をはじめており、その延長としてダーウィンの進化論に深く浸透されていた。彼は、神経学者シャルコーやブロイアー、フリースと、個人的危機(父の死という危機でもあるが、父となる危機でもあり、フロイトは一八九〇年代初期においてほとんど同時交錯的にそれを経験する)の時期に邂逅し、ほとんど科学的な心的装置のモデルを構想する。しかし、フロイトの業績の核心は、彼自身の体験と治療体験であった。さりとて彼はモデルをもって思考することを放棄しなかった。〔無意識/前意識/意識〕なる初期のモデルは〔エス/自我/超自我〕なる中期のモデルとなり、〔エロス/タナトス〕なる後期のモデルとなる。 |
実は、彼のつくり上げたモデル間の相互関係は、彼の著作によるかぎり明らかとはとうてい言いがたい。ナルシシズム概念一つを取り上げても相互に矛盾した記述が同時的にすら存在し、フロイト自身それを意識していなかったことは、M・バリントのの論証するとおりであろう。防衛機制の臨床的観察による記述は、彼の夢研究(十九世紀には夢への熱烈な関心と膨大な夢研究が持続的に存在した)、あるいは失策行為の研究と表裏一体であるが、この研究の治療的活用は一部の患者を除いては必ずしもきわめて説得力のあるものとならなかった。おそらく治療者としてのフロイトは、十九世紀末において断然催眠術を採らなかった敢為によって、後世最も特筆されるべきものとなるかもしれない。〔・・・〕 しかし、フロイトの影響はなお今日も測深しがたい。一九三九年の彼の死に際してイギリスのある詩人は「フロイトよ、おんみはわれわれの世紀そのものであった」と謳ったが、それすらなお狭きに失するかもしれない。本稿においてはフロイトを全面的にとりあげていないが、それは、私見によれば、フロイトはいまだ歴史に属していないからであり、精神医学背景史とはなかんずく時間的背景を含意するからである。 |
フロイトは本質的に十九世紀人であると考える。二十世紀は、文学史におけると同じく第一次大戦後とともに始まると考えるからである。フロイトはマルクスやダーウィンなどと同じく、十九世紀において、具体的かつ全体的であろうとする壮大なプログラムのもとに数多くの矛盾を含む体系的業績を二十世紀に遺贈した"タイタン族"の一人であると思う。彼らは巧みに無限の思索に誘いこむ強力なパン種を二十世紀のなかに仕込んでおいた連中であった。このパン種の発酵作用とその波及は今日もなお決して終末すら見透かせないのが現実である。二十世紀思想史の重要な一面は、これらの、あらわに矛盾を含みつつ不死身であるタイタン族との、しばしば鋭利ながら細身にすぎる剣をもってする二十世紀知性との格闘であったといえなくもない。(中井久夫「西欧精神医学背景史」『分裂病と人類』所収、1982年) |
ラカンっていうがな、やっぱり、十九世紀の、不死身であるタイタン族との、しばしば鋭利ながら細身にすぎる剣をもってする二十世紀知性に過ぎないよ。よく格闘したがね。
《ラカンは最も偉大なフロイディアンだった [Lacan a été le plus grand des freudiens]》(ジャン=ルイ・ゴー Jean-Louis Gault, Hommes et femmes selon Lacan, 2019)ーーであることは間違いないがね。
ところで中井久夫は次のように記してるが、これまた先のショーペンハウアーに似ているね、 |
一般記憶すなわち命題記憶などは文脈組織体という深い海に浮かぶ船、その中を泳ぐ魚にすぎないかもしれない。ところが、外傷性記憶とは、文脈組織体の中に組み込まれない異物であるから外傷性記憶なのである。幼児型記憶もまたーー。(中井久夫「外傷性記憶とその治療―― 一つの方針」2000年『徴候・記憶・外傷』所収) |
もちろん直接的にはフロイト起源だろうがね。 |
トラウマないしはトラウマの記憶は、異物=異者としての身体 [Fremdkörper] のように作用し、体内への侵入から長時間たった後も、現在的に作用する因子としての効果を持つ[das psychische Trauma, resp. die Erinnerung an dasselbe, nach Art eines Fremdkörpers wirkt, welcher noch lange Zeit nach seinem Eindringen als gegenwärtig wirkendes Agens gelten muss]。〔・・・〕 これは後の時間に目覚めた意識のなかに心的痛みを呼び起こし、殆どの場合、レミニサンスを引き起こす[..…als auslösende Ursache, wie etwa ein im wachen Bewußtsein erinnerter psychischer Schmerz … leide größtenteils an Reminiszenzen.](フロイト&ブロイアー 『ヒステリー研究』予備報告、1893年、摘要) |
このトラウマのレミニサンスが結局、原点にある「抑圧されたものの回帰」だよ。 |
抑圧されたものの回帰は、トラウマと潜伏現象の直接的効果に伴った神経症の本質的特徴としてわれわれは叙述する[die Wiederkehr des Verdrängten, die wir nebst den unmittelbaren Wirkungen des Traumas und dem Phänomen der Latenz unter den wesentlichen Zügen einer Neurose beschrieben haben. ](フロイト『モーセと一神教』3.1.3, 1939年) |
なお"Verdrängten"を「抑圧」とした邦訳は事実上誤訳であり、「分離」や「解離」とかにするのが正しい[参照]。ほかにもフロイトは「防衛」とか「逃避」とも言ってるがね。