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2025年8月23日土曜日

ドゥルーズにおける「反復の原理と永遠回帰」

 

前回の「トラウマの永遠回帰」で記したことはドゥルーズも既に指摘しているよ、2年ほど前、「どうしてドゥルーズ研究者を馬鹿にせずにいられるってわけかい?」でドゥルーズ研究者を馬鹿にしつつ記したがね。もう学者を馬鹿にするのは飽きたから、ーーそもそもニーチェもこう言ってることだしな、《学者というものは、精神の中流階級に属している以上、真の「偉大な」問題や疑問符を直視するのにはまるで向いていないということは、階級序列の法則から言って当然の帰結である。加えて、彼らの気概、また彼らの眼光は、とうていそこには及ばない。Es folgt aus den Gesetzen der Rangordnung, dass Gelehrte, insofern sie dem geistigen Mittelstande zugehören, die eigentlichen grossen Probleme und Fragezeichen gar nicht in Sicht bekommen dürfen: 》(ニーチェ『悦ばしき知識』第373番、1882年)ーーここでは馬鹿にもわかるように簡潔に示しておくよ。



……………

ドゥルーズにおいて、反復の原理は原抑圧である。

フロイトが、表象にかかわる「正式の」抑圧の彼岸に、「原抑圧」の想定の必然性を示すときーー原抑圧とは、なりよりもまず純粋現前、あるいは欲動が必然的に生かされる仕方にかかわるーー、我々は、フロイトは反復のポジティヴな内的原理に最も接近していると信じる。

Car  lorsque Freud, au-delà du refoulement « proprement dit » qui  porte sur des représentations, montre la nécessité de poser un  refoulement originaire, concernant d'abord des présentations  pures, ou la manière dont les pulsions sont nécessairement  vécues, nous croyons qu'il s'approche au maximum d'une raison  positive interne de la répétition(ドゥルーズ『差異と反復』「序章」1968年)


フロイトにおいて原抑圧は固着である。

われわれには原抑圧、つまり欲動の心的(表象-)代理が意識的なものへの受け入れを拒まれるという、抑圧の第一段階を仮定する根拠がある。これにより固着[Fixerung]がもたらされる[Wir haben also Grund, eine Urverdrängung anzunehmen, eine erste Phase der Verdrängung, die darin besteht, daß der psychischen (Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes die Übernahme ins Bewußte versagt wird. Mit dieser ist eine Fixierung gegeben;」 (フロイト『抑圧』1915年)

抑圧の第一段階は、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている固着である[Die erste Phase besteht in der Fixierung, dem Vorläufer und der Bedingung einer jeden »Verdrängung«. ](フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー  )1911年)


したがってドゥルーズはこう記している。



固着と退行概念、それはトラウマと原光景を伴ったものだが、最初の要素である。自動反復 [automatisme] という考え方は、固着された欲動の様相、いやむしろ固着と退行によって条件付けれた反復の様相を表現している。

Les concepts de fixation et de régression, et aussi de trauma, de scène originelle, expriment ce premier élément. (…)  : l'idée d'un « automatisme » exprime ici le mode de la pulsion fixée, ou plutôt de la répétition conditionnée par la fixation ou la régression.(ドゥルーズ『差異と反復』第2章、1968年)


この自動反復は固着による無意識のエスの反復強迫を意味する。

この新たな欲動過程は自動反復[Automatismus]をたどり、ーー私はこれを反復強迫と呼ぶの好むーーちょうど克服した危険状況がまだあるかのように、以前に抑圧されたものと同じ道をあゆむのである。したがって抑圧においての固着の契機は、無意識のエスの反復強迫である[Der neuerliche Triebablauf vollzieht sich unter dem Einfluß des Automatismus – ich zöge vor zu sagen: des Wiederholungszwanges –, er wandelt dieselben Wege wie der früher verdrängte, als ob die überwundene Gefahrsituation noch bestünde. Das fixierende Moment an der Verdrängung ist also der Wiederholungszwang des unbewußten Es](フロイト『制止、症状、不安』10章、1926年)


この反復強迫の別名は死の欲動である。

われわれは反復強迫の特徴に、何よりもまず死の欲動を見出だす[Charakter eines Wiederholungszwanges …der uns zuerst zur Aufspürung der Todestriebe führte.](フロイト『快原理の彼岸』第6章、1920年)


さらに反復強迫はトラウマへの固着という不変の個性刻印による永遠回帰でもある。

トラウマは自己身体の出来事もしくは感覚知覚の出来事である。〔・・・〕このトラウマの作用はトラウマへの固着と反復強迫として要約できる。これは、標準的自我と呼ばれるもののなかに含まれ、絶え間ない同一の傾向をもっており、不変の個性刻印と呼びうる。

Die Traumen sind entweder Erlebnisse am eigenen Körper oder Sinneswahrnehmungen (…) Man faßt diese Bemühungen zusammen als Fixierung an das Trauma und als Wiederholungszwang. Sie können in das sog. normale Ich aufgenommen werden und als ständige Tendenzen desselben ihm unwandelbare Charakterzüge verleihen(フロイト『モーセと一神教』「3.1.3 Die Analogie」1939年)

同一の出来事の反復の中に現れる不変の個性刻印を見出すならば、われわれは同一のものの永遠回帰をさして不思議とも思わない。〔・・・〕この反復強迫、あるいは運命強迫とも名づけることができるようなものについては、合理的な考察によって解明できる点が多い。

Wir verwundern uns über diese »ewige Wiederkehr des Gleichen« nur wenig, (…) wenn wir den sich gleichbleibenden Charakterzug seines Wesens auffinden, der sich in der Wiederholung der nämlichen Erlebnisse äußern muß.(…) der Wiederholungszwang, (…) den Schicksalszwang nennen könnte, scheint uns vieles durch die rationelle Erwägung verständlich(フロイト『快原理の彼岸』第3章、1920年)


したがってドゥルーズは、死の本能と永遠回帰を等置している。


エロスは共鳴によって構成されている。だがエロスは、強制された運動の増幅によって構成されている死の本能に向かって己れを乗り越える(この死の本能は、芸術作品のなかに、無意志的記憶のエロス的経験の彼岸に、その輝かしい核を見出す)。プルーストの定式、《純粋状態にあるわずかな時間 》が示しているのは、まず純粋過去 、過去のそれ自体のなかの存在、あるいは時のエロス的統合である。しかしいっそう深い意味では、時の純粋形式・空虚な形式であり、究極の統合である。それは、時のなかに永遠回帰を導く死の本能の形式である。

Erôs est constitué par la résonance, mais se dépasse vers l'instinct de mort, constitué par l'ampli- tude d'un mouvement forcé (c'est l'instinct de mort qui trouvera son issue glorieuse dans l'oeuvre d'art, par-delà les expériences érotiques de la mémoire involontaire). La formule proustienne, « un peu de temps à l'état pur », désigne d'abord le passé pur, l'être en soi du passé, c'est-à-dire la synthèse érotique du temps, mais désigne plus profondément la forme pure et vide du temps, la synthèse ultime, celle de l'instinct de mort qui aboutit à l'éternité du retour dans le temps. (ドゥルーズ『差異と反復』第2章、1968年)



つまりトラウマへの固着による反復強迫が永遠回帰(死の欲動)であり、これが欲動の普遍的性質だ。



以前の状態に回帰しようとするのが、事実上、欲動の普遍的性質である〔・・・〕。この欲動的反復過程…[ …ein so allgemeiner Charakter der Triebe ist, daß sie einen früheren Zustand wiederherstellen wollen, (…) triebhaften Wiederholungsvorgänge…](フロイト『快原理の彼岸』第7章、1920年)


この以前の状態への回帰が退行であり、過去の固着への退行である。

退行、すなわち以前の発達段階への回帰[eine Regression, eine Rückkehr zu einer früheren Entwicklungsphase hervorrufen. ](フロイト『性理論』第3篇1905年)

固着と退行は互いに独立していないと考えるのが妥当である。発達の過程での固着が強ければ強いほど、固着への退行がある[Es liegt uns nahe anzunehmen, daß Fixierung und Regression nicht unabhängig voneinander sind. Je stärker die Fixierungen auf dem Entwicklungsweg, …Regression bis zu jenen Fixierungen ](フロイト『精神分析入門」第22講、1917年)

過去の固着への退行 [Regression zu alten Fixierungen]  (フロイト『十七世紀のある悪魔神経症』1923年)


別の言い方をすれば欲動の対象は固着。

欲動の対象は、欲動がその目標を達成できるもの、またそれを通して達成することができるものである。〔・・・〕特に密接に「対象への欲動の拘束」がある場合、それを固着と呼ぶ。この固着はしばしば欲動発達の非常に早い時期に起こり、分離されることに激しく抵抗して、欲動の可動性に終止符を打つ。

Das Objekt des Triebes ist dasjenige, an welchem oder durch welches der Trieb sein Ziel erreichen kann. [...] Eine besonders innige Bindung des Triebes an das Objekt wird als Fixierung desselben hervorgehoben. Sie vollzieht sich oft in sehr frühen Perioden der Triebentwicklung und macht der Beweglichkeit des Triebes ein Ende, indem sie der Lösung intensiv widerstrebt. (フロイト「欲動とその運命』1915年)


この快原理の彼岸にある固着への退行という反復強迫が、フロイトが捉えた欲動の普遍的性質としての永遠回帰である。

反復強迫は快原理をしのいで、より以上に根源的 、一次的、かつ欲動的であるように思われる[Wiederholungszwanges rechtfertigt, und dieser erscheint uns ursprünglicher, elementarer, triebhafter als das von ihm zur Seite geschobene Lustprinzip. ](フロイト『快原理の彼岸』第3章、1920年)



これが先のドゥルーズの《固着された欲動の様相、いやむしろ固着と退行によって条件付けれた反復の様相[le mode de la pulsion fixée, ou plutôt de la répétition conditionnée par la fixation ou la régression]》(ドゥルーズ『差異と反復』第2章、1968年)の意味である。


なおフロイトにおける死の欲動はたんに反復強迫を意味する場合と、実際に死に向かう運動を意味する場合があるので注意されたし[参照]。