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2025年9月27日土曜日

概念のめがね、言語のめがね(丸山眞男)


このところ「リベラル」という語について相反する見解を掲げたが、ーー同一人物においてさえ時を隔たずに異なった捉え方をしているのを見た(例えば柄谷行人)ーー、要するにメガネを掛け替えてこの語を見ているのである。


「概念のめがね」、「言語のめがね」については、種々のヴァリエーションがあるが、何度か掲げている丸山眞男の次の秀逸な文が一般には最もわかりやすくて良いのではないか。



めがねというのは、抽象的なことばを使えば、概念装置あるいは価値尺度であります。ものを認識し評価するときの知的道具であります。われわれは直接に周囲の世界を認識することはできません。われわれが直接感覚的に見る事物というものはきわめて限られており、われわれの認識の大部分は、自分では意識しないでも、必ずなんらかの既成の価値尺度なり概念装置なりのプリズムを通してものを見るわけであります。そうして、これまでのできあいのめがねではいまの世界の新しい情勢を認識できないぞということ、これが象山がいちばん力説したところであります。〔・・・〕


われわれがものを見るめがね、認識や評価の道具というものは、けっしてわれわれがほしいままに選択したものではありません。それは、われわれが養われてきたところの文化、われわれが育ってきた伝統、受けてきた教育、世の中の長い間の習慣、そういうものののなかで自然にできてきたわけです。ただ長い間それを使ってものを見ていますから、ちょうど長くめがねをかけている人が、ものを見ている際に自分のめがねを必ずしも意識していないように、そういう認識用具というものを意識しなくなる。自分はじかに現実を見ているつもりですから、それ以外のめがねを使うと、ものの姿がまたちがって見えるかもしれない、ということが意識にのぼらない。…そのために新しい「事件」は見えても、そこに含まれた新しい「問題」や「意味」を見ることが困難になるわけであります。(丸山眞男集⑨「幕末における視座の変革」1965.5)



人は常にめがねをかけて事物を見ている。他人とは異なるメガネをかけて。《われわれが養われてきたところの文化、われわれが育ってきた伝統、受けてきた教育、世の中の長い間の習慣》が異なれば、世界は異なって見える。


プルーストの次の文も私的領域においての概念というめがねの話である。



「知った人に会う」とわれわれが呼んでいる非常に単純な行為にしても、ある点まで知的行為なのだ。会っている人の肉体的な外観に、われわれは自分のその人についてもっているすべての概念を注ぎこむ。したがってわれわれが思いえがく全体の相貌のなかには、それらの概念がたしかに最大の部分を占めることになる。そうした概念が、結局相手の人の頬にそれとそっくりなふくらみをつくり、その鼻にぴったりとくっつけた鼻筋を通してしまい、その声に、それがいわば振動する二つの透明な膜にすぎないかのように、さまざまなひびきのニュアンスを出させることになるのであって、その結果、われわれが相手の人の顔を見、その声をきくたびに、目のまえに見え、耳にきこえているのは、その人についての概念なのである。


Même l'acte si simple que nous appelons « voir une personne que nous connaissons » est en partie un acte intellectuel. Nous remplissons l'apparence physique de l'être que nous voyons de toutes les notions que nous avons sur lui, et dans l'aspect total que nous nous représentons, ces notions ont certainement la plus grande part. Elles finissent par gonfler si parfaitement les joues, par suivre en une adhérence si exacte la ligne du nez, elles se mêlent si bien de nuancer la sonorité de la voix comme si celle-ci n'était qu'une transparente enveloppe, que chaque fois que nous voyons ce visage et que nous entendons cette voix, ce sont ces notions que nous retrouvons, que nous écoutons. 

(プルースト「スワン家のほうへ」井上究一郎訳)




次の文のグレーに塗ったパラグラフも同様である。文脈がわかりやすいように前後も併せて引用する。

ああ、私の帰ったことを知らされずに本を読んでいる祖母を私がサロンにはいって見出したとき、私の目に映ったのは、そのような幻影[fantôme]であった。私はそこにいた、というよりもまだそこにいなかった[J'étais là, ou plutôt je n'étais pas encore là]、 というべきであった。なぜなら祖母は私がそこにいることを知らずに、物思いにふけっていたからであって、そんな姿を私のまえで見せたことはいままでになく、まるで彼女は、人がはいってくればかくしてしまうような編物か何かをしているところをふいに見つけられた女のようであった。

私はといえばーー長くはつづかない特権、旅から帰った短い瞬間に自分自身の不在 [notre propre absence]を突然まのあたりに見る能力をさずかるあの特権によってーー帽子をかぶり、旅行用のコートを着た、証人で目撃者、この家の者ではない外来の客、二度と見られない場所をフィルムにとりにきた写真師、といった要素しか残していない人間のようであった[l'étranger qui n'est pas de la maison, le photographe qui vient prendre un cliché des lieux qu'on ne reverra plus]。

私が祖母の姿を認めたこのときに、私の目のなかに機械的に写されたのは、なるほど一枚の写真であった[ce moment dans mes yeux quand j'aperçus ma grand'mère, ce fut bien une photographie]。

われわれがいとしい人々を見るのは、生きて動いている組織のなか、われわれのやむことのない愛情の永久の運動のなかにおいてでしかないのであって、愛情は、いとしい人々の顔がわれわれにさしむける映像をわれわれにとどかせるまえに、それをおのれの渦巻のなかにとらえ、そうした映像をいとしい人々についてわれわれがつねに抱きつづけている観念の上に投じ、その観念に密着させ、その観念に一致させるのだ。Nous ne voyons jamais les êtres chéris que dans le système animé, le mouvement perpétuel de notre incessante tendresse, laquelle, avant de laisser les images que nous présente leur visage arriver jusqu'à nous, les prend dans son tourbillon, les rejette sur l'idée que nous nous faisons d'eux depuis toujours, les fait adhérer à elle, coïncider avec elle. 〔・・・〕


しかし、われわれの目がながめたのではなくて、単なる物質的な対物レンズとか写真の乾板とかがながめたのであったら、たとえば学士院の構内に見られるものにしても、それは辻馬車を呼ぼうとしている一人のアカデミー会員の退出の姿ではなくて、あたかもその人が酔っているか地面が凍ったぬかるみに被われているかのように、その人のよろめく足どり、うしろ向きに倒れないための用心、転倒の放物線であるだろう。おなじことは次の場合にも言いうる、すなわち、われわれの視線から、それがながめるべきではないものをかくすために、われわれの理知と敬虔とから出た愛情がうまく駆けつけようとするときに、偶然の残酷なたくらみがそれをさまたげてしまう、つまり愛情が視線に先手を打たれてしまう場合であって、視線が真先に即座にやってきて、機械的に感光板の作用をはたしてしまうのである、そんな場合、ずいぶんまえからもういなくなった愛するひと、しかし愛情がその死をけっしてわれわれにあらわに感じさせることを欲しなかったひと、そのようなひとの代わりに、視線がわれわれに見せつけるのは、新しいひと、日に百度も愛情がいつわりの親しげな類似の相貌をとらせる新しいひとなのである。〔・・・〕

私は、祖母すなわち私自身という関係をまだ断ちきっていなかった私は、祖母を私の魂のなかにしか、つねに過去のおなじ場所にしか、そして隣りあいかさなりあう透明な思出を通してしか、けっして見たことのなかったこの私は、突然、私の家のサロンのなかに、新しい一つの世界、時間の世界、「ひどく年をとったなあ」と人からささやかれる見知らぬ人たちが住んでいる世界、そんな世界の一部分となった私の家のサロンのなかに、はじめて、ほんの一瞬のあいだ(というのはそういう祖母はすぐにぱっと消えてしまったからだが)、ランプの下の、長椅子の上に、赤い顔をして、鈍重で俗っぽくて、病んで、夢にふけって、頭がすこしぼけたような目を本の上にさまよわせている、私の知らないうちひしがれた一人の老婆 [une vieille femme accablée que je ne connaissais pas ]の姿を認めたのであった。(プルースト「ゲルマントのほうへ Ⅰ」 井上究一郎訳)



偶然にも《二度と見られない場所をフィルムにとりにきた写真師》となり、愛情のめがねを落として、《私の知らないうちひしがれた一人の老婆 》を見た、という話である。



これはベルクソンにも類似した話があり、前田秀樹が解説する《事物のイマージュは、意識の光によって照らし出されて浮かび上がるのではなく、意識をとおした光の屈折や遮断によって、つまり光の部分的な否定によって視えるものとなる》がそれに相当する。


◼️前田秀樹「悟性と感性の「性質の差異」について』(「批評空間」1996Ⅱ-9)より

ドゥルーズは「シネマ』の第一巻のなかで、哲学史におけるベルクソンの特殊性について、だいたいつぎのようなことを言っています。哲学にとっては、光は精神の側にあるもので、意識と呼ばれるものは、さまざまな事物をそれらが本来住んでいる暗闇から引き出してくる光の束である。意識という内面の光が、外側の暗闇に潜んでいる事物を照らし出すわけです。ドゥルーズによれば、現象学でさえこうした考えの哲学的伝統には忠実だったのであって、ただ現象学はかつて内面性の光とされていたものを、まるで電灯の光線のようにすべて外側に向けて開いていったにすぎない。これに対して、ベルクソンが言っていたことは、事物というのはどんな光によって照らされているわけでもない、すでにそれじたいが光なのだということです。では意識とは何かというと、この光を屈折させ、停止させ、遮断するもの、言わば光にとっての障害物にほかなりません。事物のイマージュは、意識の光によって照らし出されて浮かび上がるのではなく、意識をとおした光の屈折や遮断によって、つまり光の部分的な否定によって視えるものとなるわけです。


したがって、視えている事物のイマージュは、内面的な光が作り出している形象といったものではなくて、部分的に制限を受けた光であり、この光は事物そのものの側にあることになります。こんなふうに語ることに何の意味があるかと言いますと、これはまず哲学が認識論において抱えてきたさまざまなアポリアから、私たちを一気に離脱させ、それらと無関係にさせる効果を持つと言える。このアポリアとは、最も基本的には、主体によって認識させる事物のイマージュもしくは表象と、対象である事物それじたいとのあいだには、どのような関係があるのか、という問いにかかわるものです。極端な観念論は、主体によるイマージュの形成が在ることしか認めないし、極端な実在論は、そのイマージュが実在する事物とはまったく無関係な主観的ないしは身体的な現象でしかないと主張する。


そうすると、事物に働きかけて一定の効果を引き出す私たちの日常の行動、あるいはもっとはるかに複雑な表象をとおして事物に働きかける科学のあれこれの成功や失敗は、いったい何であるのかということになります。


ここから、認識される事物の現象やイマージュ、あるいはその認識内容は、主体の外にある事物と何らかの形で対応している、少なくともそこには、一定の調和が存在していると考えるほかなくなります。つまるところ、認識論上のアポリアの中心は、この対応、この一致をどのように見出し、説明するかというところにあります。


これに対して、ベルクソンは、知覚のイマージュは始めから事物の側にあり、事物の物質的な一部分(制限された光)にほかならないと考えます。ふたつのものの対応や一致を説明する必要はどこにも一切は物質の次元で起こっていることです。この場合、説明しなくてはならないのは、知覚する身体が事物の全体を制限するそのやりかたのほうになります。ここでベルクソンが行なっている説明は、有名なものです。知覚は哲学が考えてきたような純粋認識ではなく、身体が一定の「運動図式」によって起こそうとする行動の可能的な素描にすぎない。この素描は、一方では身体が有用な行動をめざして準備する「運動図式」を表現していますが、他方ではその図式によって限定され、縮減された物質それじたいを示しています。身体の運動図式は、知覚のイマージュを言わばその否定面において説明しますが、その同じイマージュは、縮減された物質の即自存在として、完全に肯定されるものとなるわけです。


前田氏はこの後、カントの話をしているが、カントーー特に『判断力批判』ーーをいくらか眺めて見れば、事実上、似たような記述がある。


例えば、何が美しいかは標準的理念というメガネによる。

経験的条件のもとでは、形態の美に関して黒人と白人とはそれぞれ異なる標準的理念をもつに違いないし、またシナ人はヨーロッパ人と異なる標準的理念をもつに違いない。そして美しい馬や美しい犬(それぞれ異なる種属の)の模範についても、事情はまったくこれと同様であろう。美のこのような標準的理念は、経験から得られて一定の規則と見なされるような比例に基づくものではない、むしろこの理念に従って初めて判定の規則が可能になるのである。

daher ein Neger notwendig unter diesen empirischen Bedingungen eine andere Normalidee der Schönheit der Gestalt haben muß, als ein Weißer, der Chinese eine andere, als der Europäer. Mit dem Muster eines schönen Pferdes oder Hundes (von gewisser Rasse) würde es ebenso gehen. - Diese Normalidee ist nicht aus von der Erfahrung hergenommenen Proportionen, als bestimmten Regeln, abgeleitet; sondern nach ihr werden allererst Regeln der Beurteilung möglich.

(カント『判断力批判』第17節、1790年)




柄谷行人が『トランスクリティーク』で取り上げ、その記述に多いに影響を受けたジジェクが書名にした『パララックスビュー』も結局、メガネの話である。


以前に私は一般的人間理解を単に私の悟性の立場から考察した。今私は自分を自分のでない外的な理性の位置において、自分の判断をその最もひそかなる動機もろとも、他人の視点[Gesichtspunkte anderer] から考察する。両方の考察の比較はたしかに強い視差[starke Parallaxen] (パララックス)を生じはするが、それは光学的欺瞞 [optischen Betrug] を避けて、諸概念を、それらが人間性の認識能力に関して立っている真の位置におくための、唯一の手段でもある。

Sonst betrachte ich den allgemeinen menschlichen Verstand blos aus dem Standpunkte des meinigen: jetzt setze ich mich in die Stelle einer fremden und äußeren Vernunft und beobachte meine Urtheile sammt ihren geheimsten Anlässen aus dem Gesichtspunkte anderer. Die Vergleichung beider Beobachtungen giebt zwar starke Parallaxen, aber sie ist auch das einzige Mittel, den optischen Betrug zu verhüten und die Begriffe an die wahre Stellen zu setzen, darin sie in Ansehung der Erkenntnißvermögen der menschlichen Natur stehen.

〔・・・〕

悟性の秤りは、それでもまったく公平ではない。すなわち「未来の希望」という銘をもつ方の腕木は、ある機構的利点をもっており、その側の皿にかかる軽い根拠でも、その反対側の、それ自身ではより重い思弁をはね上げてしまうのである。これが、私が取り除くことができない、また実際に取り除こうともしなかった唯一の不正である。

Die Verstandeswage ist doch nicht ganz unparteiisch, und der eine Arm derselben, der die Aufschrift führet: Hoffnung der Zukunft, hat einen mechanischen Vorteil, welcher macht, daß auch leichte Gründe, welche in die ihm angehörige Schale fallen, die Spekulationen von an sich größeren Gewichte auf der andern Seite in die Höhe ziehen. Dieses ist die einzige Unrichtigkeit, die ich nicht wohl heben kann, und die ich in der Tat auch niemals heben will.

(カント『視霊者の夢(Träume eines Geistersehers)』1766年)



いやジジェクは『パララックスビュー』(2005年)以前に、トラクリの英訳(2003年)が出た翌年に既に、パララックスだけでなく柄谷のボロメオの環をパクリ変奏している。



イラクへの攻撃の三つの「真の」理由(①西洋のデモクラシーへのイデオロギー的信念、②新世界秩序における米国のヘゲモニーの主張、③石油という経済的利益)は、パララックスとして扱わねばならない。どれか一つが他の二つの真理ではない。「真理」はむしろ三つのあいだの視野のシフト自体である。それらはISR(想像界・象徴界・現実界)のボロメオの環のように互いに関係している。民主主義的イデオロギーの想像界、政治的ヘゲモニーの象徴界、エコノミーの現実界である。

The three ‘true’ reasons for the attack on Iraq (ideological belief in western democracy (…) ; the assertion of US hegemony in the New World Order: economic interests – oil) should be treated like a ‘parallax’: it is not that one is the ‘truth of the others; the ‘truth’ is, rather, the very shift of perspective between them. They relate to each other like the ISR triad…: the Imaginary of democratic ideology, the Symbolic of political hegemony, the Real of the economy (ジジェク Zizek, Iraq: The Borrowed Kettle, 2004






一般に、ある著者が矛盾していることを言っているとき、我々はそれを単純に奇妙だ欠陥だと思いがちだが、そうではなくメガネを掛け替えて記しているのではないかと探ってみることが必要である。

重要なのは、〔・・・〕マルクスがたえず移動し転回しながら、それぞれのシステムにおける支配的な言説を「外の足場から」批判していることである。しかし、そのような「外の足場」は何か実体的にあるのではない。彼が立っているのは、言説の差異でありその「間」であって、それはむしろいかなる足場をも無効化するのである。重要なのは、観念論に対しては歴史的受動性を強調し、経験論に対しては現実を構成するカテゴリーの自律的な力を強調する、このマルクスの「批判」のフットワークである。基本的に、マルクスはジャーナリスティックな批評家である。このスタンスの機敏な移動を欠けば、マルクスのどんな考えをもってこようがーー彼の言葉は文脈によって逆になっている場合が多いから、どうとでもいえるーーだめなのだ。マルクスに一つの原理(ドクトリン)を求めようとすることはまちがっている。マルクスの思想はこうした絶え間ない移動と転回なしに存在しない。(柄谷行人『トランスクリティーク』2001年)

思想は実生活を越えた何かであるという考えは、合理論である。思想は実生活に由来するという考えは、経験論である。その場合、カントは、 合理論がドミナントであるとき経験論からそれを批判し、経験論がドミナントであるとき合理論からそれを批判した。(柄谷行人「丸山真男とアソシエーショニズム 」2006年)



……………





さて一般に、サピア・ウォーフの仮説 [Sapir-Whorf hypothesis]と言われるものも、言語のめがね、文法のめがねの話であり、仮説でもなんでもなく当たり前の話である。


人間は客観的な世界だけで生きているわけではなく、また、通常理解されているような社会活動の世界だけで生きているわけでもない。むしろ、それぞれの社会の表現媒体となっている特定の言語に大きく左右されているのだ。…実のところ、現実の世界は、大部分が無意識のうちに集団の言語的習慣の上に築かれている。二つの言語が、同じ社会現実を代表していると見なせるほど似ているということはあり得ない。異なる社会が生きる世界は、単に異なるラベルが付けられた同じ世界ではなく、互いに隔絶された世界なのである。

Human beings do not live in the objective world alone, nor alone in the world of social activity as ordinarily understood, but are very much at the mercy of the particular language which has become the medium of expression for their society . . . The fact of the matter is that the real world is to a large extent unconsciously built upon the language habits of the group. No two languages are ever sufficiently similar to be considered as representing the same social reality. The worlds in which different societies live are distant worlds, not merely the same world with different labels attached. 

(エドワード・サピア『科学としての言語学の地位』 Edward Sapir, The Status of Linguistics as a Science,  1929年)


著しく異なる文法を用いる人々は、その文法によって異なる種類の観察や、外見上は類似した観察行為に対する異なる評価へと導かれるため、観察者としては同等ではなく、いくらか異なる世界観に到達することになる。

users of markedly different grammars are pointed by their grammars toward different types of observations and different evaluations of externally similar acts of observation, and hence are not equivalent as observers, but must arrive at somewhat different views of the world.

(ベンジャミン・リー・ウォーフ『不正確な科学としての言語学』Benjamin Lee Whorf, Linguistics as an Inexact Science, 1940)


この仮説自体、実際はニーチェに既にある。

ウラル=アルタイ語においては、主語の概念がはなはだしく発達していないが、この語圏内の哲学者たちが、インドゲルマン族や回教徒とは異なった目で「世界を眺め」、異なった途を歩きつつあることは、ひじょうにありうべきことである。

ある文法的機能の呪縛は、窮極において、生理的価値判断と人種条件の呪縛でもある。

Philosophen des ural-altaischen Sprachbereichs (in dem der Subjekt-Begriff am schlechtesten entwickelt ist) werden mit grosser Wahrscheinlichkeit anders "in die Welt" blicken und auf andern Pfaden zu finden sein, als Indogermanen oder Muselmänner: der Bann bestimmter grammatischer Funktionen ist im letzten Grunde der Bann physiologischer Werthurtheile und Rasse-Bedingungen.

(ニーチェ『善悪の彼岸』第20番、1986年)




より一般化して言えば、《私たちが意識するすべてのものは、徹頭徹尾、まず調整され、単純化され、図式化され、解釈されている[alles, was uns bewußt wird, ist durch und durch erst zurechtgemacht, vereinfacht, schematisirt, ausgelegt]》(ニーチェ『力への意志』11[113] (358) )でもある。


ラカンは《フロイトの視点に立てば、人間は言語に囚われ、折檻を受ける主体である [Dans la perspective freudienne, l'homme c'est le sujet pris et torturé par le langage]》(Lacan, S3, 16 mai 1956)と言ったが、これらの文脈の中にある。フロイトの投射(投影)メカニズム自体、ベースにあるのは内的身体刺激の言語のめがねを通した外在化である[参照]。


とはいえここに列挙した思考は、冒頭の丸山眞男の文ーー彼が、吉田松陰の師でもあった佐久間象山を読みこむことで導き出した教えーーをまずはしっかり消化してみればよいのではないか。少なくとも一般レベルでの認識では、あの文で十分であるように思う。