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2025年11月25日火曜日

女子アナ始球式の目眩い

 

いやあ、最近はスカートでの女子アナ始球式が流行っているらしいな、実にスバラシイ!




蚊居肢の時代が真に始まったようだな、


スカートのいよよ短し秋のかぜ

スカートの内またねらふ藪蚊哉


ーー『断腸亭日乗昭和十九年甲申歳 荷風散人年六十有六 九月初七


………………


たえずまくれるスカートのなかの鱗で飾られた脚


ーー吉岡実「水のもりあがり」


悲劇の少女にはふりむく真の正面がない

水色のスカートの腰をよじって

ねぐらへ鳥の飛ぶのを仰ぎつづける


ーー吉岡実「フォーサイド家の猫」



ピンポン球をスカートのなかへ

少女たちは隠したままだ


「ただ この子の花弁がもうちょっと

まくれ上がっていたら いうことはないんだがね」


ーー吉岡実「不思議な国のアリス」


人々の妄想の鏡のなかですでにアリスの靴や靴下そして下着まで濡れているんだ


ーー吉岡実「人工花園」 


やっぱり女子アナはああじゃなくちゃな、


どの穴も女陰の裂け目の象徴だった[jedes Loch war ihm Symbol der weiblichen Geschlechtsöffnung ](フロイト『無意識について』第7章、1915年)

「裂け目」はベッドに入る女陰の開口部であり、「何かが喪われている」は女性器の主要な特徴を表現したものである[Die »Lücken« sind die Genitalöffnungen der zu Bette gehenden Frauen: »da fehlt etwas« beschreibt den Hauptcharakter des weiblichen Genitales. ](フロイト『夢解釈」VI -C、1900年)


我、汝の裂け目がただ一筋の線にあらざるならば、死をもいとわじ[Rimula, dispeream, ni monogramma tua est.](テオドール・ド・ベーズ Théodore de Bèzeーーモンテーニュ『エッセイ』第3巻第5章より)



穴は埋められることを切望するものである。小さな子供はまるで魔法にかかったかのように穴に引き寄せられる。指や腕全体を入れずにはいられない。空虚を消し去り、存在の豊かさを存在させるために、彼は象徴的な肉体の犠牲を払う。穴を塞ごうとする人間の根源的な性向は、象徴的にも現実的にも、生涯を通じて持続する。そして、この観点からのみ、女性の性がなぜ猥褻なのかを理解できる。それは穴であるがゆえに、そして肉の豊かさを求める訴えを発するがゆえに、猥褻なのである。女性もまた、自身の状態をそのような訴え、誘惑として感じる。このように、あらゆる穴は「アノ期待」であるがゆえに、猥褻なものとなるのである。


The hole is something which longs to be filled. The small child is drawn as if by magic to holes. He can not restrain himself from putting in his finger or his whole arm. He makes a symbolic sacrifice of his body to cause the void to disappear and a plenitude of being to exist. The fundamental tendency of human beings to stop up holes persists throughout life, symbolically and in reality. And only from this standpoint can we understand why the feminine sex is obscene. It is obscene because it is a hole and because it sends out an appeal for a plenitude of flesh. A woman also senses her condition as such an appeal, such an enticement. Thus every hole becomes something obscene because it “is an expectation.”

 ジャン=ポール・サルトル『非難された自由へ:哲学入門』Jean-Paul Sartre,  To Freedom Condemned: A Guide to His Philosophy)