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2019年12月19日木曜日

日本的ユートピアンのために

世論と共に考えるような人は、自分で目隠しをし、自分で耳に栓をしているのである。(ニーチェ『反時代的考察』)

……

前回こう引用した。

一つのことが明らかになっている。それは、福祉国家を数十年にわたって享受した後の現在、…我々はある種の経済的非常事態が半永久的なものとなり、我々の生活様式にとって常態になった時代に突入した、という事実である。こうした事態は、給付の削減、医療や教育といったサービスの逓減、そしてこれまで以上に不安定な雇用といった、より残酷な緊縮策の脅威とともに、到来している。

… 現下の危機は早晩解消され、ヨーロッパ資本主義がより多くの人びとに比較的高い生活水準を保証し続けるだろうといった希望を持ち続けることは馬鹿げている。いまだ現在のシステムが維持可能だと考えている者たちはユートピアン(夢見る人)にすぎない。(ジジェク、A PERMANENT ECONOMIC EMERGENCY、2010年)

ここでは世界なんてヤボなことはいわない。日本的ユートピアン向けのみに記します。しかもユートピアンのみなさんが願っておられるだろう既存システムの維持可能性を模索する試みをします。

………

日本的ユートピアン(夢見る人)の特徴は、たとえば次のような数字をまったく見ないふりをすることである。



この目隠しを心理学的には選択的非注意と呼ぶ。

古都風景の中の電信柱が「見えない」ように、繁華街のホームレスが「見えない」ように、そして善良なドイツ人の強制収容所が「見えなかった」ように「選択的非注意 selective inatension」という人間の心理的メカニズムによって、いじめが行われていても、それが自然の一部、風景の一部としか見えなくなる。あるいは全く見えなくなる。(中井久夫「いじめの政治学」1996年『アリアドネからの糸』所収)

彼らの目隠しぶりはさらに酷く、上のような彼らには難解らしい財政的推移だけではなく、最もシンプルで小学生でもわかる厳然たる事実まで選択的非注意を払っている。




この表だって数字音痴の日本的ユートピアンには目隠しの対象らしい。

やむえず幼稚園向けに次のような図を示さざるをえなくなる。




未来なんてヤボなことをいわない、この現在である。

30年前は現役世代5人で1人の高齢者に仕送りをしていればよかったのである。

仕送り先のおじいちゃんは300万円受け取っていたとしよう(ここではこの30年間のインフレ率等は無視させていただく。あくまで幼稚園児向けである)。1990年は1人当たり60万円でよかった。だが2020年は、1人当たり約150万円負担しなければならなくなった。

「そんなのぜったいできないわ」--幼稚園児だったらそういうだろう。

たしかにできないから、国が借金をしておじいちゃんおばあちゃんへの仕送りを肩代わりしている。それゆえの借金増である。

行政側はあれらユートピアンにあきれ果てつつあるのだろう。ワニの口まで描いて、幼稚園児向けのようにして説明しようとしているが、これまたムダである。






こういった数字をしめすとユートピアンたちはごねるのである。「こんなのあの失われた20年のせいよ」「デフレのせいよ」「これから経済成長があったらダイジョウブだわ」云々と。あるいは「MMTがあるわ!」と。

MMT 理論の第一人者と言っていいだろうランダル・レイは次のようにオッシャッテオラレル。

経済学者にとって、年率40パーセント未満のインフレ率から経済への重大な悪影響を見出すことは困難である。economists are hard pressed to find significant negative economic effects from inflation at rates under 40 percent per year. (ランダル・レイRandall Wray「現代貨幣理論 Modern Money Theory」2012年)

たぶんあのかたがたは年率30パーセントぐらいのインフレがお好きなのであろう・・・実際のところ行政側にとっても巨額の債務残高を削減するためには、このくらいのインフレがこのましいのはよく知られている。30パーセントが2年つづけば、1000兆円超の債務残高(地方債も含む)が、実質300兆円ほどになってバンバンザイである・・・なぜMMT を採用しないんだろ? さあってっと。行政側はまだ誠意があるせいなんだろうか?


日本的ユートピアンのかたがたの気持ちはわからないではない。目に見える負担増をしたくないのは誰もがそうである。ましてや「消費税増なんてぜったいいやだわ」という正義派的信念を抱かれている方々が日本的ユートピアンの大半である。信者にはなにをいってもムダである。行政側は信者たちのせいで消費税増ができないからそのかわりに社会保険料をひそかに増してもかれらには目に見えないのである。





ーー社会保険料とは労働人口から徴収するものである。消費税は全世代から徴収するものである。日本的ユートピアンのおかげで高齢者はますますバンバンザイである。きっと消費税反対派は高齢者から賄賂をもらっているのでせう。

さらに消費税反対派は非正規雇用の増加、労働者の賃下げ等にもすこぶる貢献しておられる。

企業の社会保険料の負担増は、雇用の調整(労働需要の減退や雇用の非正規化)や賃金の引き下げという形で労働者に転嫁されているとみるのが経済学的な考え方である。社会保険料の負担増は、企業にとっては人件費の増加である。企業がその分雇用を抑制すれば、労働者にとっては雇用機会の縮小という形で負担が転嫁されることになる。また、社会保険料の影響で労働需要が減ると労働市場では賃金(労働の価格)が低下するため、賃下げという形でも労働者の負担(企業にとっては人件費の抑制)になり得る。 (「厚生年金のさらなる適用拡大はなぜ必要か」大和総研政策調査部 研究員 佐川 あぐり、2019年)

ご存知のように社会保険料の半額は企業負担であり、現在(驚くことに)法人税負担よりも社会保険料負担のほうが大きくなってしまっている。




ーーこの図が示しているのは、

①現在の給与所得者は、所得税よりも社会保険料支払額のほうが高くなってしまっている。 
②企業においても、法人税より社会保険事業主負担のほうが高くなってしまっている。

ということである。

ようするにユートピアンたちは消費税増に反対することによって、現役世代の首をますます絞めるという「悪の循環」をもたらしているのである。だがこれにもお気づきにならないという頓珍漢ぶりである。

やはり善意の正義派が最も醜悪な悪をなすという古来からのテーゼはここでも小粒ながら証明されてしまっている。


高インフレの話に戻ろう。よく知られているように(?)年率30パーセントのインフレとは年率30パーセント程度の消費税増に相当する。もちろん給料もそれに応じて上がるかもしれない。悲惨なのは高齢者である。ここにきて逆に高齢者イジメをしたいのはヨクワカリマス。

日本の財政は、世界一の超高齢社会の運営をしていくにあたり、極めて低い国民負担率と潤沢な引退層向け社会保障給付という点で最大の問題を抱えてしまっている。つまり、困窮した現役層への移転支出や将来への投資ではなく、引退層への資金移転のために財政赤字が大きいという特徴を有している。(「DIR30年プロジェクト「超高齢日本の30年展望」」大和総研、武藤敏郎監修、2013年)

ーーいやあシマッタ! こんなムズカシイ話をするつもりじゃなかった、これは中学生程度の頭がなければおわかりにならないことです。


ところで一般的にデフレと呼ばれる期間において、生産年齢人口1人当たりの実質GDPは、他国と遜色なく「インフレ」しているのである。






なぜデフレであったのか? 主に生産年齢人口が減ってしまったせいである。すくなくともこの数字はそれを示している。

もっとも実際は2010年から2020年のあいだの現役世代人口減がはなはだしいだけで(上に掲げた年齢別人口推移図参照)、それ以前は別の問題でありうる。

なにはともあれ、こう示しても連中はごねるばかりである、--「財務省にだまされたらダメよ!」

シツレイしました。これは掛け算の問題であり、小学生向けデス。園児にはこんな表自体、とってもムズカシスギルのはよくわかってイマス。これは無駄話デシタ・・・

そもそもあの連中は世界一の少子高齢化社会においてこんなに負担が低いのに、まだ消費税を「駄々っ子のようにして」下げたいらしいのだから、上のような小学生向けの表を読むなんてぜんぜんむりであるのはよく知ってイマス。







以上、日本に住み続けるかぎり、負担増福祉減に耐えなければなりません。負担増は事実上、全世代から徴収できる消費税増しかありません。金持ち税なんかに期待してはダメです。そんなものは税はわずかしか増えません。福祉減は高齢者を狙い撃ちするほかありません。

日本的ユートピアンの皆さんは、これ以上無知をさらして自らの首を過重に絞めてはならないのです。つまり現役世代を苦しめてはなりません。くりかえせば過重化をさけるには、消費税増しかありません。高齢者にもしっかりと税を払ってもらいませう。消費税25パーセントぐらいはいかかでしょうか? そうすれば世界的にもまともな税率にナリマス。




蚊居肢ブログの架空の登場人物「蚊居肢案」を示すなら、たとえば消費税を2021年から 、毎年 1 月に 1ポイントずつ引き上げ、2035年の 1 月に25%にするなんてどうでせう? ホントは 2ポイントずつ上げるのが理想ですが(あるいは半年に1ポイントずつ)、これはユートピアンのみなさんのための妥協案です。