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2020年1月28日火曜日

魔女狩りのほうもお忘れないように

まったく関心がなかったが、フランシスコ法王はこんなことを仰られる人物なのか。

もし私たちが記憶を失うなら、私たちは未来を破壊するのです。ホロコースト、75年前に人類が学んだ言語の絶した残酷さの記念が、立ち止まり、静かに佇み、思い出すことの呼びかけとして働きますように。私たちはこれをしなければならないのです、私たちが無関心になってしまわないように。

Pope Francis@Pontifex If we lose our memory, we destroy our future. May the anniversary of the Holocaust, the unspeakable cruelty that humanity learned of 75 years ago, serve as a summons to pause, to be still and to remember. We need to do this, lest we become indifferent.

とっても立派なことを仰られる方だな、「敬愛」するよ。でも魔女狩りのほうもお忘れないように。あんたの子分、あんたの信者には、魔女裁判資質をフンダンにもった人間がいまでもウヨウヨしてんだから。

魔女狩りが宗教戦争によって激化された面はあっても二次的なものである。この問題に関してだけはカトリックとプロテスタントがその立場を越えて互いに協力するという現象がみられるからである。互いに相手の文献や記述を引用しながら魔女狩りの根拠としてさえいる。さらに教会人も世俗人もともに協力しあった。つまり魔女狩りは非常に広範な ”合意" "共同戦線"によって行なわれた。そして組織的な警察などの治安維持機構のないところで、新知識のロー マ法的手続きで武装した大学卒の法官たちは、民衆の名ざすままに判決を下していった。市民法のローマ法化たとえばニュルンベルク法の成立と魔女狩りの開始は時期を一にする。

法官は、サタンが契約によってその軍勢である魔女をどんどんふやして全人類のためのキリストの儀牲を空無に帰せしめようとしている、と観念した。多くの者の危機感はほんものであり、「焼けども焼けども魔女は増える一方である」との嘆声がきこえる。独裁者が被害妄想を病むことは稀れでないが、支配階層の相当部分がかくも強烈な集団被害妄想にかかることは稀れであって、次は『魔女の槌』に代わって四〇〇年後に『我が闘争』をテキストにした人たちまで待たなければならない。法における正義を追求したジャン・ポーダンのような戦闘的啓蒙主義者が、同時に苛烈な魔女狩り追求者であったことをどう理解すべきであろうか。おそらく共通項は、ほとんど儀式的・強道的なまでの「清浄性」の追求にあるだろう。世界は、不正と同じく魔女のようないかがわしく不潔なものからクリーンでなければならなかったのである。死刑執行費がか遺族に請求されたが、その書類の形式まで四O○年後のナチスと酷似しているのは、民衆の求めた祝祭的・豊饒儀礼的な面とは全く別のシニカルなまでに強迫的な面である。また、科学に類比的な面もないではなかった。すべての魔女を火刑にする酷薄さには、ペストに対してとられた、同様に酷薄な手段、すなわち患者を放置し患者の入市や看護を死刑をもって禁ずるという方法が有効であったことが影響を与えているだろう。

魔女狩りの個々の内容については多くの成書に譲ってここでは詳述しない。(中井久夫「西欧精神医学背景史」『分裂病と人類』所収、p128)



宗教上の不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸にたいする抗議である。宗教は、なやめるもののため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。それは民衆のアヘンである。(マルクス「ヘーゲル法哲学批判・序説」)
十歳か十二歳かの少年だったころ、父は私を散歩に連れていって、道すがら私に向って彼の人生観をぼつぼつ語りきかせた。彼はあるとき、昔はどんなに世の中が住みにくかったかということの一例を話した。「己の青年時代のことだが、いい着物をきて、新しい毛皮の帽子をかぶって土曜日に町を散歩していたのだ。するとキリスト教徒がひとり向うからやってきて、いきなり己の帽子をぬかるみの中へ叩き落した。そうしてこういうのだ、『ユダヤ人、舗道を歩くな』」「お父さんはそれでどうしたの?」すると父は平然と答えた、「己か。己は車道へ降りて、帽子を拾ったさ」(フロイト『夢解釈』1900年)
教会、つまり信者の共同体…そこにときに見られるのは他人に対する容赦ない敵意の衝動である。…宗教は、たとえそれが愛の宗教と呼ばれようと、所属外の人たちには過酷で無情なものである。もともとどんな宗教でも、根本においては、それに所属するすべての人びとにとっては愛の宗教であるが、それに所属していない人たちには残酷で偏狭になりがちである。(フロイト『集団心理学と自我の分析』第5章、1921年)
ユダヤ人であったおかげで、私は、他の人たちが知力を行使する際制約されるところの数多くの偏見を免れたのでした。ユダヤ人の故に私はまた、排斥運動に遭遇する心構えもできておりましたし、固く結束した多数派に与することをきっぱりあきらめる覚悟もできたのでした。(フロイト『ブナイ・ブリース協会会員への挨拶』1926年)
わたくしをこわがらせるのは、社会的なものとしての教会でございます。教会が汚れに染まっているからということだけではなく、さらに教会の特色の一つが社会的なものであるという事実でございます。わたくしが非常に個人主義的な気質だからではございません。わたくしはその反対の理由でこわいのです。わたくしには、人々に雷同する強い傾向があります。わたくしは生れつきごく影響されやすい、影響されすぎる性質で、とくに集団のことについてそうでございます。もしいまわたくしの前で二十人ほどの若いドイツ人がナチスの歌を合唱しているとしたら、わたくしの魂の一部はたちまちナチスになることを、わたくしは知っております。これはとても大きな弱点でございます。けれどもわたくしはそういう人間でございます。生れつきの弱点と直接にたたかっても、何もならないと思います。(…)

わたくしはカトリックの中に存在する教会への愛国心を恐れます。愛国心というのは地上 の祖国に対するような感情という意味です。わたくしが恐れるのは、伝染によってそれに染まることを恐れるからです。教会にはそういう感情を起す価値がないと思うのではありません。 わたくしはそういう種類の感情を何も持ちたくないからです。持ちたくないという言葉は適当ではありません。すべてそういう種類の感情は、その対象が何であっても、いまわしいもので あることをわたくしは知っております。それを感じております。(シモーヌ・ヴェイユ書簡--ペラン神父宛『神を待ちのぞむ Attente de Dieu』所収)



愛しているときのわたしはいたって排他的になる。(フロイト『書簡集』)
ただ一人の者への愛は一種の野蛮である。それはすべての他の者を犠牲にして行なわれるからである。神への愛もまた然りである。(ニーチェ『善悪の彼岸』)
愛は、人間が事物を、このうえなく、ありのままには見ない状態である。甘美ならしめ、変貌せしめる力と同様、幻想の力がそこでは絶頂に達する。(ニーチェ『反キリスト者』)



ナチによる大量虐殺に加担したのは熱狂者でもサディストでも殺人狂でもない。自分の私生活の安全こそが何よりも大切な、ごく普通の家庭の父親達だ。彼らは年金や妻子の生活保障を確保するためには、人間の尊厳を犠牲にしてもちっとも構わなかったのだ。(ハンナ・アーレント『悪の陳腐さ』)
耐え難いのは差異ではない。耐え難いのは、ある意味で差異がないことだ。サラエボには血に飢えたあやしげな「バルカン人」はいない。われわれ同様、あたりまえの市民がいるだけだ。この事実に十分目をとめたとたん、「われわれ」を「彼ら」から隔てる国境は、まったく恣意的なものであることが明らかになり、われわれは外部の観察者という安全な距離をあきらめざるをえなくなる。 (ジジェク『快楽の転移』)