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2020年1月21日火曜日

大江引用集


ジャズ・シンガーは若い詩人に裸の背をむけ頭と肩をJにもたせかけていた。そして右手をJの尻のしたに、左手をJの腿のつけねに置いている。左手の指さきはJのズボンをもりあがらせている硬くなった性器のうえにのびてそのままじっとしている。Jはなかば眠り、なかば微笑している。かれら二人は確実に、二人だけの相関関係の個室にとじこもっていた。それから不意に裸の娘の性器の匂いが、暖炉でくすぶっている新しい薪の匂いのなかであきらかになる。 …

「ああ、おれはシャワーを浴びたいんだよ、風呂にはいってシャワーを浴びたいんだよ。おれは気持悪いよ。おれは、女とやった次の朝はいつでも風呂にはいってシャワーを浴びるんだかなあ! 自分の精液やら女のバルトリン腺の糞やらが、おれのペニスを糊づけしてしまったみたいだよ。ああ、おれ、気持悪いよ!」

若い俳優も他のみんなもプロパンガスがすっかりなくては浴室も使用不能であることを知っていた。そしてみんな自分の皮膚が汚れきっているという不快な掻痒感にとらえられた。憎悪感の鎖は肉体的な自己嫌悪でいろどられ二重になった。俳優は道化てみるほかなくなった。

「なあ、おれは気持悪いよ、体じゅうが匂うよ! ひとりでペニスとヴァギナをもっていて、しかもふたつともに、凄く匂うやつをもっている気分だよ!」 (大江健三郎『性的人間』)

ナオミさんが先頭で乗り込む。鉄パイプのタラップを二段ずつあがるナオミさんの、膝からぐっと太くなる腿の奥に、半透明な布をまといつかせ性器のぼってりした肉ひだが睾丸のようにつき出しているのが見えた。地面からの照りかえしも強い、熱帯の晴れわたった高い空のもと、僕の頭はクラクラした。(大江健三郎「グルート島のレントゲン画法」『いかに木を殺すか』所収)

暖炉の火が穏やかな気配の弱さになっていたのを、僕は立て直そうとした。(……)
炎の起こったところでふりかえると、スカートをたくしあげている紡錘形の太腿のくびれにピッチリはまっているまり恵さんのパンティーが、いかにも清潔なものに見えた。マニ教の秘儀ではないが、切磋琢磨する性交をつうじて、生ぐさい肉体に属するものは、根こそぎアンクル・サムに移行し、まり恵さんには精神の属性のみが残ったようだ……

もっともまり恵さんは、僕がスカートの奥に眼をひきつけられているのに気づくと、両腿を狭める動作をするかわりに、あらためて疲れと憂いにみちているが、ベティさん式の派手な顔に微笑を浮べ、かならずしも精神プロパーではない提案をした。さりとて肉体プロパーでもなかったはずだが……

ーー今後もう私には、あなたと一緒に夜をすごすことはないのじゃないかしら? それならば、元気をだして一度ヤリますか? 光さんが眠ってから、しのんで来ませんか?

――……ずっと若い頃に、かなり直接的に誘われながらヤラなかったことが、二、三人についてあったんだね。後からずっと悔やんだものだから、ある時から、ともかくヤルということにした時期があったけれども…… いまはヤッテも・ヤラなくても、それぞれに懐かしさがあって、ふたつはそうたいしたちがいじゃないと、回想する年齢だね。

ーーつまりヤラなくていいわけね。……私も今夜のことを、懐かしく思い出すと思うわ、ヤッテも、ヤラなくても、とまり恵さんはむしろホッとして様子を示していった。(大江健三郎『人生の親戚』)

それが吾良のライフスタイルのひとつで、映画作りの力にもなった小物集めの才能を発揮すると、魅力あるジュラルミン製の小型トランクをつけてくれた。それには五十巻のカセットテープが収められてもいたのである。吾良の映画の試写会場で受けとり、持って帰る電車のなかで、白い紙ラベルにナンバーだけスタンプで押したカセットを田亀に入れてーー実際、そのように機械を呼ぶことになったーー。ヘッドフォーンのジャックを挿し入れる穴を探していると、つい指がふれてしまったか、テープを入れると再生が自動的に始まる仕組みなのか、野太い女の声の、ウワッ! 子宮ガ抜ケル! イクゥ! ウワッ! イッタ! と絶叫する声がスピーカーから響き、ぎゅう詰めの乗客たちを驚かせた。その種の盗聴テープ五十巻を、吾良は撮影所のスタッフから売りつけられて、始末に困っていたらしいのだ。

かつて古義人はそうしたものに興味を持つことがなかったのに、この時ばかりは、百日ほども田亀に熱中した。たまたま古義人が厄介な鬱状態にあった時で、かれの窮境を千樫から聞いた吾良が、そういうことならば、その原因相応に低劣な「人間らしさ」で対抗するのがいい、といった。そして田亀を贈ってくれたついでに、確かに「人間らしさ」の一表現には違いないテープをつけてくれたのだ、と後に古義人は千樫から聞いた。千樫自身は、それがどういうテープであるかを知らないままだったが……(大江健三郎『取り替え子 チェンジリング』)

谷川を見おろす敷地の西の端に、風呂場が別棟になっている。石垣の上の狭い通路から風呂場を廻り込んで向うへ出ると、石垣でかこわれた一段低いところにセイさんが花を作っている小さな畑と物置がある。風呂の焚口は物置の並びにあり、戸外の水汲み場から風呂水を運びこむ戸口も開いている。風呂場の窓は石垣の上にに張り出して谷川を見おろし、対岸をのぞむ。窓は高く、庭から廻り込む通路からは風呂場を覗くことができない。足音をしのんでそこを通り抜けながら、ギー兄さんが窓をあおいで僕の注意をひくそぶりをしたので、なんらかの手段で内部を覗き見する手段をギー兄さんが考案したのだと見当はついていた。案の定! いったん畑の平面へ降りてから風呂の焚き口へ登る、小石を積んだ短い段々の中ほどに、そこで立ちどまれば顔の高さに、こちらへゆるくかたむいた50センチ×30センチの薄暗いガラスのスクリーンが風呂場の板壁を壊してとりつけられているのだ。剥がした羽目板や新しい角材の残りと大工道具が、物置の脇にたてかけられていた。僕らが並んで位置につくやいなや、僕らの頭をまたいで前へ出る具合に向うむきの若い娘ふたりの下半身が、かしいだスクリーンに現れた。

――この角度がな、Kちゃん、女をもっとも動物的に見せるよ、とギー兄さんは解説した……

若い娘たちが全裸でスックと立っている。その丸い尻の下で、それぞれの二本の腿が不自然に思われるほど広い間隔を開いているのに、まず僕は印象を受けた。セイさんとの経験に教えられながら、なお性的な夢に出て来る裸の娘の腿は、前から見ても後ろから見てもぴったりくっついていたから。いま現に見ている娘たちの、その開いた腿の間には、性器が剥き出しになっていたが、それはどちらも黒ぐろとした毛に囲まれ股間全体の皮膚も黒ずんで、猛だけしい眺めだった。

すぐにも娘たちは窓のすぐ下の低く埋めこんだ浴槽に向って進み、しゃがみこんだ。娘たちの尻はさらにも横幅をあらわして張りつめ、窓からの光に白く輝やいて、はじめて僕に美しいものを見ているという思いをあたえた。湯槽から湯を汲み出し、そろって性器を洗っているふたりの、その尻の下方にチラチラ見える黒い毛は、やはり油断のならぬ鼠の頭のようだったが。それから湯槽に入りのんびりとこちらを向いた様子は、日頃のももこさん、律ちゃんと比較を絶して幼く見えた。彼女たちがそろってスクリーンのこちらの僕らを見つめているふうであったのはーー放心したような顔つきからみてもーー僕らがひそんでいると見当をつけたのではなく、新しく浴室の入口脇にとりつけられた鏡を発見して、ということであったわけだ。そのうちスクリーンが翳ってきたのは、ふたりが湯を搔きまわしたので、湯気がこもって鏡の表面を曇らせたのだろう。

――よし。自分が曇りをふいてやる、とギー兄さんがすぐ脇から無警戒な微笑を僕に向けていった。

――なんのために? 自分も風呂に入るのなら……

――え? Kちゃんも楽しんでみているじゃないか?

そういいすてて、ギー兄さんは物置の側から母屋の方へ廻り込んで行った。逆に僕は、石垣の上の狭い道を通って庭へひきかえした。いかにもこちらのために覗き窓を造ってやった、というギー兄さんの口ぶりに僕は傷つけられていたのだ。ところが庭から窓ごしに勉強部屋に入りこみ、その勢いのまま机と壁の間の畳の上にデングリ返しをして寝ころがったとたん、僕はカッと燃え上がるような欲望にとらえられた。ギー兄さんもなかへ入ってしまった以上、風呂場の覗き見のスクリーンのところへひとり立って、屋敷の囲む両側の森、谷あいの空、そしてありとあらゆるそこいらの樹木や石、草の眼にさらされながら、マスターベイションをすることを僕は想像し、その想像によって欲望のとりことなったのである。僕はあたらめて窓を乗り越えた。ズボンのなかで勃起している性器が行動の邪魔になるのを感じながら、それでさらにもいどみかかるような気分になって、息使いも荒く。石垣の上を廻りこむ時には、頭上の窓からギー兄さんとももこさんの言葉にならぬせめぎあいのような気配が聞こえてきた。

そして僕があらためて明るくなっているスクリーンに見出したのは、すぐ眼の前の檜の床に横坐りして脇腹を洗っている律ちゃんの幅広の躰だった。その向うの湯槽の低いへりに、こちら向きに腰をかけたギー兄さんの、濃い毛の生えた腿の上にももこさんがまたがっている。僕がスクリーンから覗き見しているのを勘定に入れて、ギー兄さんがわざわざももこさんに性交をしかけているのだ。色白のギー兄さんの裸のそばでは淡い褐色に見える、ももこさんの筋肉質の背中が機敏に上下する様子は、床を蹴りたてるような足の動きともども、ももこさん自体性交に乗り気になっていることを感じとらせた。そしてすぐ眼の前に自分の躰を鏡に映しながら洗っている、つまりはスクリーンに泣きべそをかいたような顔つきで覗き込んでくる律ちゃんの、胸と喉の間をゆっくり動いていた右手が、そのうち下腹部に降りて来た。石鹸を塗った手拭いをピンクの腿に置くと、もう片方の太い腿をグイとずらせ、その手は自分の性器を優しげに覆うように押しつけて揉みしだいている。スクリーンのこちら側に立っている僕の、ズボンのあわせめから斜めに突き出したペニスは、自由になるやいなや勢いよくおののいて風呂場の腰板下方の石積みに、西陽に赤く光る精液を発射した…… 

頭をたれ、ペニスをしまいながらその場を引揚げようとして、僕はピクリと立ちどまった。物置への段々にそって焚木を積んだ上から、オセッチャンの三つあみにした丸い頭が覗いて、活気みみちた黒い眼をこちらへ向けているのである。僕は胸うちを真暗にして、畑の斜面へ跳び下ると、そのまま石垣をすべりおりるように谷川へ降りて行った。谷川に沿って走り、いったん暗い杉木立の中に入ってからそこを出はずれても、夕暮の谷間の陰鬱な土埃りの乾いた道を、そのうち脇腹の痛みに走り止めて歩きながら帰る間、僕は身悶えする後悔のなかにいた。家に帰りついても母親と顔をあわせぬようせだわの裏口から入り、そのまま狭い自分の寝場所にこもって、妹が夕食を知らせに来ても出て行かぬほど僕は思い悩んでいた……

幼いオセッチャンの純潔な魂にしみをつけた、という罪悪感に僕はとらえられていたのである。それこそ僕は幼女に暴行を働いた人間の血まみれの穢れが自分にかぶさっていると感じた。なぜオセッチャンの眼を警戒しなかったかと、僕は恥を塗りたくられた心で後悔した。屋敷を囲む森から谷のありとあらゆる樹木、草、石にまで見まもられてマスターベイションするという着想に、カッと昂奮したことを思い出しても、自分の愚かしい軽薄のしるしとして、それは後悔のたねとなるのみだった。

夜ふけまで眠れぬまま展転反側するうちに、後悔に染めあげられた想像力は、とめどなく逸脱する方向に行く。風呂場の建物の土台の、わずかに草が生えた石積みの上に飛び散り土埃りを吸って小さなナメクジのように点々とかたまった精液。好奇心からオセッチャンがあれを点検し、その手で性器をさわってしまったら、どうなるか? わずかに眠りえたと思うと、アッと叫ぶようにして眼をさます。自分の臭いのするセンベイ蒲団の上で汗をかいた躰を胴震いするようにして、いま見た夢のおぞましさから逃れようとする。それは試験問題集で読んだ『今昔物語』の「東の方へ行く者、蕪を娶ぎて子を生む語(こと)」とからんだ夢なのだった。とぎれとぎれの短かい夢のなかで、オセッチャンが僕の精液のたっぷりついた蕪の、《皺干たりけるを掻き削りて食ひて》いる様子まで見た…… (大江健三郎『懐かしい年からの手紙』)
復員して暇を持てあましている若者らがギー兄さんの屋敷へ押しかけたというのは、いかにも自然なことだ。しかし夜を徹しての談判の後、それこそ奇態な懲罰の行為が行われたのだ。復員者たちは、屋敷に他の人間が近づくことができぬよう見張りをたて、また駐在所に連絡に走る者がおらぬよう気を配りもした。それから「千里眼」の時とおなじ装いと化粧とを、ギー兄さん及び介添えのセイさんにさせたのである。はじめの意図は、「千里眼」の実際を復員者たちの前で再現させる、という域を出なかっただろう。それからギー兄さんの女装の美しさが導火線をなしたにちがいないが、復員者たちは蔵屋敷から徴発した酒に酔って、女の恰好のギー兄さんに、セイさんと性交させようとした。しかしギー兄さんの性器が役に立たなかったので、 ――これは心のなかまで女になっとるが! と復員者は口ぐちにいって、今度は逆に、紐でキウリを腰に縛りつけたセイさんに、ギー兄さんの尻の穴でやらせたというのだ。ギー兄さんは屈強なもと兵隊どもに押さえつけられ、うつぶせにじゃなくてあおむけにされた、と話し手は両膝をかかげた寝姿まで真似て、さすがにその陋劣な恰好は聞き手たちの軽蔑をさそったものだ。ギー兄さんはただ痛そうな表情をしているだけだったが、いつまでも続けているうちに、本気になったセイさんが、 ――もうタマランですが! と声を放って泣いた …… この最後のくだりのみは、村のひそかな噂話から独立して酒席の笑い話しになることがあった。花見の折など、当の話題に敏感だった僕は、丸く座を組んだ酒盛の脇を、憤怒と口惜しさに躰を凍らせる具合にしてすりぬけたものだった。しかもそういう時、僕の頭の内には大人たちが愚かしく上機嫌で繰りかえす、もうタマランですが! という台詞が小さな渦巻を作って、それは嫌悪のみならず、ある官能的なコダマを呼び起こすようでもあったのである。(大江健三郎『懐かしき年への手紙』 )

「青年団」がセイさんの腰にゆわえつけたキウリはーー自分は中野重治の表記法にしたがって、キウリと書く。キューリじゃない。Kちゃんよ、きみもキウリと書くのだろう?  ――角度の顧慮もなにもありはしないものだから、自分の肛門を傷つけた。しばらく排便ごとに痛んでね、のちに鏡で見ると傷はなおっていたが、古強者のミミズにあるように、肉色の輪がひとつ、へりと直角に組みいられている。その跡は、自分に背負いこまされた窓外の汚辱のしるしのように感じられた( ……)。

そこで自分は「在」や谷間の娘たちの誰かれに、自分の肛門を見られたならば、そして傷跡に言及されたらば、それはすぐさまあの出来事を思い出させるだろうと、惧れていた。当時、どういうものか灯をつけたままこちらの股ぐらにもぐりこんできて、フェラチオするのが都会風だとする、村の娘らの流行があったものでね。 ……(大江健三郎『懐かしき年への手紙』 )

伊能三兄弟は、髭の剃り痕も淡い年齢でいながら、それぞれ男らしい顔だちで、持ち前の姿勢の良さもあり、運動家タイプの魅力を備えていた。そしてかれらが伴ってきた三人も、滑稽なように誇張したファッションが、それでいて身についている、顔だちのいい娘たちなのだった。伊能三兄弟は道後のディスコで彼女たちと仲良くなったが、森のなかへ車で戻って来る段階では、まだ兄弟と娘たちそれぞれの組合せは定まっていなかった、ということだ。犬寄峠のトンネル手前で検問があり、徐行運転して行列につく間に、定員オーヴァーのひとりを隠そうと、後部座席の男、女、男と並ぶ上に娘をひとり横たわらせて毛布で覆った。検問を無事通過してみると、毛布の下の娘は自分の口のすぐ脇にあった一本のペニスを喰ってしまっていたのでーー本当かどうかはわかならいーー、まず当の娘とペニスの持主とのカップルが決定されることになった ……

伊能三兄弟が農場で働きたいと申し出てきた時、ギー兄さんはかれらに「屋敷」で寝泊りすることをすすめていた。しかしかれらは、私の案内で下見した農場の生活棟が気に入って、そこの六人用寝室を自分らの暮しの本拠としたのだった。伊能三兄弟は、それぞれの女友達を得た後も、各々の個室を農場に要求しようとはしなかった。それまでの寝室に、自分らで工作して衝立を設置しただけ。それは単純な迷路の囲いのようでいて、三組のカップルのベッドは互いに見通せぬようになっていた。声音やもの音が筒抜けであることには、娘たちをふくめ誰も気を使わぬ様子。(大江健三郎『燃えあがる緑の木』第二部)