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2020年6月13日土曜日

排除された身体の回帰


症状形成の全ての現象は、「抑圧されたものの回帰」として正しく記しうる。Alle Phänomene der Symptombildung können mit gutem Recht als »Wiederkehr des Verdrängten« beschrieben werden. ((フロイト『モーセと一神教』1939)


フロイトの抑圧されたものの回帰は、以下のフロイトの記述を読む限り、実際は原抑圧されたものの回帰である。

「抑圧」は三つの段階に分けられる。
①第一の段階は、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている「固着」である。(…)この欲動の固着Fixierungen der Triebe は、以後に継起する病いの基盤を構成する。

②「正式の抑圧 eigentliche Verdrängung」の段階は、ーーこの段階は、精神分析が最も注意を振り向ける習慣になっているがーー実際のところ後期 Nachdrängenの抑圧ある。(… )原初に抑圧された欲動 primär verdrängten Triebe がこの二段階目の抑圧に貢献する。
③第三段階は、病理現象として最も重要であり、抑圧の失敗 Mißlingens der Verdrängung、侵入 Durchbruchs、抑圧されたものの回帰 Wiederkehr des Verdrängten である。この侵入Durchbruchとは「固着点 Stelle der Fixierung」から始まる。そしてその点へのリビドー的展開の退行Regression der Libidoentwicklungを意味する。(フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー  )1911年、摘要)

われわれには原抑圧 Urverdrängung、つまり心的(表象的-)欲動代理psychischen(Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes が意識的なものへの受け入れを拒まれるという、抑圧の第一相を仮定する根拠がある。これと同時に固着 Fixerung が行われる。(……)

欲動代理 Triebrepräsentanz は(原)抑圧により意識の影響をまぬがれると、それはもっと自由に豊かに発展する。それはいわば暗闇に蔓延り wuchert dann sozusagen im Dunkeln 、極端な表現形式を見つけ、もしそれを翻訳して神経症者に指摘してやると、患者にとって異者fremd のようなものに思われるばかりか、異常で危険な欲動の強さTriebstärkeという装い Vorspiegelung によって患者をおびやかすのである。(フロイト『抑圧』Die Verdrangung、1915年)

自我にとって、エスの欲動蠢動 Triebregung des Esは、いわば治外法権 Exterritorialität にある。…われわれはエスの欲動蠢動を、異物ーーたえず刺激や反応現象を起こしている異物としての症状 das Symptom als einen Fremdkörper, der unaufhörlich Reiz- und Reaktionserscheinungen ーーと呼んでいる。…異物とは内界にある自我の異郷部分 ichfremde Stück der Innenweltである。(フロイト『制止、症状、不安』第3章、1926年、摘要)

忘却されたもの Vergessene は消滅 ausgelöscht されず、ただ「抑圧 verdrängt」されるだけである。その記憶痕跡 Erinnerungsspuren は、全き新鮮さのままで現存するが、対抗備給 Gegenbesetzungen により分離されているのである。…それは無意識的であり、意識にはアクセス不能である。抑圧されたものの或る部分は、対抗過程をすり抜け、記憶にアクセス可能なものもある。だがそうであっても、異物 Fremdkörperのように分離 isoliert されいる。(フロイト『モーセと一神教』1938年)


暗闇に蔓延る異物が回帰するのである。
この異物(異者としての身体)は定義上、象徴界外(言語外)の身体的なものであり、異物の回帰とは、厳密に言えば「抑圧されたものの回帰 le retour du refoulé」ではなく、「排除されたものの回帰 le retour du forclos」の筈である。

ところがネット上でざっと見てみた限りでは、ラカン派でそう言っている人がいない。実に奇妙である。

事実上、サントームの回帰の筈なのに。

サントームは反復享楽であり、S2なきS1[S1 sans S2](=固着Fixierung)を通した身体の自動享楽に他ならない。ce que Lacan appelle le sinthome est […] la jouissance répétitive, […] elle n'est qu'auto-jouissance du corps par le biais du S1 sans S2(ce que Freud appelait Fixierung, la fixation) (J.-A. MILLER, L'Être et l'Un, 23/03/2011、摘要訳)


以下の語彙群は、同じ意味を持っている。




いやあ、なんで世界中のラカニアン、誰も言ってないんだろ? おバカばっかりだな、とこのところぶつぶつ呟き通しなのである。

しょうがないから中井久夫を引用しとくさ。


解離・排除・異物・一挙侵入
サリヴァンも解離という言葉を使っていますが、これは一般の神経症論でいる解離とは違います。むしろ排除です。フロイトが「外に放り投げる」という意味の Verwerfung という言葉で言わんとするものです。(中井久夫「統合失調症とトラウマ」初出2002年『徴候・記憶・外傷』所収)
解離とその他の防衛機制との違いは何かというと、防衛としての解離は言語以前ということです。それに対してその他の防衛機制は言語と大きな関係があります。…解離は言葉では語り得ず、表現を超えています。その点で、解離とその他の防衛機制との間に一線を引きたいということが一つの私の主張です。PTSDの治療とほかの神経症の治療は相当違うのです。

⋯⋯)侵入症候群の一つのフラッシュバックはスナップショットのように一生変わらない記憶で三歳以前の古い記憶形式ではないかと思います。三歳以前の記憶にはコンテクストがないのです。⋯⋯コンテクストがなく、鮮明で、繰り返してもいつまでも変わらないというものが幼児の記憶だと私は思います。(中井久夫「統合失調症とトラウマ」初出2002年『徴候・記憶・外傷』所収)
外傷性フラッシュバックと幼児型記憶との類似性は明白である。双方共に、主として鮮明な静止的視覚映像である。文脈を持たない。時間がたっても、その内容も、意味や重要性も変動しない。鮮明であるにもかかわらず、言語で表現しにくく、絵にも描きにくい。夢の中にもそのまま出てくる。要するに、時間による変化も、夢作業による加工もない。したがって、語りとしての自己史に統合されない「異物」である。(中井久夫「発達的記憶論」初出2002年『徴候・記憶・外傷』所収)
解離していたものの意識への一挙奔入…。これは解離ではなく解離の解消ではないかという指摘が当然あるだろう。それは半分は解離概念の未成熟ゆえである。フラッシュバックも、解離していた内容が意識に侵入することでもあるから、解離の解除ということもできる。反復する悪夢も想定しうるかぎりにおいて同じことである。(中井久夫「吉田城先生の『「失われた時を求めて」草稿研究』をめぐって」2007年)


ーー世界中のラカン派より中井久夫のほうがずっとまともだよ。

ま、つぎのように言っているミレールは許してあげてもいいが。

「享楽の排除」、あるいは「享楽の外立」。それは同じ意味である。terme de forclusion de la jouissance, ou d'ex-sistence de la jouissance. C'est le même. (J.-A. MILLER, - L'Être et l 'Un - 25/05/2011)

で、ラカン はこう言っている。

原抑圧の外立 l'ex-sistence de l'Urverdrängt (Lacan, S22, 08 Avril 1975)

原抑圧、すなわち享楽の固着であり、サントームである。

フロイトが固着と呼んだものは、…享楽の固着 [une fixation de jouissance]である。(J.-A. MILLER, L'Autre qui n'existe pas et ses comités d'éthique, 26/2/97)
反復を引き起こす享楽の固着 fixation de jouissance qui cause la répétition、(Ana Viganó, Le continu et le discontinu Tensions et approches d'une clinique multiple, 2018)
サントームは現実界であり、かつ現実界の反復である。Le sinthome, c'est le réel et sa répétition. (J.-A. MILLER, L'Être et l'Un - 9/2/2011)


排除(外立)も固着(サントーム)もメカニズムとしては同じ内実を持っている。

したがって原抑圧されたものの回帰➡︎排除されたものの回帰➡︎サントームの回帰ということになる。