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2020年11月21日土曜日

愛といふ言葉は、多分キリスト教から来たものであらう

以前、《 愛といふ言葉は、日本語ではなくて、多分キリスト教から来たものであらう。日本語としては「恋」で十分であり、日本人の情緒的表現の最高のものは「恋」であつて、「愛」ではない。》という文をネット上で拾ったことがあるのだが、三島由紀夫はこの前後で何を言っているのかと探ってみたら、自死の2年前の次の文に行き当たった。


「愛国心――官製のいやなことば」(朝日新聞夕刊 1968年1月8日)

実は私は「愛国心」といふ言葉があまり好きではない。何となく「愛妻家」といふ言葉に似た、背中のゾッとするやうな感じをおぼえる。この、好かない、といふ意味は、一部の神経質な人たちが愛国心といふ言葉から感じる政治的アレルギーの症状とは、また少しちがつてゐる。ただ何となく虫が好かず、さういふ言葉には、できることならソッポを向いてゐたいのである。


この言葉には官製のにほひがする。また、言葉としての由緒ややさしさがない。どことなく押しつけがましい。反感を買ふのももつともだと思はれるものが、その底に揺曳してゐる。


では、どういふ言葉が好きなのかときかれると、去就に迷ふのである。愛国心の「愛」の字が私はきらひである。自分がのがれやうもなく国の内部にゐて、国の一員であるにもかかはらず、その国といふものを向う側に対象に置いて、わざわざそれを愛するといふのが、わざとらしくてきらひである。もしわれわれが国家を超越してゐて、国といふものをあたかも愛玩物のやうに、狆か、それともセーブル焼の花瓶のやうに、愛するといふのなら、筋が通る。それなら本筋の「愛国心」といふものである。


また、愛といふ言葉は、日本語ではなくて、多分キリスト教から来たものであらう。日本語としては「恋」で十分であり、日本人の情緒的表現の最高のものは「恋」であつて、「愛」ではない。もしキリスト教的な愛であるなら、その愛は無限低無条件でなければならない。従つて、「人類愛」といふのなら多少筋が通るが、「愛国心」といふのは筋が通らない。なぜなら愛国心とは、国境を以て閉ざされた愛だからである。だから恋のはうが愛よりせまい、といふのはキリスト教徒の言ひ草で、恋のはうは限定性個別性具体性の裡にしか、理想と普遍を発見しない特殊な感情であるが、「愛」とはそれが逆様になつた形をしてゐるだけである。


ふたたび愛国心の問題にかへると、愛国心は国境を以て閉ざされた愛が、「愛」といふ言葉で普遍的な擬装をしてゐて、それがただちに人類愛につながつたり、アメリカ人もフランス人も日本人も愛国心においては変りがない、といふ風に大ざつぱに普遍化されたりする。


これはどうもをかしい。もし愛国心が国境のところで終るものならば、それぞれの国の愛国心は、人類普遍の感情に基づくものではなくて、辛うじて類推で結びつくものだと言はなくてはならぬ。アメリカ人の愛国心と日本人の愛国心が全く同種のものならば、何だつて日米戦争が起つたのであらう。「愛国心」といふ言葉は、この種の陥穽を含んでゐる。

(中略)


日本のやうな国には、愛国心などといふ言葉はそぐはないのではないか。すつかり藤猛にお株をとられてしまつたが、「大和魂」で十分ではないか。


アメリカの愛国心といふのなら多少想像がつく。ユナイテッド・ステーツといふのは、巨大な観念体系であり、移民の寄せ集めの国民は、開拓の冒険、獲得した土地への愛着から生じた風土愛、かういふものを基礎にして、合衆国といふ観念体系をワシントンにあづけて、それを愛し、それに忠誠を誓ふことができるのであらう。国はまづ心の外側にあり、それから教育によつて内側へはひつてくるのであらう。


アメリカと日本では、国の観念が、かういふ風にまるでちがふ。日本は日本人にとつてはじめから内在的即自的であり、かつ限定的個別的具体的である。観念の上ではいくらでもそれを否定できるが、最終的に心情が容認しない。


そこで日本人にとつての日本とは、恋の対象にはなりえても、愛の対象にはなりえない。われわれはとにかく日本に恋してゐる。これは日本人が日本に対する基本的な心情の在り方である。(本当は「対する」といふ言葉さへ、使はないはうがより正確なのだが)しかし恋は全く情緒と心情の領域であつて、観念性を含まない。


われわれが日本を、国家として、観念的にプロブレマティッシュ(問題的)に扱はうとすると、しらぬ間にこの心情の助けを借りて、あるひは恋心をあるひは憎悪愛(ハースリーベ)を足がかりにして物を言ふ結果になる。かくて世上の愛国心談義は、必ず感情的な議論に終つてしまふのである。


恋が盲目であるやうに、国を恋ふる心は盲目であるにちがひない。しかし、さめた冷静な目のはうが日本をより的確に見てゐるかといふと、さうも言へないところに問題がある。さめた目が逸したところのものを、恋に盲ひた目がはつきりつかんでゐることがしばしばあるのは、男女の仲と同じである。一つだけたしかなことは、今の日本では、冷静に日本を見つめてゐるつもりで日本の本質を逸した考へ方が、あまりにも支配的なことである。さういふ人たちも日本人である以上、日本を内在的即自的に持つてゐるのであれば、彼らの考へは、いくらか自分をいつはつた考へだと言へるであらう。(三島由紀夫「愛国心――官製のいやなことば」1968年)


こう引用したからといって、今はとくに何がいいたいわけでもない。

ここでは柄谷や、ニーチェ、フロイトを引用しておくだけにする。

三島の考えでは、昭和天皇は、その当時の天皇主義者が予期したように、昭和二十年で死ぬはずであり、それによって「神」となるべきだった。ととろが、天皇は「人間宣言」をし国民統合の象徴として生き延びた。三島はこの天皇個人を軽蔑していた。戦後に「転生」した天皇はにせものにすぎないからだ。しかし、それは、「世界最終戦争」となるべき戦争のあとにも生き延びている自らを軽蔑していたのと同じである。それが真に絶対的な「美」()であるためには、「金開寺」と同様に焼かれなければならない。彼の自殺は、戦後の天皇の殺害と同じことを意味する。(柄谷行人「一九七〇年=昭和四十五年」初出1988年『終焉をめぐって』所収)




ただ一人の者への愛は一種の野蛮である。それはすべての他の者を犠牲にして行なわれるからである。神への愛もまた然りである。(ニーチェ『善悪の彼岸』1886年)

愛は、人間が事物を、このうえなく、ありのままには見ない状態である。甘美ならしめ、変貌せしめる力と同様、幻想の力がそこでは絶頂に達する。(ニーチェ『反キリスト者』1888年)


愛しているときのわたしはいたって排他的になる。(フロイト『書簡集』)

教会、つまり信者の共同体…そこにときに見られるのは他人に対する容赦ない敵意の衝動[rücksichtslose und feindselige Impulse gegen andere Personen]である。…宗教は、たとえそれが愛の宗教[Religion der Liebe ]と呼ばれようと、所属外の人たちには過酷で無情なものである。もともとどんな宗教でも、根本においては、それに所属するすべての人びとにとっては愛の宗教であるが、それに所属していない人たちには残酷で偏狭になりがちである。(フロイト『集団心理学と自我の分析』第5章、1921年)




中井久夫も引用しておこう。三島の話題から大きく外れるかも知れないが、私には、愛の宗教の信者だけでなく、なんらかへの信念の人は今でもみな魔女狩り気質をもっていると感じられることが多いから。



魔女狩りが宗教戦争によって激化された面はあっても二次的なものである。この問題に関してだけはカトリックとプロテスタントがその立場を越えて互いに協力するという現象がみられるからである。互いに相手の文献や記述を引用しながら魔女狩りの根拠としてさえいる。さらに教会人も世俗人もともに協力しあった。つまり魔女狩りは非常に広範な ”合意" "共同戦線"によって行なわれた。そして組織的な警察などの治安維持機構のないところで、新知識のロー マ法的手続きで武装した大学卒の法官たちは、民衆の名ざすままに判決を下していった。市民法のローマ法化たとえばニュルンベルク法の成立と魔女狩りの開始は時期を一にする。


法官は、サタンが契約によってその軍勢である魔女をどんどんふやして全人類のためのキリストの儀牲を空無に帰せしめようとしている、と観念した。多くの者の危機感はほんものであり、「焼けども焼けども魔女は増える一方である」との嘆声がきこえる。独裁者が被害妄想を病むことは稀れでないが、支配階層の相当部分がかくも強烈な集団被害妄想にかかることは稀れであって、次は『魔女の槌』に代わって四○○年後に『我が闘争』をテキストにした人たちまで待たなければならない。法における正義を追求したジャン・ポーダンのような戦闘的啓蒙主義者が、同時に苛烈な魔女狩り追求者であったことをどう理解すべきであろうか。おそらく共通項は、ほとんど儀式的・強道的なまでの「清浄性」の追求にあるだろう。世界は、不正と同じく魔女のようないかがわしく不潔なものからクリーンでなければならなかったのである。死刑執行費がか遺族に請求されたが、その書類の形式まで四○○年後のナチスと酷似しているのは、民衆の求めた祝祭的・豊饒儀礼的な面とは全く別のシニカルなまでに強迫的な面である。また、科学に類比的な面もないではなかった。すべての魔女を火刑にする酷薄さには、ペストに対してとられた、同様に酷薄な手段、すなわち患者を放置し患者の入市や看護を死刑をもって禁ずるという方法が有効であったことが影響を与えているだろう。


魔女狩りの個々の内容については多くの成書に譲ってここでは詳述しない。(中井久夫「西欧精神医学背景史」『分裂病と人類』所収、p128)