我々の存在の核[ Kern unseres Wesen]とは、フロイトが『夢解釈』(1900年)で使った表現である。当時のフロイトには、原抑圧概念も原抑圧と等置される固着概念もないが、この固着が現代ラカン派において我々の存在の核である。
以下、上の図における主要な語彙群の可能な限り簡潔な説明として、ポール・バーハウの注釈をまず掲げ、のちにラカン自身からいくらか、そしてジャック=アラン・ミレールを掲げる。
ラカンの現実界は、フロイトの無意識の臍であり、固着のために置き残される原抑圧である。「置き残される」が意味するのは、「身体的なもの」が「心的なもの」に翻訳されないことである。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe, BEYOND GENDER, 2001年) |
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フロイトは、「システム無意識 System Ubw あるいは原抑圧 Urverdrängung」と「力動的無意識 Dynamik Ubw あるいは抑圧された無意識 verdrängtes Unbewußt」を区別した(『無意識』1915年)。 フロイトのシステム無意識[System Ubw](原無意識)は、欲動の核の身体の上への刻印(固着[Fixierung])であり、欲動衝迫の形式における要求過程化である。ラカン的観点からは、原初の過程化の失敗の徴、すなわち最終的象徴化の失敗である。 |
他方、力動的無意識[ Dynamik Ub] は、誤った結びつき[eine falsche Verkniipfung]のすべてを含んでいる。すなわち、原初の欲動衝迫とそれに伴う防衛的加工を表象する二次的な試みである。言い換えれば症状である。フロイトはこれを、無意識の後裔[Abkömmling des Unbewussten](1915)と呼んだ。この「無意識の後裔」の基盤となる原無意識は、システム無意識 [System Ubw]を表す。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe、On Being Normal and Other Disorders A Manual for Clinical Psychodiagnostics、2004年) |
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フロイトには「真珠貝が真珠を造りだすその周りの砂粒 Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet 」という名高い隠喩がある。砂粒とは現実界の審級にあり、この砂粒に対して防衛されなければならない。真珠は砂粒への防衛反応であり、封筒あるいは容器、ーー《症状の形式的封筒 l'enveloppe formelle du symptôme 》(ラカン、E66、1966)ーーすなわち原症状の可視的な外被(心的外被[psychische Umkleidung])である。内側には、元来のリアルな出発点が、「異物 Fremdkörper」として影響をもったまま居残っている。 |
フロイトはヒステリーの事例にて、「身体からの反応 Somatisches Entgegenkommen)」ーー身体の何ものかが、いずれの症状の核のなかにも現前しているという事実ーーについて語っている。フロイト理論のより一般的用語では、この「身体からの反応」とは、いわゆる「欲動の根 Triebwurzel」、あるいは「固着 Fixierung」点である。ラカンに従って、我々はこの固着点のなかに、対象a を位置づけることができる。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe, On Being Normal and Other Disorders: A Manual for Clinical Psychodiagnostics,、2004) |
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フロイトは『夢解釈』にて「原無意識」に相当するものを、「我々の存在の核 Kern unseres Wesen」 「菌糸体」mycelium」「夢の臍 Nabel des Traums」と呼んだ。それは決して表象されえない。しかし固着過程を通して、背後に居残っている。フロイトはこれを「原抑圧」と呼んだ。(Paul Verhaeghe, BEYOND GENDER, 2001年) |
次に晩年のラカンにおける原抑圧である。
欲動の現実界がある。私はそれを穴の機能に還元する。欲動は身体の空洞に繋がっている。il y a un réel pulsionnel […] je réduis à la fonction du trou. C'est-à-dire ce qui fait que la pulsion est liée aux orifices corporels. 原抑圧との関係、原起源にかかわる問い。私は信じている、フロイトの「夢の臍」を文字通り取らなければならない。それは穴である。それは分析の限界に位置する何ものかである。La relation de cet Urverdrängt, de ce refoulé originel, puisqu'on a posé une question concernant l'origine tout à l'heure, je crois que c'est ça à quoi Freud revient à propos de ce qui a été traduit très littéralement par ombilic du rêve. C'est un trou, c'est quelque chose qui est à la limite de l'analyse.(Lacan, Réponse à une question de Marcel Ritter, Strasbourg le 26 janvier 1975) |
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四番目の用語(Σ:サントームsinthome)にはどんな根源的還元もない 、それは分析自体においてさえである。というのは、フロイトが…どんな方法でかは知られていないが…言い得たから。すなわち原抑圧 Urverdrängung があると。決して取り消せない抑圧である。この穴を包含しているのがまさに象徴界の特性である。そして私が目指すこの穴trou、それを原抑圧自体のなかに認知する。 Il n'y a aucune réduction radicale du quatrième terme. C'est-à-dire que même l'analyse, puisque FREUD… on ne sait pas par quelle voie …a pu l'énoncer : il y a une Urverdrängung, il y a un refoulement qui n'est jamais annulé. Il est de la nature même du Symbolique de comporter ce trou, et c'est ce trou que je vise, que je reconnais dans l'Urverdrängung elle-même. (Lacan, S23, 09 Décembre 1975) |
そしてジャック=アラン・ミレール。 |
サントームは現実界であり、かつ現実界の反復である。Le sinthome, c'est le réel et sa répétition. (J.-A. MILLER, L'Être et l'Un - 9/2/2011) |
サントームは固着である[Le sinthome est la fixation]. (J.-A. MILLER, L'Être et l'Un, 30/03/2011、摘要) |
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享楽の一者の純粋な反復をラカンはサントームと呼んだ。la pure réitération de l'Un de jouissance que Lacan appelle sinthome, (J.-A. Miller, L'ÊTRE ET L'UN - 30/03/2011) |
私は、一者と享楽の結びつきが分析経験の基盤だと考えている。そしてこれが厳密にフロイトが固着と呼んだものである。je le suppose, c'est que cette connexion du Un et de la jouissance est fondée dans l'expérience analytique, et précisément dans ce que Freud appelait Fixierung, la fixation. 〔・・・〕フロイトが固着点と呼んだもの、この固着点の意味は、「享楽の一者がある」ということであり、常に同じ場処に回帰する。この理由で固着点に現実界の資格を与える。ce qu'il appelle un point de fixation. …Ce que veut dire point de fixation, c'est qu'il y a un Un de jouissance qui revient toujours à la même place, et c'est à ce titre que nous le qualifions de réel. (J.-A. MILLER, L'Être et l'Un, 30/03/2011) |
症状はサントームの形式的封筒である。le symptôme est l'enveloppe formelle du sinthome (Patricio Alvarez, Escabeau, 2016) |
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享楽は欲望とは異なり、固着された点である。享楽は可動機能はない。享楽はリビドーの非可動機能である。La jouissance, contrairement au désir, c'est un point fixe. Ce n'est pas une fonction mobile, c'est la fonction immobile de la libido. (J.-A. Miller, Choses de finesse en psychanalyse III, 26 novembre 2008) |
人の生の重要な特徴はリビドーの可動性であり、リビドーが容易にひとつの対象から他の対象へと移行することである。反対に、或る対象へのリビドーの固着があり、それは生を通して存続する。Ein im Leben wichtiger Charakter ist die Beweglichkeit der Libido, die Leichtigkeit, mit der sie von einem Objekt auf andere Objekte übergeht. Im Gegensatz hiezu steht die Fixierung der Libido an bestimmte Objekte, die oft durchs Leben anhält. (フロイト『精神分析概説』第2章、1939年) |
※欠如と穴の相違については、「欠如と穴(外立)」を見よ。
享楽は穴として示される他ない。[la jouissance ne s'indiquant là que …comme trou ](ラカン, Radiophonie, AE434, 1970) |
現実界は穴=トラウマを為す[le Réel … ça fait « troumatisme ».](ラカン、S21、19 Février 1974) |
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ラカンの現実界は、フロイトがトラウマと呼んだものである。ラカンの現実界は常にトラウマ的である。それは言説のなかの穴である。ce réel de Lacan […], c'est ce que Freud a appelé le trauma. Le réel de Lacan est toujours traumatique. C'est un trou dans le discours. (J.-A. Miller, La psychanalyse, sa place parmi les sciences, mars 2011) |
最後に原抑圧についてのフロイトの記述を掲げておこう。
われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧は、後期抑圧の場合である。それは早期に起こった原抑圧を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力をあたえる。 daß die meisten Verdrängungen, mit denen wir bei der therapeutischen Arbeit zu tun bekommen, Fälle von Nachdrängen sind. Sie setzen früher erfolgte Urverdrängungen voraus, die auf die neuere Situation ihren anziehenden Einfluß ausüben. . (フロイト『制止、症状、不安』第2章、1926年) |
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次の二文でフロイトが抑圧と言っているのは明らかに原抑圧である。 |
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翻訳の失敗、これが臨床的に「抑圧 Verdrängung」呼ばれるものである。Die Versagung der Übersetzung, das ist das, was klinisch <Verdrängung> heisst.(フロイト、フリース宛書簡 Brief an Fließ, 6.12.1896) |
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抑圧されたものはエスに属し、エスと同じメカニズムに従う。〔・・・〕自我はエスから発達している。エスの内容の一部分は、自我に取り入れられ、前意識状態に格上げされる。エスの他の部分は、この翻訳に影響されず、原無意識としてエスのなかに置き残されたままである。 Das Verdrängte ist dem Es zuzurechnen und unterliegt auch den Mechanismen desselben, […] das Ich aus dem Es entwickelt. Dann wird ein Teil der Inhalte des Es vom Ich aufgenommen und auf den vorbewußten Zustand gehoben, ein anderer Teil wird von dieser Übersetzung nicht betroffen und bleibt als das eigentliche Unbewußte im Es zurück. (フロイト『モーセと一神教』3.1.5 Schwierigkeiten, 1939年) |
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…………………… ※付記 原抑圧が固着であるのは、1911年の「症例シュレーバー」に最も明瞭に記されている。長いのでここではいくぶん要約して示す。
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最も基本的には、抑圧(後期抑圧)とは、言語内部で脇に置き隠喩として回帰するという意味であり、他方、原抑圧(排除・固着)とは、言語外に放り出し身体的なものとしてのみ回帰するという意味である。