このブログを検索

2021年7月11日日曜日

光に於ける蛾

 



確かにイマージュとは幸福なものだ。だがそのかたわらには無が宿っている。そしてイマージュのあらゆる力は、その無に頼らなければ、説明できない[oui, l'image est bonheur mais près d'elle le néant séjourne et toute la puissance de l'image ne peut s'exprimer qu'en lui faisant appelil ](ゴダール『(複数の)映画史』「4B」)



Godard, Le Livre d'image, 2018











私の知るかぎりではレオナルドはたった一度だけ彼の幼年期の思い出をその科学上の一論文の中に挿入している。禿鷹の飛翔を扱っているある箇所で、彼は突然話を中断して心に浮かんだごく幼いころの思い出を追い始める。


「すでにずっと以前から私は禿鷹と深く関わり合うようなめぐり合わせになっていた気がする。というのは、ごく幼いころのこととして想い出されるのだが、まだ私が揺籃の中にいた時、一羽の禿鷹が舞い下りてきて、尾で私の口を開き、何度もなんどもその尾で私の唇を突いたことがあったからだ」。


Questo scriver si distintamente del nibbio par che sia mio destino, perchè nella prima ricordazione della mia infanzia e mi parea che, essendo io in culla, un nibbio venissi a me e mi aprissi la bocca colla sua coda e molte volte mi percotessi con tal coda dentro le labbra


禿鷹は、もちろんエジプトでは母性神の象徴である。ムト(エジプト神話の女神)は、ヒエログリフ(聖刻文字、神聖文字)では、禿鷹で表わされる。


そうでなくても、上記引用のレオナルドの言葉は、《尾で私の口を開き、何度もなんどもその尾で私の唇を突いた》などと、かなり妖しい印象を与える。(フロイト『レオナルド・ダ・ヴィンチの幼年期のある思い出』1910年)


"nibbio"が「禿鷹」とされているのは当時の独誤訳で、実際は「とび」のことだ。だがそれはこの際どうでもよろしい。指の彼方の空から降りてきた大きな鳥が重要だ。



二人の母が描かれて、空の向こうには絶対的大他者[Autre absolu]がいる。たぶんあそこに大他者の女[Autre femme]がいるんだろうよ。


大他者の女! われわれは大他者の女を、フロイトの臨床的事例から引き出したラカンに負っている。ラカンはこの大他者の女の機能をヒステリーの女に関して同定した。だがそれは、男の愛の生においても、すべての影響、すべての現前がある。L'Autre femme ! Nous devons à Lacan d'en avoir dégagé l'instance clinique à partir de Freud. Il en a dégagé la fonction à propos de la femme hystérique, mais elle a toute son incidence, toute sa présence, dans la vie amoureuse de l'homme. Jacques-Alain Miller, MÈREFEMME, 2016


だいたい男も女も根のところでは似たようなこと考えてんだよ、天才であろうと凡人であろうと。レオナルドの場合は生母カテリーナと母乳期を経てすぐさま引き裂かれたからなおさらとはいえ、こういった事例はかつては少なくない。


本源的に抑圧されている要素は、常に女性的なものではないかと思われる[Die Vermutung geht dahin, daß das eigentlich verdrängte Element stets das Weibliche ist ](フロイト, Brief an Wilhelm Fließ, 25, mai, 1897

女というものは、その本質において、女にとっても抑圧されている。男にとって女が抑圧されているのと同じように。[La Femme dans son essence,  …elle est tout aussi refoulée pour la femme que pour l'homme](Lacan, S16, 12 Mars 1969


ここでの抑圧は、原抑圧=排除である。

ーー《原抑圧された欲動[primär verdrängten Triebe]》(フロイト『症例シュレーバー 1911年)=《排除された欲動 verworfenen Trieb]》(『快原理の彼岸』1920年)


私が排除[forclusion]について、その象徴的関係の或る効果を正しく示すなら、〔・・・〕象徴界において抑圧されたもの全ては現実界のなかに再び現れる。というのは、まさに享楽は全き現実界的なものだから。Si j'ai parlé de forclusion à juste titre pour désigner certains effets de la relation symbolique,[…]tout ce qui est refoulé dans le symbolique reparaît dans le réel, c'est bien en ça que la jouissance est tout à fait réelle. (LacanS16, 14 Mai 1969)


要するに原抑圧=排除された欲動(享楽)は固着し、反復強迫を引き起こす。

ーー《母への固着[Fixierung an die Mutter]》(ダ・ヴィンチ論、1910年)、固着[Fixierung]=反復強迫[Wiederholungszwang](『モーセと一神教』1939年)


フロイトは、幼児期の享楽の固着の反復を発見したのである[ Freud l'a découvert…une répétition de la fixation infantile de jouissance. (J.-A. MILLER, LES US DU LAPS -22/03/2000


究極的には空の向こうのオトシモノしかない。


あの青い空の波の音が聞こえるあたりに

何かとんでもないおとし物を

僕はしてきてしまったらしい


ーーかなしみ   谷川俊太郎



空の青さをみつめていると

私に帰るところがあるような気がする


ーー谷川俊太郎、六十二のソネット「41」






享楽の対象としてのモノ…それは快原理の彼岸の水準にあり、喪われた対象である。Objet de jouissance …La Chose…Au-delà du principe du plaisir …cet objet perdu(Lacan, S17, 14 Janvier 1970、摘要)

モノは母である[das Ding, qui est la mère] (Lacan,  S7 16 Décembre 1959)

(メラニー)クラインの分節化は次のようになっている、すなわちモノの中心的場に置かれるものは、母の神秘的身体である。L'articulation kleinienne consiste en ceci :  à avoir mis à la place centrale de das Ding le corps mythique de la mère, (Lacan, S7, 20  Janvier  1960)


人によってオトシモノの痛切度のヴァリエーションはあるのだろうが。


我等の故郷に歸らんとする、我等の往時の状態に還らんとする、希望と欲望とを見よ。如何にそれが、光に於ける蛾に似てゐるか。絶えざる憧憬を以て、常に、新なる春と新なる夏と、新なる月と新なる年とを、悦び望み、その憧憬する物の餘りに遲く來るのを歎ずる者は、實は彼自身己の滅亡を憧憬しつつあると云ふ事も、認めずにしまふ。しかし、この憧憬こそは、五元の精髓であり精神である。それは肉體の生活の中に幽閉せられながら、しかも猶、その源に歸る事を望んでやまない。自分は、諸君にかう云ふ事を知つて貰ひたいと思ふ。この同じ憧憬が、自然の中に生來存してゐる精髓だと云ふ事を。さうして、人間は世界の一タイプだと云ふ事を。(『レオナルド・ダ・ヴインチの手記』芥川龍之介訳(抄譯)大正3年頃)

Or vedi la speranza e 'l desiderio del ripatriarsi o ritornare nel primo chaos, fa a similitudine della farfalla a lume, dell'uomo che con continui desideri sempre con festa aspetta la nuova primavera, sempre la nuova state, sempre e' nuovi mesi, e' nuovi anni, parendogli che le desiderate cose venendo sieno troppe tarde, e non s'avede che desidera la sua disfazione; ma questo desiderio ène in quella quintessenza spirito degli elementi, che trovandosi rinchiusa pro anima dello umano corpo desidera sempre ritornare al suo mandatario. E vo' che s'apichi questo medesimo desiderio en quella quintaessenza compagnia della natura, e l'uomo è modello dello mondo.(Codice Leonardo da Vinci)



ーー《信輔は全然母の乳を吸つたことのない少年だつた。〔・・・〕信輔は壜詰めの牛乳の外に母の乳を知らぬことを恥ぢた。これは彼の秘密だつた。誰にも決して知らせることの出来ぬ彼の一生の秘密だつた。》(芥川龍之介「大導寺信輔の半生」1925年)


僕の母は狂人だった。僕は一度も僕の母に母らしい親しみを感じたことはない。僕は僕の母に全然面倒を見て貰ったことはない。


僕は母の発狂した為に生まれるが早いか養家に来たから、(養家は母かたの伯父の家だった。)僕の父にも冷淡だった。(芥川龍之介「点鬼簿」1926(大正15)年)




Godard, Hélas pour moi



かくて私は詩をつくる。燈火の周圍にむらがる蛾のやうに、ある花やかにしてふしぎなる情緒の幻像にあざむかれ、そが見えざる實在の本質に觸れようとして、むなしくかすてらの脆い翼をばたばたさせる。私はあはれな空想兒、かなしい蛾蟲の運命である。 


されば私の詩を讀む人は、ひとへに私の言葉のかげに、この哀切かぎりなきえれぢいを聽くであらう。その笛の音こそは「艶めかしき形而上學」である。その笛の音こそはプラトオのエロス――靈魂の實在にあこがれる羽ばたき――である。そしてげにそれのみが私の所謂「音樂」である。「詩は何よりもまづ音樂でなければならない」といふ、その象徴詩派の信條たる音樂である。(萩原朔太郎「青猫」序、1923(大正12)年)


美は、最後の障壁を構成する機能をもっている、最後のモノ、死に至るモノへの接近の前にある。この場に、死の欲動用語の下でのフロイトの思考が最後の入場をする。〔・・・〕この美の相、それはプラトン(『饗宴』)がわれわれに告げた愛についての真の意味である。


« la beauté » …a pour fonction de constituer le dernier barrage avant cet accès à la Chose dernière, à la Chose mortelle,  à ce point où est venue faire son dernier aveu  la méditation freudienne sous le terme de la pulsion de mort. […]la dimension de la beauté, et c'est cela qui donne son véritable sens à ce que PLATON  va nous dire de l'amour. Lacan, S8, 23  Novembre 1960)


フロイトのモノを私は現実界と呼ぶ。La Chose freudienne …ce que j'appelle le Réel (ラカン, S23, 13 Avril 1976

死の欲動は現実界である。死は現実界の基盤である。La pulsion de mort c'est le Réel […] la mort, dont c'est  le fondement de Réel Lacan, S23, 16 Mars 1976)


……………


芥川龍之介は晩年においてではない。若い頃からそうだ。少なくも二十歳前後から死への憧憬が密かな形であれ、記述されている。ここでは引用しないが、例えば1912年に書かれた「大川の水」にそれが読める(私がそれに気づいたのは、最晩年の大川(隅田川)の記述から遡及的に感じ取ったーーそう「錯覚」に閉じ籠もり得たーーということだが)。そして1914年ごろ、レオナルドの手記を訳しているのである。



自分が、如何に生く可きかを學んでゐたと思つてゐる間に、自分は、如何に死す可きかを學んでゐたのである。(『レオナルド・ダ・ヴインチの手記』芥川龍之介訳、1914(大正3)頃)


僕はこの二年ばかりの間は死ぬことばかり考へつづけた。僕のしみじみした心もちになつてマインレンデルを読んだのもこの間である。(芥川龍之介「或旧友へ送る手記」昭和二年七月、遺稿)

マインレンデルは頗る正確に死の魅力を記述してゐる。実際我々は何かの拍子に死の魅力を感じたが最後、容易にその圏外に逃れることは出来ない。のみならず同心円をめぐるやうにぢりぢり死の前へ歩み寄るのである。(芥川龍之介「侏儒の言葉」1927(昭和2)年)


この頃自分は Philipp Mainlaender が事を聞いて、その男の書いた救抜の哲学を読んで見た。 〔・・・〕人は最初に遠く死を望み見て、恐怖して面を背ける。次いで死の廻りに大きい圏を画いて、震慄しながら歩いてゐる。その圏が漸く小くなつて、とうとう疲れた腕を死の項に投げ掛けて、死と目と目を見合はす。そして死の目の中に平和を見出すのだと、マインレンデルは云つてゐる。


さう云つて置いて、マインレンデルは三十五歳で自殺したのである。(森鴎外「妄想」明治四十四年三月―四月)





沙羅の木  森鷗外


褐色の根府川石に

白き花はたと落ちたり、

ありとしも靑葉がくれに

見えざりしさらの木の花。




子供はもともと母、母の身体に生きていた l'enfant originellement habite la mère …avec le corps de la mère]。子供は、母の身体に関して、異者としての身体、寄生体、子宮のなかの、羊膜によって覆われた身体である[il est,  par rapport au corps de la mère, corps étranger, parasite, corps incrusté par les racines villeuses   de son chorion dans …l'utérus(Lacan, S10, 23 Janvier 1963)


ひとりの女は異者である[une femme, … c'est une étrangeté.  (Lacan, S25, 11  Avril  1978)

異者がいる。異者とは、厳密にフロイトの意味での不気味なものである[Il est étrange… étrange au sens proprement freudien : unheimlich (Lacan, S22, 19 Novembre 1974)

女性器は不気味なものである[das weibliche Genitale sei ihnen etwas Unheimliches. (フロイト『不気味なもの Das Unheimliche1919年)


疎外(異者分離 Entfremdungen)は注目すべき現象です。〔・・・〕この現象は二つの形式で観察されます。現実の断片がわれわれにとって異者のように現れるか、あるいはわれわれの自己自身が異者のように現れるかです。Diese Entfremdungen sind sehr merkwürdige, […] Man beobachtet sie in zweierlei Formen; entweder erscheint uns ein Stück der Realität als fremd oder ein Stück des eigenen Ichs.(フロイト書簡、ロマン・ロラン宛、Brief an Romain Rolland ( Eine erinnerungsstörung auf der akropolis) 1936年)



…………………


そもそも死の憧憬なき詩人という存在はあるんだろうか。



Darkling I listen; and, for many a time 

         I have been half in love with easeful Death, 

Call'd him soft names in many a mused rhyme, 

         To take into the air my quiet breath; 

                Now more than ever seems it rich to die, 

         To cease upon the midnight with no pain, 

                While thou art pouring forth thy soul abroad 

                        In such an ecstasy! 

         Still wouldst thou sing, and I have ears in vain— 

                   To thy high requiem become a sod. 


暗闇の中にわたしは聞く そして何度も

  わたしは安らかな死にあこがれた

  わたしは死を詩的な言葉で呼び

  安らかに息を引き取りたい

  いつにもまして死は豊かなものに思われる

  真夜中に苦痛なく死んでいきたい

  それなのにお前は声をはりあげ

  恍惚のうちに叫ぶ

  お前の歌を聞くための耳をわたしはもう持たない

  お前の高らかな鎮魂歌に送られ わたしは土に帰る


キーツ、ナイチンゲールに寄す Ode To A Nightingale


昔は誰でも、果肉の中に核があるように、人間はみな死が自分の体の中に宿っているのを知っていた(あるいはおそらくそう感じていた)。子どもは小さな死を、おとなは大きな死を自らのなかにひめていた。女は死を胎内に、男は胸内にもっていた。誰もが死を宿していた。それが彼らに特有の尊厳と静謐な品位を与えた。Früher wußte man (oder vielleicht man ahnte es), daß man den Tod in sich hatte wie die Frucht den Kern. Die Kinder hatten einen kleinen in sich und die Erwachsenen einen großen. Die Frauen hatten ihn im Schooß und die Männer in der Brust. Den hatte man, und das gab einem eine eigentümliche Würde und einen stillen Stolz.(リルケ『マルテの手記』1910年)

死とは、私達に背を向けた、私たちの光のささない生の側面である。

Der Tod ist die uns abgekehrte, von uns unbeschienene Seite des Lebens(リルケ「リルケ書簡 Rainer Maria Rilke, Brief an Witold von Hulewicz vom 13. November 1925ーードゥイノの悲歌をめぐる)




Godard, Passion


Soupir    Stéphane Mallarmé


Mon âme vers ton front où rêve, ô calme soeur,

Un automne jonché de taches de rousseur,

Et vers le ciel errant de ton oeil angélique

Monte, comme dans un jardin mélancolique,

Fidèle, un blanc jet d’eau soupire vers l’Azur !

– Vers l’Azur attendri d’Octobre pâle et pur

Qui mire aux grands bassins sa langueur infinie

Et laisse, sur l’eau morte où la fauve agonie

Des feuilles erre au vent et creuse un froid sillon,

Se traîner le soleil jaune d’un long rayon.



ためいき  マラルメ


私の魂は、おお、静かな妹よ、落葉の色が点々と

斑に散らばる秋が夢みる  君の額の方へむかって、

また  天使のような君の瞳の  ゆらめく空の方へむかって、

立ち昇る、それはさながら  愁いにふさぐ庭園で、

たゆみなく青空へ  ためいき洩らす一筋の白い噴水!

ーー青空は、仄白い鈍い十月に色も和んで、

きわみないその物憂さを大きな地の水面に映して、

浮かぶ落葉の褐色の苦悩が  風にただよい

冷たい水尾をひきつつ動く  淀んだ池水の上に

ながながと  黄色い太陽の光線が遍うにまかせる (松室三郎訳)



Godard, Adieu au Langage


……………

「聖アンナと聖母子」は最近、修復されて次の色になっている。


Sant'Anna, la Vergine e il Bambino con l'agnellino