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2021年10月31日日曜日

日本の政治家が逃げているわけ

前回の「「財政的幼児虐待」、あるいは「未来の他者への虐待」」で記したことを野口悠紀雄氏がこの今、より具体的に数字をあげて説明している。これが「経済的常識」である。



全文を掲げよう。



日本の政治家が社会保障の議論から逃げている訳 

2021年10月31日

人口高齢化によって社会保障給付が増え、労働年齢人口の1人当たり社会保障負担を今後20年間で現在から4割以上引き上げる必要がある。しかし、そのための措置は、ほとんどなされていない。総選挙でもまったく議論されなかった。日本の政治家は、将来に対する責任を放棄している。

昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第55回。


■社会保障給付費はGDP4分の1程度


 総選挙で、各党とも財政支出による給付や減税を掲げた。こうした「人気取り政策」が分配政策であるとされる半面で、最も重要な再分配制度である社会保障が抱える深刻な問題は、置き去りにされた。


 分配を問題としながら社会保障を争点としない理由は明らかだ。


 議論すべき点が、負担の引き上げか、給付の削減に関わるものばかりだからだ。つまり、どの政党も触れたくない問題なのである。


 しかし、だからといって先延ばしすれば、より拡大した形となって将来の日本人に襲いかかることは間違いない。

 この問題が議論されないことは、与野党ともに、将来に対する責任を放棄していることを意味する。


 社会保障制度を通じて、どの程度の規模の再分配が行われているだろうか。


 社会保障給付統計によると、2019年度の社会保障給付は、年金55.4兆円、医療40.7兆円、福祉(介護を含む)27.7兆円、合計で123.9兆円だ。これはGDPの22.2%にも相当するきわめて巨額のものだ。


 受給者はさまざまな年齢層にまたがるが、主として65歳以上の高齢者だ。

 2019年の65歳以上人口は3592万人なので、平均すれば年金は1人当たり154万円になる(ただし65歳未満の年金受給者もいるので、実際の平均年金額はこれより少ない)。社会保障給付合計では、2人で平均690万円だ。これは、2人以上の勤労者世帯の2019年の実収入580万円よりかなり多い。


 年金だけで生計を立てている高齢者世帯も多い。高齢者の生活は、社会保障制度がなければ成り立たない。


 一方、負担は、主として社会保険料と税だ。社会保険料負担は、本人負担分だけではなく雇用主負担分もある。これらは、主として労働年齢人口が負担する。なお、このほかに積立金の収入もあるが、ごく少ない。

 したがって、社会保障制度を通じて、労働年齢人口から高齢者へ、きわめて巨額の再分配が行われていることになる。

■社会保障給付費は、過去20年で約6割増えた


 2000年から2019年までの20年間に、社会保障給付は、58.1%増加した。


 他方で、65歳以上人口は、この間に2200万人から3592万人まで、63.2%増加した。


 両者の伸び率は、ほぼ同程度だ(社会保障給付の伸び率のほうが若干低いのは、年金支給開始年齢の引き上げなどが行われたためだと考えられる)。

 したがって、負担もそれだけ増加した。消費税率の引き上げ、年金保険料率の引き上げ、健康保険料率や介護保険料率の引き上げなどが行われたのだ。


 15~64歳人口は、この間に8622万人から7462万人へと0.865倍になった(13.5%の減少)。したがって、1人当たりで見れば、社会保障負担は、1.58÷0.865=1.83倍になったことになる。


 この期間に日本の賃金がほとんど上がらなかったことが最近問題とされているが、それだけでなく、負担がこのように増えたのだ。

 今後を見ると、2040年まで高齢者人口は増え続ける。したがって、社会保障給付も、それを支えるための負担も増える。


 社会保障給付の将来推計として、内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省が2018年に作成した資料がある(「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」)。


 それによると、2018年度から2040年度への変化は、つぎのとおりだ(現状投影ケース)。


・社会保障給付は、121兆円から188.5~190.3兆円へと1.56倍になる

・社会保障負担は、117.2兆円から185.9~187.7兆円へと1.59倍になる

■今後20年で、1人当たり負担が4割増える


 一方、2018年から2040年までの人口の変化は、つぎのとおりだ。


・15~64歳人口は7516万人から59.78万人へと0.795倍になる

・65歳以上人口は、35606万人から39206万人へと1.101倍になる

 このように、社会保障給付の増加率56%は、高齢者人口の増加率(10.1%)よりずっと高い値になっている。こうなるのは、物価上昇率と賃金上昇率として高い値が仮定されているからだ。

 2028年度以降の賃金上昇率は2.5%だ。この伸び率だと、賃金は22年間で1.4倍となる。


 実際の賃金上昇率はほとんどゼロなのだから、ベースラインとしては、ゼロ成長経済の場合を考えなければならないだろう。


 そこでGDPに対する比率を見ると、社会保障給付は、2018年度の21.5%から、2040年度の23.8~24.1%へと、10.7%増加する。これが、ゼロ成長経済における増加率と考えることができる。

 10.7%という増加率は、65歳以上人口の増加率(10.1%)とほとんど同じだ。


 負担は、2018年度の20.8%から、2040年度の23.5~23.7%へと、13.0~13.9%増加する。


 負担が1.13倍になれば、1人当たりでは、1.13÷0.795=1.42、つまり42%増になる。


 負担が1.139倍になれば、1人当たりでは、1.139÷0.795=1.43、つまり43%増になる。


 2000~2019年の増加率に比べれば低いとはいうものの、かなりの増加率だ。賃金が上がらずに負担が増えるのだから、生活水準は低下する。

 労働力率を高めれば問題は緩和されるが、問題は残る。


 こうした事態に対して、措置はなされているか? 


 後期高齢者の自己負担率の引き上げや、年金のマクロ経済スライドの強化がなされているが、それだけでは十分でない。介護保険料の負担開始年齢の30歳への引き下げや、居宅介護支援の自己負担1割の導入などが検討されているが、実現はしていない。それ以外には特段の対策はなされておらず、放置されている状況だ。


 誠に無責任な状態と言わざるをえない。

 将来、どうにもならないところまで追い詰められ、ドラスティックな措置を取らざるをえなくなる危険がある。


 例えば、厚生年金の支給開始年齢が70歳に引き上げられることも十分に考えられる。


 後期高齢者保険における自己負担を、さらに引き上げることも考えられなくはない。


 高齢者の生活は今よりずっと苦しくなるだろう。


 立憲民主党は1000万円未満の所得税をゼロにするとしているが、以上の状況を考えると、無責任以外のなにものでもない。

■人材を確保できるかどうかの問題もある


 以上では給付と負担の問題を考えた。問題はそれだけではない。


 医療介護においては、それを支える人材を確保できるかどうかも大きな問題だ。


 人材不足はすでに大きな問題になっている。ハローワーク品川での介護関連職種の倍率は48倍を超えたという(朝日新聞、10月22日)。


 15~64歳人口の減少によって労働者数が減少するわけだから、事態は今後さらに深刻になる。


 外国人労働力に頼ろうとしても、日本の賃金が上昇しないので、海外から看護師や介護のための人材を求めることは難しくなる。

 むしろ、日本から看護師や介護のための人材が海外に流出してしまう危険もある。





野口悠紀雄は《社会保障給付合計では、2人で平均690万円だ。これは、2人以上の勤労者世帯の2019年の実収入580万円よりかなり多い》等としているが、これは小黒一正が既に2012年の時点で、次の簡易図を示している内容とほぼ同じである。



人口構成のより具体的な数値は、私が1年半ほど前にまとめたものだが、2040年までの推移は次の通り。




社会保障給付費の推移は、これも1年半ほど前のデータだが、次の通り。