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2021年10月6日水曜日

不死の女神は男がするようなまたがりかたはしなかった


過去の復活[résurrections du passé] は、その状態が持続している短いあいだは、あまりにも全的で、並木に沿った線路とあげ潮とかをながめるわれわれの目は、われわれがいる間近の部屋を見る余裕をなくさせられるばかりか、われわれの鼻孔は、はるかに遠い昔の場所の空気を吸うことを強制され [Elles forcent nos narines à respirer l'air de lieux pourtant si lointains]、われわれの意志は、そうした遠い場所がさがしだす種々の計画の選定にあたらせられ、われわれの全身は、そうした場所にとりかこまれていると信じさせられるか、そうでなければすくなくとも、そうした場所と現在の場所とのあいだで足をすくわれ、ねむりにはいる瞬間に名状しがたい視像をまえにしたときどき感じる不安定にも似たもののなかで、昏倒させられる。(プルースト「見出された時」)



いやあ、ひょんなことから過去が復活しちゃったよ。






ああ、私はルーサンヴィルの楼閣に哀願したけれども空しかったーーコンブレーの私たちの家のてっぺんの、アイリスの香がただよう便所にはいって、半びらきの窓ガラスのまんなかにその尖端しか見えないルーサンヴィルの楼閣に向って、その村の女の子を私のそばによこしてほしい、とたのんだけれども空しかったーーそしてそこにそうしているあいだに、あたかも何か探検をくわだてている旅行者か、自殺しようとする絶望者のような、悲壮なためらいで、気が遠くなりながら、私は自分自身のなかに、ある未知の道、死の道とも思われた一つの道をかきわけていた、そしてそのあげくは、私のところまで枝をたわめている野性の黒すぐりの葉に、あたかもかたつむりが通った跡のように見える、自然に出たものの跡が、一筋つくのであった。je me frayais en moi-même une route inconnue et que je croyais mortelle, jusqu'au moment où une trace naturelle comme celle d'un colimaçon s'ajoutait aux feuilles du cassis sauvage qui se penchaient jusqu'à moi.








生きつづける欲望を自己の内部に維持したいとねがう人、日常的なものよりももっと快い何物かへの信頼を内心に保ちつづけたいと思う人は、たえず街をさまようべきだ、なぜなら、大小の通は女神たちに満ちているからである[car les rues, les avenues, sont pleines de Déesses]。しかし女神たちはなかなか人を近よせない[Mais les Déesses ne se laissent pas approcher. ]。あちこち、木々のあいだ、カフェの入り口に、一人のウェートレスが見張をしていて、まるで聖なる森のはずれに立つニンフ[une nymphe à l'orée d'un bois sacré]のようだった、一方、その奥には、三人の若い娘たちが、自分たちの自転車を大きなアーチのように立てかけたそのかたわらにすわっていて、それによりかかっているさまは、まるで三人の不死の女神が、雲か天馬かにまたがって、神話の旅の長途をのりきろうとしているかのようであった[comme trois immortelles accoudées au nuage ou au coursier fabuleux sur lesquels elles accomplissaient leurs voyages mythologiques.](プルースト「囚われの女」)(プルースト「囚われの女」)







すこし前方に、べつの一人の小娘が自転車のそばにひざをついてその自転車をなおしていた。修理をおえるとその若い走者は自転車に乗ったが、男がするようなまたがりかたはしなかったmais sans l'enfourcher comme eût fait un homme]。一瞬自転車がゆれた、するとその若いからだから帆か大きなつばさかがひろがったように思われるのだった、そしてやがて私たちはその女の子がコースを追って全速力で遠ざかるのを見た、なかばは人、なかばは鳥、天使か妖精か[mi-humaine, mi-ailée, ange ou péri]とばかりに。(プルースト「囚われの女」)



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谷神不死。是謂玄牝。玄牝之門、是謂天地根。緜緜若存、用之不勤。(老子『道徳経』第六章)

谷間の神霊は永遠不滅。そを玄妙不可思議なメスと謂う。玄妙不可思議なメスの陰門(ほと)は、これぞ天地を産み出す生命の根源。綿(なが)く綿く太古より存(ながら)えしか、疲れを知らぬその不死身さよ。(老子『道徳経』第六章「玄牝之門」福永光司訳)