このブログを検索

2021年11月8日月曜日

長距離電話の向こうから

 


グレン・グールドは言っている、「ぼくは長距離電話で暮らしているんですよ。電話だと人々がもっとはっきり見えますね。仮面がなくなるからね。」


ベートーヴェンの作品のレコード録音では、和声の肉付きの薄いシュナーベルのような音の響きを追求した。それに対して、レコーディング・エンジニアはこんな応答をしている。「長距離電話で聞けば、そんなふうになりますよ。」〔・・・〕音楽によって他人とそして彼自身と遠くから接触をはかろうとするのが彼の物理学と形而上学なのだ。演奏している、誰を呼んでいるのかはわからない。自分自身の内部で誰が呼んでいるのかもわからない。ふたつの遠隔地のあいだの単なる空気の振動、ただ迷っているということのほかにはなにもわからないふたりの存在を結びつけ、かすかなざわめきを発する線。〔・・・〕


もっとよく触れるために離れること、そこにグールドの美学があった。隠遁の美学であり、シトー派隠者トマ・メルトンの考え方に近いものだった。ほかの人々から離れ、そしてピアノそのものからも離れること。〔・・・〕「ピアノ演奏の秘密は、ある程度は、いかに楽器から離れるか、そのやり方のうちにある。」(ミシェル・シュネデール『グールド ピアノソロ』千葉文夫訳)



人にはそれぞれ好みがあるだろうから、これがすべてとは言うつもりはまったくない。でも私が音楽に打たれるときの多くは、この遠くからやってくる感覚だ。


前回のユーリ・エゴロフの演奏はそれをとっても強く与えてくれる、ということだよ、少なくともボクにとって。