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2021年12月2日木曜日

谷崎と三島のマゾヒズム

 

そのマゾヒズムには、ナルシズムとの親近性がはじめから欠けてゐて、氏は生涯を通じてノーマン・メイラーのいわゆる「ファリック・ナルシズム」を持たなかつた。ファリック・ナルシズムは必然的に行動と戦ひを要請し、そこにおける自滅の栄光とつながりがあるが、氏にはそんなものは邪魔つけなだけだつた。「春琴抄」における佐助が自らの目を刺す行為は、微妙に「去勢」を暗示してゐるが、はじめから性の三味境は、そのやうな絶対的不能の愛の拝脆の裡に夢みられてゐた傾きがある。(三島由紀夫「谷崎潤一郎」初出1966年ーー「文芸読本 谷崎潤一郎」昭和52・所収)


三島はここで、「私のマゾヒズムは、谷崎のマゾヒズムは違う」といっているのだらう。どちらが本物かはここでは問わないでおくが、深い自己省察と谷崎分析だ。


佐助の去勢と絶対的不能の愛の拝脆の話も実に鋭い。ラカンの《愛とは、あなたが持っていないものを与えることだ》Aimer, c'est donner ce qu'on n'a pas、つまり「愛とは去勢を与えることだ」の話にぴったりだ。


私たちは愛する、「私は誰?」という問いへの応答、あるいは一つの応答の港になる者を。

On aime celui ou celle qui recèle la réponse, ou une réponse, à notre question : « Qui suis-je ? » 〔・・・〕

愛するためには、あなたは自らの欠如を認めねばならない。そしてあなたは他者が必要であることを知らねばならない。すなわちあなたは彼もしくは彼女がいなくて寂しいということである。

Pour aimer, il faut avouer son manque, et reconnaître que l'on a besoin de l'autre, qu'il vous manque. qu'il vous manque.


自らを完全だと思う者、あるいはそう欲する者は、愛することを知らない。時に彼らは痛みをもってこれを確かめる。彼らは巧みに操る、愛の糸を引く。しかし彼らは愛のリスクも愛の喜びも知らない。

Ceux qui croient être complets tout seuls, ou veulent l'être, ne savent pas aimer. Et parfois, ils le constatent douloureusement. Ils manipulent, tirent des ficelles, mais ne connaissent de l'amour ni le risque, ni les délices. 


ラカンはよく言った、《愛とは、あなたが持っていないものを与えることだ》と。その意味は、「あなたの欠如を認め、その欠如を他者に与えて、他者のなかに置く 」ということである。あなたが持っているもの、つまり品物や贈物を与えるのではない。あなたが持っていない何か別のものを与えるのである。それは、あなたの彼岸にあるものである。愛するためには、自らの欠如を引き受けねばならない。フロイトが言ったように、あなたの「去勢」を引き受けねばならない。

« Aimer, disait Lacan, c'est donner ce qu'on n'a pas. » Ce qui veut dire : aimer, c'est reconnaître son manque et le donner à l'autre, le placer dans l'autre. Ce n'est pas donner ce que l'on possède, des biens, des cadeaux, c'est donner quelque chose que l'on ne possède pas, qui va au-delà de soi-même. Pour ça, il faut assumer son manque, sa « castration », comme disait Freud. 


そしてこれは本質的に女性的である。人は、女性的ポジションからのみ真に愛する。愛することは女性化することである。この理由で、愛は、男性において常にいささか滑稽である。もし彼が自らの滑稽さになすがままになったら、実際のところ、自らの男性性についてまったく確かでなくなる。

Et cela, c'est essentiellement féminin. On n'aime vraiment qu'à partir d'une position féminine. Aimer féminise. C'est pourquoi l'amour est toujours un peu comique chez un homme. Mais s'il se laisse intimider par le ridicule, c'est qu'en réalité, il n'est pas très assuré de sa virilité. (J.-A. Miller, On aime celui qui répond à notre question : " Qui suis-je ? " 2010)