フロイトラカンにおいて倒錯の主要形態は、フェティシズムとサドマゾヒズムであり、基盤となる構造は同一である。どちらも母への固着のトラウマ(穴)にかかわる。だが二つの倒錯形態は、この固着の穴に対して異なった態度をもつ。 |
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フェティシズムは否認ーー否認の原点にあるのは、「母のペニスの不在は知っているが、知らないふりをする」ことであるーー、サドマゾヒズムは母なる原大他者の穴にかかわる主体のポジションにある。 |
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マゾヒズムは大他者の穴に対して自己身体を奉納することによって穴埋めしようとする。他方、サディズムは犠牲者の身体を奉納して穴埋めしようとする。 |
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フロイトは1919年までは、サディズムがマゾヒズムに先立つものと考えていたが、1920年以降、マゾヒズムを原欲動とするようになり、サディズムはマゾヒズムの投射(投影)だと考えるようになった。ラカンは初期からこの原マゾヒズムを全面的に受け入れ語っている。 |
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なおドゥルーズ によるサディズムマゾヒズムの劃然とした識別の試みがありラカンも評価しているが、本来のフロイトラカン観点からは二次的なものである。例えばラカンにとってマルキ・ド・サドでさえマゾヒストである。➡︎「サドとマゾヒズム 」
………………… なおラカンの斜線を引かれた主体$はフロイトの自我分裂に大きな基盤があり、フロイトは自我分裂とフェティシズムを関連付けている。
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これらを受け入れるなら、人はみなフェティシストということさえ言える。
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他方、マゾヒズムはどうか。 |
マゾヒズム的とは、その根において女性的受動的である[masochistisch, d. h. im Grunde weiblich passiv.](フロイト『ドストエフスキーと父親殺し』1928年) |
母のもとにいる幼児の最初の体験は、性的なものでも性的な色調をおびたものでも、もちろん受動的な性質のものである[Die ersten sexuellen und sexuell mitbetonten Erlebnisse des Kindes bei der Mutter sind natürlich passiver Natur. ](フロイト『女性の性愛 』第3章、1931年) |
ーーつまり人はみなマゾヒストから始まっている。 この受動性がラカンの享楽というマゾヒズムである。 |
原初の不快の経験は受動性である[primäres Unlusterlebnis …passiver Natur] (フロイト、フリース宛書簡 Briefe an Wilhelm Fließ, Dezember 1895) |
不快は享楽以外の何ものでもない [déplaisir qui ne veut rien dire que la jouissance. ](Lacan, S17, 11 Février 1970) |
享楽はその基盤においてマゾヒズム的である[La jouissance est masochiste dans son fond](Lacan, S16, 15 Janvier 1969) |
この享楽のマゾヒズムの別名が、享楽の穴(トラウマ)である。 |
享楽は、抹消として、穴埋めされるべき穴として示される他ない[la jouissance ne s'indiquant là que pour qu'on l'ait de cette effaçon, comme trou à combler. ](Lacan, Radiophonie, AE434, 1970) |
現実界は穴=トラウマを為す[le Réel … fait « troumatisme ».](Lacan, S21, 19 Février 1974) |
冒頭に示したようにマゾヒズムの基盤は固着にある。 |
マゾヒズムの病理的ヴァージョンの一部は、対象関係の前性器的欲動への過剰な固着を示している。それは母への固着であり、自己身体への固着でさえある。 I le masochisme, …une version pathologique, qui, elle, renvoie à un excès de fixation aux pulsions pré-génitales de la relation d'objet. Elle est fixation sur la mère, voire même fixation sur le corps propre. (Éric Laurent発言) (J.-A. Miller, LE LIEU ET LE LIEN, 7 février 2001) |
人は成人になってもマゾヒズムというトラウマ的固着に回帰する、というのがフロイトラカンである。 |
結局、成人したからといって、原初のトラウマ的不安状況の回帰に対して十分な防衛をもたない[Gegen die Wiederkehr der ursprünglichen traumatischen Angstsituation bietet endlich auch das Erwachsensein keinen zureichenden Schutz](フロイト『制止、症状、不安』第9章、1926年) |
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フロイトは、幼児期の享楽の固着の反復を発見したのである[ Freud l'a découvert…une répétition de la fixation infantile de jouissance.] (J.-A. MILLER, LES US DU LAPS -22/03/2000) |
享楽は真に固着にある。人は常にその固着に回帰する[La jouissance, c'est vraiment à la fixation …on y revient toujours. ](J.-A. MILLER, Choses de finesse en psychanalyse XVIII, 20/5/2009) |
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享楽は現実界にある。現実界の享楽は、マゾヒズムから構成されている。マゾヒズムは現実界によって与えられた享楽の主要形態である。フロイトはこれを見出したのである[la jouissance c'est du Réel. …Jouissance du réel comporte le masochisme, …Le masochisme qui est le majeur de la Jouissance que donne le Réel, il l'a découvert] (Lacan, S23, 10 Février 1976) |
問題となっている現実界は、一般的にトラウマと呼ばれるものの価値を持っている[le Réel en question, a la valeur de ce qu'on appelle généralement un traumatisme. ](Lacan, S23, 13 Avril 1976) |
なお前後するが、フェティシズムも固着であることを最後に示したおこう。 |
かつて渇望された対象、女のペニスへの固着 [die Fixierung an das einst heißbegehrte Objekt, den Penis des Weibes]は、子供の心的生活に拭いがたい痕跡を残す。それというもの、子供は幼児的性探求[infantiler Sexualforschung]のあの部分を特別な深刻さをもって通過したからである。女の足や靴のフェティシズム的崇拝[Die fetischartige Verehrung des weiblichen Fußes und Schuhes]は、足を、かつて崇敬し、その後ないことに気づいた女のペニスにたいする代理象徴としているようにみえる[scheint den Fuß nur als Ersatzsymbol für das einst verehrte, seither vermißte Glied des Weibes zu nehmen;](フロイト『レオナルド・ダ・ヴィンチの幼年期のある思い出』第3章、1910年) |
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フェティッシュは女性のファルス(母のファルス)の代理物である[der Fetisch ist der Ersatz für den Phallus des Weibes (der Mutter) ]…… 我々は、喪われた女性のファルスの代替物として、ペニスのとなる器官や対象が選ばれると想定しうる[Es liegt nahe zu erwarten, daß zum Ersatz des vermißten weiblichen Phallus solche Organe oder Objekte gewählt werden, die auch sonst als Symbole den Penis vertreten]。 これは充分にしばしば起こりうるが、決定的でないことも確かである。Das mag oft genug stattfinden, ist aber gewiß nicht entscheidend. |
フェティッシュが設置されるとき、外傷性健忘における記憶の停止のような或る過程が発生する[Bei der Einsetzung des Fetisch scheint vielmehr ein Vorgang eingehalten zu werden, der an das Haltmachen der Erinnerung bei traumatischer Amnesie gemahnt]。 またこの場合、関心が中途で止まってしまったような状態となり、あの不気味でトラウマ的な直前の印象が、フェティッシュとして保持される[Auch hier bleibt das Interesse wie unterwegs stehen, wird etwa der letzte Eindruck vor dem unheimlichen, traumatischen, als Fetisch festgehalten. ] こうして、足あるいは靴がフェティッシューーあるいはその一部――として優先的に選ばれる。これは、少年の好奇心が、下つまり足のほうから女性器のほうへかけて注意深く探っているからである[So verdankt der Fuß oder Schuh seine Bevorzugung als Fetisch –; oder ein Stück derselben –; dem Umstand, daß die Neugierde des Knaben von unten, von den Beinen her nach dem weiblichen Genitale gespäht hat; ]。 |
毛皮とビロードはーーずっと以前から推測されていたようにーー、垣間見られた陰毛の光景への固着[fixieren den Anblick der Genitalbehaarung]である。これには、あの強く求めていた女性のペニスの姿がつづいていたはずなのである。 Pelz und Samt fixieren –; wie längst vermutet wurde –; den Anblick der Genitalbehaarung, auf den der ersehnte des weiblichen Gliedes hätte folgen sollen; とてもしばしばフェティッシュに選ばれる下着類は、脱衣の瞬間、すなわち、まだ女性がファルスを持っていると考えていてよかったあの最後の瞬間をとらえている。だが私は、フェティッシュの決定が毎回確実に見通せる、というつもりはない。 die so häufig zum Fetisch erkorenen Wäschestücke halten den Moment der Entkleidung fest, den letzten, in dem man das Weib noch für phallisch halten durfte. Ich will aber nicht behaupten, daß man die Determinierung des Fetisch jedesmal mit Sicherheit durchschaut. |
フェティシズムの研究は、去勢コンプレクスの実在をいまだ疑ったり、あるいは女性の性器に対する恐怖には他の理由があるとする人々に是非お勧めしたい。たとえば出産外傷の記憶を想定している人もいる。このフェティッシュの解釈となると、私にはまた別の学問的興味がある。Die Untersuchung des Fetischismus ist all denen dringend zu empfehlen, die noch an der Existenz des Kastrationskomplexes zweifeln oder die meinen können, der Schreck vor dem weiblichen Genitale habe einen anderen Grund, leite sich z. B. von der supponierten Erinnerung an das Trauma der Geburt ab. Für mich hatte die Aufklärung des Fetisch noch ein anderes theoretisches Interesse. (フロイト『フェティシズムFetischismus』1927年) |
上の文の最後にフロイトはフェティシズムと出産外傷の関連を示唆しているが、これはオットー・ランクの「女性器への固着」を言っている(参照)。 |
出生の器官としての女性器の機能への不快な固着は、究極的には成人の性的生のすべての神経症的障害の底に横たわっている[Die unlustvolle Fixierung an diese Funktion des weiblichen Genitales als Gebärorgan, liegt letzten Endes noch allen neurotischen Störungen des erwachsenen Sexuallebens zugrunde](オットー・ランク『出産外傷』Otto Rank "Das Trauma der Geburt" 1924年) |