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2022年7月24日日曜日

人間的な、あまりに人間的な「戦争」


いかに多くの血と戦慄があらゆる「善事」の土台になっていることか!…[wieviel Blut und Grausen ist auf dem Grunde aller »guten Dinge«!... ](ニーチェ『道徳の系譜』第二篇第三節、1887年)


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戦争は不可欠[Der Krieg unentbehrlich]


人類が戦争することを忘れてしまった時に、人類からなお多くのことを(あるいは、その時はじめて多くのことを)期待するなどということは、むなしい夢想であり、おめでたい話だ[eitel Schwärmerei und Schönseelentum]。あの野営をするときの荒々しいエネルギー、あの深い非個人的な憎悪、良心の苛責をともなわないあの殺人の冷血[jene Mörder-Kaltblütigkeit mit gutem Gewissen]、敵を絶滅しようというあの共通な組織的熱情、大きな損失や自分ならびに親しい人々の生死などを問題にしないあの誇らかな無関心、あの重苦しい地震のような魂の震憾などを、すべての大きな戦争があたえるほど強く確実に、だらけた民族にあたえられそうな方法は、さしあたり、ほかには見つからない。

もちろん、ここで氾濫する河川は、石やあらゆる種類の汚物を押し流して、微妙な文化の沃野を荒すけれど、後日、事情が好転すれば、この河川の力によって、精神の仕事場の歯車が新しい力でまわされることになる。文化は激情や悪徳や悪事をどうしても欠くことはできないのだ[Die Kultur kann die Leidenschaften, Laster und Bosheiten durchaus nicht entbehren]。


帝政時代のローマ人がいくらか戦争に倦いてきたとき、彼らは、狩猟や剣士の試合やキリスト教徒の迫害によって、新しい力を獲得しようとこころみたものだった。大体においてやはり戦争を放棄したように見える現在のイギリス人は、あの消滅してゆく活力をあらたにつくり出すために、別の手段を取っている。 あの危険な探険旅行とか遠洋航海とか登山とかは、科学上の目的からくわだてられるものと言われているが、その実、あらゆる種類の冒険や危険から、余分の力を持って帰ろうというのだ。

人間はまだまだ戦争の代用物[Surrogate des Krieges]をいろいろ考え出すことだろうが、現今のヨーロッパ人のように高度の文化を持った、したがって必然的に無気力な人類は、文化の手段のために、自分たちの文化と自分たちの存在そのものを失わないためには、戦争どころか、最も大きい、最もおそろしい戦争――すなわち、野蛮状態への一時的復帰を[zeitweiliger Rückfälle in die Barbare]ーー必要とするということがむしろこの代用物によって、かえってはっきりわかるようになることだろう。(ニーチェ『人間的な、あまりに人間的な』上  477番、1878年)



戦争の代用物は今ならみなさん、例えばツイッターなどでやってるんだろうよ。


人はよく頽廃の時代はより寛容であり、より信心ぶかく強健だった古い時代に対比すれば今日では残忍性が非常に少なくなっている、と口真似式に言いたがる。しかし、言葉と眼差しによる危害や拷問は、頽廃の時代において最高度に練り上げられる[aber die Verwundung und Folterung durch Wort und Blick erreicht in Zeiten der Corruption ihre höchste Ausbildung](ニーチェ『悦ばしき知』23番、1882年)


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以下は何度か掲げているが、ついでに再掲しておこう。



最も厳しい倫理が支配している、あの小さな、たえず危険にさらされている共同体が戦争状態にあるとき、人間にとってはいかなる享楽が最高のものであるか? [Welcher Genuss ist für Menschen im Kriegszustande jener kleinen, stets gefährdeten Gemeinde, wo die strengste Sittlichkeit waltet, der höchste?] 戦争状態ゆえに、力があふれ、復讐心が強く、敵意をもち、悪意があり、邪推深く、どんなおそろしいことも進んでし、欠乏と倫理によって鍛えられた人々にとって? 残酷の享楽[Der Genuss der Grausamkeitである。残酷である点で工夫に富み、飽くことがないということは、この状態にあるそのような人々の徳にもまた数えられる。共同体は残酷な者の行為で元気を養って、絶え間のない不安と用心の陰鬱さを断然投げすてる。残酷は人類の最も古い祭りの一つである[Die Grausamkeit gehört zur ältesten Festfreude der Menschheit].〔・・・〕

「世界史」に先行している、あの広大な「風習の倫理」の時期に、現在われわれが同感することをほとんど不可能にする……この主要歴史においては、痛みは徳として、残酷は徳として、偽装は徳として、復讐は徳として、理性の否定は徳として、これと反対に、満足は危険として、知識欲は危険として、平和は危険として、同情は危険として、同情されることは侮辱として、仕事は侮辱として、狂気は神性として、変化は非倫理的で破滅をはらんだものとして、通用していた! ――諸君はお考えになるか、これらすべてのものは変わった、人類はその故にその性格を取りかえたに違いないと? おお、人間通の諸君よ、互いをもっとよくお知りなさい![Oh, ihr Menschenkenner, lernt euch besser kennen! ](ニーチェ『曙光』18番、1881年)


われわれが「高次の文化」と呼ぶほとんどすべてのものは、残酷さの精神化の上に成り立っているーーこれが私のテーゼである。あの「野獣」が殺害されたということはまったくない。まだ、生きておりその盛りにある、それどころかひたすら――神聖なものになっている。Fast Alles, was wir "hoehere Cultur" nennen, beruht auf der Vergeistigung und Vertiefung der Grausamkeit - dies ist mein Satz; jenes "wilde Thier" ist gar nicht abgetoedtet worden, es lebt, es blueht, es hat sich nur -vergoettlicht. (ニーチェ『善悪の彼岸』229番、1886年)


科学や知において、欲動は聖なるものとなる。すなわち「悦への渇き、生成への渇き、力への渇き」である。知を備えた人間は、聖性において自らをはるかに超える。In der Wissenschaft, im Erkennen sind die Triebe heilig geworden: "der Durst nach Lüsten, der Durst nach Werden, der Durst nach Macht". Der erkennende Mensch ist in der Heiligkeit weit über sich hinaus. (ニーチェ「力への意志」遺稿第223番、1882 - Frühjahr 1887

すべての欲動の力は力への意志であり、それ以外にどんな身体的力、力動的力、心的力もない。Daß alle treibende Kraft Wille zur Macht ist, das es keine physische, dynamische oder psychische Kraft außerdem giebt.(ニーチェ「力への意志」遺稿 , Anfang 1888)



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私は、ギリシャ人たちの最も強い本能、力への意志[stärksten Instinkt, den Willen zur Macht]を見てとり、彼らがこの「欲動の飼い馴らされていない暴力 [unbändigen Gewalt dieses Triebs]に戦慄するのを見てとった。ーー私は彼らのあらゆる制度が、彼らの内部にある爆発物に対して互いに身の安全を護るための保護手段から生じたものであることを見てとった。.(ニーチェ「私が古人に負うところのもの」第3節『偶然の黄昏』所収、1888)

荒々しい「自我によって飼い馴らされていない欲動蠢動 」を満足させたことから生じる幸福感は、家畜化された欲動を満たしたのとは比較にならぬほど強烈である[Das Glücksgefühl bei Befriedigung einer wilden, vom Ich ungebändigten Triebregung ist unvergleichlich intensiver als das bei Sättigung eines gezähmten Triebes.] (フロイト『文化のなかの居心地の悪さ』第2章、1930年)

欲動蠢動、この蠢動は刺激、無秩序への呼びかけ、いやさらに暴動への呼びかけである [la Triebregung …Regung est stimulation, l'appel au désordre, voire à l'émeute](ラカン、S10、14  Novembre  1962)