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2022年8月27日土曜日

男の女を猟するのではない。女の男を猟するのである

ははあ、ミニスカで炎上してんだな、たまには「閑話休題」でエロの話をしなくちゃな。

……………

幻想は、ある傾向に従って、出来事や聞いた事の無意識的組み合わせを通して起こる。これらの傾向は、症状が発生した、あるいは発生する可能性のある記憶にアクセスできないようにすることである。

Die Phantasien entstehen durch unbewußte Zusammenfügung von Erlebnissen und Gehörtem nach gewissen Tendenzen. Diese Tendenzen sind, die Erinnerung unzugänglich zu machen, aus der Symptome entstanden sind oder entstehen können. (フロイト「フリース宛書簡」25. 5. 1897)



岩波新訳では、『ヒステリー性空想、ならびに両性性に対するその関係』Hysterische Phantasien und ihre Beziehung zur Bisexualität と訳されているフロイトの1908年の論文の題名は「ヒステリー性幻想」と訳すのを私は好むが、以下に、ヒステリー症状について箇条書きされている部分を抜き出す。


次に現れる願望[Wunsch]はラカン派文脈では欲望である。ーー《フロイト用語のWunschをわれわれは欲望と翻訳する[Wunsch, qui est le terme freudien que nous traduisons par désir.]》(J.-A. Miller, MÈREFEMME, 2016)


① ヒステリー症状は、ある影響をもった(トラウマ的な)印象や出来事の記憶シンボルである。   

1) Das hysterische Symptom ist das Erinnerungssymbol gewisser wirksamer (traumatischer) Eindrücke und Erlebnisse. 


②ヒステリー症状は、これらのトラウマ的出来事の回帰との関連して、「転換」によって生み出された代理物である。    

2) Das hysterische Symptom ist der durch »Konversion« erzeugte Ersatz für die assoziative Wiederkehr dieser traumatischen Erlebnisse. 


③ヒステリー症状はーー他の精神構造と同様にーー願望実現の表現である。    

3) Das hysterische Symptom ist –; wie auch andere psychische Bildungen –; Ausdruck einer Wunscherfüllung. 


④ ヒステリー症状は、願望実現に役立つ無意識の幻想の実現化である。    

4) Das hysterische Symptom ist die Realisierung einer der Wunscherfüllung dienenden, unbewußten Phantasie. 


⑤ヒステリー症状は性的満足を目的とし、その人の性生活の一部(性欲動の構成要素の一つに対応する部分)を表している。    

5) Das hysterische Symptom dient der sexuellen Befriedigung und stellt einen Teil des Sexuallebens der Person dar (entsprechend einer der Komponenten ihres Sexualtriebs). 


⑥ヒステリー症状は、幼児期に実在しその後抑圧された性的満足の様式の回帰に対応するものである。    

6) Das hysterische Symptom entspricht der Wiederkehr einer Weise der Sexualbefriedigung, die im infantilen Leben real gewesen und seither verdrängt worden ist. 


⑦ヒステリー症状は、二つの相反する情動的または欲動蠢動の間の妥協として生じる。一方は部分的欲動あるいは性的構成要素を発現させようとし、他方はそれを抑制しようとするものである。    

7) Das hysterische Symptom entsteht als Kompromiß aus zwei gegensätzlichen Affekt- oder Triebregungen, von denen die eine einen Partialtrieb oder eine Komponente der Sexualkonstitution zum Ausdrucke zu bringen, die andere dieselbe zu unterdrücken bemüht ist. 


⑧ヒステリー症状は、性的でないさまざまな無意識の衝動の表象を引き継ぐことがあるが、性的意味作用がないことはありえない。

8) Das hysterische Symptom kann die Vertretung verschiedener unbewußter, nicht sexueller Regungen übernehmen, einer sexuellen Bedeutung aber nicht entbehren.

(フロイト『ヒステリー性幻想、ならびに両性性に対するその関係』Hysterische Phantasien und ihre Beziehung zur Bisexualität 』1908)



さらに、主に⑦の《一方は部分的欲動あるいは性的構成要素を発現させようとし、他方はそれを抑制しようとする》の事例説明がある。



例えば、私が観察した事例におけるヒステリー症者は、一方の手で服を押さえようとし、他方の手で服をまくり上げようとする[mit der einen Hand das Gewand an den Leib preßt…, mit der anderen es abzureißen sucht]。


この矛盾した同時性は、その事態で表現されている状況を大きく曖昧にし、無意識の幻想を隠蔽するのにすぐれて適している。

Diese widerspruchsvolle Gleichzeitigkeit bedingt zum guten Teile die Unverständlichkeit der doch sonst im Anfalle so plastisch dargestellten Situation und eignet sich also vortrefflich zur Verhüllung der wirksamen unbewußten Phantasie. (フロイト『ヒステリー性幻想、ならびに両性性に対するその関係』Hysterische Phantasien und ihre Beziehung zur Bisexualität 』1908)



ミニスカってのはコレだよ、《一方の手で服を押さえようとし、他方の手で服をまくり上げようとする》。これは古典的な話なんだがな、日本でも1990年代にはしばしば語られた。



おそらく、人間が自己の身体をエロティシズムの対象として他者の前に呈示しようとするならば、もっとも基本的な戦術はおのれの性を誇示しつつ同時に隠すということであろう。 (菅原和孝『身体の人類学』1993年)

見えないように裾を下げようとするにもかかわらず、自然に上がってきてスカートの中身が見えそうになる。何物かを隠そうとする意志と、それに逆らって真理を暴こうとする運動。その緊張溢れるダイナミズムに知覚弓となって参与する第三者としての私。この三者関係のただ中にこそ、ミニスカへと欲情を固着させるオートポイエーシス装置が構造化されているのである。(森岡正博「なぜ私はミニスカに欲情するのか」2000年)



ま、これはミニスカートだけじゃないが。


身体の中で最もエロティック érotique なのは衣服が口を開けている所ではないだろうか。…精神分析がいっているように、エロティックなのは間歇[intermittence]である。二つの衣服(パンタロンとセーター)、二つの縁(半ば開いた肌着、手袋と袖)の間にちらりと見える肌[ la peau qui scintille]の間歇。誘惑的なのはこのチラチラ見えること自体 [scintillement même qui sédui]である。更にいいかえれば、出現ー消滅の演出[ la mise en scène d'une apparition-disparition ]である。(ロラン・バルト『テクストの快楽』1973年)

服を着ること自体、見せることと隠すことの動きのなかにある[Le vêtement lui-même est dans ce mouvement de montrer et de cacher.](ジャック=アラン・ミレール 「享楽の監獄」J.-A. Miller, LES PRISONS DE LA JOUISSANCE, 1994年)


バルトの言ってることは安吾が既に先行して言っている。


むかし、日本政府がサイパンの土民に着物をきるように命令したことがあった。裸体を禁止したのだ。ところが土民から抗議がでた。暑くて困るというような抗議じゃなくて、着物をきて以来、着物の裾がチラチラするたび劣情をシゲキされて困る、というのだ。


ストリップが同じことで、裸体の魅力というものは、裸体になると、却って失われる性質のものだということを心得る必要がある。


やたらに裸体を見せられたって、食傷するばかりで、さすがの私もウンザリした。私のように根気がよくて、助平根性の旺盛な人間がウンザリするようでは、先の見込みがないと心得なければならない。(坂口安吾「安吾巷談 ストリップ罵倒」1950年)




とはいえ「チラチラ見える」という出現ー消滅の演出」はミニスカやスリットのたぐいが代表的だな。女たちは本能的に知ってる筈だよ、男を狩る手段としてのこの演出を。



男の女を猟するのではない。女の男を猟するのである。(芥川龍之介『侏儒の言葉』)



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※付記



ラカン的に言えば、ミニスカによる「出現消滅の演出」という欲望の審級にある「幻想」は、現実界の顰め面に過ぎない。


じつは、この世界は思考を支える幻想でしかない。それもひとつの「現実」には違いないかもしれないが、現実界の顰め面[grimace du réel]として理解されるべき現実である。alors qu'il(monde) n'est que le fantasme dont se soutient une pensée, « réalité » sans doute, mais à entendre comme grimace du réel.(Lacan, Télévision, AE512, Noël 1973)


で、現実界ってのは欲動の穴だ。

欲動の現実界がある。私はそれを穴の機能に還元する。欲動は身体の空洞に繋がっている[il y a un réel pulsionnel …je réduis à la fonction du trou. C'est-à-dire ce qui fait que la pulsion est liée aux orifices corporels. ](Lacan, Réponse à une question de Marcel Ritter, Strasbourg le 26 janvier 1975)



究極の「身体の空洞」が何か、というのは言わないでおきーーもはや言い過ぎてきた気がする、あの世界の起源[L'Origine du monde]をーー、ここではシンプルに「欲望は欲動の顰め面」とだけ言っておこう。ミニスカ履いて闊歩する女たちは歩く顰め面だよ。


…………


小山晃弘と川上未映子のやりとりは、炎上メーカー呉座勇一氏の発言が発端らしい。






これらについてのコメントはしないでおくが・・・、いやいくらか記すなら、川上未映子さんは一時期ラカン派の藤田博史氏のセミネールに出席してた人だった筈だけどな。男の幻想ばかりを言わずに、女の幻想ーーあるいは妄想ーーの在処を問詰めるのが「真の作家」というものではないかね?



私は言いうる、ラカンはその最後の教えで、すべての象徴秩序は妄想だと言うことに近づいたと[Je dois dire que dans son dernier enseignement, Lacan est proche de dire que tout l'ordre symbolique est délire]〔・・・〕

ラカンは1978年に言った、「人はみな狂っている、すなわち人はみな妄想する[tout le monde est fou, c'est-à-dire, délirant]」と。〔・・・〕

我々は言う、幻想的と。しかし幻想的とは妄想的のことである[ fantasmatique peut-on-dire - mais, justement, fantasmatique veut dire délirant. ](J.-A. Miller, Retour sur la psychose ordinaire;  2009)

ラカンの発言「人はみな狂っている 」。この正当化されたレベルにおいて…、各人は性関係の構築をする。すなわち各人は性的妄想を抱く[Lacan Tout le monde est fou. C'est à ce niveau-là que c'est justifié,…chacun a sa construction, chacun a son délire sexuel.](J.-A. Miller, Choses de finesse en psychanalyse III, 26 novembre 2008)


ーー《女性側の愛は、真に被愛妄想的対象自体の構成物である[L'amour, du côté femme, est vraiment une composante de l'objet érotomaniaque lui-même.]》(J.-A. Miller, Un répartitoire sexuel, 1999)