死の床のあなたは
未知のむこうが愉しみだ
と 顔じゅうでかがやいた
むこうがわに着いて
そこがどんなか
知らせる方法が見つかったら
きっと背中を押すから
と ほほえんだ
あれから七年
あなたは忘れてしまったのだ
ーー高橋睦郎「おくりもの 七年後の多田智満子に」より
ある言葉に一連の記憶が池の藻のようにからまりついていて、ながい時間が過ぎたあと、まったく関係のない書物を読んでいたり、映画を見ていたり、ただ単純に人と話していたりして、その言葉が目にとまったり耳にふれたりした瞬間に、遠い日に会った人たちや、そのころ考えたことなどがどっと心に戻ってくることがある。(須賀敦子『遠い朝の本たち』)
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おかあさん
ぼく 七十歳になりました
十六年前 七十八歳で亡くなった
あなたは いまも七十八歳
ぼくと たったの八歳ちがい
おかあさん というより
ねえさん と呼ぶほうが
しっくり来ます
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来年は 七歳
再来年は 六歳
八年後には 同いどし
九年後には ぼくの方が年上に
その後は あなたはどんどん若く
ねえさんではなく 妹
そのうち 娘になってしまう
年齢って つくづく奇妙ですね
ーー高橋睦郎「奇妙な日」
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現実はない。現実は幻想によって構成されている[il n'y a pas de réalité.La réalité n'est constituée que par le fantasme](Lacan, S25, 20 Décembre 1977)
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じつは、この世界は思考を支える幻想でしかない。それもひとつの「現実」には違いないかもしれないが、現実界の顰め面[grimace du réel]として理解されるべき現実である[alors qu'il(monde) n'est que le fantasme dont se soutient une pensée, « réalité » sans doute, mais à entendre comme grimace du réel.](Lacan, Télévision, AE512, Noël 1973)
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フロイトのモノを私は現実界と呼ぶ[La Chose freudienne … ce que j'appelle le Réel ](Lacan, S23, 13 Avril 1976)
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母なるモノ、母というモノ、これがフロイトのモノ[das Ding]の場を占める[la Chose maternelle, de la mère, en tant qu'elle occupe la place de cette Chose, de das Ding.](Lacan, S7, 16 Décembre 1959)
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モノの中心的場に置かれるものは、母の神秘的身体である[à avoir mis à la place centrale de das Ding le corps mythique de la mère], (Lacan, S7, 20 Janvier 1960)
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享楽の対象としてのモノは、快原理の彼岸にあり、喪われた対象である[Objet de jouissance …La Chose…au niveau de l'Au-delà du principe du plaisir…cet objet perdu](Lacan, S17, 14 Janvier 1970)
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モノの概念、それは異者としてのモノである[La notion de ce Ding, de ce Ding comme fremde, comme étranger](Lacan, S7, 09 Décembre 1959)
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異者がいる。…異者とは、厳密にフロイトの意味での不気味なものである[Il est étrange… étrange au sens proprement freudien : unheimlich] (Lacan, S22, 19 Novembre 1974)
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不気味なものは秘密の慣れ親しんだものであり、一度抑圧をへてそこから回帰したものである。Es mag zutreffen, daß das Unheimliche das Heimliche-Heimische ist, das eine Verdrängung erfahren hat und aus ihr wiedergekehrt ist(フロイト『不気味なもの』第3章、1919年)
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女性器は不気味なものである。das weibliche Genitale sei ihnen etwas Unheimliches.
しかしこの不気味なものは、人がみなかつて最初はそこにいたことのある場所への、人の子の故郷への入口である。Dieses Unheimliche ist aber der Eingang zur alten Heimat des Menschenkindes, zur Örtlichkeit, in der jeder einmal und zuerst geweilt hat.
冗談にも「愛はノスタルジーだ」と言う。 »Liebe ist Heimweh«, behauptet ein Scherzwort
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そして夢の中で「これは自分の知っている場所だ、昔一度ここにいたことがある」と思うような場所とか風景などがあったならば、それはかならず女性器、あるいは母胎であるとみなしてよい。und wenn der Träumer von einer Örtlichkeit oder Landschaft noch im Traume denkt: Das ist mir bekannt, da war ich schon einmal, so darf die Deutung dafür das Genitale oder den Leib der Mutter einsetzen.
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したがっての場合においてもまた、不気味なものはこかつて親しかったもの、昔なじみのものである。この言葉(unhemlich)の前綴 un は抑圧の徴なのである。
Das Unheimliche ist also auch in diesem Falle das ehemals Heimische, Altvertraute. Die Vorsilbe » un« an diesem Worte ist aber die Marke der Verdrängung. (フロイト『不気味なもの』第2章、1919年)
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※「象徴界・想像界・現実界の定義」
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