ドゥルーズは『差異と反復』で、反復の原理として潜在的対象(対象=x)[l'objet virtuel (objet = x) ]を置いている。 |
反復は、ひとつの現在からもうひとつへ向かって構成されるのではなく、むしろ、潜在的対象(対象=x)[l'objet virtuel (objet = x) ]に即してそれら二つの現在が形成している共存的な二つの系列のあいだで構成される[La répétition ne se constitue pas d'un présent à un autre, mais entre les deux séries coexistantes que ces présents forment en fonction de l'objet virtuel (objet = x)](ドゥルーズ『差異と反復』第2章、1968年) |
※よりくわしくは、➡︎「潜在的対象X [l'objet virtuel (objet = x) ]= 固着[Fixierung]=対象a [petit(a) ]」 |
この潜在的対象xは前回掲げたジルベルトとアルベルチーヌへの愛についてももちろん機能している。ジルベルトへの愛とアルベルチーヌへの愛は、二つの現在であり、この反復は潜在的対象(対象=x)[l'objet virtuel (objet = x) ]に即して反復される、という風に言える。 |
私がジルベルトに恋をして、われわれの恋はその恋をかきたてる相手の人間に属するものではないことを最初に知って味わったあの苦しみ[cette souffrance, que j'avais connue d'abord avec Gilberte, que notre amour n'appartienne pas à l'être qui l'inspire](プルースト「見出された時」) |
そのようにして、アルベルチーヌへの私の愛は、それがどのような差異を見せようとも、ジルベルトへの私の愛のなかにすでに書きこまれていた……[Ainsi mon amour pour Albertine, et tel qu'il en différa, était déjà inscrit dans mon amour pour Gilberte ...](プルースト「見出された時」) |
ドゥルーズの潜在的対象(対象=x)[l'objet virtuel (objet = x) ]は疑いもなくラカンの対象aである。 |
私はあなたを愛する。だが私は奇妙にも、あなたの中にある何かあなた以上のもの、すなわち対象aを愛する[Je t'aime, mais parce que j'aime inexplicablement quelque chose en toi plus que toi, qui est cet objet(a).](ラカン, S11, 24 Juin 1964) |
『失われた時を求めて』の主人公マルセルは、ジルベルトのなかにあるジルベルト以上のもの、アルベルチーヌのなかにあるアルベルチーヌ以上のものを愛している。つまり潜在的対象x=対象aを。 |
この対象aがフロイトの固着である。 |
愛の条件は、初期幼児期のリビドーの固着が原因となっている[Liebesbedingung (…) welche eine frühzeitige Fixierung der Libido verschuldet]( フロイト『嫉妬、パラノイア、同性愛に見られる若干の神経症的機制について』1922年) |
忘れないようにしよう、フロイトが明示した愛の条件のすべてを、愛の決定性のすべてを。[N'oublions pas … FREUD articulables…toutes les Liebesbedingungen, toutes les déterminations de l'amour] (Lacan, S9, 21 Mars 1962) |
愛は常に反復である。これは直接的に固着概念を指し示す。固着は欲動と症状にまといついている。愛の条件の固着があるのである[L'amour est donc toujours répétition, (…) Ceci renvoie directement au concept de fixation, qui est attaché à la pulsion et au symptôme. Ce serait la fixation des conditions de l'amour.] (David Halfon,「愛の迷宮Les labyrinthes de l'amour 」ーー『AMOUR, DESIR et JOUISSANCE』論集所収, Novembre 2015) |
セミネールⅩⅠに現れる《あなたの中にある何かあなた以上のもの、すなわち対象a》の前年のセミネールⅩにてラカンははっきりとこの対象aがフロイトの固着点[Stelle der Fixierung] であることを示している、ーー《侵入は固着点から始まる[Dieser Durchbruch erfolgt von der Stelle der Fixierung her]。そしてその固着点へのリビドー的展開の退行を意味する[und hat eine Regression der Libidoentwicklung bis zu dieser Stelle zum Inhalte. ]》(フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー )1911年) |
対象aはリビドーの固着点に現れる[petit(a) …apparaît que les points de fixation de la libido ](Lacan, S10, 26 Juin 1963) |
そしてこの固着点としての対象aの別名が、これまたフロイトの異者としての身体[Fremdkörper]であり、この固着の異者身体がラカンの現実界の穴(トラウマ=身体の出来事)である。 |
異者としての身体…問題となっている対象aは、まったき異者である[corps étranger,…le (a) dont il s'agit,…absolument étranger ](Lacan, S10, 30 Janvier 1963) |
対象aは現実界の審級にある[(a) est de l'ordre du réel.] (Lacan, S13, 05 Janvier 1966) |
対象aは、大他者自体の水準において示される穴である[ l'objet(a), c'est le trou qui se désigne au niveau de l'Autre comme tel](Lacan, S16, 27 Novembre 1968) |
私が知りうる限りでだが、ドゥルーズの研究者は潜在的対象xがフロイトの固着、ラカンの対象aであることをまったく把握していないように見える。日本の研究者はもちろんのことネットで検索する限りでは世界的にも。
ドゥルーズは次のように書いているにも拘らず、である。
固着と退行概念、それはトラウマと原光景を伴ったものだが、最初の要素である。(フロイトの)自動反復 [automatisme]概念は、固着された欲動の様相、いやむしろ固着と退行によって条件付けれた反復の様相を表現している。 Les concepts de fixation et de régression, et aussi de trauma, de scène originelle, expriment ce premier élément. …: l'idée d'un « automatisme » exprime ici le mode de la pulsion fixée, ou plutôt de la répétition conditionnée par la fixation ou la régression.(ドゥルーズ『差異と反復』第2章、1968年) |
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結局、ドゥルーズ研究者は、ラカンはもちろんのこと、フロイトやプルーストをまともに読み込めていない。ドゥルーズは反復の原理をフロイトの反復強迫(自動反復)、プルーストのレミニサンス(無意志的想起)、それにニーチェの永遠回帰ーーフロイトは永遠回帰と反復強迫を『快原理の彼岸』で等置しているーーーから抽出したのに。
最後に二人のラカン注釈者にて確認しておこう。 |
原初の現実界の出発点は「異者としての身体[Fremdkörper]として居残って効果をもったままである。これは、身体的な何ものかがどの症状の核にも現前しているということである。より一般的なフロイト理論用語では、いわゆる欲動の根[Triebwurzel]あるいは固着点である。ラカンに従って、われわれはこの固着点のポジションに対象aを置くことができる。 the original real starting point remains effective as a “foreign body.”… the fact that something of the body is present in the kernel of every symptom. In the more general terms of his theory, this is the so-called “root” of the drive or the point of fixation . Following Lacan, we can place the object (a) in this position. (ポール・バーハウPaul Verhaeghe, On Being Normal and Other Disorders, 2004) |
フロイトが固着点と呼んだもの、この固着点の意味は、「享楽の一者がある」ということであり、常に同じ場処に回帰する。この理由で固着点に現実界の資格を与える[ce qu'il appelle un point de fixation. …Ce que veut dire point de fixation, c'est qu'il y a un Un de jouissance qui revient toujours à la même place, et c'est à ce titre que nous le qualifions de réel.] (ジャック=アラン・ミレール J.-A. MILLER, L'Être et l'Un, 30/03/2011) |
「享楽の一者」は身体の出来事のシニフィアンを意味する。 |
享楽は身体の出来事である。享楽はトラウマの審級にある、衝撃、不慮の出来事、純粋な偶然の審級に。享楽は固着の対象である[la jouissance est un événement de corps(…) la jouissance, elle est de l'ordre du traumatisme, du choc, de la contingence, du pur hasard,(…) elle est l'objet d'une fixation.] (J.-A. MILLER, L'Être et l'Un, 9/2/2011) |