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2023年6月20日火曜日

この角度がな、もっとも猛だけしい眺めなんだ

 

もっとも、あの角度から見たって猛だけしくない女もいるけどな。太腿と陰毛がある程度しっかりしてないと僕はダメだね


谷川を見おろす敷地の西の端に、風呂場が別棟になっている。石垣の上の狭い通路から風呂場を廻り込んで向うへ出ると、石垣でかこわれた一段低いところにセイさんが花を作っている小さな畑と物置がある。風呂の焚口は物置の並びにあり、戸外の水汲み場から風呂水を運びこむ戸口も開いている。風呂場の窓は石垣の上にに張り出して谷川を見おろし、対岸をのぞむ。窓は高く、庭から廻り込む通路からは風呂場を覗くことができない。足音をしのんでそこを通り抜けながら、ギー兄さんが窓をあおいで僕の注意をひくそぶりをしたので、なんらかの手段で内部を覗き見する手段をギー兄さんが考案したのだと見当はついていた。案の定! いったん畑の平面へ降りてから風呂の焚き口へ登る、小石を積んだ短い段々の中ほどに、そこで立ちどまれば顔の高さに、こちらへゆるくかたむいた50センチ×30センチの薄暗いガラスのスクリーンが風呂場の板壁を壊してとりつけられているのだ。剥がした羽目板や新しい角材の残りと大工道具が、物置の脇にたてかけられていた。僕らが並んで位置につくやいなや、僕らの頭をまたいで前へ出る具合に向うむきの若い娘ふたりの下半身が、かしいだスクリーンに現れた。


――この角度がな、Kちゃん、女をもっとも動物的に見せるよ、とギー兄さんは解説した……


若い娘たちが全裸でスックと立っている。その丸い尻の下で、それぞれの二本の腿が不自然に思われるほど広い間隔を開いているのに、まず僕は印象を受けた。セイさんとの経験に教えられながら、なお性的な夢に出て来る裸の娘の腿は、前から見ても後ろから見てもぴったりくっついていたから。いま現に見ている娘たちの、その開いた腿の間には、性器が剥き出しになっていたが、それはどちらも黒ぐろとした毛に囲まれ股間全体の皮膚も黒ずんで、猛だけしい眺めだった。


すぐにも娘たちは窓のすぐ下の低く埋めこんだ浴槽に向って進み、しゃがみこんだ。娘たちの尻はさらにも横幅をあらわして張りつめ、窓からの光に白く輝やいて、はじめて僕に美しいものを見ているという思いをあたえた。湯槽から湯を汲み出し、そろって性器を洗っているふたりの、その尻の下方にチラチラ見える黒い毛は、やはり油断のならぬ鼠の頭のようだったが。それから湯槽に入りのんびりとこちらを向いた様子は、日頃のももこさん、律ちゃんと比較を絶して幼く見えた。彼女たちがそろってスクリーンのこちらの僕らを見つめているふうであったのはーー放心したような顔つきからみてもーー僕らがひそんでいると見当をつけたのではなく、新しく浴室の入口脇にとりつけられた鏡を発見して、ということであったわけだ。そのうちスクリーンが翳ってきたのは、ふたりが湯を搔きまわしたので、湯気がこもって鏡の表面を曇らせたのだろう。

――よし。自分が曇りをふいてやる、とギー兄さんがすぐ脇から無警戒な微笑を僕に向けていった。


――なんのために? 自分も風呂に入るのなら……


――え? Kちゃんも楽しんでみているじゃないか?


そういいすてて、ギー兄さんは物置の側から母屋の方へ廻り込んで行った。逆に僕は、石垣の上の狭い道を通って庭へひきかえした。いかにもこちらのために覗き窓を造ってやった、というギー兄さんの口ぶりに僕は傷つけられていたのだ。ところが庭から窓ごしに勉強部屋に入りこみ、その勢いのまま机と壁の間の畳の上にデングリ返しをして寝ころがったとたん、僕はカッと燃え上がるような欲望にとらえられた。ギー兄さんもなかへ入ってしまった以上、風呂場の覗き見のスクリーンのところへひとり立って、屋敷の囲む両側の森、谷あいの空、そしてありとあらゆるそこいらの樹木や石、草の眼にさらされながら、マスターベイションをすることを僕は想像し、その想像によって欲望のとりことなったのである。僕はあたらめて窓を乗り越えた。ズボンのなかで勃起している性器が行動の邪魔になるのを感じながら、それでさらにもいどみかかるような気分になって、息使いも荒く。石垣の上を廻りこむ時には、頭上の窓からギー兄さんとももこさんの言葉にならぬせめぎあいのような気配が聞こえてきた。


そして僕があらためて明るくなっているスクリーンに見出したのは、すぐ眼の前の檜の床に横坐りして脇腹を洗っている律ちゃんの幅広の躰だった。その向うの湯槽の低いへりに、こちら向きに腰をかけたギー兄さんの、濃い毛の生えた腿の上にももこさんがまたがっている。僕がスクリーンから覗き見しているのを勘定に入れて、ギー兄さんがわざわざももこさんに性交をしかけているのだ。色白のギー兄さんの裸のそばでは淡い褐色に見える、ももこさんの筋肉質の背中が機敏に上下する様子は、床を蹴りたてるような足の動きともども、ももこさん自体性交に乗り気になっていることを感じとらせた。そしてすぐ眼の前に自分の躰を鏡に映しながら洗っている、つまりはスクリーンに泣きべそをかいたような顔つきで覗き込んでくる律ちゃんの、胸と喉の間をゆっくり動いていた右手が、そのうち下腹部に降りて来た。石鹸を塗った手拭いをピンクの腿に置くと、もう片方の太い腿をグイとずらせ、その手は自分の性器を優しげに覆うように押しつけて揉みしだいている。スクリーンのこちら側に立っている僕の、ズボンのあわせめから斜めに突き出したペニスは、自由になるやいなや勢いよくおののいて風呂場の腰板下方の石積みに、西陽に赤く光る精液を発射した……


頭をたれ、ペニスをしまいながらその場を引揚げようとして、僕はピクリと立ちどまった。物置への段々にそって焚木を積んだ上から、オセッチャンの三つあみにした丸い頭が覗いて、活気みみちた黒い眼をこちらへ向けているのである。僕は胸うちを真暗にして、畑の斜面へ跳び下ると、そのまま石垣をすべりおりるように谷川へ降りて行った。谷川に沿って走り、いったん暗い杉木立の中に入ってからそこを出はずれても、夕暮の谷間の陰鬱な土埃りの乾いた道を、そのうち脇腹の痛みに走り止めて歩きながら帰る間、僕は身悶えする後悔のなかにいた。家に帰りついても母親と顔をあわせぬようせだわの裏口から入り、そのまま狭い自分の寝場所にこもって、妹が夕食を知らせに来ても出て行かぬほど僕は思い悩んでいた……


幼いオセッチャンの純潔な魂にしみをつけた、という罪悪感に僕はとらえられていたのである。それこそ僕は幼女に暴行を働いた人間の血まみれの穢れが自分にかぶさっていると感じた。なぜオセッチャンの眼を警戒しなかったかと、僕は恥を塗りたくられた心で後悔した。屋敷を囲む森から谷のありとあらゆる樹木、草、石にまで見まもられてマスターベイションするという着想に、カッと昂奮したことを思い出しても、自分の愚かしい軽薄のしるしとして、それは後悔のたねとなるのみだった。


夜ふけまで眠れぬまま展転反側するうちに、後悔に染めあげられた想像力は、とめどなく逸脱する方向に行く。風呂場の建物の土台の、わずかに草が生えた石積みの上に飛び散り土埃りを吸って小さなナメクジのように点々とかたまった精液。好奇心からオセッチャンがあれを点検し、その手で性器をさわってしまったら、どうなるか? わずかに眠りえたと思うと、アッと叫ぶようにして眼をさます。自分の臭いのするセンベイ蒲団の上で汗をかいた躰を胴震いするようにして、いま見た夢のおぞましさから逃れようとする。それは試験問題集で読んだ『今昔物語』の「東の方へ行く者、蕪を娶ぎて子を生む語(こと)」とからんだ夢なのだった。とぎれとぎれの短かい夢のなかで、オセッチャンが僕の精液のたっぷりついた蕪の、《皺干たりけるを掻き削りて食ひて》いる様子まで見た…… (大江健三郎『懐かしい年からの手紙』)




いやあ名文だな、何度読んでも、ーー《ももこさんの筋肉質の背中が機敏に上下する様子は、床を蹴りたてるような足の動きともども、ももこさん自体性交に乗り気になっていることを感じとらせた。》






すこし前方に、べつの一人の小娘が自転車のそばにひざをついてその自転車をなおしていた。修理をおえるとその若い走者は自転車に乗ったが、男がするようなまたがりかたはしなかった[mais sans l'enfourcher comme eût fait un homme]。一瞬自転車がゆれた、するとその若いからだから帆か大きなつばさかがひろがったように思われるのだった、そしてやがて私たちはその女の子がコースを追って全速力で遠ざかるのを見た、なかばは人、なかばは鳥、天使か妖精か[mi-humaine, mi-ailée, ange ou péri]とばかりに。(プルースト「囚われの女」ーー不死の女神は男がするようなまたがりかたはしなかった