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2023年7月13日木曜日

恥さらしの時代

 

またまたケネディジュニアはしっかりしたことを言ってるね(少し前、彼の発言を三つ掲げたが)。

➡︎動画


ジャーナリズムに資金を提供しているのはCIAだけではないだろうが、連中が実に「恥さらし」であるのは、もはや歴然としている。





フロイトが『文化の中の居心地の悪さ』(1930年)で提案した《文化共同体病理学[Pathologie der kulturellen Gemeinschaften ]》のすすめを引き継いだラカンは、学園紛争における《父の蒸発 [évaporation du père] 》(「父についての覚書 Note sur le Père」1968年)を契機に次のように言っている、


もはやどんな恥もない[ Il n'y a plus de honte] …下品であればあるほど巧くいくよ[ plus vous serez ignoble mieux ça ira] (Lacan, S17, 17 Juin 1970)


ケネディジュニアが先の動画でジャーナリズムの失墜の始まりを言っているのもこの1970年前後からのことだ。


ラカン曰くの「恥の喪失」の内実は次のことを意味する。


文化は恥の設置に結びついている[la civilisation a partie liée avec l'instauration de la honte.]〔・・・〕ラカンが『精神分析の裏面』(1970年)の最後の講義で述べた「もはや恥はない」という診断。これは次のように翻案できる。私たちは、恥を運ぶものとしての大他者の眼差しの消失の時代にあると[au diagnostic de Lacan qui figure dans cette dernière leçon du Séminaire de L'envers : «Il n'y a plus de honte». Cela se traduit par ceci : nous sommes à l'époque d'une éclipse du regard de l'Autre comme porteur de la honte.](J.-A. MILLER, Note sur la honte, 2003年)



大他者の眼差しとは「父の眼差し」のことだが、ラカンは同時期、主人の言説(エディプス的父を基盤とした社会関係)から資本の言説(金がすべての社会関係)への移行を言っている。


危機は、主人の言説ではなく、資本の言説である。それは、主人の言説の代替であり、今、開かれている [la crise, non pas du discours du maître, mais du discours capitaliste, qui en est le substitut, est ouverte.  ](ラカン、Conférence à l'université de Milan, le 12 mai 1972)



結局、この1970年前後から世界は父なき時代、恥なき時代に移行したのである。


1989年にはそれまでかろうじて生きていた「マルクスの父」も決定的に死んで、市場原理が世界を席巻するようになった。


今から振り返ると、両体制が共存した七〇年間は、単なる両極化だけではなかった。資本主義諸国は社会主義に対して人民をひきつけておくために福祉国家や社会保障の概念を創出した。ケインズ主義はすでにソ連に対抗して生まれたものであった。ケインズの「ソ連紀行」は今にみておれ、資本主義だって、という意味の一節で終わる。社会主義という失敗した壮大な実験は資本主義が生き延びるためにみずからのトゲを抜こうとする努力を助けた。今、むき出しの市場原理に対するこの「抑止力」はない。(中井久夫「私の「今」」初出1996年『アリアドネからの糸』所収)


そしてついに2020年代に入って、この剥き出しの市場原理主義があまりにも赤裸々に、一般人にも感受されることになった。これがケネディジュニアが事実上、言っていることである。それは主流メディアだけでなく、各国の指導者ーー少なくとも世界資本主義の掌の上で踊る猿でしかない西側の指導者たちーーも同様である。連中は、ラカン曰くの《下品であればあるほど巧くいく》ことを日々実践している。


フロイト大義派(主流ラカン派)の長ジャック=アラン・ミレールは2021年に次のように言っている。

今日、私たちは家父長制の終焉を体験している。ラカンは、それが良い方向には向かわないと予言した[Aujourd'hui, nous vivons véritablement la sor tie de cet ordre patriarcal. Lacan prédisait que ce ne serait pas pour le meilleur. ]。〔・・・〕

私たちは最悪の時代に突入したように見える。もちろん、父の時代(家父長制の時代)は輝かしいものではなかった〔・・・〕。しかしこの秩序がなければ、私たちはまったき方向感覚喪失の時代に入らないという保証はない[Il me semble que (…)  nous sommes entrés dans l'époque du pire - pire que le père. Cer tes, l'époque du père (patriarcat) n'est pas glorieuse, (…) Mais rien ne garantit que sans cet ordre, nous n'entrions pas dans une période de désorientation totale](J.-A. Miller, “Conversation d'actualité avec l'École espagnole du Champ freudien, 2 mai 2021)



……………


ちなみに先の動画の全文邦訳もアップされている、

➡︎

タマホイ@Tamama0306

ロバート・F・ケネディJr

ロシア・ウクライナ紛争についてのインタビュー全文



タマホイさんは、 よく選別されたRumble「過去動画倉庫」を持っているので、参照されたし。