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2024年3月14日木曜日

自己非難のノックの声の投影

 


私はこのところ「きみたち」という代名詞を使ってきみたちを批判しているがね、この「きみたち」には私自身も含まれるかもしれないよ。


いままでにも何度か引用しているが、プルーストのいわゆる「自己を語る遠回しの方法」だね、


自己を語る遠まわしの方法[une manière de parler de soi détournée]であるかのように、人が語るのはつねに他人の欠点で、それは罪がゆるされるよろこびに告白するよろこびを加えるものなのだ[qui joint au plaisir de s'absoudre celui d'avouer.]。それにまた、われわれの性格を示す特徴につねに注意を向けているわれわれは、ほかの何にも増して、その点の注意を他人のなかに向けるように思われる。(プルースト「花咲く乙女たちのかげに」)



これにはある程度は自覚的であって、フロイトの言い方なら投射(投影)だ。


他人に対する一連の非難は、同様な内容をもった、一連の自己非難の存在を予想させる。個々の非難を、それを語った当人に戻してみることこそ、必要なのである。自己非難から自分を守るために、他人に対して同じ非難をあびせるこのやり方は、何かこばみがたい自動的なものがある。

Eine Reihe von Vorwürfen gegen andere Personen läßt eine Reihe von Selbstvorwürfen des gleichen Inhalts vermuten. Man braucht nur jeden einzelnen Vorwurf auf die eigene Person des Redners zurückzuwenden. Diese Art, sich gegen einen Selbstvorwurf zu verteidigen, indem man den gleichen Vorwurf gegen eine andere Person erhebt, hat etwas unleugbar Automatisches.

その典型は、子供の「しっぺ返し」にみられる。すなわち、子供を嘘つきとして責めると、即座に、「お前こそ嘘つきだ」という答が返ってくる。大人なら、相手の非難をいい返そうとする場合、相手の本当の弱点を探し求めており、同一の内容を繰り返すことには主眼をおかないであろう。

Sie findet ihr Vorbild in den »Retourkutschen« der Kinder, die unbedenklich zur Antwort geben: »Du bist ein Lügner«, wenn man sie der Lüge beschuldigt hat. Der Erwachsene würde im Bestreben nach Gegenbeschimpfung nach irgendeiner realen Blöße des Gegners ausschauen und nicht den Hauptwert auf die Wiederholung des nämlichen Inhalts legen.

パラノイアでは、このような他人への非難の投射[Projektion des Vorwurfes auf einen anderen] は、内容を変更することなく行われ、したがってまた現実から遊離しており、妄想形成の過程として顕にされる。 

In der Paranoia wird diese Projektion des Vorwurfes auf einen anderen ohne Inhaltsveränderung und somit ohne Anlehnung an die Realität als wahnbildender Vorgang manifest. (フロイト『あるヒステリー患者の分析の断片(症例ドラ)』1905年)


この1905年の『症例ドラ』の段階ではパラノイアとフロイトは記しているが、1911年の『症例シュレーバー』ではこの投射を一般化している。


ある感覚の原因を、他の場合のように、自分の内部に求めるのではなく、外界に求めるとき、この正常な過程も投射と呼ぶに値する。したがって投射の本質の問題には、より一般的な心理学的問題が含まれていることを認識させられる。

Wenn wir die Ursachen gewisser Sinnesempfindungen nicht wie die anderer in uns selbst suchen, sondern sie nach außen verlegen, so verdient auch dieser normale Vorgang den Namen einer Projektion. So aufmerksam geworden, daß es sich beim Verständnis der Projektion um allgemeinere psychologische Probleme handelt (フロイト『症例シュレーバー』第3章、1911年)



つまり誰でもあるんだな、この「自己を語る遠回しの方法」は。ま、人は他者非難したときは、フロイトが言うように自己の内面を探ってみることだね。それが常に自己非難の投射だと断言するつもりはないが。


フロイトの投射メカニズム[le mécanisme de la projection]の定式は次のものである…内部で拒絶されたものは、外部に現れる[ce qui a été rejeté de l'intérieur réapparaît par l'extérieur](ラカン, S3, 11 Avril 1956)



………………



ここでの文脈とはやや離れるが、フロイトは投射(投影)の事例としてとても面白い(?)話をしているので掲げておこう。最近はこういうエロい話はあまり記す気がなくなっているのだが、在庫のなかから転写しておくよ。クリトリスのノックの話である。


フロイトは『精神分析理論にそぐわないパラノイアの一例の報告』(1915年)で、投射の事例として、さる大きな企業に勤める30歳のとても魅力的な美人の女性について語っている。《彼女は男性との恋愛を求めたことはなく、年老いた母と静かに暮らしていた[Liebesbeziehungen zu Männern hatte sie nie gesucht; sie lebte ruhig neben einer alten Mutter]》。父親はかなり前になくなっており、母親コンプレクス[Mutterkomplex]-ー母への強い感情的拘束[starke Gefühlsbindung an die Mutter]ーーがある女性である。その女性が30歳になって職場の男と恋に陥り、彼の住まいに訪れた。ソファで抱き合っているとき、彼女は何か音がすると不安に襲われる。男は不思議に思い、たんなる時計の音じゃないかと言う。フロイトは次のように記している。


時計の時を刻む音でも、何か別の音でもないと思う。女性の状況を考えると、クリトリスにおけるノックあるいは鼓動の感覚が正当化される。これを彼女が外部の対象の感覚として投射したのである。夢の中でも同じようなことが起こる。私のヒステリー症の女性患者はかつて、自発的に連想することができなかった短い覚醒夢について私に話してくれた。彼女はただ、誰かがノックして目が覚めるという夢を見た。誰もドアをノックしなかったが、前の晩に彼女は性器の湿潤による不愉快な感覚で目が覚めていた。そのため、彼女には性器の興奮の最初の兆候を感じたらすぐに目覚めるという動機があった。彼女のクリトリスには「ノック」があったのである。われわれのパラノイア患者の場合、偶発的なノイズの代わりに同様の投射過程を代替すべきである。

Ich glaube überhaupt nicht, daß die Standuhr getickt hat oder daß ein Geräusch zu hören war. Die Situation, in der sie sich befand, rechtfertigte eine Empfindung von Pochen oder Klopfen an der Klitoris. Dies war es dann, was sie nachträglich als Wahrnehmung von einem äußeren Objekt hinausprojizierte. Ganz Ähnliches ist im Traume möglich. Eine meiner hysterischen Patientinnen berichtete einmal einen kurzen Wecktraum, zu dem sich kein Material von Einfällen ergeben wollte. Der Traum hieß: Es klopft, und sie wachte auf. Es hatte niemand an die Tür geklopft, aber sie war in den Nächten vorher durch die peinlichen Sensationen von Pollutionen geweckt worden und hatte nun ein Interesse daran zu erwachen, sobald sich die ersten Zeichen der Genitalerregung einstellten. Es hatte an der Klitoris geklopft. Den nämlichen Projektionsvorgang möchte ich bei unserer Paranoika an die Stelle des zufälligen Geräusches setzen.

(フロイト『精神分析理論にそぐわないパラノイアの一例の報告(Mitteilung eines der psychoanalytischen Theorie widersprechenden Falles von Paranoia)』1915年)



ーー実にわかりやすい事例だろ? 《クリトリスにノックがあった[Es hatte an der Klitoris geklopft.]》なんて。ボクも自己非難のノックの声をきみたちに投影してるのさ、たぶんね。