2018年の記事「芸術かぶれの馬鹿な女ほど怖いものはない」に急に2000ほどのアクセスがあり、どうしたのかとツイッターを覗いてみたら何人かの人がリンクしている。この記事自体は私個人的にはもう卒業気味なのだが、こういう感想をされている方がいる。
先の記事の末尾に付加的にリンクしてある「摂食障害の治療技法」PDF は藤田博史氏の2012年6月のセミネール録であり、あらためて読み返してみたがこれは確かにスバラシイ。私は初めて読んだ当時、そのスバラシサに不感症だったが・・・藤田センセ、ゴメンナサイ・・・。やっぱりフジタはプチタ(対象a)にほかならない、感嘆至極デアル。私は日本のラカン研究者をバカにすることがままあるが、久しぶりに実に優れた記述を読んだ心持がする。摂食障害に限らず、フロイトラカン理論の、特に男女に関わる核心を把握するためにとってもいいよ。
しかもクリステヴァのアブジェクションabjection[参照]やフロイトの「母親拘束」Mutterbindung概念[参照]ーー事実上の「母への固着」Fixierung an die Mutterーーなどにも触れられていて、一般の人にもとっても役に立つ筈。
※附記 なおクリステヴァのアブジェクションの定義には「同化不能」とある。 |
アブジェクションは、非常に近くにありながら同化不能のものである。l'abjection (…) tout près mais inassimilable. 〔・・・〕 アブジェクトは徹底的に排除されたものであり、意味が崩壊する場へと私を引き寄せる。l'abject (…) est radicalement un exclu et me tire là où le sens s'effondre . (クリステヴァ『恐怖の権力: アブジェクシオン試論』Julia Kristeva, Pouvoirs de l'horreur, Essai sur l'abjection, 1980) |
この「同化不能」はフロイトの「モノ=異者身体=不気味なもの」の定義である。 |
同化不能な部分(モノ)[einen unassimilierbaren Teil (das Ding)](フロイト『心理学草案(Entwurf einer Psychologie)』1895) |
同化不能な異者としての身体[unassimilierte Fremdkörper ](フロイト『精神分析運動の歴史』1914年) |
不気味なものは、抑圧の過程によって異者化されている[dies Unheimliche ist …das ihm nur durch den Prozeß der Verdrängung entfremdet worden ist.](フロイト『不気味なもの』第2章、1919年、摘要) |
そしてこれらは、「トラウマ=エスの欲動蠢動=無意識のエスの反復強迫(固着による)」を示す。 |
トラウマないしはトラウマの記憶は、異者としての身体 [Fremdkörper] のように作用し、体内への侵入から長時間たった後も、現在的に作用する因子としての効果を持つ[das psychische Trauma, resp. die Erinnerung an dasselbe, nach Art eines Fremdkörpers wirkt, welcher noch lange Zeit nach seinem Eindringen als gegenwärtig wirkendes Agens gelten muss]。(フロイト&ブロイアー 『ヒステリー研究』予備報告、1893年) |
エスの欲動蠢動は、自我組織の外部に存在し、自我の治外法権である。われわれはこのエスの欲動蠢動を、たえず刺激や反応現象を起こしている異者としての身体 [Fremdkörper]の症状と呼んでいる。 Triebregung des Es … ist Existenz außerhalb der Ichorganisation …der Exterritorialität, …betrachtet das Symptom als einen Fremdkörper, der unaufhörlich Reiz- und Reaktionserscheinungen (フロイト『制止、症状、不安』第3章、1926年) |
心的無意識のうちには、欲動蠢動から生ずる反復強迫の支配が認められる。これはおそらく欲動の性質にとって生得的な、快原理を超越するほど強いものであり、心的生活の或る相にデモーニッシュな性格を与える。 Im seelisch Unbewußten läßt sich nämlich die Herrschaft eines von den Triebregungen ausgehenden Wiederholungszwanges erkennen, der wahrscheinlich von der innersten Natur der Triebe selbst abhängt, stark genug ist, sich über das Lustprinzip hinauszusetzen, gewissen Seiten des Seelenlebens den dämonischen Charakter verleiht,〔・・・〕 不気味なものとして感知されるものは、この内的反復強迫を思い起こさせるものである。 daß dasjenige als unheimlich verspürt werden wird, was an diesen inneren Wiederholungszwang mahnen kann.(フロイト『不気味なもの Das Unheimliche』第2章、1919年) |
抑圧においての固着の契機は、無意識のエスの反復強迫である[Das fixierende Moment an der Verdrängung ist also der Wiederholungszwang des unbewußten Es](フロイト『制止、症状、不安』10章、1926年) |
このフロイトの「モノ=異者身体=不気味なもの=トラウマ=固着」がラカンの現実界である。 |
フロイトのモノを私は現実界と呼ぶ[La Chose freudienne … ce que j'appelle le Réel ](Lacan, S23, 13 Avril 1976) |
まず現実界のモノとは「母なるモノ=異者(異者身体)=不気味なもの」である。 |
母なるモノ、母というモノ、これがフロイトのモノの場を占める[la Chose maternelle, de la mère, en tant qu'elle occupe la place de cette Chose, de das Ding. ](Lacan, S7, 16 Décembre 1959) |
モノの概念、それは異者としてのモノである[La notion de ce Ding, de ce Ding comme fremde, comme étranger,](Lacan, S7, 09 Décembre 1959) |
われわれにとって異者としての身体[ un corps qui nous est étranger](Lacan, S23, 11 Mai 1976) |
異者がいる。…異者とは、厳密にフロイトの意味での不気味なものである[Il est étrange… étrange au sens proprement freudien : unheimlich] (Lacan, S22, 19 Novembre 1974) |
そして現実界=トラウマ=同化不能=固着である。 |
問題となっている現実界は、一般的にトラウマと呼ばれるものの価値をもっている[le Réel en question, a la valeur de ce qu'on appelle généralement un traumatisme.] (Lacan, S23, 13 Avril 1976) |
現実界は、同化不能な形式、トラウマの形式にて現れる[le réel se soit présenté sous la forme de ce qu'il y a en lui d'inassimilable, sous la forme du trauma](Lacan, S11, 12 Février 1964) |
固着は、言説の法に同化不能なものである[fixations …qui ont été inassimilables …à la loi du discours](Lacan, S1 07 Juillet 1954) |
クリステヴァのアブジェクションは、事実上、現実界の享楽としての「母なるモノ=異者としての身体=不気味なもの=固着」を示しており、かつ「エスの欲動蠢動=無意識のエスの反復強迫」を含意しているのである。 |