クリステヴァ概念をめぐる第三弾である。つまり、
①おぞましきもの[abjection]と不気味なもの[Unheimliche]
②クリステヴァの詩的言語とラカンのララング
に引き続くが、いくらか退屈してきたので、今回で一旦打ち止め。
欲動の侵入は常にセミオティックである[Irruption de la pulsion toujours sémiotique.] (Julia Kristeva, La Révolution du langage poétique. 1974) |
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ここでのクリステヴァのいう欲動の侵入[Irruption de la pulsion]はラカンの享楽の侵入 [irruption de la jouissance]の言い換えである。 |
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唯一の徴は、享楽の侵入を記念する徴である[trait unaire…d'un trait en tant qu'il commémore une irruption de la jouissance. ](Lacan, S17, 11 Février 1970) |
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ここで私は、フロイトのテキストにおける「唯一の徴 trait unaire(einziger Zug)」の機能を借り受けよう。すなわち徴の最も単純な形態、シニフィアンの起源(原シニフィアン)である。分析家を関心づけるすべては、唯一の徴にある。j'emprunte pour lui donner …dans le texte de FREUD …la fonction du trait unaire, c'est-à-dire de la forme la plus simple de marque, c'est-à-dire ce qui est, à proprement parler, l'origine du signifiant. …c'est que c'est du trait unaire que prend son origine tout ce qui nous intéresse, nous analystes, (Lacan, S17, 14 Janvier 1970) |
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ーーこの唯一の徴としての原シニフィアンは「母なるシニフィアン」に他ならない。 |
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エディプスコンプレックスにおける父の機能は、他のシニフィアンの代理シニフィアンである…他のシニフィアンとは、象徴化を導入する最初のシニフィアン(原シニフィアン)、母なるシニフィアン である[La fonction du père dans le complexe d'Œdipe, est d'être un signifiant substitué au signifiant, c'est-à-dire au premier signifiant introduit dans la symbolisation, le signifiant maternel. ](Lacan, S5, 15 Janvier 1958) |
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さらに1976年のラカンはこの母なるシニフィアン、この唯一の徴を骨象[osbjet]、あるいは文字(文字対象a)と言い換えるようになる。 |
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私が « 骨象 osbjet »と呼ぶもの、それは文字対象a[la lettre petit a]として特徴づけられる。そして骨象はこの対象a[ petit a]に還元しうる…最初にこの骨概念を提出したのは、フロイトの唯一の徴 trait unaire 、つまりeinziger Zugについて話した時からである。 quelque chose que j'appellerai dans cette occasion : « osbjet », qui est bien ce qui caractérise la lettre dont je l'accompagne cet « osbjet », la lettre petit a. Et si je le réduis - cet « osbjet » - à ce petit a, c'est précisément pour marquer que la lettre,[…]que j'ai en somme promue la première fois que j'ai parlé du trait unaire : einziger Zug dans FREUD. (Lacan, S23, 11 Mai 1976) |
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私の見るところでは、クリステヴァが1980年に提出したアブジェクト[abject]は、この骨象[osbjet]の言い換えである。 |
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とはいえ、これについては断言するのをやめて一旦保留しておこう、 |
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先に享楽の侵入に関わる骨象としての文字についてである。 |
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後年のラカンは「文字理論」を展開した。この文字 lettre とは、「固着 Fixierung」、あるいは、身体の上への欲動の刻印[inscription of the drive on the body]を理解するラカンなりの方法である。(Paul Verhaeghe, BEYOND GENDER, 2001 年) |
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享楽の固着を、ラカンはときに文字と呼んだ[une fixion de jouissance …que Lacan appelle lettre à l'occasion.]. (Colette Soler, La passe réinventée ? , 2010) |
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要するに身体に突き刺さった骨としての文字ーークリステヴァ曰くの「セミオティック」に相当するーーは、欲動の固着=享楽の固着であり、欲動の侵入は固着点から始まる。 |
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抑圧の第一段階ーー原抑圧された欲動ーーは、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている固着である[Die erste Phase besteht in der Fixierung, (primär verdrängten Triebe) dem Vorläufer und der Bedingung einer jeden »Verdrängung«. ]〔・・・〕この欲動の固着は、以後に継起する病いの基盤を構成する[Fixierungen der Triebe die Disposition für die spätere Erkrankung liege, und können hinzufügen]〔・・・〕 (原抑圧された欲動の)侵入は固着点から始まる[Dieser Durchbruch erfolgt von der Stelle der Fixierung her] (フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー)1911年、摘要) |
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上にあるようにこの固着が原抑圧である。原抑圧の別名は排除である。固着に伴う原抑圧=排除である。固着はエスに欲動の身体を置き残すことを意味する。フロイトの原抑圧の定義のひとつ自体、この置き残し[Zurückbleiben]である。ーー《原初に抑圧された欲動[primär verdrängten Triebe ]=原初に置き残された欲動[primär zurückgebliebenen Triebe]》(フロイト『症例シュレーバー』1911年)=《排除された欲動 [verworfenen Trieb]》(『快原理の彼岸』1920年)
以上、クリステヴァのセミオティック、アブジェクト等は、フロイトの固着、なかんずく母への固着[Fixierung an die Mutter]に関わる。そしてこの固着がラカンの現実界である。 もっともラカンの現実界、現実界の享楽が固着であることがはっきり認知されるようになったのは、ラカン派においてもごく最近であり(➡︎「百年かかったフロイトの読解」)、クリステヴァ研究者ーーバトラーのたぐいのフェミニストも含めーーにとってはまったくチンプンカンプンであるだろうし、こんなことを書くのはいかにも徒労である。冒頭に「退屈してきた」と記したのはこの意味である。 なお若い時代のクリステヴァの教師であり、彼女が愛し続けたロラン・バルト、そのバルトのプンクトゥム[punctum]概念も事実上、フロイトの固着である[参照]。もちろんバルトの研究者がそれに気づくことはあり得ないだろうが。 |