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2024年9月22日日曜日

解離された自己破壊衝動の投射としての他者破壊衝動

 

私たちの中には破壊性がある。自己破壊性と他者破壊性とは時に紙一重である、それは、天秤の左右の皿かもしれない。(中井久夫「「踏み越え」について」2003年『徴候・記憶・外傷』所収)

抑制されつづけてきた自己破壊衝動が「踏み越え」をやさしくする場合がある。「いい子」「努力家」は無理がかかっている場合が多い。ある学生は働いている母親の仕送りで生活していたが、ある時、パチンコをしていて止まらなくなり、そのうちに姿は見えないが声が聞こえた。「どんどんすってしまえ、すっからかんになったら楽になるぞ」。解離された自己破壊衝動の囁きである。また、四十年間、営々と努力して市でいちばんおいしいという評価を得るようになったヤキトリ屋さんがあった。主人はいつも白衣を着て暑い調理場に出て緊張した表情で陣頭指揮をしてあちこちに気配りをしていた。ある時、にわかに閉店した。野球賭博に店を賭けて、すべてを失ったとのことであった。私は、積木を高々と積んでから一気にガラガラと壊すのを快とする子ども時代の経験を思い合わせた。主人が店を賭けた瞬間はどうであったろうか。(中井久夫「「踏み越え」について」2003年『徴候・記憶・外傷』所収)


《解離された自己破壊衝動》における「解離」は排除である。

サリヴァンも解離という言葉を使っていますが、これは一般の神経症論でいう解離とは違います。むしろ排除です。フロイトが「外に放り投げる」という意味の Verwerfung という言葉で言わんとするものです。〔・・・〕解離とその他の防衛機制との違いは何かというと、防衛としての解離は言語以前ということです。それに対してその他の防衛機制は言語と大きな関係があります。(中井久夫「統合失調症とトラウマ」初出2002年『徴候・記憶・外傷』所収)



つまり解離された自己破壊衝動とはフロイトの《排除された欲動 [verworfenen Trieb]》(『快原理の彼岸』第4章、1920年)、より厳密には排除された自己破壊欲動である。

欲動要求はリアルな何ものかである[Triebanspruch etwas Reales ist]〔・・・〕自我がひるむような満足を欲する欲動要求は、自己自身にむけられた破壊欲動としてマゾヒスム的であるだろう[Der Triebanspruch, vor dessen Befriedigung das Ich zurückschreckt, wäre dann der masochistische, der gegen die eigene Person gewendete Destruktionstrieb. ](フロイト『制止、症状、不安』第11章「補足B 」1926年)


フロイトにおいてはこのマゾヒズム的自己破壊欲動が死の欲動である。

マゾヒズムはその目標として自己破壊をもっている。〔・・・〕そしてマゾヒズムはサディズムより古い。サディズムは外部に向けられた破壊欲動であり、攻撃性の特徴をもつ。或る量の原破壊欲動は内部に残存したままでありうる。

Masochismus …für die Existenz einer Strebung, welche die Selbstzerstörung zum Ziel hat. …daß der Masochismus älter ist als der Sadismus, der Sadismus aber ist nach außen gewendeter Destruktionstrieb, der damit den Charakter der Aggression erwirbt. Soundsoviel vom ursprünglichen Destruktionstrieb mag noch im Inneren verbleiben; 〔・・・〕


我々は、自らを破壊しないように、つまり自己破壊傾向から逃れるために、他の物や他者を破壊する必要があるようにみえる。ああ、モラリストたちにとって、実になんと悲しい開示だろうか!

es sieht wirklich so aus, als müßten wir anderes und andere zerstören, um uns nicht selbst zu zerstören, um uns vor der Tendenz zur Selbstdestruktion zu bewahren. Gewiß eine traurige Eröffnung für den Ethiker! 〔・・・〕

我々が、欲動において自己破壊を認めるなら、この自己破壊欲動を死の欲動の顕れと見なしうる。それはどんな生の過程からも見逃しえない。

Erkennen wir in diesem Trieb die Selbstdestruktion unserer Annahme wieder, so dürfen wir diese als Ausdruck eines Todestriebes erfassen, der in keinem Lebensprozeß vermißt werden kann. (フロイト『新精神分析入門』32講「不安と欲動生活 Angst und Triebleben」1933年)


他方、他者破壊欲動としてのサディズムは、この自己破壊欲動としてのマゾヒズムの投射(投影)である。

外部に向け換えられ投射されたサディズムあるいは破壊欲動[nach außen gewendete, projizierte Sadismus oder Destruktionstrieb](フロイト『マゾヒズムの経済論的問題』1924年)


要するに自己破壊欲動を拒絶すれば、他者破壊欲動として現れる、ーー《フロイトの投射メカニズム[le mécanisme de la projection]の定式は次のものである…内部で拒絶されたものは、外部に現れる[ce qui a été rejeté de l'intérieur réapparaît par l'extérieur]》(ラカン, S3, 11 Avril 1956)


ラカンにおいてもマゾヒズムが死の欲動であるのはフロイトと同様。

享楽は現実界にある。現実界の享楽は、マゾヒズムによって構成されている。…マゾヒズムは現実界によって与えられた享楽の主要形態である。フロイトはそれを発見したのである[la jouissance c'est du Réel.  …Jouissance du réel comporte le masochisme, …Le masochisme qui est le majeur de la Jouissance que donne le Réel, il (Freud) l'a découvert] (Lacan, S23, 10 Février 1976

死の欲動は現実界である。死は現実界の基盤である[La pulsion de mort c'est le Réel […] la mort, dont c'est  le fondement de Réel ](Lacan, S23, 16 Mars 1976)

死への道…それはマゾヒズムについての言説である。死への道は、享楽と呼ばれるもの以外の何ものでもない[Le chemin vers la mort… c'est un discours sur le masochisme …le chemin vers la mort n'est rien d'autre que  ce qu'on appelle la jouissance. ](Lacan, S17, 26 Novembre 1969)




もっとも死の欲動としての自己破壊欲動は通常は投射され他者破壊欲動となる。これが先のフロイトが《我々は、自らを破壊しないように、つまり自己破壊傾向から逃れるために、他の物や他者を破壊する必要があるようにみえる。ああ、モラリストたちにとって、実になんと悲しい開示だろうか!》と言っていることである。


例えば、フロイトが《攻撃欲動ならびに自己破壊欲動[Aggressions- und Selbstvernichtungstrieb]》と記すとき、厳密には自己破壊欲動なる原破壊欲動とその投射としての攻撃欲動である。


私の見るところ、人類の宿命的課題は、人間の攻撃欲動ならびに自己破壊欲動による共同生活の妨害を文化の発展によって抑えうるか、またどの程度まで抑えうるかだと思われる。この点、現代という時代こそは特別興味のある時代であろう。

いまや人類は、自然力の征服の点で大きな進歩をとげ、自然力の助けを借りればたがいに最後の一人まで殺し合うことが容易である。現代人の焦燥・不幸・不安のかなりの部分は、われわれがこのことを知っていることから生じている。

Die Schicksalsfrage der Menschenart scheint mir zu sein, ob und in welchem Maße es ihrer Kulturentwicklung gelingen wird, der Störung des Zusammenlebens durch den menschlichen Aggressions- und Selbstvernichtungstrieb Herr zu werden. In diesem Bezug verdient vielleicht gerade die gegenwärtige Zeit ein besonderes Interesse. 

Die Menschen haben es jetzt in der Beherrschung der Naturkräfte so weit gebracht, daß sie es mit deren Hilfe leicht haben, einander bis auf den letzten Mann auszurotten. Sie wissen das, daher ein gut Stück ihrer gegenwärtigen Unruhe, ihres Unglücks, ihrer Angststimmung.

(フロイト『文化の中の居心地の悪さ』第8章、1930年)


先の中井久夫に戻って言えば、解離された自己破壊衝動の囁きとしての「どんどんすってしまえ、すっからかんになったら楽になるぞ」は、他者破壊衝動へと投射されれば、究極的には、「どんどん殺ってしまえ、皆殺しにしたら楽になるぞ」となる。



世界の終わりは内的カタストロフィの投射である[Der Weltuntergang ist die Projektion dieser innerlichen Katastrophe](フロイト『症例シュレーバー』第3章、1911年)



…………


※附記



(イスラエルとウクライナは)この点で興味深い類似点が見受けられる。 ゼレンスキー大統領(同じくアメリカに完全にコントロールされている)も、同じような方向に向かっている[ An interesting parallel can be drawn in this regard. President Zelensky (who is likewise fully controlled by the United States) is drawn toward something along the same lines.](Interview with Foreign Minister Sergey Lavrov for Bridges to the East documentary, Moscow, August 31, 2024





ネタニヤフはウクライナにおけるゼレンスキーのイスラエル版だ[Netanyahu is the Israeli version of Zelensky in the Ukraine](マイケル・ハドソン「陸揚げ空母としてのイスラエル」Israel as a Landed Aircraft Carrier By Michael Hudson, November 13, 2023)

イスラエルは近東におけるアメリカのウクライナだ[Israel is America’s Ukraine in the Near East]. (マイケル・ハドソン「クレジット経済プランナー 」Credit the Economic Planner By Michael Hudson, January 18, 2024)



マイケル・ハドソンの思考の下では、ゼレンスキーとネタニヤフの背後には、世界の脱ドル化によって覇権国家としての地位を喪失しつつある「金融資本に支配された」米国システムがある、《金融資本主義は本質的に自己破壊的である[finance capitalism is intrinsically self-destructive]》(Michael Hudson, Finance Capitalism's Self-Destructive Nature July 18, 2022)



◾️マイケル・ハドソン「ドル覇権の愚かな運命」2023年11月26日

The Dumb Luck of Dollar Hegemony by Michael Hudson, November 26, 2023

歴史家は、バイデンはおそらく現代史上最悪の大統領であり、オバマよりもひどいと言うだろう。 しかし実際はバイデンの問題ではない。というのも、バイデンは、彼の背後にいるディープステート全体のフロントマン、ネオコン・グループ全体のフロントマンに過ぎないからだ。そのまさにネオコンのメンタリティが、好戦的な金融資本主義の最後のあがきであり、米国全体の計画を自己破壊させるものだ。 ロシアや他の国々を切り刻み、分割し、征服する代わりに、彼らはロシアではなくアメリカを孤立させた。 ドル圏とともにヨーロッパを孤立させた。 そして、世界の他の国々全体を統合し、彼らには全く異なる方向にある共通の未来があることを悟らせたのだ。

I think historians will say, well, Biden has been probably the worst president in modern history, even worse than Obama. But it really isn’t Biden because Biden is just a front man for the whole deep state, for the whole neocon group behind him. And it’s really the neocon mentality, the sort of the last gasp of militant finance capitalism that is self-destructive of this whole American plan. And instead of cutting up, dividing and conquering Russia and other countries, they’ve isolated the United States, not Russia. They’ve isolated Europe along with the US dollar area. And they’ve integrated the whole rest of the world realizing they have a common future that lies in quite a different direction.


◾️マイケル・ハドソン「野蛮か文明か」2024年7月26日

Barbarism or Civilization By Michael Hudson, July 26, 2024

今年ロシア主導で開かれるBRICS+諸国の会議、そして来年中国が開く会議は、西側諸国への依存から独立するための軌道をどう計画するかということに終始している。米国外交自体が彼らにそうするように駆り立てているのだ。

The meetings this year by the BRICS+ countries under Russian leadership this year and China next year are all about how to plan a trajectory for becoming independent from reliance on the West. That is what U.S. diplomacy itself has driven them to do.



これらを仮に受け入れるなら、米国の直近の目標は、この10月22日-24日にあるBRICS首脳会議を何としても不成功にすることではないか、➡︎カザンBRICS首脳会議の成否の帰趨」